第51話 クリスマスコスプレ大作戦 3/5
クリスマスパーティー当日、パーティー開始時刻である午後三時少し前。並べられた机の上に料理、飲み物が用意され、飾り付けを終えた体育館には、多くの生徒が集まっていた。生徒の服装は、半分が制服、四分の一が私服姿で、残り四分の一程度が、何かしらの特殊な衣装を着込んでいた。サンタクロース、トナカイといったクリスマス由来の衣装がやはり多かったが、アニメ、ゲームキャラクターといったコスプレに混じって、
「ショウ! お前、よくやったな!」
「そうだ、かっこいいだろ。もうヤケだよ……」
野球部のユニフォーム姿の弘樹に囃された翔虎は、もはや胸を張って白と青のビキニアーマー姿を体育館に置いていた。
「ショウ、冗談とか抜きでかっこいいぞ。お前、怖いくらいにはまってるぞ、その格好」
寺川は腕を組み、うんうんと頷きながら翔虎を見ていた。寺川は青と黒の縦ストライプのサッカーユニフォームを着ていた。背番号は「55」をつけている。「はいはい」と諦めきった顔で答えた翔虎は寺川を指さして、
「それに引き替え、テラ、お前のその格好は分不相応に甚だしいぞ。お前が長友を気取ろうなんて、百年早いわ!」
「うるせー! いいだろうが!」
「ごめーん、遅くなったー」
そこへ手を振りながら白と赤のビキニアーマー姿の女子生徒が駆けてきた。直だった。
「おおー! 成岡ー!」
と弘樹は拍手を送り、寺川は、どきりとした表情になって直を見る。
「どうだ」
直は翔虎の隣に立って、腰に手を当てる。弘樹は二人を見て、
「すげーな、似合ってる。かっこいいぞ、二人とも」
「ふふん、そう?」
直は笑みを浮かべて、
「寺川くんは? どう?」
「え?」
惚けたような顔で直を見ていた寺川は、声を掛けられると、
「う、うん、凄くいいよ……」
と若干頬を染めて答えた。それを見る翔虎は複雑な表情になる。
「寺川くんは、それ、インテルのユニフォームだね。あ、55番は、長友佑都か! 寺川くんもサイドバックだもんね。かっこいいよ」
「そ、そうかな。ありがとう……」
寺川は視線を逸らして答えた。さらに翔虎と直をじっくりと見ている弘樹は、
「それにしても、お前たち二人は身長のバランスとかまで、本物とそっくりだな……」
「え? そ、そうかな?」
「偶然だな!」
と誤魔化しながらも、直は少し体を屈め、翔虎は背伸びをした。とそこに、
「翔虎ちゃーん、直-、文芸部、一旦集合ー」
と美波の呼ぶ声が聞こえた。翔虎は、これ幸いにとばかりに、「ちょっと行ってくる」と、直と一緒に弘樹と寺川から離れ、美波たちのもとに向かった。
「矢川先輩! それは!」
翔虎は矢川の姿を見ると声を上げた。
「どう? かっこいいだろ」
矢川は、お釜帽を被り、よれよれの羽織と袴という格好だった。
「金田一耕助ですね」
直の声に矢川が頷いて、帽子を取ると髪の毛をくしゃくしゃとかき回した。本物と同じように〈ふけ〉は飛ばなかったが。
「そして、南方先輩とこころ先輩は、ホームズとワトソン!」
翔虎は美波とこころを見た。美波はパイプを咥え、ブラウンチェックの鹿撃ち帽にインバネスコートという出で立ち。こころはスーツを着て、口元に付け髭をたくわえていた。
「うふふ、正解。でも、ホームズがこういう格好をしてたって、作中には描写はないのよね」
「そうなんですよ、部長。これは映像作品なんかで作られたイメージなんですよね」
美波と矢川が言った。
「ホームズ、そろそろ出席確認に行こうじゃないか」
こころが、いつもとは違った妙に低く、くぐもった声を出した。美波は、インバネスコートを翻して、
「それじゃあ、行こうかワトソン……あ、今のは、海外ドラマの吹き替えの露口茂の物まねよ」
「似てるけど、なかなか伝わりづらいと思います」
「あのドラマでも、ホームズはインバネスコートを着たことはないんだよ」
翔虎と矢川は話しながら、直と一緒に、美波、こころのあとに続いた。
パーティー開始時刻となり、場内の雑談の声は一旦収まったが、学園理事長、神崎雷道が壇上に姿を見せると、生徒たちの間から、おお、と、どよめきが上がった。真っ赤なサンタクロースの衣装を着て講壇の前に立った神崎は、
「諸君、東都学園高校クリスマスパーティーにようこそ。期末考査が終わった直後ではあるが、進学希望の三年生は、年明けにすぐにセンター試験が控えている人もいるだろう。就職希望の生徒も、様々準備で忙しいことと思う。だが、今日だけはそういったしがらみを忘れ、精一杯楽しんでもらいたい。それでは」
短く挨拶すると、生徒たちの拍手を浴びながら神崎は壇上を下りた。
「おーい! 尾野辺くーん」
あけみの声がした。翔虎が振り向くと、昨日と同じディールナイトのコスプレ姿のあけみが手を振っており、その横には、
「あ! 水野くん!」
翔虎は、あけみの横に立つ、制服姿の水野に走っていく。体育館に入ってから、終始おどおどとしていた水野だったが、駆け寄ってきた翔虎を見ると、
「尾野辺くん! どうしたの、その格好!」
と目を見開いた。
「いやー、どうかな? かっこいい?」
「うん! 凄くかっこいいよ!」
水野は見開いた目を輝かせて翔虎を見て、
「明神さんもかっこいいけど、尾野辺くんのほうが、何て言うか……」
「何て言うか……?」
「尾野辺くんのコスプレのほうがリアルに思えるよ。男子なのに、どうしてだろう」
「き、気のせいだよ! 水野くん!」
翔虎は、引きつった表情になって、水野の背中をばんばんと叩いた。そこへ、
「やあ、ようこそ、水野くん」
と声を掛けて近づいてくる人物がいた。烏丸紘一だった。
「あ、烏丸先輩」
水野は、戦国武将のような鎧を装備している烏丸に頭を下げる。
「水野くん、今日は楽しんでくれよ。と、その前に、君に紹介したい人たちがいるんだ」
「そうなの、水野くん、ささ、こちらへ……」
あけみに背中を押されて水野は、あるテーブルに固まった集団の前に連れてこられた。
「一年三組のみんなだよ」
あけみは生徒の一団を紹介した。
「え……」
それを聞いた水野は、一歩後ろに下がる。あけみと、水野を挟んで立った烏丸は、
「君のクラスメートだよ」
そう言って水野の肩に手を置いた。戸惑いと恐れをない交ぜにしたような表情に変わり、体をこわばらせた水野の前に、三組の中から二人の男子生徒が歩み出て、
「水野……ごめんな」
「えっ……?」
頭を下げた二人の男子生徒を見て、水野は小さく声を漏らした。頭を上げた男子生徒は、
「文化祭のとき、お前のこと見て悪口言ったの、俺たちなんだ。本当に、ごめん」
もう一度頭を下げて、
「なあ、水野、学校来いよ」
「そうだぜ、みんな待ってるぜ」
もうひとりとともに口にした。水野の表情から恐れは消えていたが、尚も戸惑いを見せる水野に、烏丸が、
「水野くん、二年生になったらクラス替えがある。このメンバーで一緒の教室にいられる時間は、あと二ヶ月ちょっとしかないんだ」
と、クラスメートたちのほうへと水野の肩を押した。水野はそれに逆らわなかった。
「水野くん」
あけみが水野の手を取り、テーブルを囲む生徒の輪の中に引き入れた。その前に、なでしこジャパンのユニフォーム姿の大友楓が歩み出て、
「私、大友楓っていうんだ。水野くん、四組の直と友達なんだよね。私も直と友達だよ」
と手を差し出した。水野も、恐る恐る手を出すと、楓はその手を握り返して、背中を押すあけみの力も借りて、水野をクラスメートの輪の中に引き入れた。
「水野、なに飲む?」「聞いたぞ。水野って、ゲームうまいんだって?」
水野はたちまちクラスメートに囲まれた。
その輪を眺めていた翔虎は、隣の烏丸に、
「烏丸先輩なんですね。先輩が三組のみんなに話をしてくれて」
烏丸は首を横に振って、
「俺はきっかけを作っただけさ。一年三組のみんなが、水野くんを迎え入れてくれたんだ」
「……ありがとうございました」
翔虎は烏丸に頭を下げた。
「もちろん、尾野辺くんや成岡くんたちも力になってくれたさ。彼、ディールナイトのファンなんだって? 尾野辺くんのその格好も彼がこの場に馴染むきっかけになったと思うよ。彼、尾野辺くんを見ると、緊張した様子が一発で消えたからね。ショック療法みたいなものかな?」
「そ、それは……」
翔虎は頭を掻いて、話題を逸らすように、
「か、烏丸先輩もかっこいいですね、その鎧」
「ああ、これか、家にあったのを借りてきたんだ。……どうだ、尾野辺くん」
と腰に差した模造刀の柄を握って、
「また、やるか?」
「――は? 何をです?」
「はは、冗談だ。何でもないよ」
烏丸は笑みを浮かべながら立ち去った。
翔虎は、弘樹たちに文芸部も加えたグループに戻り歓談を始めたが、
「あれ? 南方先輩は?」
美波の姿がないことに気付き、周囲を見回した。
「みなみな先輩は、あそこです」
こころがステージ上を指さすと、申し合わせたように会場の照明が落ち、スポットライトが壇上を照らした。神崎が挨拶をした講壇はすでに片付けられている舞台の袖から、美波と、生徒会長霧島凛の二人が現れた。一瞬静まりかえった会場は、直後、大歓声に包まれた。美波と凛が、それぞれディールナイトとディールガナーの扮装をしていたためだろう。
「み、南方先輩? 会長も?」
翔虎の声は歓声に掻き消される。手を振って生徒らの歓声を静めさせた凛は、
「どうもー、生徒会長の霧島と……」
「文芸部部長の南方でーす」
二人は頭を下げ、歓声は拍手に変わった。頭を上げた凛は、
「こちらの南方は、私の親友でして、卒業前に何かやりたいということで、こうして壇上に上がってもらいましたー。しかも、どうですか、この衣装!」
凛と美波は揃ってポーズを取った。拍手の中に、さらに、主に男子生徒のものを中心とした歓声が混じる。再びマイクを構えた凛は、
「ありがとうございます! ですが、ここでのの主役は私たちではございません」
と舞台袖に目をやり、
「ゲストを紹介します……峰岸葵!」
もうひとつのスポットライトを浴びながら、エレキギターを提げた葵が飛びだしてきた。拍手と歓声はこの日最高潮を迎える。
「呼んでくれてありがとう! 文化祭以来だな。峰岸葵だ!」
葵はウインクして、会場全体に指を向けると、凛と美波のそばに行き、
「あー、私もそういうのにすればよかった。クリスマスだからって、安易に考えちゃったわ」
と凛と美波の衣装を見た。葵はブーツを履いた、ミニスカートサンタの格好をしていた。
「葵さん、よろしくお願いします」
凛に言われると、葵は、
「よーし、峰岸葵ミニライブ! 盛り上がって行こう!」
ギターをかき鳴らし、大歓声を受けるとバックミュージックが流れ出した。




