第11話 あなたの秘密 4/6
中央吹き抜け広場のステージは、すでに椅子席は満席。
その後ろの立ち見スペースも、ほぼ立錐の余地はないほど人で溢れていた。
翔虎たちは入り待ちを終えるとすぐさま引き返し、椅子席は無理だったが、何とか端より前列の立ち見スペースを確保した。
ステージ上には、番組司会進行役の、地元ラジオ局アナウンサーの男性がすでに座って待っている。
「ゲストの峰岸葵さんです。皆さん、拍手でお迎え下さい」
アナウンサーがマイクでそう告げて、ステージ下へ手を向けると、歓声が沸き起こった。
特設された控えスペースから峰岸葵が登場し、声援に手を振って応えながらステージへ上がる。
「遅れてきたにしては、いい場所を確保できたな」
寺川が満足そうに頷きながら言った。
その場所は立ち見席の最前列一番端。ステージ自体はかなり見づらかったが、ステージに客席から見て平行に向かい合って座るアナウンサーと葵の、アナウンサー側に位置していた。必然、アナウンサーと向かい合った葵の顔は、ほぼ正面に見えることになる。
「タテは背中しか見えないね」
翔虎が言った。アナウンサーの名前は、館林吾郎といい、『タテ』のニックネームで親しまれている。
「タテの顔なんか見なくていいだろ!」
弘樹が翔虎にそう返した。
「えー、皆さん」
そのタテが観客に向かって語りかけている。
「せっかくの公開生放送ですからね。声出して、しっかり盛り上げて下さいね」
観客からは歓声と拍手が返ってきた。
「番組自体は一時間で終わりますが、その後、峰岸葵さんのトークと歌のステージがありますからね。というか、みんなそっちが目的でしょ?」
返ってきた歓声と拍手に、笑い声が混じった。さらに館林アナは、
「ステージが終わったら、ジェイオンさんでのお買い物を楽しんで下さいね。あ、葵さんのステージは、料金換算すると、ひとり一万円くらいになりますからね」
などと言って客を湧かせる。『一万円』のところでは、葵がはにかんだような困った表情で首を横に振っていた。
時計が午後一時を示し、公開生放送開始時間となった。
館林の軽快なトークから始まり、ゲストの葵の紹介。翔虎らも含めた観客の歓声と拍手。途中リクエスト曲の再生などを挟み、番組は順調に進行していった。
「――峰岸さんは、最近のマイブームっていうか、これももう死語ですかね? 個人的に気になっていることなんか、何かありますか?」
館林の質問に葵は、そうですねー、と黙考して、
「私、最近町を騒がせてるヒーローが気になります」
「お、噂の〈ディールナイト〉のことですね」
館林が言うと、客席からは、おおー、という声が漏れ聞こえる。
翔虎は、ひとり小さく咳き込んだ。
「ショウ、大丈夫かよお前」
弘樹が背中をさする。
「大丈夫……」
と翔虎は答えた。館林のトークは続き、
「あのディールナイト、特定の学校で多く目撃されてるんですよね。東都学園で」
「あ、私」
葵は口元に手をやって、
「今日会ったファンの子が、東都学園の生徒だって言ってました」
それを聞いた寺川が、ステージに向かって大きく手を振る。葵はそれに気が付き、笑顔で小さく手を振り返した。
弘樹、翔虎とも、それぞれと目を合わせた。
「そう言えば、東都学園、ここから近いですよね」
と、館林は客席を見回して、
「この中に、東都学園の生徒さん、どれくらいいらっしゃいます?」
館林の呼びかけに、一階、二階と三階の吹き抜けから観覧していた若い観客の中から、ちらほらと手が上がった。
「おお、結構いますね。中間試験が終わって、骨休めのショッピングかな?」
「ショウ、成岡がいるぞ」
弘樹はステージ前方よりの二階吹き抜けを指さした。
「本当だ」
翔虎が目をやると、そこには弘樹の言った通り、直が私服姿で立っており、隣のあけみと一緒に館林の呼びかけに手を上げて答えていた。
直とあけみの目はステージに注がれており、翔虎たちには気が付いていないようだった。
「では、ここでリクエスト行きましょうか。これは僕からのリクエストでして……曲は、峰岸葵さんの最新曲〈あなたの秘密〉」
観客から大きな声援が上がった。
「この後のステージで峰岸さんに歌ってもらいますから、皆さん、これを聞いて憶えて下さいね。ここジェイオンさん二階の〈ラボレコード〉さんでも売ってますからね」
観客が沸き、スピーカーから曲が流れ始めた。
曲が流れている間、館林と峰岸はマイクを切ってこの後の打合せをしている。
「葵ちゃーん」と、寺川が呼びかけ、それに気が付いた葵は進行表から目を上げて寺川を見ると、笑顔で小さく手を振った。寺川も手を振り返した。
翔虎とも目が合い、葵が同じように微笑んで手を振ると、翔虎も小さく手を振り返す。
はっ、と、翔虎が視線を上げると、吹き抜けの手摺りに乗せた腕にさらに顎を乗せている姿勢の直とも目が合った。隣のあけみはまだ翔虎に気が付いていないようだ。
翔虎は気まずそうに手を振ったが、直は、冷ややかな視線とともに口パクを返しただけだった。
その口パクは、(葵ちゃーん)と形作っていた。
「……それでは、来週は通常通りスタジオからお送りします。司会はおなじみ館林吾郎。そして今日のゲストは」
「峰岸葵でしたー。ありがとうございましたー」
観客の拍手の中、葵は椅子から立ち上がってお辞儀をした。そしてすぐにステージを降りる。
「この後、皆さんお待ちかね。峰岸葵の歌とトークです」
セットの撤収を手伝い、自身もステージから降りる前に、館林は最後にマイクに向かって、
「前座はこれにて」
手を振ってステージを降りる館林にも、大きな拍手が送られた。
拍手をしつつ、翔虎は吹き抜けの二階を見上げたが、すでにそこに直とあけみの姿はなかった。
翔虎は弘樹と寺川に、「ちょっと」と言ってその場を抜けた。次の葵のステージも観るためか、客の移動はほとんどない。
人を掻き分け広いスペースまで這い出た翔虎は、携帯電話を取りだして電話帳から直の番号を表示させる。しばらく躊躇うように発信ボタンの上で人差し指を止めていたが、結局発信することなく元通りポケットにしまい、上りエスカレーターに向かって駆け出した。
背後からは大きな声援が聞こえた。衣装を変えた葵がステージに上がり、観客に大きな声で挨拶をしたところだった。
翔虎は二階に上がり左右を見回しながらゆっくりと歩いていた。
直とあけみがいた吹き抜けまで来ると、階下からは葵のトークが聞こえてくる。吹き抜けを取り囲む観客が障害となって、ステージの様子を窺うことはできない。
翔虎は先ほどまで直がいた場所を見たが、当然そこに直はおらず、見知らぬカップルが手を繋いでステージを見下ろしていた。
翔虎は再び左右に目を走らせながら歩き出した。
「……それでは、一曲目行きましょう」
オープニングトークを終えた葵がそう告げると、観客は歓声と拍手で答える。
「聞いて下さい。私のデビュー曲です。『後ろ姿見ていたい』」
カラオケのイントロが鳴り、観客のボルテージは更に高まった。
「いつか見つめ合って話せる日が来るのかな
今は 今は 後ろ姿だけ 見つめていさせて……」
吹き抜けから遠ざかるにつれ、翔虎の背中に聞こえる葵の歌声は小さくなっていった。
翔虎は三階ファストフードエリアの座席に座ってコーヒーを飲んでいた。
店舗正面窓に向かったそのカウンター席からは、色とりどりの車が空きスペースなく駐車されているの大駐車場が見え、駐まっている車の列はまるでカラフルなタイルのようだった。
腕時計を見ると、葵のステージがそろそろ終わる時刻。フードエリアまでは、ステージの音声は届いていなかった。
携帯電話が振動した。翔虎は慌ててポケットから電話を取り出したが、その画面を見て何かを期待していたような表情は一瞬で消えた。
画面はレーダーモードになっていた。
「嘘だろ?」
その画面を見た翔虎は小さく呟いた。
レーダー画面上に赤いマーカーが点滅している。携帯電話、すなわち翔虎の現在位置を示す、画面の中央を縦横に走る十字線の交点と、その赤い点滅はほとんど重なっていた。
直後に着信があった。亮次からのものだった。
「もしもし」
「翔虎くんのレーダーでもキャッチしただろ?」
「はい」
「出現場所は大型ショッピングモールだな。今どこだ? 車で迎えに行こう」
「それには及ばないです。現場にいます」
「何? そのショッピングモールに?」
「はい。詳しい出現場所は……そこまでわからないですね?」
「そうだ、ショッピングモールの中、としか言えないな……もちろん階数もわからない」
「了解しました。こっちで探ります。亮次さんは、そこでサポートをお願いします」
「よし、わかった」
電話を切ると、翔虎は残ったコーヒーを一気に喉に流し込み、どこから探ろうかと行き先を決めあぐねるように周囲を見回す。
携帯電話に再び着信があった。翔虎は複雑な表情でその着信を受けた。
「翔虎。出ちゃったよ!」
掛けてきた相手は直だった。
「……うん、こっちでもキャッチした」
「場所は?」
「そこまでわからない。この店舗の中、としか……とりあえず探ってみる」
「翔虎、今どこにいるの?」
「三階のフードエリア」
「え? どうして? 葵ちゃんのステージ観てたんじゃないの? まだやってるんじゃない?」
「それは、別に――」
「私も三階にいる。でも靴屋だから、フードエリアからは遠いね。ねえ、私、三階を調査するから、翔虎は一階に下りて調査してよ」
「駄目だって。危ないから――」
「大丈夫。今、あけみとは別行動だからさ。自由に動けるんだ。心配しないで、ストレイヤーを見つけたらすぐに翔虎に知らせるから」
「うん……でも、こんなところにストレイヤーが現れたら、すぐに騒ぎになって一発でわかるはずだけど」
「そうだね。今日はお客さん多いもんね」
翔虎が空のコーヒーカップが乗ったトレイを手にして席を立つと、そこにすぐに別の客が腰を下ろした。飲食席は満席だった。




