第2話 ヒーローの魂 1/5
「僕……男です……」
ショウコの告白を聞いた男は、
「だ、だが……」
しばしの無言のあと、ようやく声を振り絞り、
「『ショウコ』って……」
「そうだよ」
ショウコは怒るような口調になって、
「『翔る虎』って書いて、『翔虎』って読むんだよ。かっこいい名前だろ……」
男は右手人差し指で左手に文字を書くような動作をして、「ああ……」と声を漏らした。
そして、ナオに視線を向け、
「そっちの君は、女の子、だよな。間違いなく……」
男の視線は、正確にはナオの胸に向けられていた。翔虎の胸とは全く違い、ナオのそれは女性らしいふくよかな隆起を持っていた。
その視線に気付いたのか、ナオは胸を手で隠して男を睨む。
男は慌てて視線を逸らして、
「――あ、ああ、ごめん。そんなつもりじゃ……。わ、私は、叢雲亮次、だ。叢雲、は、群がった雲、っていう意味の漢字で――」
亮次がそこまで言うと、翔虎が、
「そんなのいいから! いったい何がどうなってるのさ? 説明してよ!」
「あ、ああ、すまない……じ、実はだね――」
亮次は再び喋りかけたが、今度はナオが腕時計を見ながら口を挟み、
「翔虎、もう帰らないと……」
「よかったら送ろうか? レンタカーで来てるんだ――」
「いえ、大丈夫です。翔虎、行こう」
亮次の申し出をナオはきっぱりと断り、翔虎の腕を掴んで歩き出した。
「ちょ、ちょっと待って――じゃ、じゃあ、連絡先を教えてくれないか?」
亮次は二人の背中に手を伸ばして声を掛けた。
それを聞いたナオは立ち止まり、亮次を振り返って、
「じゃあ、あなたの連絡先のほうを教えて下さい。連絡はこちらからしますから」
「あ、ああ……」
亮次は懐から取り出した手帳に自分の携帯電話番号を書き、ページを破ってナオに手渡した。
「なるべく近いうちに連絡してくれ。色々と話したいこと、頼みたいことが――」
「分かりました。行こう、翔虎」
メモを受け取ったナオは、それを懐に入れ歩き出したが、数歩で立ち止まり、振り返って、
「あ。危ないところを助けてくれて、ありがとうございました」
そう言って頭を下げた。それを横目で見た翔虎も、同じように倣う。
「い、いや……こちらこそ……」
そう答えた亮次は、まだ何か言いたそうな顔をしていたが、構わずナオは翔虎の腕を引いて再び歩を進めた。
「……どうするの、ナオ?」
翔虎は、ちらちらと亮次を振り返りながら、ナオに尋ねた。
「翔虎。もうあの人に関わっちゃ駄目だよ」
「どうして?」
「怪しすぎるでしょ! 死にそうな思いしたんだよ」
「でも、助けてくれたのも、あの人だし――」
「私のことを助けてくれたのは翔虎でしょ」
「で、でも、そのきっかけというか、をくれたのはあの人だし……」
「翔虎、またあんな怪物と戦いたいの?」
「いや、別に、そういうわけじゃ……でも、気になるじゃないか。あの怪物とか、僕が変身した力とか……」
「私は全然気にならない。それとも何? 翔虎、またあんなビキニみたいな格好したいの?」
「ぜ、絶対嫌だよ!」
「でしょ。じゃあ、帰るわよ。……ほら、振り向かない」
翔虎が振り向いたとき、亮次は若干引きつった笑顔で手を振っていたが、ナオがすぐに翔虎の手を引いて前を向かせたため、その姿は一瞬で翔虎の視界から消えた。
校門を出て歩道を百メートルほど歩いたところで、ナオは足を止めた。
手を引かれていた翔虎も立ち止まり、その後ろを数メートルほどの距離を保って歩いていた亮次も、釣られるように歩みを止めた。
ナオは振り向き、
「あの、ついてこないでくれますか」
「ち、違うって……」
亮次は、慌てふためいて、
「帰る方向が一緒なだけだよ……」
「レンタカーで来てるんじゃありませんでしたっけ」
「そ、そうだよ。車を向こうに停めてあるんだ」
「学校の駐車場に一台だけ車が停まってましたよ。〈わ〉ナンバーだったから、レンタカーです。あの車じゃないんですか?」
「ち、違うよ……」
「学校には誰も残っていないし、じゃあ、あのレンタカーは無断駐車ですね。警察に連絡して取りに来てもらいます」
ナオは携帯電話を取りだした。
「ちょ、ちょっと待って!」
亮次はナオに駆け寄った。
「何ですか」
ナオは、ダイヤル画面に伸ばしかけた指を止めた。
「あ、あのさ」
亮次は、ごくり、と唾を飲み込むんで、
「連絡、必ずしてもらいたいんだ。頼むよ……」
ナオは、じっとりとした視線で亮次の顔を見ると、
「しますよ。明日の午前中でいいですか?」
「あ、ああ、よろしく頼む……絶対だよ」
「私は約束は守ります。それじゃ。私たちバスで来たんで」
ナオは数メートル先に設置されたバス停を指さした。
「あ、ああ……」
亮次は力なく答えて、
「そ、それじゃあ、明日。連絡待ってるから」
ちょうど到着したバス乗り込んだ翔虎とナオに、そう声を掛けて手を振った。
ナオは無表情のまま小さく頭を下げ、翔虎は戸惑った顔のまま亮次に小さく手を振った。
亮次は走り去るバスを見つめながら、ため息をついて頭を掻いた。
「参ったな……」
バスが交差点を曲がり見えなくなると、亮次は学校の駐車場に向かって歩き出し、
「しかし……男の子だったとはなぁ……」
そう呟いて空を見上げた。
夕暮れの日差しが東都学園高校の校舎を赤く染め上げていた。




