第8話 こころはみなみ向き 5/5
翔虎の左側から猛スピードでバイクストレイヤーが迫る。バイク先端のカウル部分が左右に開き、鋭い槍のような部品が突き出た。
翔虎は、なす術がないように両手を上げたまま、突進してくるバイクを凝視した。視線を正面に戻すと、こころの側頭部に銃口は押し付けられたまま。
こころはきつく目を閉じていた。
「!」
翔虎は左側背後から迫るエンジン音を聞いた。バイクストレイヤーの独特な駆動音とは別の、よく聞きなれたエンジン音。
視線を左に戻すと、バイクストレイヤーは十メートルもない距離にまで迫って来ている。
数瞬後にはバイク先端の槍が翔虎の体を串刺しにするかと思われた、その瞬間、オレンジ色のSUV車がバイクストレイヤーの側面に激突し、そのまま走り抜けた。
凄まじい音を立てて、SUVはバイクストレイヤーを引き摺ったまま、倉庫の壁を突き破って走り去った。
翔虎は正面に向かって跳んだ。拳銃ストレイヤーの頭部カメラは、仲間を引き去った車の動きを追っていたため、翔虎は跳びかかることに成功した。
「この!」
翔虎は両手でストレイヤーの右腕を掴み空に向けさせる。銃声が数発鳴り響いたが、弾丸はすべて上空に向けて放たれた。
翔虎は右手のみを離し、左腕のタッチパネルを操作する。両手が光を放ち、右手をストレイヤーの胸に叩き付けた。ストレイヤーの上半身が丸々消え失せ、代わりにドリルユニット〈クラブセブン〉が出現した。
必然こころの手首を掴んでいた縛めも解け、こころは走ってその場から逃れる。
翔虎はドリルユニットを左腕に装着。再びタッチパネルを操作し、シャットダウンアタックを発動させた。
下半身のみとなったストレイヤーは、足の裏から地面の土を材料として吸収し、すでに胸の半ばまでを復元させていたが、回転しながら光り輝くドリルを腰部に突き刺され、灰塵となって消え失せた。
翔虎はプログラムを回収して、こころの無事を確認すると、SUV車が空けた壁の大穴を抜けて駆け出した。
倉庫の中では、バイクストレイヤーが壁とオレンジ色のSUVとに挟まれていた。外壁を突き破ったSUVはバイクストレイヤーを引き摺ったまま直進し、反対側の内壁に激突したのだった。
車のタイヤは煙を上げて回転し続けており、その圧力でバイクストレイヤーは脱出できない状態でもがいていた。
翔虎は倉庫の床から槍〈スペードファイブ〉を錬換し、そのままシャットダウンアタックを再び発動させると、もがくバイクストレイヤーに突き刺した。
ストレイヤーの体が塵と化して消滅しても、亮次はアクセルを踏み込んだままだったため、車はわずかに前進して壁にぶつかり、バウンドしながら止まった。
「大丈夫ですか!」
運転席でエアバッグに顔を埋めても尚、ハンドルから手を離していなかった亮次に、翔虎は呼びかけた。
「……あ、ああ、終わったのか?」
亮次はドアを開け、エアバッグとシートの間から這い出た。
後部座席では、シートの下に直と美波が頭を抱えてうずくまり、矢川は後部座席シートを越えたトランクルームで、やはり同じような体勢を取っていた。
最初に矢川が、そして直がゆっくりと起き上がり、ドアを開けて車外へ出た。
「南方先輩、もう大丈夫ですよ」
ひとりだけ未だうずくまったままの美波に直が声を掛け、肩を揺すった。
美波は勢いよく起き上がると、
「こころちゃんは?」
「もちろん、無事ですよ」
直はそう言って後ろを振り返った。こころが歩いてくるのが見えた。
「こころちゃん!」
「みなみな先輩!」
美波は車から降りて駆け寄る。それを見たこころは駆け足となり、勢いよく美波の胸に飛び込んだ。
「こころちゃん、よく頑張ったね」
美波の胸に顔を埋めて、わんわんと泣くこころを、美波はしっかりと抱きしめた。
「どうもありがとうございました」
美波は亮次とディールナイトに深々と頭を下げ、
「……お車、弁償しますね」
と、フロント部を壁に突き刺した亮次の車を見た。
「いや、そんなのいいから」
亮次は両手を振って、
「誰も怪我人を出さずに済んでよかったよ。君のあの機転で助かったんだから」
「そうですよ、南方先輩」
と、直も、
「この人、お金持ちだから、車の一台や二台、どうってことないんです」
まあ、と、口に手をやる美波。
「ところで……」
隣で美波の手を握っているこころは、
「こちら、どちらさまですか?」
「え? ああ、こちらは……」
言い淀む直の前に亮次が一歩出て、
「私は叢雲亮次。以前怪物に襲われているところを、こちらのヒーローさんに助けてもらったことがあるんだ」
「そうそう」
と、直も口を合わせた。
「そうなんですか……で、その方がどうして成岡と知り合いなんです?」
「直くんとは家が近所なんだよ」
「そ、そうなんです、近所のお兄さんで……」
こころの質問に、亮次と直はそう答えた。
「そうなんですか……で……」
こころの更なる追求に、
亮次は買い物途中でバイクの怪物を目撃した。そこには女子学生が捕まっているのも見えた。亮次は怪物を追跡する。直から亮次に先輩が怪物に捕まったと電話が入った。亮次は、今自分が追っているのがそれだと知り、場所を直に教えた。
亮次は咄嗟にこうストーリーを作り上げた。
その後で美波は、
「直がその電話をしているのを私が見て、タクシーを飛ばして三人でこうして駆けつけたのよ」
「みなみな先輩! ありがとうございます!」
こころは再び美波の胸に飛び込み、顔を上げると、
「矢川先輩も、来てくれてありがとうございます」
矢川にも顔を向けて礼を言った。
「いや、俺なんて何もしてないし……本当、こころちゃんが無事でよかったよ」
そう言って矢川は、笑いながら両手を振った。こころは顔を直に向けて、
「ついでに、成岡も」
「ついでですか」
「そう言えば、ひとり足りませんね……」
そう呟くとこころは、きょろきょろと辺りを見回した。
ディールナイト翔虎は、ぴくりと少し体を震わせ、
「そ、それでは私は帰ります」
「ありがとうございました」
それを見た美波は深々とお辞儀する。こころも同じようにして、
「あ、ありがとう……」
そう言って微笑んだ。
「い、いえ、無事でよかった」
それ見た翔虎もヘルメットの中で微笑んだ。
翔虎がタッチパネルを操作して光る掌で地面を叩くと、一台のバイクが出現した。
「では……」
翔虎はバイクのサドルに跨りグリップを握った。
「あの、せめてお名前を……」
美波の言葉に翔虎は、
「……ディールナイト」
「え? 正式名称?」
「本人公認?」
「噂は本人にも伝わってたんだなぁ」
美波、こころ、矢川はそれぞれ驚いた顔で言った。
「……バカ」
直は小さな声で呟いた。
それが聞こえたのか聞こえなかったのか、翔虎は逃げるようにバイクを発進させた。
「バイクのデザイン、今倒した怪物と似てたわね」
走り去るディールナイトの背中を見ながら、美波が言った。
「そうですね」
と、矢川も、
「プールで戦った時も、最初に学校に現れた怪物の武器、ガンダムハンマーを使ってましたよね。倒した敵の武器を使えるようになるのかな? ロックマンみたいですね」
「ガンダムハンマー? ロックマン?」
美波が首を傾げる。
「部長、知りません? ロックマン。あの武器も、トゲ突き鉄球と錨が鎖で繋がってて、まんま、ガンダムハンマーじゃないですか」
「ロックマンでもカービィでもいいですけど」
こころは話を戻し、
「ひとり足りない薄情な一年はどうしたんですか?」
「翔虎ちゃん、部室にも来なかったわよね」
「俺も見てませんね」
と言って、美波と矢川は顔を見合わせた。
「あ、あいつ、怪物騒ぎの野次馬に行って、そのまま戻ってこなかったんで――」
「おーい!」
直の言葉は、手を振って駆けてきた翔虎の声で中断された。
「あら? 翔虎ちゃん」
その姿を見て美波が言った。
「あのバカ……」
直はうつむいて額に手を付け、小さく呟く。
「よくここがわかったね……」
矢川も感心した表情になる。
「あ、私が電話しておいたんです。こころ先輩のピンチにいつまで野次馬してるんだー、って……」
直がそう弁明する間に、
「こころ先輩、無事だったんですね。よかった」
翔虎はそう言って笑った。
「みなみな先輩たちとディールナイトのおかげです。今頃のこのこやってきた尾野辺は、まったく役に立ちませんでした!」
こころは、ふん、と横を向いた。
そうだね、と翔虎は苦い笑顔をして頭を掻いた。それを見た美波と矢川も笑顔になる。
直も笑顔を見せていたが、
「……翔虎、後で色々と話があるから」
翔虎にだけ聞こえるように小さく呟いた。その笑顔の奥にある、怒りを噛みしめるような表情を翔虎にだけ見せながら。
はは、と笑う翔虎の顔は、真っ赤な夕暮れ空とは対照的に、だんだんと青くなっていった。
――2016年4月20日




