第46話 黒いディールナイト 3/5
「敷島、山根だ」
「なに?」
夕方、敷島の部屋を訪れた神崎は唐突に口にした。
「機関にいた、山根という研究員を憶えているか?」
「山根……ああ、確かにいたな。その山根が、どうしたと?」
「お前の取引相手だ」
「何だって?」
「もちろん、山根が頭ではない。あいつは持ち出した叢雲博士のテクノロジーを組織に提供しただけだ。当然、その見返りは得ているだろうがな。散り散りになった機関の人間を片っ端から当たってみてわかった。敷島、お前、かなり危ない連中と取引をしようとしていたらしいな」
「わ、私は、兵器開発のベンチャー企業だと聞いていた」
「あながち間違ってはいないな。ただ、あいつらは兵器の開発と同時に、市場を自分たちの手で開拓することにも熱心らしい。世界のあちこちで戦火の火種をわざわざ作っては、その新しい市場に一番乗りして自分たちの兵器を流していると聞く。自分たちが蒔いた種だ、いつ戦火の火ぶたが切られるか、おおよその予測は立てられる。出来た市場に一番乗りできるというわけだ」
「そ、そこまで……」
神崎は、ふっ、と笑みをこぼし、
「心配するな敷島。私のほうで手を打っておいた。少なくとも奴らは、もうこの日本には立ち入ってこない。お前に対しても、どうこうしようなどとはもう思わないだろう。それどころじゃなくなるからな」
「神崎、お前……」
敷島は椅子から立つと、神崎に向けて深く頭を下げた。
「ふふ、よせ、敷島」
神崎は照れ隠しのように、そっぽを向く。
「神崎、今日は飲みに行くか。私におごらせてくれ」
「いい話だが、今日のところは早く帰れ。娘が待っているのだろう」
「神崎……」
そのとき、敷島の携帯電話が鳴った。すまん、と敷島は机の上から電話を取り、
「……円山くんからだ」
「円山、第二生徒会のか」
敷島は頷いてから応答する。
「もしもし、敷島だ……」
短い会話で、敷島は通話を切った。
「学校に呼び出されたよ。今から行ってくる」
「ふふ、答えを出したのかな。彼らの」
「ああ、恐らくな」
敷島はパソコンを落とし、鞄の中にノートパソコンや機材を詰め込み、帰り支度を始める。
「これで、戦いは終わる……なあ、神崎、このあと、どうすればいいと思う?」
「どうする、とは?」
「私は彼らの中から錬換プログラムを抜く。そのプログラムを、どうしたらいいと思う? ディールナイトに返すべきか」
「敷島……」
神崎は口元に笑みを浮かべ、
「これは、彼らの青春だ」
「なに?」
「お前が与えたきっかけかもしれないが、これはもう彼らの青春の一部になったんだ。若者の青春を止めることは、我々大人にはできない。その権利もない」
「……何が言いたい?」
「悔いのないようにやらせてやれ。じゃあ、私も帰るぞ」
「神崎……」
片手を上げて、神崎は敷島の部屋を出た。敷島は神崎が出ていったドアをしばらく見つめていた。
「はい、どうぞ」
ノックの音に、円山友里は返事をした。放課後の第二生徒会室。友里をはじめ、メンバー六人全員が揃っていた。友里が敷島への電話を済ませ、到着を待っているところだった。
「あ、霧島会長」
「あら、全員勢揃いね」
ノックをして入ってきたのは霧島凛だった。烏丸をはじめ全員が軽く頭を下げる。
「霧島会長、何かご用ですか?」
「そうなの、ねえ、円山さん。立花さんと、野路さんも聞いて欲しいんだけれど、今度の土曜日、空いてる?」
「土曜日ですか? 私は特に用事は……」
「わたくしも予定はありませんわ」
「私も」
友里、立花麗、野呂悠乃は答えた。凛の前であるためか、悠乃は一人称を「ゆーのん」でなく「私」としていた。
「そう、よかった」
凛は胸の前で、ぽん、と手を合わせて、
「三人とも、ちょっと、土曜日一日、私に付き合ってくれない?」
「付き合うって、何をするんですか? 生徒会の活動でしょうか?」
「違うの、円山さん。あのね……」
凛は、直から聞いたレジャー施設での撮影について話した。
「な、な、何で私が!」
「あらあら、楽しそうですわね。峰岸葵と一緒に撮影だなんて」
「へー、そういうのがあるんだ」
友里は顔を真っ赤にして、麗は微笑み、悠乃は、ほほう、という顔で凛の話に応答した。
「ねえ、ゆりっち、うらっち、行こ」
「の、野呂! お前な!」
友里は赤くしたままの顔を悠乃に向けて怒鳴る。
「じゃあ、決まりね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私は、土曜日には用事があって――」
「あら、さっき用事はないって言ってたじゃない、円山さん」
「き、霧島会長……ずるいです……」
「スケジュールはまた追って連絡するからね。あ、水着は向こうで用意してくれるそうだから、持ってこなくてもいいわよ。私もこれから生徒会の集会があるから、それじゃ」
「ま、待って! 霧島会長!」
手を差し伸べる友里に笑顔で答え、凛は部屋を出て行った。皆の視線が自分に注がれていることに気付いたのか、友里は小さく、こほん、と咳払いをすると、しずしずと椅子に戻り、
「す、すまない、みんあ。霧島会長が、いきなりおかしなことを……今の話は、忘れてくれ」
「いいじゃないか」
「え?」
友里に声を掛けたのは烏丸だった。
「か、烏丸会長、いいって、何が?」
「円山くん、立花くん、野呂くんの三人で行ってみたらどうだい。土曜日の、その――」
「バカなっ!」
烏丸の言葉を遮って、友里は机に手を突いてまた立ち上がった。収まり掛けていたのだが、その頬にもまた赤みが差してきている。
「友里さん、行きましょうよ」
「立花まで! 何だ!」
笑顔で首を傾けてきた麗にも、友里は鋭い声を浴びせる。
「あのね、ゆーのんは事務所に所属してるから、撮影には参加できないけど、うらっちについていって、みんなの水着を堪能するよ」
悠乃も楽しそうな声を上げた。
「な、なあ、ゆーのん、俺もついていっていいか?」
「んー……」
体を乗り出して訊いてきた海老原に、悠乃は腕を組んで唸ってから、
「ダメー!」
顔の前で両腕でバツを作った。
「うはう!」
海老原は乗り出していた体を机に突っ伏した。一連のやりとりを笑って見ていた中村は、
「そういえば、野呂くんの、事務所に所属してるから撮影に参加できないという発言で思ったんだが、その撮影って、どこが請け負ってるんだ?」
「そ、そりゃ、芸能事務所でしょう」
机に張り付かせていた顔を引き剥がして海老原が言った。
「海老原、芸能事務所って、そうそこらにある会社じゃないぞ。もしかしたら……」
「――ああっ!」
友里が叫んだ。中村はその友里を見て、
「そうだよ、多分、ジョイ・パートナーが請け負った仕事なんじゃないか?」
「ああ、世良さんの勤めていらっしゃる会社ですわね。そういえば、峰岸葵もそこの所属のはずですわ」
麗が、ぽん、と手を叩いた。
「わ、私は絶対に行かないからな!」
友里はムキになって叫ぶ。それを笑いながら見ていた悠乃は、
「あ、そうだ」
と何かを思いついたような顔になり、にまにまと笑みを浮かべた。
敷島が学校に到着したのはそれからすぐだった。第二生徒会室に通された敷島は、机を囲む六人の表情を見て一瞬立ち止まった。凛から聞いた話をしていたときの空気は、すでに消えていた。
「奪われた……ディールナイトに、プログラムを……」
机に肘を突き、両手を口の前で組んでいた敷島は、友里の話を聞き終えると、静かに呟いた。
「そして、しかも、海老原くん、君に襲いかかってきた、と?」
「ええ、ぶっといスパイクが勢いよく飛び出てくる武器で。あんなの食らったら、間違いなく死んでましたよ」
「そ、そいつは、確かにディールナイトだったのか?」
「ええ。雲に隠れた月明かりだけで暗かったですけれど、あのちっこい体とシルエットは、確かにディールナイトでした」
「私も見た、あいつはディールナイトに間違いない」
友里が補足して、中村も黙ったまま頷いた。
「敷島さん、聞いた通りだ」
友里は両手を机に突けて、勢いよく立ち上がると、
「我々、第二生徒会は、ディールナイト及びディールガナーとの抗戦体勢を維持することにする」
「本当に、間違いないのか? ディールナイトが、問答無用で襲いかかってきたというのは――」
「実際に海老原が襲われている! 私と中村も、この目で見た! あのふたりとは、やっぱり戦うしかないんだ!」
敷島の声を遮り、友里が激しい剣幕で捲し立てると、
「ディールナイトとディールガナー、決して許すべからざる人類の敵ですわ」
麗も友里に同調する言葉を発する。敷島は烏丸を見て、
「烏丸くん、会長の君の意見は、どうなんだ?」
「俺は、円山くんに賛同します。ディールナイトが本当に海老原を襲ったというのであれば、当然看過できる問題じゃない」
「会長! 本当のことだぜ!」
「わかってるさ、海老原。お前たちの言葉を疑っているわけじゃない」
烏丸は口元に微かに笑みを浮かべた。敷島は大きく嘆息する。
「そこで、敷島さん、海老原の件なのですが……」
落ち着きを取り戻した友里が座って訪ねると、敷島は、
「ああ、残念ながら、私が所持しているプログラムはもうない。海老原くんに新しいプログラムをインストールしてやることはできない」
「そうですか……」
「そうなると……」
と海老原が眉を釣り上げて、
「もう一度、ディールナイトからプログラムを奪い返すしかないってわけか」
「そうはいかないぞ、海老原くん。私たちがプログラムを入手する方法は、ディールナイトがストレイヤーを倒した際に出現する光球を専用メモリに収めるしかないんだ」
「またどこかで、あいつらが怪物、ストレイヤーを倒す現場に居合わせないといけねえってことか……」
「首尾よくプログラムを奪えたとしても、適合性の問題がある。それがうまく海老原くんと波長の合うプログラムだといいんだが」
敷島の話を聞いた友里が頷いて、
「これからは、より一層あいつらの動きに敏感になる必要があるな」
そこで敷島は立ち上がり、
「事情は飲み込めた。また何か用事があったら呼んでくれ」
鞄を手に取って肩に提げた。中に入っていた、プログラムをアンインストールするためのパソコンは使われることはなかった。
玄関まで送る、と言ってきた友里を、手を上げて制した敷島は、
「最後に聞かせてくれ。もし、ディールナイトとディールガナーを倒し、君たちの目的が成就したら、そのときこそは、プログラムをアンインストールしてくれるね」
「……ああ、そうなれば、もう思い残すことはない」
友里は静かに答えた。
「ちょっと、もったいない気はいたしますけれど。空を飛べれば便利ですし」
麗が顎に人差し指を当てて言った。敷島は僅かに浮かべた笑みを消すと、
「が、本当にいいのか? ……今更私がこんなことを言う立場にはないが、死ぬ危険性だって大いにあるんだぞ」
「命を賭して戦う理由があると、私は思っている」
友里は、まっすぐに曇りのない瞳で敷島を見つめた。
「それが君たちの青春、か」
「え?」
「いや、何でもない。わかった」
敷島は片手を上げると、第二生徒会室をあとにした。
足音が遠ざかり、聞こえなくなると、悠乃が、
「ねえねえ、ゆりっち、うらっち、土曜日のことなんだけどさ」
「野呂、まだそれを……」
友里はため息をついて椅子に座った。
「あのね、もうひとり、連れて行きたい子がいるんだけど、いいかな?」
「あら、お友達ですか?」
麗が訊くと、悠乃は、うん、と笑顔で頷いて、
「まだ中学生なんだけどね……」




