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錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第63話 卒業式の惨劇
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第63話 卒業式の惨劇 4/5

 体育館では、卒業式が始まっていた。改めて入場しなおした卒業生が着席すると、理事長神崎(かんざき)が壇上に立った。


「諸君、卒業おめでとう。君たちの青春は今、ここに終わりを告げた。新たなる旅立ちのときが始まったのだ……」


 神崎の話を、(りん)美波(みなみ)矢川(やがわ)ら卒業生たちは、粛々と聞いていた。



「戦争……だって?」

「いきなり、何を言い出すの?」


 翔虎(しょうこ)(なお)は、唖然とした表情で正木(まさき)を見つめた。


「先ほど私が呼び出し実験に成功した〈イーヴィル〉を使って、この星全土を巻き込む戦争を引き起こすのです。それ以外に、この星が救われる道はありません」

「な、何を、わけのわからないことを……」

「この星を救うことと、戦争を起こすことが、どう繋がるっていうのよ」

「だいたい、何から救うっていうんだ!」

「この、地球と呼ばれる星を支配する知的存在、つまりあなた方地球人の営みが、我々が設定する〈知的存在順行線〉を逸脱してしまっているためです」

「ちてき……何だって?」

「知的存在の歴史軸と、それが得る文明軸、さらに精神的成熟度を加えた精神軸、これら三つの進み具合を現したもの、それが知的存在順行線。あなた方地球人は、すでにその線を逸脱しています。正確に表現すれば、歴史線に対して文明線の伸びが急激すぎ、精神線は、それに相応した伸びを見せていません。これは〈自壊〉と呼ばれる、非常に危険な状態なのです。即座に介入が必要なほどの」

「……お前、何なんだ? あの地下室で何をしていたんだ?」

「私はあの場所に封印されていたのです。恐らく、私をこの星に持ち込んだ何者かの手によって」

「持ち込んだですって? それは誰なの?」

「そこまではわかりません。しかし、あなた方は運がいい。このような文明状態を持つ知的存在が、宇宙の片隅に存在していたとは。よく今まで、我々の同士に発見されないままでいたものです。ですが、ご安心下さい。私がここにいたこと、封印が解かれたことは大変な僥倖(ぎょうこう)でした。すべて、私にお任せください」

「ふ、ふざけんなよ」

「そうよ。そんな話を聞いて、私たちが、はい、そうですかと納得すると思うの?」


 翔虎は剣を構えなおし、直は弾丸を錬換して弾倉にこめた。


「無駄です。この少年の目を通して、あなた方の戦闘力は十分に把握しました。あなた方は私に、私が送り込むイーヴィルには勝てない」

「どうして、このタイミングで行動を起こしたの? 寄りによってこんな……卒業式の日に」


 直は銃口を向けた。正木は、相変わらず唇を動かさないまま、


「この星の科学力が、私の予想を遙かに超えていることを知ったためです」

「科学力って、僕たちのことか? 錬換のこと」

「それもありますが、決定的なことを知ってしまったのです」

「何だよ?」

「この星以外の、別の惑星に行ったことのある人物と出会ってしまったのです」

「別の惑星だって? 何を言い出すんだ? そんなやつ、この地球上のどこを探してもいるわけが……」

「いました。つい先ほど出会ったのです。私は近くにいる人間の記憶を電気信号として読むことができます。あなた方がその鎧を装着する戦士であることも、それで知った」

「で、誰なんだよ! 他の星に行ったことのあるやつって!」

「理事長と呼ばれる人物です」

「理事長? 神崎理事長が?」


 翔虎は叫び、直は息を呑んだ。


「な、何かの間違いだろ! いくら理事長だからって、宇宙旅行までは……」

「そのような生やさしいものではありません。神崎という男は、ある装置を使って他の星に行き、そこでイーヴィルと遭遇までしています」

「他の星に行って、さっきの怪物と遭遇しただって?」

「そんなこと、あるわけがないわ!」

「確かです。あの記憶は、神崎という人物が実際に体験したことに間違いはありません。偽りの記憶や、現実と区別が付かなくなった妄想の(たぐ)いでは決してありません。そのような技術もすでに手に入れていたとは。私はすぐにでも行動を起こす必要に迫られました。先ほど見た通り、この星にイーヴィルを召喚する実験にも成功しました」

「あなた、この星の運命を変えることと、戦争を起こすことの因果関係にまだ答えてないわよ」

「そうでしたね。戦争と言っても、この星の人間を根絶やしにしようというのではありません。先ほど私が言った文明線を、必要量停滞させるだけです。歴史線は時間により勝手に進まざるを得ず、こればかりは我々にもどうしようもありません。手を加えようとすれば、文明線か精神線しかないのです。文明線を停滞させ、精神線を向上させる。そのためには戦争が一番効果的であるというだけです。我々にとって戦争は手段です。目的ではありません」

「戦争が、一番効果的だって?」

「そうです」

「馬脚を現したわね。あなた、何だか大層なご託を得々と並べ立てていたけれど、とどのつまり戦争でみんなを不幸にしたいっていうだけじゃない」


 直が言った。


「それは誤解です」

「何が違うっていうのよ」

「これから起こる戦争で、最終的にあなた方は勝利します。私は負けるのです。私は戦争によりこの星の人間を打ち負かそうだとか、蹂躙してしまおうだとか、そのような欲望、いえ、感情はありません。宇宙に生まれた知的存在に、より長く、幸せな歴史を歩んでもらいたい。我々の中にあるものは、ただそれだけなのです」

「負けるために、わざわざ戦争を仕掛けるっていうのか?」

「そうです。何度も言いますが、この戦争は手段でしかありません。私が送り込む、大小様々なイーヴィルは、世界中に攻撃を仕掛けます。そこには何の差別、区別もありません。地域、人種、宗教、思想、何にも(かたよ)ることなく、人間の分布に比例して戦力を送り込みます。人間以外の生物だけが住む環境には一切攻撃は加えません。いわば彼らも、この星の人間の被害者ですからね。大都市、人間の寄り集まるところ、それらを狙いイーヴィルは送り込まれます」

「そ、そんなことをするのが、どうしてこの星が、地球人が幸せになることに繋がるっていうのよ!」

「この星をひとつにするため」

「ひとつ……に?」

「そうです。宇宙規模で見れば、あなた方ほどの文明を自力で得た知的存在が、未だ狭い自星の中で、やれ国だ、やれ宗教だと、同族間で争いを続けていることは異常なのです。しかし、環境的な要因もあったのでしょう。あなた方の星、この地球には、そばに一切の外敵、脅威が存在しなかった。宇宙気流に乗って定期的にやってくる怪獣の群れも、異層次元の歪みによって引き起こされる次元断裂流にも襲われることがなかった。あなた方は宇宙規模で考えれば、極めて穏やかで平穏な歴史を刻んできた。それがいけなかったのです。人間の持つ闘争本能、攻撃本能はすべて内側に、自分たちに向けられてしまっていた。

 ですが、そのような小さな星の中だけで起こす無為な諍いはもう終わりを告げます。私の起こす戦争で、今こそこの星の人間はひとつになるのです。国や人種、宗教という枠を越えた、すべての地球人に仇なす絶対的な悪。それに立ち向かうため、あらゆる種別、しがらみを越えてひとつになる人々。この試練を越えた先に、地球人の新しいステージは待っています。私の計画は完璧です。地球人は徹底的に追い込まれます。戦いは数十年にも及ぶでしょう。人口も現在の十分の一にまで減らされます。しかし、最後の最後で、あなた方は勝利します。劇的な、素晴らしい勝利を演出します。この戦争により、過度な文明と余計な知識は一掃され、長く苦しい戦いを味わったことで精神性も上がるでしょう。ここに理想的な知的存在順行線は完成します」

「放っておけばいいだろ! お前らの言う、何とか線から外れても、放っておけばいいじゃないか! どうしてこんな介入をしてくるんだよ!」

「この宇宙であなた方のような知的存在が誕生して、ここまでの文明を築く確率がどれほどのものか、知っていてそんなことを言うのですか!」


 正木の中にいるものの口調が変わった。


「あなた方が今ここに存在しているという事象が、いったいどれほどの恐るべき、ほとんど奇跡と言ってもいい確率の上に成り立っているのか。この宇宙が誕生して、これほどまでにその領域を広げたというのに、今まで宇宙にどれほどの知的存在が誕生したか。それはこの宇宙の規模から考えても、あまりにも少ない。保護されるべきなのです。宇宙の宝なのです、あなた方は」

「ふざけんなよ! 戦争なんて起きれば、大勢の人間が死ぬんだぞ! そんなことが許されるはずがないだろ!」

「このまま放っておけば、もっと多くが死に、いずれこの地球上から人間は絶滅します。長期的な目で見て下さい。個ではなく種として生き延びることを考えて下さい」

「な、何言ってるんだ、お前……」

「おかしなことを言わないで下さい。言葉は通じているはずです。この周辺でもっとも多く使用されている言語で話し掛けているのですから。それとも、私の喋る言葉に何か不備がありましたか?」

「な、何なんだ、こいつ?」


 翔虎は流れ落ちた冷や汗を拭うと、


「……そんなことを考えて、そして実行しようとしている、お前はいったい、何者なんだ……?」

「我々は、この宇宙の誕生と同時に生まれました。我々自身も、それしか知りません。あるのは、生まれた知的存在をより良い方向に導くという使命だけです」


 正木は両腕を広げた。その数メートル先に、再び空間に穴が空く。その穴から怪物が出現した。先ほど現れたトカゲのような怪物が、今度は次々と列を成して屋上に降り立ち始めた。


「手始めに、二メートルクラスのイーヴィルから始めます。徐々に大きな個体を送り込み、戦いの規模を地域から地方、国、惑星レベルへと拡張させていきます」


 穴は閉じられた。出現した怪物の数は十体以上にまで増えていた。翔虎と直は武器を構えなおす。正木の中にいるリヴィジョナーは、


「手始めに、この施設にいる人間を全滅させます」

「な、何だって?」

「待って!」


 直が一歩踏み出して、


「あなたの相手は私たちがするわ」

「そうだ! みんなには指一本触れさせない」

「それはなりません。この戦争を始めるために必要なことです」

「どういうことだよ!」

「私が送り込む〈イーヴィル〉は、人間にとって絶対的な悪であるということを、まず知ってもらうためです。それには、若い人間を一方的に残酷に蹂躙するのが一番ですから。人間には死力を尽くして私と戦ってもらわなければなりません。『侵略者とはいえ、話し合いによる平和的な解決が可能なのではないか?』などという甘い考えを持つ人間がひとりも出て来ないように、これは必要な措置なのです。全人類がひとりの例外もなく、私と〈イーヴィル〉を憎み、命を尽くして戦ってもらわなければなりませんから」

「貴様……」


 翔虎は表情を歪めた。リヴィジョナーは、正木の無表情な顔のまま、


「ここで起きた事件を後生の人間は、〈卒業式の惨劇〉などと呼ぶようになるかもしれませんね」


 翔虎が跳びかかった。同時にリヴィジョナーも右手を上げ、呼応したイーヴィルの群れも一斉に走り出す。うち数体は、直が錬換したアサルトライフルの掃射で打ち倒されて塵と化していた。残るイーヴィルも、翔虎の剣によって一体、また一体と斬り倒されていく。しかし、屋上にいるイーヴィルの数は減っていなかった。減るどころか、その数を増してきている。リヴィジョナーが空間に空けた穴から、どんどんと新たなイーヴィルが投入され続けているためだった。リヴィジョナーは後ずさり、フェンスに手を掛けたが、


「……この脆弱な体では」


 そう呟くと、床に両手を突いて四つん這いになった。正木の手のすぐそばの床から、コンクリートの床を巻き込みながら何かが出現し始めた。それは次第にはっきりとした形を成していき、黒に金色を配した鎧姿の人型に完成した。ディールナイトとディールガナーによく似た、フルアーマー姿の戦士形状をしていた。正木は両腕の力が抜けたように屋上の床に俯せに突っ伏した。


「正木くん!」


 翔虎は強引にイーヴィルの包囲を抜け、正木を抱き起こして目の前の鎧の戦士を見る。


「この新しい体に移らせてもらいました」


 新たな体を得たリヴィジョナーが言った。


「ディールナイトに似てるな。真似したのかよ」

「あなた方は、この学校にとって力の象徴のようなものですからね。自然とこうなってしまったのです。この学校に出現した二体のプログラムも、あなた方そっくりな姿に変化していましたからね」

「ジョーカーズのことか」

「他のプログラムもそうだったのですが、あの二体は特に、この学校に執着のようなものを見せていました。あなた方そっくりになることを選択したことで、呪縛のようなものが生まれたのかもしれませんね。ここの生徒に大変な人気がありますからね、あなた方は。それでは」


 リヴィジョナーは床を蹴ると、屋上から校庭に飛び降りた。


「待てっ!」


 翔虎も追おうとしたが、正木を抱えていることを思い出したのか、足を踏み留めた。翔虎の背後からイーヴィルが襲いかかった。振り向きざま翔虎は剣を薙ぎ払って、イーヴィルを真っ二つにする。その振動で正木が目を覚ました。


「……あれ? ここ、どこ……」

「正木くん!」

「ディールナイト? え? な、何?」


 正木は自分がディールナイトに抱えられていることと、周囲が凶悪な外見をした怪物に埋め尽くされていることに驚いたのか、目を丸くした。


「ディールナイト!」


 直の声がした、直は階段室の近くで戦闘を続けていたが、怪物を引きつけて移動した。階段室まで道が空く。直の考えを察したのか、翔虎は、


「正木くん!」


 正木を連れて階段室まで走ると、


「みんなに知らせてくれ。学校から逃げるようにって」

「わ、わかりました」


 正木はドアを開けて階段を駆け下りた。


「翔虎!」


 正木の姿が見えなくなると直は、


「あいつ、校庭でも怪物を呼び出してる!」

「何だって!」


 校庭に下りたリヴィジョナーは、校庭にも空間に穴を穿ち、そこからイーヴィルを呼び出していた。その数はすでに十数体にもなっている。屋上に空いていた穴はすでに消えていた。


「直、ここ任せてもいいか?」

「オーケー」


 直は右手にレイピア、左手にアサルトライフルを構えている。翔虎は目の前に立ちふさがった一体を斬り捨てると、フェンスを跳び越えた。



矢川瞬(やがわしゅん)

「はい」


 体育館では、卒業証書授与が行われていた。各クラス担任が名前を呼び上げるごとに、生徒が壇上に上がって校長から証書を受け取る。一組最後の生徒、矢川が証書を受け取り終えた。名前を呼び上げる教師は二組担任に移った。


「何か、外、騒がしくね?」


 在校生席の弘樹(ひろき)が、隣の寺川(てらかわ)に小さく声を掛けた。


「そうだな。雨でも降ってきたかな」

「今日は快晴って予報だったぞ」


 弘樹は顔を上げた。体育館の高い窓から覗ける空は、雲がまばらに散るだけの青い色を見せていた。

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