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錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第59話 怪物使いの少年
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第59話 怪物使いの少年 1/5

「撃て!」


 正木晃(まさきあきら)が叫んだ。三本の脚を広げ、長尺の銃そのものである右腕を上げて射撃形体に変形したストレイヤーは、銃口から火を噴かせた。まるで正木の声に応じるかのようだった。その射線上にいるのは、翔虎(しょうこ)が変身したディールナイト。翔虎は咄嗟に錬換(れんかん)したタワーシールド〈ハートシックス〉の陰に身を伏していた。猛烈な射撃音と、銃弾が盾にぶつかる衝撃音がこだまする。

 (なお)はタッチパネルを操作して輝く(てのひら)で地面を叩く。そのそばでは、正木もまた胸に浮かび上がったゴルフボール大の球体を自分の足下に叩き付けていた。直と正木、それぞれの足下からアサルトライフルと人型の怪物が飛びだしたのは同時だった。

 ライフルをキャッチしながら、直は正木の前に立つストレイヤーを見る。


「また新しいやつが!」


 が、直は翔虎の救出を優先するため、ライフルを銃撃中のストレイヤーに向ける。翔虎が身を隠しているタワーシールドは強力な連射弾に晒され続け、縁が削られ何本もの亀裂が走っている。直が引き金を引こうとした瞬間、


「ファブニル!」


 命じるように正木が叫ぶと、新たに出現したストレイヤーが直に跳びかかった。直は引き金を引くことができないまま、ストレイヤーに殴り飛ばされた。

 地面を転がった直は体勢を立て直す。直に攻撃を仕掛けたストレイヤーは、凹凸の少ないスマートなボディをしている。顔面も意匠の一切ないほぼ球形を成していた。ただ、左腕前腕だけが何かの装置のように複雑で機械的な形状をしている。ストレイヤーが正木から十分離れていることを確認したためか、直はライフルを向けて引き金を引いた。連射弾が襲いかかったが、


「何なの?」


 銃弾が命中することはなかった。ストレイヤーが胸の前に掲げた左腕を中心に直径二メートル程度の半透明な球体が発生している。銃弾は、ストレイヤーの全身をすっぽりと包みんだその球体に全て弾かれていた。


 銃撃を浴び続けるタワーシールドの横から何ものかが跳び出す。ストレイヤーの銃身はそれを追って回頭した。止むことなく銃撃は続き、その物体、ディールドローンの四肢をバラバラにして粉砕する。

 銃口が囮のディールドローンに向けられていた、ほんの二、三秒の空隙。その間に翔虎はディールナイトエースに変身。さらに強化された身体能力を駆使して一気に距離を詰めると、右のエースセイバーでストレイヤーの銃身を叩き斬った。


「サイクロプス! 戻れ!」


 正木が叫び、マシンガンストレイヤーはジャンプしたが、翔虎もまた跳び上がり、左のエースセイバーを振ってストレイヤーの胴体を真っ二つに斬り裂いた。地面を蹴る直前、翔虎はシャットダウンアタックを発動させていたため、塵と化したストレイヤーのあとには、プログラム光球が浮かび上がる。


「くそっ! ファブニル!」


 正木が命じると、残る一体のバリアストレイヤーは正木の横に跳び、彼を抱えてさらに跳躍した。


「待って!」


 直が声を掛けて追ったが、正木はストレイヤーに抱えられたまま夜の闇に消えた。


「直!」


 プログラムを回収した翔虎が直のもとに走る。


「翔虎! 正木くんが!」


 直はレーダーモードにしたタッチパネルを見たが、すでにストレイヤー反応は消えていた。翔虎もそれを見ると、


「どこかでストレイヤーを戻したな」

「まだ近くにいるかな?」

「ああ、でも……」


 翔虎は周囲を見回す。ストレイヤーが跳んだ方向は住宅が密集した地域だった。


「正木くんを発見しても、あんな場所で交戦できない。ここは見送ろう」

「そうだね……」


 直がそこまで言ったとき、翔虎のタッチパネルのカウントが〈0〉になり、翔虎はビキニアーマーの通常のディールナイトに戻った。


「あ、翔虎、車の人、大丈夫かな?」

「行ってみよう」


 二人は走って角を曲がった。

 男性は車の陰に避難したままだった。


「大丈夫ですか?」


 二人の鎧の戦士に声を掛けられると、男性は立ち上がって首を縦に振り、


「助かりました。ありがとうございます」


 と頭を下げた。


「よかった。それじゃあ、私たちはこれで――」

「いったい、何が起きたんですか?」


 男性の無事を確認して翔虎は去り掛けたが、直は男性に質問した。翔虎も足を止める。


「それが……帰宅途中に、突然車の前に怪物が現れて、驚いてハンドルを切って電柱にぶつかってしまったんです。そうしたら、怪物が車に武器を突き刺して。車は動かなくなるし、このままだと殺されると思って外に出たら。怪物が今度は私の目の前に立ちふさがって……」


 男性は汗を拭いながら答えた。


「そうですか……」


 直は考え込むようにヘルメットの顎部分に手を当てると、「あの」と再び男性に話し掛け、


「東都学園の正木(あきら)くんという子をご存じないですか?」

「えっ?」


 男性は意外そうな顔をすると、


「晃は、私の息子ですが」


 直は翔虎と顔を見合わせて、


「お、お父様?」

「は、はい。東都学園一年の正木晃の父です。で、息子が何か?」

「い、いえ……よ、よく似ていらっしゃるから、も、もしかしてって思って……」

「そ、そうですか? 初めてですよ、そんなことを言われたのは」

「ほ、本当ですよ……」

「息子と親しくしてくれているのですか? 顔まで知ってくれていて」

「え? い、いえ、わ、私たちは、東都学園のことは何でも知っていますから……じゃ、じゃあ、私たちはこれで」

「はい。ありがとうございました」


 直は翔虎の手を引っ張って路地裏に消えた。

 帰宅するため、二人は飛行ユニットを装着して飛び上がった、その直後、翔虎が、


「正木くん、ストレイヤーを操ってたっていうことなのか?」

「そんなふうに見えたね。ていうか、間違いなくそうだよ」

「じゃあ、あの繁華街のときも?」

「その可能性が高いよね」

「どうして? 何のために……?」

「目的としては、繁華街では、たまたま男たちに絡まれてる女性を見て、助けるためにやったのかも」

「じゃあ、今夜のことは?」

「襲われた男の人は、正木くんのお父さんだった」

「直、よくあそこであの人に話を聞いたね。ファインプレーだったよ」

「何だか気になってね。正木くんがいなかったら、私もそのままスルーしてたと思う」

「正木くんが、ストレイヤーに自分の父親を襲わせたってこと?」

「そう見えるよね。正木くんのお父さんは、ひとりで車を運転していて、誰かに絡まれてたとか全然なかったんだし」

「どういうことなんだ……」

「翔虎、親子のことだけじゃないよ。そもそも、正木くんがストレイヤーを操ってるってことが」

「ああ。正木くん、いったいどこであんな能力を」

「正木くん、あの地下室から中を覗いたことがあるって、美術部の人が教えてくれた……」


 直が呟くと、翔虎も無言で頷いて、


「……行ってみるか」


 二人は自宅ではなく、学校方面に進路を取った。



「やっぱり変わってないよ、翔虎。警備の人がいる」


 学校に近づくにつれ、校庭隅のブルーシートに囲われた一角が夜の帳の向こうに浮かび上がってきた。


「ここから近づくと、向こうからこっちも丸見えになる。もっと近くで見たいから、校舎の裏から回ろう」


 翔虎の提案で、二人は何も障害物のない校門方向からでなく、大きく迂回して校舎の裏側に回った。

 二人は校舎の裏側から屋上に着地して、飛行ユニットを外すと腹ばいになって校庭を覗き見た。


「翔虎、誰かいる」

「ああ、警備員が相変わらず――」

「違うよ。ほら、駐車場に車が停まってる。こんな時間なのに」


 直は来客、教職員用玄関の正面にある駐車スペースを指さした。通常この時刻では空っぽのはずのそこには、警備員が使用していると思われるバンの他に、黒塗りのセダンも停めてあった。セダンは今しがた駐車スペースに入ったばかりのようで、エンジン音が止むとともに、ヘッドライトがちょうど消灯したところだった。運転席と助手席のドアが開き、二人の人物が降車した。


「あれは!」

「理事長!」


 翔虎と直は口の中で小さく叫んだ。運転席から降りたのは、東都学園理事長神崎雷道(かんざきらいどう)だった。助手席から降りてきたのは、


「あ、あの人。野呂(のろ)さんがロボットと戦ってたときに一緒にいた……」

「うん、知花(ちか)ちゃんのお父さん。敷島(しきしま)さん」


 二人が呟いたように、もうひとりの人物は敷島だった。


「あの人、理事長と繋がっていたのか」

「そうね。ゆーのんが誘拐されたとき、ゾディアークが助けに来てたもんね。第二生徒会と敷島さんは関係者だから、その線で何かあるのかも」

「あの二人、地下室に向かって行くぞ」


 走ってきた警備員のひとりに案内され、神崎と敷島はブルーシートで囲われた一角に歩いて行った。


 警備員がめくったシートの隙間から、神崎、敷島の順番に体を入れる。


「あれか」


 二メートル程掘削された地面の底に広がるコンクリート面。そこに伏せられた鉄板を見て敷島が呟いた。


「ああ。私も入るのは初めてだ」


 一旦立ち止まっていた二人だったが、神崎の声とともに再び足を進める。屈み込んだ神崎が懐から取りだした鍵を、鉄板――地下室への出入り口――とコンクリートに打ち込まれたアンカーとを繋いでいる鎖の錠に差し入れて回す。ガチャリ、と解錠する音がして、神崎は鎖を鉄板の取っ手から引き抜くと、その取っ手を握って引き上げる。敷島は警備員が運び入れた梯子を受け取り、神崎が開いた出入り口の穴に差し入れた。梯子の足が床面に付いた音が聞こえると、敷島は梯子を穴の縁に立てかける。梯子が挿入された深さは三メートル程度だった。敷島が懐中電灯で中を照らし、神崎が先に梯子を下りていく。中に下り立った神崎が今度は懐中電灯を上向きに照らすと、敷島も梯子に足を掛けた。警備員の姿はもうシートの外に消えていた。

 地下室の内部に下りた二人は、懐中電灯で周囲を照らした。中は一辺が五メートル程度の長さを持つ、ほぼ真四角の部屋だった。壁際には棚や机が寄せられていたが、棚の中身は空で、テーブルの上にも何も載っていない。壁の一面にはドアが付いていたが、神崎が空けると、そこはコンクリートの壁だった。


「ダミーのドアなのか? 何のために?」


 それを見た敷島が口にした。神崎はドアを閉めると、


「いや、外側からコンクリートで封じたんだろうな」

「封じた……この部屋を?」

「この部屋、というよりも、この部屋にある〈何か〉を」


 神崎は懐中電灯を振って、なおも室内を見回す。敷島も同じようにして、


「神崎、机の下に何か」


 屈み込んで机の下を照らした。


「金庫、か」


 神崎も敷島の隣に屈んだ。二人の向ける明かりが、五十センチ角程度の大きさの金庫を照らし出す。経年によるものか、金庫の表面から金属特有の光沢は失われており、くすんだ黒い色を浮かび上がらせていた。神崎は懐中電灯を床に置くと、机の下にもぐり込んで、


「とても人ひとりの力で動かせるものじゃないな」


 神崎が手をかけるが、金庫はびくともしない。


「そのサイズだと、百キロ近くあるだろうな」


 敷島が言った。神崎は金庫の取っ手に手をかけて引いたが、やはりドアは開かない。机の下から抜け出た神崎は、


「レッカーを持って来て引き上げるしかないな」


 自分たちが入ってきた天井の穴に懐中電灯を向けた。

 それから二人は室内を隈無く捜索したが、金庫の他には何も発見することはできなかった。


「神崎、この中には何が入っていると思う」


 机をどかして、遮るものが何もなくなった金庫を見ながら敷島が訊いた。


「あの叢雲(むらくも)博士が封印したものだ、一筋縄でいくものじゃあないだろう」

「やはり、ここがそうだったのか」

「ああ、建物自体は取り壊したが、この地下室だけは、いや、この金庫の中身だけは残した」

「何のために?」

「わからん。あの叢雲博士が残した、いや、〈置き去りにしたもの〉だ。とんでもないものが入っているのかもしれんな」

「置き去りに……手に余った、ということか? あの叢雲博士が持て余すとは、相当な……」


 敷島は物言わぬ金庫を見下ろして身震いした。神崎も、ごくりと唾を飲み込んで、


「だが、もしかしたら中身はもう外に出ている可能性もある」

「何? どうして」

「叢雲博士の残したもの。こんな金庫のような物理的な障害だけで封印できるとは思えん」

「物理的な障害は無意味……錬換プログラムのように?」

「ああ、だが、叢雲博士がこうして金庫に入れていたということは、それなりの意味はあったんだろうな。例えば、それは〈眠らされていた〉とかな。このまま静かに金庫の中で眠っているうちは問題なかった。だが……」

「だが?」

「もしかしたら、ここが掘り出されたショックで〈目覚めた〉のかもしれないな」

「目覚めた……それは、もう金庫やコンクリートの壁という物理的障壁など関係なく、外に出てしまったと?」

「その可能性はある。そして……何者かの頭の中に入り込んでいるとかな。錬換プログラムのように」

「まさか……」

「ふふ、とりあえず上がろう。レッカーを手配してこれを出さなければ」

「今からか? こんな夜では業者の手配がつかないぞ」

「私の研究所のレッカー車両を使えばいい」


 そうか、と答えると、敷島はもう一度懐中電灯で地下室のぐるりを照らして、


「かつて、叢雲博士の研究室があった場所。東都学園高校はその跡地に建設された。だから、錬換プログラム、ストレイヤーはこの学校を中心とした、この町にしか出現しない……」

「やつらにとって、ここは帰ってくるべき〈故郷〉なんだろうな」


 そう言って笑みを浮かべると、神崎は梯子に足を掛けた。

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