第64話 燃えよ東都学園 2/5
「ど、どうして?」
翔虎が言うと同時に連続した銃撃音が響き、烏丸に背後から跳びかかろうとしていた数体のイーヴィルが撃ち倒された。
「烏丸会長こそ、油断しないで下さい」
「ま、円山先輩まで?」
ガトリングガンを提げた円山友里が立っていた。友里は顔を覆っていたバイザーを上げると、ディールナイトに微笑みかけて、
「私たちも一緒に戦うぞ」
「戦う……って」
「俺たちだけじゃないぞ」
と烏丸は、
「見ろ」
生徒たちが固まっていた方向を指さした。
「こ……これは……」
ゴーグルの奥で翔虎は目を見張った。東都学園生徒たちの中に数十名、鎧を纏い、武器を手にし、襲いかかる怪物に対して反撃、防戦を行っているものたちがいた。気が付けば、翔虎の両手から二本の剣は消えていた。
今度は翔虎の背後にいた怪物が塵と化した。その怪物を打ち倒した巨大なブーメランが床に落ちる。
「ディールナイト、この戦いが終わったらさ、デートしてくれないかな?」
「こ、木暮先輩?」
にこにこと笑みを浮かべながら、二年の木暮文成がブーメランを拾い上げた。呆気にとられている翔虎に烏丸が、
「ディールナイト、ディールガナーはどこだ?」
「えっ? あ、たぶん、校舎の中のどこかに……」
「よし」
と烏丸は生徒たちに向いて、
「みんな! ディールガナーが学校のどこかにいる。誰か救出に向かってくれ!」
はい! と声が返ってきて、武器を手にした生徒二人が校舎に向かう出入り口に走った。
「会長ぉー!」
一年二組の要彩は、左腕に装着されたワイヤーアーム先端のアンカーを射出して天井に突き刺し、ワイヤーを巻いて天井に張り付けにされたままの凛のそばに近づいた。
「彩!」
「会長ー!」
凛の横にいるクモ型のイーヴィルが八つの目を向けて牙を剥くと、
「ひゃー!」
彩は悲鳴を上げた。
「彩、私の手の甲にダイヤルがあるでしょ。それを回して押し込んで」
「は、はい」
彩は振り子の運動をつけて凛に取り付いた。天井に渡された鉄骨を六本の脚で伝い、クモの怪物が二人に迫る。
「かか、会長、どこに回せばいいんですかー!」
「矢印を射手座のマークに合わせて」
「はいー」
言われた通り、彩がダイヤルを合わせて押し込むと、凛の手首が光に包まれる。凛は手首のスナップを効かせ、貼り付けられている鉄骨を叩いた。数メートルに渡り鉄骨が失われ、両腕がボウガンとなっている騎士が生み出された。
「サジタリアス!」
凛の声に呼応して、シューターサジタリアスは落下する最中に両腕を向け、クモ型イーヴィルに十数本もの矢を突き刺した。凛まであと一歩と迫っていた怪物は塵と化し、同時に凛を戒めていた糸も消えた。
「ありがとう、彩」
「あー! 会長ー! 愛してますー!」
凛は微笑みながら体育館の床に落下していく。途中、彩にウインクと投げキッスを送っていた。
「はわぁー……会長ー……」
彩は恍惚とした表情でワイヤーを伸ばして下りると、ぺたんと内股で床に座った。
目にも止まらぬ速さで投擲されたナイフが怪物に突き刺さる。怪物は常に動き、跳びはねているが、その狙いは百発百中だった。
「おら! そこ!」
海老原の投げたナイフが、またも怪物の喉元に突き立つ。非武装の男子生徒に襲い掛かる寸前だった。
「え、海老原、お前、すげーコントロールだな」
救出された生徒は、礼を述べるよりも先に海老原の腕を賞賛した。
「へへ。今年はこの左腕で、お前らを甲子園に連れて行ってやるよ……おっと!」
手甲から抜いたナイフを、左手でジャグリングのように玩んでいた海老原は、背後に迫っていた怪物に振り向きざまそのナイフを叩き込んだ。
「烏丸会長! 体育館内の敵はほとんど掃討した」
ガトリングガンのマガジンを交換しながら、友里が烏丸に声を掛けた。
「よし、校庭の怪物も殲滅しよう。体育館には非武装の生徒を集め、円山くんは警護に徹してくれ」
「わかりました」
烏丸は次に凛を向いて、
「霧島会長は、俺たちと一緒に来て下さい」
「任せて」
凛は、自分の腰に腕を回して抱きついている彩の頭を撫でながら答えると、
「ディールナイト」
「えっ?」
翔虎にもウインクを投げてから体育館を駆け出た。
「でぃっ、ディールナイト! 会長は私のものなんですからねっ!」
彩はディールナイトを指さして眉を釣り上げると、「会長ー! 待ってー!」と凛のあとを追う。 神崎には依然、新田ら教師と亮次が付き添っていた。
「――あ、あいつは?」
翔虎は体育館を見回す。リヴィジョナーの姿はいつの間にか消えていた。
「ど、どうなってるのよ!」
直はタッチパネルのドラムを回しながら叫んだ。アサルトライフル、オートマチック銃とも弾切れになり、換えマガジンを補充しようとした瞬間、ライフルも銃も塵と化して消え、武装も錬換不能状態となっていた。マークと数字に錬換可能状態の彩色がされているのは、二つのみ。〈スペードエース〉と〈ダイヤエース〉
「こうなったら……エースを使うしか……」
直は廊下の途中でイーヴィルの群れに挟み撃ちにされていた。直の指が〈ダイヤ〉と〈A〉にドラムを合わせた、その瞬間。
「ディールガナー! 教室に避難して!」
怪物の向こう側から声が掛けられた。
「えっ、何? この声……」
一瞬動きを止めた直だったが、銃声が響き始めると慌てて近くの教室に跳び込んだ。廊下からは銃声と銃弾が壁に撥ねる音。剣のような武器が振られ、何かを、恐らく怪物を斬り倒す音も聞こえる。
数十秒で音はやんだ。怪物が動き回る音も一緒に聞こえなくなった。直は、そっとドアから顔を出して廊下を窺う。廊下は怪物の残骸である塵で埋められていた。その上に、鎧で武装した男女が立っている。ひとりはアサルトライフルを、ひとりは小ぶりの剣、ダガーを手にしていた。
「あっ、ディールガナー! もう大丈夫だから」
教室から顔を出しているディールガナーを見つけると、アサルトライフルを持った女性、富士崎寧々が手を振った。その動きに釣れて大きな胸も揺れている。
「ふ、富士崎せん――さん? ど、どうしたんですか? その恰好!」
直は廊下に跳びだした。
「あ、私のこと、知っててくれてたんだ。嬉しいな」
寧々は笑顔になると、
「ねえ、こっちは知ってる?」
と自分の隣に建つ、ダガーを持った男子を指さした。
「え、えっと……」
「あはは! ディールガナー、賢ちゃんのこと知らないって!」
「ガーン! ちょっとショック」
賢ちゃん、と呼ばれた男子は、がっくりと肩を落とした。寧々は、項垂れる賢ちゃんの肩を叩きながら、
「こっちは、賢ちゃん。私の彼氏なの」
「ああ! そういうことですか!」
ディールガナーが得心したように頷くと、
「はい。二年二組、バレー部の遠藤賢介です。よろしくお願いします」
賢ちゃん、こと遠藤賢介は、ぺこりと頭を下げた。こちらこそよろしく、と直も頭を下げ返したが、
「そ、それよりも、これ、どういうことなんですか?」
と二人を指さした。
「うーん……わかんない。突然変身しちゃったんです。あれって正夢だったってことなのかな? 私、この秋にこんな銃を持って、ディールナイト、ディールガナーと戦う夢を見て……」
寧々は話し始めたが、直の視線はすでに彼女から外れ、窓の外を向いていた。窓ガラスに両手を付けて、直は食い入るように校庭で起きている状況を見つめている。
「こ……これって……」
直は、ごくりと唾を飲み込んだ。校庭は、イーヴィルの大群と東都学園の生徒たちによる戦場と化していた。
「ロケットパーンチ!」
こころが右腕から放った巨大な拳が怪物を殴り飛ばす。宙に舞った怪物に、山型の鉄片で構成された鞭が絡みついた。
「はいっ」
美波が一気に鞭を引くと、怪物は斬り刻まれて塵と化した。
「みなみな先ぱーい!」
「こころちゃーん!」
「いえーい!」
こころと美波は笑顔で手を打ち合わせた。
「みなみな先輩! めちゃめちゃかっこいいです! ディールナイトなんて目じゃないです!」
はあはあと荒い息を漏らしながら、こころは変身した美波を舐めるように眺め回した。
「あらー、言い過ぎよ、こころちゃん」
ウイップソードを剣状に戻すと美波は、背後に跳びかかってきた怪物を振り向きざま斬り捨てる。
「いや! まじでまじで! ――アトミックパーンチ!」
こころもワイヤーロケットパンチを放ち、側面から迫った怪物を殴り倒した。
サッカー部キャプテン高町俊太郎は両足に装着されたパワーブーツを駆使し、次々と怪物を蹴り飛ばしていく。その隣では、サッカー部二年、岸田勝がショットガンの散弾を怪物に見舞っていた。
「キャプテン、大丈夫ですか?」
「ああ、俺のキックをこんな形で使う日が来るとは、思ってもいなかったよ。それと岸田、もうサッカー部のキャプテンはお前なんだぞ」
「そうでした。でも高町キャプテンは、俺にとって永遠のキャプテンですから!」
「はは。嬉しいこと言ってくれるな」
高町が連続で蹴り飛ばした怪物を、岸田が二体まとめてショットガンの散弾で撃ち倒した。
「高町! 岸田! 射線空けろ!」
秋葉の声が聞こえると二人は左右に散った。
「食らえやー! おらー!」
対物ライフルを構えた秋葉浩太が、怪物の群れに向かって引き金を引く。射出されたライフル弾が数体の怪物を一発で塵に変えた。
「よっしゃー! 見たかオラ!」
「凄いな秋葉。そんな大きな銃器を立って構えて撃つなんて」
「鍛え方が違うんだよ!」
呆れたような高町の声に、秋葉は吠えて答えた。岸田も感心した顔をしつつも、
「でも、秋葉先輩、その姿、言い逃れできないほどの重戦車っぷりっすよ」
「重戦車はやめろっ言ってんだろーが!」
「こっちにライフルを向けないで下さい!」
校舎の中に入り込んだ怪物を掃討するための部隊も動いていた。
両腕がクワガタムシの牙のような形状となった怪物と、鎧姿の女子生徒がレイピアを打ち合わせている。フェンシング部二年園田華蓮。体の線が出る軽装の鎧を纏った肢体もしなやかに、躍るような華麗な剣さばきを見せている。校舎内で華蓮は十体以上の怪物の群れと遭遇し、現在交戦中のものが最後の一体だった。
「はぁっ!」
華蓮は一気に踏み込んだ。
「腕を伸ばし、打突!」
レイピアが敵の眉間を貫いた。怪物が塵となって崩れ去ると同時に、女子生徒たちから黄色い歓声が上がった。勝手に華蓮について来て、教室に隠れながら戦いを見守っていた彼女のファンたちだった。
「はぁっ!」
華蓮はレイピアを振って、刀身に付いた塵を払うと、自分のファンに向けて恭しくお辞儀をする。
「きゃー! 華蓮様ー!」「素敵ー!」「抱いてー!」
ファンの声は益々ヒートアップした。
校庭を疾走するバギーカー。運転席では水野真紀がハンドルを握り、荷台スペースには明神あけみが手すりを握って立っている。
「ほいっと」
あけみは右肩に畳まれていたフレキシブルアームを伸ばし、怪物の頭を鷲掴みにした。そのまま引き倒して地面に押し付ける。バギーカーが走行していることで怪物は地面に擦りつけられ、削られるように塵と化した。
「明神さん、えげつない倒し方するね……」
水野は荷台に目を向けた。
「えへへ。水野くん、こういうの嫌い?」
「そ、そんなことないですよ。僕、R18系のゲームもよくやるし」
「えー、水野くんのエッチ」
「ち、違いますよ! 残酷な描写があるほうのやつですよ!」
「わかってるってー。照れるなよー、水野くーん。かわいいぞ」
あけみはフレキシブルアームを伸ばし、指で水野の頬をつんつんと突いた。
「も、もう――明神さん!」
「え? うわ!」
一体の怪物が側面からバギーに迫っていた。あけみに跳びかからんとしたその怪物は、バギー後輪ホイールから展開されたスパイクに巻き込まれ、ズタズタに切り裂かれて塵に消えた。
「水野くん……ありがとう」
「いえ」
荷台にしゃがみこんだあけみは、目を瞬いてから、
「水野くんも、えぐい倒し方するね」
「い、今のは、仕方なく、ですね……」
「ふふ。ねえ、私たち、いいコンビかもね」
「えっ? そ、そう、ですね……」
水野はヘルメットの下で頬を赤く染めた。




