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錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第59話 怪物使いの少年
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第59話 怪物使いの少年 2/5

 神崎(かんざき)敷島(しきしま)がブルーシートの向こうに入ってからも、翔虎(しょうこ)(なお)は屋上に身を伏したままだった。


「どうする翔虎。乗り込む? もしかしたら、理事長が地下室の鍵を開けて中に入ってるかも。ううん、きっとそうだよ」

「ああ。でも、今、乗り込んだら、神崎、つまりゾディアークと一戦交えることは避けられないだろうな」

「よりによって、こんな日に理事長が来るなんてね」

「ああ、警備員の人たちだけだったら、最悪何とか食い止めて、地下室に侵入することも辞さない覚悟だったんだけど……」

「あ、出てきた」


 神崎、敷島の順にブルーシートをくぐり、二人が外に出てきた。神崎は携帯電話を取りだして通話を始めた。通話を終えた神崎は懐から札入れを取り出して、警備員に一枚紙幣を渡す。その警備員は駐車してあるバンに走り運転席に乗り込むと、エンジンを掛けて校門を出て行った。


「どうしたんだろう」


 バンのテールランプを見送った翔虎がブルーシートに目を戻すと、神崎と敷島は備え付けてあるパイプ椅子に腰を下ろした。


「おいおい、まだ帰らないのかよ」


 翔虎はイライラしたように体を揺する。

 すぐにバンは戻ってきた。運転席を下りた警備員は、コンビニ袋を提げて神崎のもとに戻ると、中から取りだした缶コーヒーを神崎、敷島と他の警備員に配り始めた。


「何だ、あいつら居座る気か! この寒い中、暇なやつらだな!」

「翔虎、そろそろ帰る? 明日も学校だよ」


 直が携帯電話モードにしたタッチパネルを見せた。時刻は午後十時を回っている。


「うーん……仕方ない。明日の夜、また来よう」

「そうだね」


 二人は飛行ユニットを装着すると、神崎たちの目に触れないよう、校舎裏を迂回して自宅方向に向かった。


「翔虎、地下室もだけど、正木(まさき)くんのこともあるよね」

「そうなんだよなぁ。さっきの続きだけど、正木くんは、自分の父親をストレイヤーに襲わせたってことなのか?」

「どうしてそんなことを」

「もしそうなら、家庭事情で何かあるんだろうな」

「息子と父親の確執みたいな? それにそもそも、正木くんがストレイヤーを操ってるってことが謎だよね」

「うん。……あー、謎のロボット、第二生徒会、チェックメイト、ジョーカーズ。色んな問題に決着がついたと思ったのに、次から次へと謎が出てくるな」

「気の休まるときがないね」

「本当だよ」

「翔虎、私で力になれることがあれば、何でも言ってね」

「直は、いつも一緒に戦ってくれてるじゃないか」


 二人がマスクの下で微笑み会うと、眼下にいつも着地して変身を解く空き地が見えてきた。二人は地面に下りて変身を解除する。


「直、明日は正木くんの友達に会って、話を聞いてみようと思うんだけど」

「うん。でも、あんまり怪しまれないようにしないとね」

「で、夜になったら今度こそ地下室に乗り込もう」

「わかった。翔虎」

「何?」

「おやすみ」

「あっ」


 直は翔虎を抱き寄せた。翔虎も直の背中に腕を回す。二人はどちらからともなく顔を向け合って、唇を重ねた。



「来たな」


 神崎は椅子から立ち上がった。荷台にクレーンを備えたレッカー車両が校庭に入ってきて、警備員の誘導で穴の縁に移動する。地下室を囲うブルーシートはすでに撤去されていた。レッカー車両のあとについてきたバンから数名の作業員たちが降りると、神崎の指示で地下室に入っていく。程なくクレーンのフックが地下室に空けられた穴に下ろされる。作業員の合図を受けてクレーンのワイヤーが巻かれていくと、吊り上げられた金庫が地下室から姿を見せた。

 金庫が校庭に下ろされると、ただちにガスバーナーやドリルを手にした作業員がそれを取り囲む。バーナーの燃焼音、ドリルが金属を穿つ音を深夜の校庭に響かせること数十分。


「開きました!」


 作業員のリーダーが神崎に告げた。椅子から立ち上がった神崎は作業員たちを下がらせると、敷島と二人で金庫に近づいていく。金庫は錠部分がバーナーで焼き切られ、ドリルの穴も空いた状態で扉が数センチ開いていた。屈み込んだ神崎は、手を掛けてゆっくりと扉を開く。その後ろで敷島も屈んで中を覗き込んだ。


「……何だこれは?」


 敷島は呟いた。金庫の中には、一辺が十五センチ程度の立方体が鎮座していた。神崎は、そっと両手に取り中から取り出す。立方体の表面には溝が走り、ケーブルを繋ぐ端子のようなものもあり、何かの機械部品のように見える。


「何だと思う、敷島」


 神崎は立ち上がり、手にした箱状の物体を掲げて敷島に見せた。神崎が持つそれを四方から観察した敷島は、


「これは、USB端子のポートだな」


 箱に開いた端子を見て言った。


「USB? そんなに昔のものじゃないということか?」

「いや、最初のUSB1.0企画が登場したのは、一九九六年だ」

「一九九六年か。ぴったりだな。では、これは何かしらの記録媒体だと?」

「恐らく」

「敷島」

「ああ、何が入っているのか、調べてみよう」

「頼む。ふふ、だが、もしかしたら……」

「何だ? 神崎」

「ここに入っていたものは、もう抜け出てしまっているのかもしれないがな」

「……誰かしらの頭の中に入ってしまった、か?」

「わからん。とにかく、調べてみないことにはな」


 神崎の手の中で、謎の立方体は月明かりを浴びて怪しく光っていた。



 小さな公園にある東屋(あずまや)のベンチに正木(あきら)は座っている。懐で携帯電話が鳴った。発信者を伝えるディスプレイには、彼の母親の名前があった。正木に応答する様子は見られない。それでもディスプレイをじっと見つめているのは、着信により電池が余計に消費されることを疎ましく思っているのだろうか。正木の携帯電話の電池残量は半分を切っていた。


 正木はディールナイトたちとの戦闘から退却したあと、近くに置いていた自転車に乗って近くの大型ショッピングモールに向かった。店内に入った正木だったが、別に何も目的はないように広い店内を歩き回り、ベンチに座っているだけだった。

 やがて閉店時刻を迎え、ショッピングモールは併設された映画館だけを残してシャッターが下りた。映画館のチケット売り場のベンチにしばらく座っていた正木だったが、制服姿のままであったためか、何度も窓口係員の視線を浴びており、十数分ほどすると追い立てられるように映画館を出て、公園に入り東屋のベンチに腰を据えたのだった。


 数十秒ほどののち携帯電話は鳴り止んだ。正木は安心したようなため息を漏らしたが、同時に表情も一瞬だけ寂しげなものに変わっていた。正木が携帯電話を懐に戻そうとした直前、メールの着信音が鳴った。メールを開くまでもなく、ディスプレイ上のプレビューで発信者と内容の一部が表示される。発信者は母親。帰りが遅いことを心配する内容の文面が見て取れた。正木は逡巡するような顔になったあと、母親にメールを打った。友人の家に泊めてもらう。という内容だった。

 しばらく携帯電話で趣味のサイトを閲覧したあと、正木は母親に送ったメールの文面とは裏腹に、ベンチに置いた鞄を枕にして横になった。コートを体に掛けて目を閉じる。降雨、降雪こそなかったが、折り悪く寒気が襲ってきていた空の下。正木はスーパーで購入した使い捨てカイロを握りしめて、夜風に身を縮めながら一夜を過ごした。



 翌日の昼休み、翔虎と直は一年五組の教室に正木晃を訪ねた。ドアの近くにいた生徒に正木を呼び出してもらおうと声を掛けると、


「正木なら、保健室だよ」

「保健室? 具合が悪いとか?」

「うん。朝から顔色悪くて、何だかぼーっとしててさ、授業中に先生も気付いて、『保健室行け』って言われたんだけど、正木のやつ、『大丈夫だから』って返して。でも、昼休みになったらあいつ、昼飯も食べないで机に突っ伏してるばっかりで。顔が赤くて額も熱くて明らかに風邪引いてたから、何人か付き添わせて保健室に行かせたんだ」

「そうなんだ。ありがとう」


 二人は保健室に向かった。


「失礼しまーす」


 翔虎は声を掛けながら保健室のドアを開けた。「はい」と机に向かっていた保険医の新田春(にったはる)が椅子の座面ごと振り返った。


「あら、尾野辺(おのべ)くんと成岡(なるおか)さん。久しぶりね」


 と微笑みかけると、立ち上がって二人に近づいて、


水野(みずの)くんのこと、まだお礼言ってなかったわね。本当にありがとう」


 そう言いながら二人の手を強く握った。


「僕たちの力だけじゃないですよ。明神(みょうじん)さんや、第二生徒会の烏丸(からすま)先輩とか、三組のみんな。大勢の人に協力してもらいましたから」


 と答えながらも少し誇らしげな翔虎の横顔を、直は笑みを浮かべて見つめている。


「今、お茶を煎れるわね」

「あ、新田先生、ここに、五組の正木くんが来てますよね」


 応接セットに向いかけた新田を翔虎が呼び止めた。


「ええ。尾野辺くん、四組よね。正木くんと友達だったの?」

「いえ――あ、はい。そうなんです。正木くん、大丈夫なんですか?」

「大丈夫ではないけれど、熱があるから薬を飲ませて、今、寝てるわ」


 新田は仕切りのカーテンを見た。その向こうにはベッドスペースがある。と、そのカーテンが引き開けられた。正木がベッドから半身を起こし、カーテンに手を掛けたまま覗いていた。


「正木くん。ごめんね。起こしちゃった?」


 新田が駆け寄って、正木の額に手を当てる。


「うん、まだ熱があるわね。午後の授業はお休みね。汗かいてるから、体拭きましょう」


 新田は給湯所に向かった。半分ほど空けられたカーテンの隙間越しに、正木と翔虎は目を合わせた。


「正木くん」


 翔虎が声を掛けると、正木はすぐに視線を下げて、


「何……何の用」

「あ、あのね――」


 翔虎がさらに声を掛けようとしたが、直はその腕を取って、


「起きたばっかりだから、ちょっと待とうよ」

「そうだね」


 翔虎はそれに従った。


「ごめんね、正木くん」


 直が微笑みかけると、正木は少し顔を赤らめた。そこへ新田が湯を湛えた洗面器とタオルを手に戻ってきて、


「正木くん、これで体拭いて。あれ、顔、さっきより赤いね。熱がぶり返したかな?」


 と正木の額にもう一度手を当てた。


「あ、尾野辺くんと成岡さんは、お茶でも飲んでてね。悪いけど、お茶はセルフでお願いね」


 新田に言われ、二人は戸棚から急須と湯飲みを出し、お茶を煎れる準備を始めた。新田は正木のベッドに残り話を続けており、カーテン越しに声が聞こえる。正木の声が小さいため、漏れ聞こえる声は新田のものだけだった。


「正木くん、体、私が拭いてあげようか――あ、嘘、嘘、ごめんね。……替えの下着なんて持ってないよね。……体操着に着替える? ……そう、体拭いたら、もう一度熱計ろうね。正木くんはバス通学? ……自転車なんだ。じゃあ、帰りはお家の人に迎えに来てもらったほうがいいわね。……え? 駄目よ、こんな容体で自転車に乗って帰られるわけないでしょ。お母様はお家にいらっしゃるの? 私が電話して――」

「いいって!」


 正木の荒げた声が響き、直は湯飲みを傾ける動きを止め、翔虎はカーテンを見た。


「もう大丈夫です。すみません……」


 続いて聞こえた正木の声は、消え入るように小さくなっていき、最後はカーテンに吸収された。直後、布団を被る音がした。直は翔虎に顔を近づけて、


「放課後に出直そう」


 そう耳打ちすると、翔虎も頷いた。


 お茶を飲み終えた二人は、挨拶をして保健室のドアに向かった。見送りに来た新田に直が、


「新田先生、正木くんのこと、放課後まで引き留めておいてもらってもいいですか?」

「何か用事があったのね。いいわよ。正木くん、よく寝てるし、あの熱だと、しばらく目を覚まさないと思うわ」


 とベッドを仕切るカーテンに目をやった。正木が寝ていると聞いたためか、翔虎が、


「正木くん、ご両親と何かあったんですか?」

「え、どうして?」

「あ、いえ、さっき、先生と正木くんが話をしてるときの声が、ちょっと聞こえちゃってて。正木くん、家の人に迎えに来てもらうの嫌がってたみたいだったので」

「ああ。ええ、そうなの。まあ、年頃の男の子だからね。ご両親のことを一番疎ましく思う時期でもあるしね。でも、それだけが理由じゃないみたいな反応だったけれどね」


 新田はまたカーテンに目を向ける。その眉間には心配そうな皺が刻まれていた。

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