第55話 切り札はエース 2/5
翌月曜日、東都学園高校三学期の始業式が開始された。理事長神崎雷道の講話が終わり、生徒たちが教室に引き上げる中、翔虎はいち早く体育館を出て、教師来客用玄関に向かった。その目的は、
「理事長!」
翔虎は玄関で靴を履き終えたばかりの神崎を呼び止めた。神崎は振り返って翔虎と相対して、
「君は、一年四組の尾野辺くんだね」
「どうも、理事長、いつもお世話になってます」
「私に、何か用かな?」
「またまた……」
翔虎は、にやりと笑って、
「今朝の話はいつもより短かったですね。ありがとうございます。ちゃんと僕の言ったことを聞き入れてくれたんですね」
「……」
神崎は黙って翔虎を見つめるだけだった。
「尾野辺くん、悪いが私は用事がある。これで失礼する」
「あっ! 待って!」
翔虎の声にも、神崎はもう振り返ることなく玄関を出ると、黒塗りのセダンの運転席に乗り込み駐車場を出た。
「翔虎!」
ひとり体育館を出た翔虎に気が付き追ってきた直が、廊下の角から顔を出して、
「直」
翔虎も振り向いた。
「どうしたっていうのよ、翔虎」
「いや……理事長に」
翔虎は玄関に目をやって、
「お互いに正体を知って知られて、いい機会だから色々と問い質そうと思って。でも駄目だ。理事長、僕に声を掛けられても顔色ひとつ変えなかった。なかなか図太いやつだ」
「そんなことのために理事長を追いかけたの? 早く戻ろう。ホームルーム始まるよ」
直は翔虎の手を引いて教室に戻った。
「尾野辺くん」
ホームルームが終わると、隣の三組教室から、水野真樹が翔虎のクラス四組に顔を見せた。その後ろには、明神あけみを含めた数人の男女生徒がいる。翔虎は帰り支度を中断して駆け寄り、
「……水野くん! 始業式、来てくれたんだね!」
満面の笑みで水野を迎えた。すぐ後ろに立つあけみが、水野の肩に手を置いて、
「始業式だけじゃないよ。明日以降も水野くんはずっと来るんだから。ね」
最後の「ね」と同時に、あけみは水野の顔を覗き込んだ。水野は、はにかんで頷く。
「あ、水野くん!」
直も駆け寄ってきた。翔虎と並んだ二人に対して、水野は、
「あ、あの、僕がこうして登校できるようになったのも、尾野辺くんと成岡さんのおかげだよ。本当に、ありがとう」
深々と頭を下げた。翔虎は水野の頭を上げさせて、
「いや、それは違うよ。僕たちも少しは関与したかもしれないけれど、今、こうして水野くんが学校にいるのは、水野くん自身の力だよ」
「そんなこと……ない。僕、尾野辺くんと出会えて、友達になれて、本当によかったって思ってる。あの日、保健室で……」
「ああ、そうだったね。一学期の中間テストの日。怪物とディールナイトが出てきて」
「うん。だから、ディールナイトにも感謝してる」
「はは、そう?」
得意げな顔になって頭を掻いた翔虎を、直が肘で小突いた。
「ね、ねえ、これから、明神さんたちと遊びに行くんだけど、尾野辺くんと成岡さんもどうかな?」
水野に誘われた二人だったが、顔を見合わせると、
「ごめん、水野くん。僕たち、これから用事があるんだ」
「そうなんだ」
水野の顔に寂しげな表情が浮かんだが、それは一瞬だけだった。あけみが水野の背中を押して、
「じゃあ、私たちだけで行こうか」
「う、うん。それじゃ、また明日。尾野辺くん、成岡さん」
水野は、あけみを始め級友たちと、ゲームなどの話をしながら一緒に廊下を歩いて行った。その背中を見送った直は、
「水野くん、よかったね」
「うん。もう、僕がいなくても大丈夫だ」
「なにー? こいつ、生意気な口をきいて!」
「や、やめろよ!」
直は翔虎の脇腹をやたらと突いた。
翔虎と直は部活を欠席して帰宅した。水野の誘いも断ったのは、亮次と一緒に今後の善後策を練るためだった。
「亮次さん、何かいいアイデアは浮かびましたか?」
部屋に上がり、開口一番翔虎が訊くと、
「それが、さっぱりだよ」
コーヒーを出して亮次は答えた。二人は礼を言ってコーヒーカップを受け取る。翔虎はミルクと砂糖を入れながら、
「僕、ちょっと考えたんですけれど」
「ほうほう」
「なになに?」
亮次と直は話を訊く体勢を整えた。
「あのですね。要は、ジョーカーズやストレイヤーをシャットダウンするための錬換武装がないっていう話なんですよね」
「そうよね。今まで苦労して集めた武装を全部盗まれちゃったんだもの」
「ああ、昨日も言ったが、ディールナイト、ガナーの鎧にはシャットダウンアタック粒子は載せられない」
直と亮次が続けざまに言った。
「あるじゃないですか」
「え?」
直が目を丸くすると、翔虎は自分の胸を指さした。直は、ため息をついて、
「だからね、翔虎、昨日も言ったけど……」
「僕に取り憑いたストレイヤーを倒す武器が、そもそもないっていうんだろ」
「わかってるじゃない」
「武器は僕だ」
「はい?」
「いい。よく聞いて。まず、ストレイヤーなり、ジョーカーズなりが出現したら、僕と直はいつも通り現場に駆けつける」
「ふむふむ」
「で、僕がストレイヤー体に変身する」
「うん、そうなったとしよう」
「そこでだよ。直がシャットダウンアタックを発動して、僕の武器を触るんだよ」
そこまで聞いた直は手を打って、
「武器を奪うんじゃなくて、あくまでストレイヤーになった翔虎に持たせたままにするってこと?」
「そうそう」
と翔虎は、
「聞くところによると、変身した僕は、ビームサーベルみたいな武器を持ってたんだろ? それは錬換武装なんだから、問題なくシャットダウンアタックに使えるはずだ。で、それが成功したら、直は一目散に逃げろ。あとは暴走状態の僕が、勝手にストレイヤーなりジョーカーズを倒す」
翔虎の作戦を聞いた直と亮次は、揃って無言になった。「どう?」と翔虎は自身が立案した作戦の評価を訊く。
「シャットダウンアタックの有効時間は三十秒だけよ。その間に倒せる?」
「全力を尽くして頑張る」
「翔虎は意識がないんだから、頑張りようがないでしょ」
「もし、三十秒経過しても敵を倒せなかったら、武器は消えてしまうから、翔虎は丸腰で敵のど真ん中に放り出されるんだよ」
「そうなっても、また武器を錬換して出すだろ」
「その隙を狙われるかも」
「でも、いつまでも戦っていられないでしょ。戦い疲れて変身が解けたら、翔虎、気絶した状態で敵のど真ん中に取り残されるんだよ」
「いざとなったら、直が救出してよ」
「不安な作戦だなぁ……」
直は首を傾げた。
「そもそも」
と亮次も口を開き、
「翔虎くんをどうやってストレイヤー化させるんだ?」
「それは……」
翔虎は言いかけて言葉を飲み込んだ。亮次はさらに、
「翔虎くんがストレイヤー化するきっかけは、直くんの危機だ。方法としては、直くんを囮にして――」
「やめやめ。やっぱりこの作戦はやめ」
翔虎は顔の前で、ぶんぶんと両手を振った。
「いいよ」
「え?」
「いいよ。私、囮になる」
「直!」
翔虎は直の顔を見て、
「何考えてんだ、直」
「元はと言えば、翔虎が言い出した作戦だよ」
「直も、不安だって言ったじゃないか」
「でも、現状、私たちの武器は、翔虎に憑依したストレイヤーしかないんだよ」
「うっ」
「このタイミングで、翔虎にストレイヤーが憑依していたことがわかったのも、何かの巡り合わせだよ、きっと」
「巡り合わせって……じゃ、じゃあ、具体的にどうするんだよ」
「ストレイヤーかジョーカーズが出現するでしょ。私と翔虎が駆けつけて、まず第一段階の作戦として、敵の武器を奪ってシャットダウンアタックを使うことを優先する。それで一体でも敵を倒せればよし。以降はその武器を使って戦えばいいんだからね。でも、懸念通り、私たちが武器を奪うなり敵にすぐ消去されてしまって、とてもシャットダウンアタックを撃つ余裕がなければ、そのときこそ、第二段作戦の出番よ」
「今の、作戦……」
「そう。まず、私が敢えて敵の前に無防備で出るわ」
「直!」
「いいから、聞いて! それを見た翔虎はストレイヤー体に変身する。わ、私を守るためにね……」
その言葉を言うとき、直は少し顔を赤らめた。翔虎も吊り上げていた眉を下げる。直は続けて、
「私はシャットダウンアタックを発動して、翔虎の武器に触れる。そうしたら、すぐにその場から逃げて、あとのことは翔虎に任せる。そこで翔虎が首尾よく敵を倒せたら、つまりシャットダウンさせられたらよし。私がプログラムを回収して、ついでに翔虎に取り憑いたストレイヤーも倒して、めでたし、めでたし。もし、翔虎が敵を倒せないまま変身が解けたら、私が何としても翔虎を救出する」
「救出して?」
「その場は撤退するしかないでしょ」
「暴れ回ってるストレイヤーやジョーカーズを残して?」
「ちょっと、元々翔虎が考えた作戦でしょ。大丈夫よ。武器がなくたって、私が殴る蹴るして撤退させるから」
「段々詳細がいい加減になってきた」
「どう? どうですか?」
作戦概要を話し終えた直は、翔虎と亮次の顔を順に見る。亮次は腕を組んで、
「最大の懸念は、何と言っても二人それぞれが危険に晒される瞬間だな。翔虎くんのストレイヤー化を促すため、直くんが敵の矢面に立つときと、もし敵のシャットダウンに失敗して、翔虎くんが丸腰、もしくは最悪、気絶したまま敵の中に取り残されるとき」
「やっぱり、そうですよね」
直も話していたときとは打って変わり、不安そうな表情になった。
「特に、翔虎くんの場合だ。直くんは、いざとなれば自分の判断で逃げることができるが、敵のただ中に気絶して生身で取り残されるというのは、リスクが高すぎる」
「やっぱり、この作戦はなしで」
「直」
作戦を取り下げようとした直に、翔虎が、
「用は、僕次第ってことだろ。僕が、確実にシャットダウンアタック発動時間の三十秒以内に、敵を倒す」
「だから、そのとき翔虎はストレイヤー化して意識がないんだって」
「二人とも、もうひとつ懸念があるぞ」
「何ですか? 亮次さん」
「今の作戦は、敵が一体だけだという想定で成り立っているということだよ」
「そうか、ジョーカーズが相手なら、ナイトとガナー、二体同時に相手をしなきゃなんだ」
「翔虎が首尾良く片方をシャットダウンアタックで倒したとしても、まだ戦闘は続行するのね」
「それと、敵がジョーカーズなら、せっかく翔虎くんが倒して光球に変えたプログラムを、また奪われてしまう可能性もある」
「ああ、そうか」
「元の木阿弥ね」
「さらにだ。そもそも、戦闘途中で翔虎くんがジョーカーズに敗れて、憑依したプログラムを奪われてしまう、という一番最悪な展開も」
「私は、翔虎の武器にシャットダウンアタックを載せても、すぐに撤退しないで、援護を続ける必要がありますね」
「相手が通常のストレイヤーか、ジョーカーズかで戦い方を変える必要があるってことか」
「楽な戦いにはならないね。特に、ジョーカーズが相手なら」
三人は揃って腕を組んで沈黙した。
「うーん。誰か、いざというときに助っ人を頼めれば……」
翔虎が口を開くと、直が、
「助っ人……ゾディアーク」
「理事長。今朝話そうとしたけれど、全然相手にされなかったよ」
「ゾディアークのときは、あんなに構ってちゃんなのにね」
「ははは」
「神崎理事長、か……」
亮次が呟くと、
「そういえば、亮次さん、あれからまた理事長に会いに行ったんですか?」
翔虎が訊くと、亮次は首を横に振った。
「向こうから連絡とかも?」
その質問にも亮次は同じく否定の意味で首を振ると、
「すぐにも連絡してもらえると思ってたんだけどね」
と言って笑みを漏らした。(叢雲という名字を聞けば)そう亮次は心に秘めていた。
翔虎と直は顔を見合わせる。北海道に行って直が入手してきた、亮次に関する情報。それに関連があるのか。そんなことを考えていたのかもしれない。
「僕が、ディールナイトとして頼みに行ってみようか」
「翔虎、何言ってるの?」
「緊急事態だ」
「理事長の家、知ってるの?」
「そうか。理事長は、ほとんど月曜日にしか来ないし、悪いことに今日は始業式と月曜日が重なっちゃったんだよなぁ」
「一週間も待てないよね」
「翔虎くん、直くん、私は会長さんに言付けを頼んだんだ。会長さん経由で頼む、というのは?」
「あ、そう言ってましたね。学校で理事長に一番近い生徒は会長だ」
「翔虎、ディールナイトとして会長に会って、何て言うのよ。実はおたくの理事長はゾディアークという戦士なんですよ。言付けをお願いできますか。とでも?」
「それは……難しいな」
三人は座卓を前に沈黙した。




