第60話 最後の錬換武装 2/5
「こ、これは……」
翔虎が持参した資料に目を通した亮次は唸った。
「どう思いますか? 亮次さん」
座卓に片肘を乗せ、迫るように翔虎は問いかけた。その隣では直も神妙な顔で亮次を見ている。
「どう、って……どう見ても、ディールナイトとディールガナーだよな?」
二人のビキニアーマーの戦士――ただし、どちらも女性――が描かれた紙を亮次は手に取ると、
「それで、これはいったい何なんだい?」
「テレビゲームの資料です」
「ゲーム?」
「そうなんです。僕、ネットで偶然それを見つけて、亮次さんにも見てもらおうと思って持って来たんです」
翔虎は、直と打ち合わせた話を亮次にした。亮次の手は、座卓の上に重ねられた次の資料、コンピューターグラフィックスで描かれた、設定資料と思しき二人のビキニアーマーの三面図に向かう。
「ディールナイト――このゲームでは、キューティーソード、か。そっちは胸が控えめで、ビューティーガンのほうは豊かな胸を持っている。というところまで同じだな」
「名前からして、それぞれが剣と銃を得意にしているらしいところもですよね」
直が言ってきた。亮次は頷いて、
「このゲームは、いつ頃発売されたんだい?」
「されませんでした。開発中止になっています。二〇一一年くらいに」
翔虎が答える。
「開発中止?」
「そうです。吸収先の大手メーカーで似たようなゲームが発売予定だったらしくて」
「吸収、ということは、これを開発していた会社は、もう?」
「はい。ありません。……HDソフトっていう――」
「何だって?」
亮次は資料と翔虎の顔、交互に向けていた視線を翔虎に固定した。
「HDソフトって……北海道にあった?」
「そ、そうです。亮次さんも、知ってますか?」
「あ、ああ。地元だからね」
亮次は翔虎から視線を外した。翔虎は、さらに何かを訊きたいが言い出せない。とでもいうような複雑な表情になったまま黙り込んだ。それを見ると直が、
「亮次さん。何か知っていることはありませんか?」
「えっ?」
「亮次さんの故郷は北海道、このゲームの開発元も北海道。これには何か関連があるんじゃないですか?」
「直くん……」
「直」
翔虎に腕を引かれて、直は気が付いたように、座卓の上に乗りだしていた体を引いた。
「す、すみません、亮次さん。私、そういうつもりじゃ……」
「いいんだ、直くん」
直は顔を伏せて詫びる。「いいんだ」ともう一度口にすると亮次は資料を置いて、
「そ、それで、翔虎くん。このゲームについてなんだけれど、開発担当者の名前なんか、わかるかな?」
「えっ? 開発者、ですか」
「そう。もし、知っていたら教えてもらいたいんだが。ほ、ほら、私のほうでも調べてみたいし……」
「は、はい。橋広利っていう人です」
「……何だって?」
「え? だ、だから、橋広利。橋はブリッジの橋で、広いに利益の利……」
「写真もあります」
直は資料をまさぐって、橋広利の写真を一番上に上げた。亮次の目が見開かれる。
「この人が……橋広利……?」
「そ、そうですけど?」
亮次は写真が印刷された紙を手に取り、じっと見つめる。
「どうしたんですか? 亮次さん」
「顔色悪いですよ」
翔虎と直に続けて言われ、亮次は二人を見ると、
「だ、大丈夫だよ。二人とも、この資料、少し私に貸してもらっていてもいいかな? 調べてみたいことがあるんだ」
「ええ、構いません。ていうか、それデータを印刷したものだから、あげますよ」
「ありがとう。すまない、翔虎くん、直くん、私はこれから出掛ける用事があるんだ、いいかな」
「も、もちろん」
「すまないね……」
翔虎と直は、追い立てられるように亮次のアパートをあとにした。
「亮次さん、おかしかったよね」
「うん。あれは、明らかに何か知ってるっぽい反応だったわよね……」
アパートを出て歩く翔虎と直は、いつもより遅い足取りで帰路に就いていた。直は続けて、
「でも、途中までは本当に驚いてるみたいに見えたけどな」
「どのあたりまで?」
「あのゲームの資料を見て、開発元がHDソフトだったって聞いたあたり?」
「橋広利っていう人の名前を聞いたときも驚いてなかった?」
「うん、でも……」
と直はここで声のボリュームを落とし、翔虎に顔を近づけて、
「亮次さんは、橋広利さんのことを知ってたはず。私が忍び込んだ地下室に名刺があったもの」
「うん。ということは、亮次さんは、橋って人は知っていても、あのゲームの開発者だっていうことまでは知らなかった?」
「そんな感じの反応だったね。でも、変なの。亮次さんが一番驚いた反応をしたのは、橋さんの写真を見たとき」
「ああ、そのときも確かに亮次さん驚いてた」
「おかしいよね。自宅に名刺があるような人だよ。顔くらい知っててもいいでしょ」
「あ、そう言われてみれば。じゃ、じゃあ、亮次さんは、橋って人の顔までは知らなかった?」
「そういうことにならない?」
「でも、どういうことなんだ? 亮次さんの知ってる情報が随分とちぐはぐに思えるけど」
「……翔虎、亮次さんのところに戻ろう」
「用事があるって言ってたな……急ごう」
二人は揃って踵を返すと走り出した。
「あ! 遅かった!」
翔虎は足を止めた。その隣で直も「あー」と声を出す。駐車場に亮次のオレンジ色のSUVはなかった。
翔虎と直がアパートを出ると、亮次はすぐに携帯電話を手にとって発信した。意外にも相手は数回のコールで応答した。
「神崎です」
スピーカーから東都学園理事長神崎雷道の低い声が聞こえた。
「神崎さん、叢雲亮次です」
「ああ、わかっている。だから急いで出たんだ」
「ありがたいことですね」
「それで、何か?」
「今日、お時間いただけますか?」
「……いいでしょう。学校に来られますか」
「今日は日曜日ですが、よいのですか」
「もちろん。私は理事長ですからね。門は閉まっていますが施錠されていないので、開けて入っていて下さい」
「わかりました。すぐに行きます」
「私のほうが遅くなるでしょう。駐車場で待っていて下さい。では」
「はい」
電話を切った亮次は、翔虎が持って来た資料を詰め込んだ鞄を手に、部屋を出て車に飛び乗った。翔虎と直が駐車場についたのはそれからすぐだった。
信号待ちで停車した亮次は、鞄から一枚の資料を引き抜いて見つめていた。そこに写っている青年の写真。
「あの被験者が……橋広利?」
橋広利は、亮次がの実家地下室のパソコンに保存されていた動画、そこで、錬換武装装着の様子の被験者となっていた青年と同じ顔をしていた。
東都学園高校の駐車場に車を止めた亮次は運転席で待っていた。亮次に遅れること十数分、黒いセダンが門を抜けて滑り込んできた。亮次は鞄を手に車を降りる。
「お待たせしたね、叢雲――亮次さん」
セダンからも神崎が降車した。車に乗っているのは神崎ひとりだけだった。「いえ」と亮次は答える。二人は並んで教師、来賓用玄関に向かい、神崎が懐から鍵を取り出す。
「それで、どんなご用かな?」
「あなたに、神崎さんに見ていただきたいものがありまして」
「……どうぞ」
解錠して扉を開けた神崎は亮次を促した。
「これは……ディールナイトとディールガナーですか? うちの漫画部がこんな作品を描いていますよ」
応接室に通され、亮次から一枚目の資料を見せられた神崎は、視線を紙から亮次に戻した。
「それは、テレビゲームの資料です」
「テレビゲーム……彼女らを題材にしたゲームが出ると?」
「違います。そのゲームは開発中止になりました。……二〇一一年に」
「二〇一一年?」
「そうです。開発元は、北海道にあった会社です。HDソフトという」
「北海道の?」
神崎は亮次の言う言葉に反問するだけだった。
「北海道……二〇一一年……確か、調査では……」
神崎は口の中で呟き始めたが、すぐに黙ってしまう。沈黙にばつが悪くなった亮次は、資料の一番下の紙を上に出して、
「ちなみに、この人がこのゲームの開発者です」
その写真を見た神崎は目を見開き、奪うように紙を取り上げた。神崎の様子に気圧された亮次は、
「そ、その人の名前は――」
「叢雲亮次!」
「えっ? な、何ですか?」
「――いや、違う!」
神崎は亮次の顔を見て、すぐに写真に戻ると、
「この青年だ!」
「何ですって?」
「叢雲亮次だよ! この青年が!」
神崎は興奮した様子で写真の青年を指さす。亮次は言葉をなくしていた。
その日の夜、翔虎は亮次に電話を掛けた。
「翔虎くん、どうかしたかい?」
「あ、いえ、亮次さん、もう帰ってきたんですか?」
「ああ、昼過ぎに戻っていたよ」
「そうですか……あの、今日の資料について、何かわかりましたか?」
「……」
「亮次さん?」
「あ、いや、今日の用事はそのことじゃなかったんだよ。あれについては、明日以降また調べるさ」
「そ、そうだったんですか」
「気になるのかい? そりゃそうだよな」
「ええ、それは、もう……」
「何かわかったら、翔虎くんに知らせるよ。もちろん、直くんにもね」
「はい、期待してます」
「はは。あんまり期待しないでくれ、と言おうとしたところだったのに」
「あはは」
「……翔虎くん」
「何ですか?」
「……昨日も言ったが、錬換武装も残り一体だな」
「ええ、もうすぐ終わりますね。戦いが」
「終わる……そうだな」
「僕、最後まで頑張ります。直もそうですよ」
「ああ」
「それに、これも昨日言いましたけれど、ゾディアークもいますしね。理事長が」
「理事長……神崎雷道か」
「心配しないで下さい。エースの力でぶっとばしてやりますって」
「頼もしいな」
「へへ」
「翔虎くん、君は本当に頼もしくなったよ」
「何ですか、突然」
「翔虎くん、直くんといい仲になったんだろ。今までよりも、もっと深い関係に」
「え? ど、どうして?」
「はは、やっぱり図星だったか。何、直くんを見てればわかるよ。最近、直くんが翔虎くんを見る目が違ってきていたからね」
「そ、そうですか? 僕にはわかりませんけれど……」
翔虎は赤くなって頭を掻いた。
「な、私の言った通りだったろ」
「な、何がですか?」
「直くんには、翔虎くんだって。二人の間には誰も入り込めないって」
「そ、そんなこと言ってくれたことありましたね……あ、あの、ありがとうございます。色々と相談に乗ってくれて」
「私も嬉しいよ。本当に」
「亮次さんのおかげです」
「そんなことないだろ。翔虎くんの力だよ」
「いえ、僕の周りにいる人たちみんなのおかげです。亮次さん、テラ、ヒロも」
「大切にするんだぞ」
「はい。僕……一生、直のこと守ります」
「今の言葉、直くんに言ってあげなよ」
「そ、それは……」
「はは。今すぐにっていうんじゃないよ。時期が来たら、ね」
「はい」
「それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、亮次さん」
翔虎が最初に振ってきた、橋広利や神崎に関する話題を亮次は、うまくはぐらかすことができた。そのために翔虎と直との関係を持ちだしたことを、亮次は後ろめたく思いもした。亮次が学校の応接室で聞いた神崎の話。それ以前に、世良に聞いた話。それらを統合して亮次は考えをまとめる。が、
「駄目だ。何かが……欠けている?」
亮次は頭を押さえて座卓に肘を突いた。
「もしくは……余計な何かが? ……だが、私の記憶は、思い出は、確かに……」
亮次の頭に浮かぶ、ハマナスの咲く丘、ストローハットをかぶり白いワンピースを着た、美しい女性の立ち姿。
「祥子さん……」




