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錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第43話 少女の季節
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第43話 少女の季節 1/5

 翔虎(しょうこ)水野(みずの)の体から錬換(れんかん)プログラムを回収した、その翌々日。東都学園高等学校最寄り駅近くのカラオケボックス。ここに五人の男女が入り受付に向かった。うち、四人は東都学園の制服を着ており、残るひとりは背広姿の壮年の男性だった。


「ゆりっちー、『STAR(スター)』と『EN・JOY(エンジョイ)』、どっちにする?」

「はあ? 何だ、部屋によって違いがあるのか?」

「カラオケの種類だよ。えっとね、『EN・JOY』のほうが曲数は多いんだけど――」

「バカ! どっちでもいい! 歌いに来たわけじゃないんだぞ!」


 学生は、第二生徒会の円山友里(まるやまゆり)立花麗(たちばなうらら)野呂悠乃(のろゆうの)中村正則(なかむらまさのり)、の四人。残るひとりの男性は、敷島(しきしま)だった。

「歌いに来たわけじゃない」という友里の言葉に訝しげな顔をしながらも、受付の店員は悠乃から会員証を受け取り、部屋の手配をした。

 五人が、マイクとリモコンの入った籠を持って指定された部屋に入ると、


「ふう、どうも落ち着かないな、こういったところは……」


 ソファに腰を据えた敷島が額を拭った。


「まことっちは、カラオケ行かないの? 職場の人たちと、とか?」


 敷島(友里たちの前では『(きし)』という偽名を名乗っているが)の名前である「(まこと)」から決めた呼び名で悠乃が敷島に訊くと、


「職場の……あ、ああ、行かないな、私は」


 敷島は再び汗を拭いながら答えた。


「岸さん、そんなことよりも、早く野呂に……」

「ああ、そうだな」


 友里に促され、敷島は肩に提げていた鞄からパソコンを取りだして机の上に広げた。友里から、悠乃の錬換プログラムが入ったメモリを受け取り、パソコンに差す。悠乃は麗に手伝ってもらいながら、パソコンから伸びるコードを自分の頭に付け始めていた。

 悠乃が一刻も早くプログラムの再インストールをしたいと言い、敷島の都合が付く最短の日時として、この日の放課後が選ばれた。


「しかしだな、高校生が下校時にこういうところに入るというのは感心しないな」

「あら、仕方ないですわ、友里さん。今日は会長が残って生徒会業務をなさっていますから。万が一、こんなところを目撃されでもしたら」

「うーん、それはそうだが……」

「……はい、終わりましたわ」


 友里との受け答えをしていた麗は、悠乃の頭にコードを繋ぎ終えた。それを聞いた中村が、


「まあまあ、副会長。そう思って、僕たちも同伴することにしたのですから。岸さんと野呂さんのお二人だけでカラオケボックスに行かせてしまっては、何か不健康な関係だと怪しまれてしまいかねないですからね」

「不健康な関係って?」

「……野呂くん、始めるぞ」


 きょとんとした顔で訊いてきた悠乃に、神妙な表情になった敷島が声を掛け、パソコンのキーを叩いた。


「どれ」


 と中村が腰を上げ、


「それじゃあ、私は何か飲み物でも持って来ましょう。フリードリンクですからね」

「ゆーのん、オレンジジュース」

「わたくしは、アイスティーをお願いいたしますわ」

「じゃあ、私はコーラで」


 悠乃、麗、友里がそれぞれリクエストする。中村は敷島に、


「岸さんは?」

「あ、ああ、それじゃあ、コーヒーを……」


 了解、と中村は部屋を出た。悠乃は敷島に、


「ねえねえ、まことっち、今日は、世良(せら)さんは?」

「ああ、世良はどうしても抜けられない仕事があるとかで、今日は欠席だ」


 敷島の答えを聞くと、友里が、


「まあ、あの人は別にいてもいなくっても関係ないからな。岸さんさえいてくれたら」

「あー、友里っち、ひどーい」

「だ、だって、本当のことだろ! 世良さんには、戦闘でサポートしてさえもらえればいい」

「そういえば、世良が拗ねてたぞ、この前のバギーカーに憑依された生徒のこと、自分に相談してくれなかったって」

「あ、あれは、第二生徒会の問題だったから……」

「まあ。拗ねるなんて、世良さん、意外とかわいいところがあるんですね」


 敷島の言葉に、友里は多少すまなそうな声で答え、麗は笑顔になって両手を合わせた。

 中村が飲み物を持って来て、一同が悠乃の再インストールが終わるのを待つ間、


「ねえねえ、まことっち」

「ん? どうした、何か不具合でもあるのか?」


 悠乃に呼ばれ、敷島はパソコンの画面から顔を上げた。悠乃は小さく首を横に振ると、


「まことっちってさ、子供、いるの?」

「野呂、お子さんはいらっしゃるんですか、だろ」


 友里が悠乃の言葉遣いを諫める。敷島は少し吹きだした。


「あ、まことっち、今の面白かった?」

「はは、いや、ね……」

「え? いるの――いらっしゃるの?」


 敷島はまた吹き出す。その表情に笑みを残したまま、敷島は、


「ああ、いるよ、娘がひとり、ね」

「えー! 何歳? ……ですか?」

「今、中学三年だ」

「おおー。じゃあ、ゆーのんのひとつ下だね。ねえねえ、名前は?」

「え?」

「名前だよ。まことっちの子供の名前」


 友里は額に手を当てた。悠乃の言葉遣いを諫めるのを諦めたようだ。麗と中村も苦笑しながら悠乃を見る。敷島は少しの間黙していたが、


「……知花(ちか)、だよ」

「ちか? かわいい名前だね」

「どんな漢字なんですか?」


 麗が訊くと、敷島は、


「ああ、知性の『知』に、フラワーの『花』と書いて、知花、だ」

「まあ、素敵なお名前ですわね」


 麗は両手を合わせ、中村も、うんうんと頷いた。友里が、


「知性と美しさの両面を兼ね備えてほしい、という想いから名付けられたのですね」


 と納得したような声を出すと、


「はは、そう名前の通りには育たないものだけれどね……親に苦労ばっかり掛けているよ」


 敷島は言いながらも、その表情は笑顔だった。


「ふーん、知花ちゃん、かあ……ねえ、まことっち、ゆーのん、知花ちゃんと友達になりたいな」

「何だ、野呂、お前、あつかましいぞ」

「えー、そんなことないって、友里っち。『袖触れあうもたしょうの縁』って言うじゃん」

「お、野呂くん、難しい言葉を知っているね」


 中村が感心した声を出す。悠乃は、えへへ、と笑って、


「袖が触れあったような小さなことでも、何かの縁だから大切にしなさい、ということだよ。えっへん」


 と得意げにふんぞり返る。が、それを聞いていた友里に、


「野呂、お前、『多生』を『多少』と間違えてるだろ。『多く』『生きる』と書く『袖振り合うも多生の縁』が正解だ。『どんな小さな関わりも決して偶然ではなく、前世からの深い因縁から来るものだ』という意味だぞ」


 と間違いを指摘された。


「ぐ、ぐぬぬ……」


 悠乃は歯ぎしりしたが、すぐに表情を元に戻し、


「ねえねえ、それでさ、まことっち、今度、知花ちゃんのこと紹介してよ」


 悠乃の言葉に、敷島は曖昧な表情を返しただけで、再び視線をパソコンの画面に戻した。



「よーし! せっかくだから、歌っていこー!」

「いえーい! しゃかしゃか」


 インストールを終え、頭からコードを外すなり、悠乃はマイク片手に天井を指さして立ち上がった。麗も持ち込んだマラカスを振って歓声を上げる。


「こら! お前ら! 用事が終わったらさっさと帰る! 第二生徒会として示しが付かないぞ! 立花、お前、こっそりとそんなものを……って、中村!」


 友里も立ち上がり、麗と、こちらもいつの間にかタンバリンを構えていた中村を指さした。


「まことっちも付き合ってくれるでしょ?」

「あ、い、いや、私は用事があるので……」

「そっか……」


 パソコンをしまって帰り支度を整えた敷島が立ち上がろうとすると、


「……あ、そういえば、ゆーのんも撮影があったんだった」


 悠乃はマイクを置いた。



 カラオケボックスを出た一同は、その場で解散した。友里、中村、麗の三人は駅前の見回りに向かい、敷島と悠乃は、それぞれひとりで店の前をあとにする。が、悠乃は路地に入るとすぐにUターンして敷島の背中を窺い、十メートルほどの距離を置いて敷島のあとをつけ始めた。


 敷島は道路を走るタクシーに目をやり、手を上げ掛けては下ろす動作を何度か繰り返しながら歩いていた。敷島の前を通り過ぎたタクシーはすべて乗客を乗せていた。

 また一台のタクシーが敷島に近づいてきた。敷島は手を上げ掛けたが、その視線があるものを捉え、ゆっくりと手を下ろした。停まり掛けていた〈空車〉のランプを灯したタクシーは、再び速度を上げて敷島の前を通り過ぎていった。歩道に立ち尽くす敷島の目は、十字路の角に構えた喫茶店のオープンカフェスペースに向いていた。正確には、その一角に座るひとりの男に。男も視線をずっと敷島に向けており、コーヒーの入ったカップを小さく掲げた。


 その男と相席した敷島は、「コーヒー」と注文を告げ、ウエイターは一礼して店内に下がる。


「敷島さん、どうですか、計画の進捗具合は」


 白いシャツの上に黒い背広を着て、サングラスを掛けたその男は、カップをソーサーの上に置いて敷島に声を掛ける。敷島はため息をついた。男は何が面白いのか、三十代後半程度に見えるその顔を歪めて笑みを漏らした。

 敷島の背後の離れた席に陣取った悠乃は、小さな声でカフェラテを注文すると、黙って二人の背中を見つめた。他の客の声や道路の雑踏に紛れたせいもあり、男が敷島に掛けた声は悠乃の席までは届かなかった。


「……まだだ」


 運ばれてきたコーヒーカップに手も付けずに敷島は答えた。男は、また一瞬、にやりと笑って、


「敷島さん、十分時間は与えたはずですよ」

「お前も知っているだろう、やつは……」


 と、ここで敷島は声のトーンを落として、


「……ディールナイトは……手強い。神崎(かんざき)の目を盗む必要もある。簡単な仕事じゃあない」

「そうですか……では、もうひとつの計画のほうは、どうなんです?」

「もうひとつの……計画……」

「ええ、錬換武装プログラム兵士のほうは、そっちのほうはどうなんですか。あれはディールナイト関係なく、敷島さんが所持しているプログラムだけで研究は可能でしょ?」

「おい、声が大きいぞ」


 男の口から「錬換」という言葉が出ると、敷島は諫めて辺りを見回した。敷島の首の動きを見た悠乃は咄嗟にテーブルの影に隠れたが、敷島は後ろを振り返りまではしなかった。


「はは、これは失敬。どこに神崎の耳があるかわからない、ですか? で、どうなんです? 敷島さん」


 男はカップを手にとって口に運んだ。


「そっちのほうも……駄目だ。全然」

「おや、そうなんですか? 私はこの町で、人間が怪物に変身した、なんていう目撃情報を耳にしたこともあるんですがね」

「それは……野良プログラムが勝手にやっていることだ。私の研究とは無関係だ」


 その言葉を聞くと、男はコーヒーを飲み干したカップをソーサーに置いて、敷島の横顔を窺う。敷島の視線は未だ手を付けられていないコーヒーの黒い水面に注がれていた。


「敷島さん、我々のほうも急いでいます。最初にも言いましたが、十分な時間は与えたはずです。これ以上時間が必要となると、我々も報酬とは別の方面から、あなたにアプローチする必要が出てこないとは限りません」

「別の……とは?」


 敷島は男を向いた。男は懐に入れた手を抜くと、テーブルの上に一枚の写真を置いた。それを見た敷島は立ち上がり、


「お……お前……」


 歯を食いしばって写真に目を落とす。その写真には、ひとりの少女が写っていた。


「敷島さん、落ち着いて下さい。目立ってしまいますよ」


 敷島が、立ち上がった拍子にテーブルを揺らして音を立てたことで、二人の席は周囲の客の視線を集める結果となっていた。ウエイターも駆け寄ったが、「何でもない」と男が手を振ったため、一礼して引き下がった。敷島はゆっくりと座り、


「知花は関係ない……」


 目を再び写真に落とした。写真の少女は近くの中学校の制服を着ており、視線をカメラに向けておらず、本人に許可を得ずに撮影したものであることが窺えた。男は狼狽する敷島を横目に、


「もちろん、我々も、関係がないまま穏便に済ませたいとは思っていますよ。すべては、あなた次第です、敷島さん」


 男は再び懐に手を入れると一枚の紙を抜き出し、それを写真の隣に置いた。敷島がその紙を取り上げると、


「今日の夜、その場所へ来てくれませんか? もちろん、手ぶらでは困りますよ……では」


 男は千円札を置いて席を立った。敷島は黙ったままその紙を見つめる。その後ろでは、悠乃がゆっくりと席を立った。

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