第42話 克己 4/5
水野の力に抗いハンドルを切り続けて、翔虎はようやく町中を抜けて川べりが見える場所までバギーを誘導してきた。
「ここまで来たら行けるか? わざわざ橋からダイブしなくても済みそうだな」
翔虎はフレームを伝って荷台に移り、荷台下のエンジン部を見る。錬換のためにタッチパネルに指を持って行ったが、
「翔虎! 来てる!」
直から通信が入った。
「来てる? 何がだ!」
「第二の人たち! バンに乗って、バギーの右方向!」
翔虎は手すりを掴んで立ち上がり、直の言った方向を見た。
「あれか!」
一台の工事用バンが疾走してきていた。スライド式の側面ドアは開け放たれており、そこからガトリングガンが飛び出ている。翔虎は体を伏せて、
「ここでエンジンを消して減速させたら、追いつかれるな……やっぱり跳ぶしかないのか!」
荷台から身を翻して運転席へ戻った。
「海老原! もっと揺らさずに走れ! 狙いが付けられない」
バンの後部座席で友里が叫んだ。
「そんなこと言われてもですね。このバン、サスペンションが全然効いてねえ! 路面の凹凸がダイレクトに伝わってくるぜ」
運転席でハンドルを握る海老原はぼやいた。近くの工事現場からキーが指しっぱなしのバンを拝借して、ここまで走らせてきていたのだった。後部座席には友里と悠乃がいるが、
「ゆりっちぃ-、ゆーのん、駄目かも……」
たび重なるバンの揺れに耐えかね、悠乃はシートに横になりうずくまっていた。
「野呂! だからお前は来なくてもいいと……」
「で、でも……た、たとえ変身できなくたって……ゆーのんにも第二生徒会の一員……としての……誇りが……うおっぷ……」
悠乃は両手で口を押さえた。悠乃にはまだプログラムの再インストールは行われていない。
「だが、野呂が変身できていたとしても、この状態では戦闘は不可能だったな。野呂の射撃なら、ディールナイトだけを狙い撃ちできただろうが、私のこれでは、水野まで傷つけてしまいかねない……」
友里は自らが構えた長尺のガトリングガンを、このときばかりは忌々しそうに見た。
「なあに、追いつきますよ」
と海老原はアクセルを踏み込んだ。バンの前輪は不整地の石に乗り上げバウンドする。友里は、「おおっ」とドアの縁を掴んで揺れに耐えたが、悠乃は、
「あ……今ので完全に封印が解けた……もう駄目……ゆーのんの中の魔物が……」
「野呂! せめて窓の外に顔を出してから魔物を放て! 第二生徒会の誇りに賭けて!」
友里の檄に、悠乃は最後の力を振り絞って窓枠に首を乗せ、胃袋から這い上がってきた魔物を解き放った。
上空では、直と立花麗の空中戦が繰り広げられていた。
飛び道具を持たない麗だが、町中のビル屋上を掠め飛びながら手すりのパイプを引きちぎり、それを投擲することでディールガナーの銃器に対抗していた。さらにウイングユニットよりも小回りの効く機動性を生かし、直に接近してはパンチを繰り出す反撃も見せている。
直は麗から逃げる飛行体勢を取りながら、急旋回して銃を向け引き金を引いた。その銃、大型リボルバー銃〈ダイヤフォー〉はシャットダウンアタックの粒子を帯びて光り輝いている。
「なんのっ!」
麗は銃弾を躱した。ローターを囲うガードに銃弾が掠める金属音が聞こえた。
「駄目……? このタイミングなら、倒してもすぐに生身になった立花先輩をキャッチできたのに……」
直はゴーグルの下で顔に疲労の色を浮かべる。〈ダイヤフォー〉は塵と化し、飛行の風圧に流されていった。
「何なの? 今日の立花先輩、いつもよりも気迫が違うような……」
「わたくし、今日だけはやられるわけにはいきませんの……!」
麗は眉を釣り上げた。
翔虎を乗せた水野のバギーは橋のたもとまで差し掛かっていた。
「直、そのまま立花先輩を足止めしておいてくれよ……」
翔虎は空中戦とバギーの進行方向、双方に交互に目をやりながら、タイミングを計るようにハンドルを取る。水野の手は翔虎の動きに抗い、ハンドルは細かく左右に切られ、それに伴ってバギーも蛇行運転を繰り返す。オープンホイールのタイヤが鉄製の橋の高欄に触れて火花を散らす。
「……ここだ!」
翔虎はフレームから手を離し、両手でハンドルを掴んで大きく切った。水野の力は翔虎のそれに抗えず、バギーは左に急旋回し、高欄を突き破って橋の外に飛び出した。
翔虎はホルスターから小型リボルバー銃〈ダイヤツー〉を抜き、緑色の枠に囲まれているタッチパネルを操作。発動したシャットダウンアタックは、すぐに輝く粒子を銃に載せる。
「水野くん、これでもう大丈夫だ……」
翔虎は銃口を水野の胸――最も鎧が厚くなっていると思われる箇所を選択したのだろう――に向けて引き金を引いた。放たれた銃弾は鎧にめり込み、放射状の亀裂を走らせる。直後、水野の体を覆っていた鎧も、バギーカーも、塵と化して形を崩していく。
水野と翔虎は飛びだした勢いのまま落下していたため、翔虎は手を伸ばしたがやはり、空中に留まるプログラム光球には届かなかった。翔虎は背中からワイヤーアーム〈ハートフォー〉を取り左腕に装備して右腕で水野を抱えた。あとはアンカーを橋の下面に打ち込むだけ。と、そこに、
「翔虎!」
直から通信が入り、
「立花先輩が!」
「何?」
翔虎は首を振った。立花麗は強引に直を振り切り、プログラム光球に迫っていた。
「いただきましたわ!」
麗のグローブから生えた三本の指には、錬換プログラムを取り込む機械が握られていた。
麗の眼下でディールナイトは水野を抱え、あとは重力に従い川面に落下していくのみ。左腕に装備されたアンカーを橋に打ち込み巻き上げたところで、その速度は麗の飛行速度に到底及ばない。ディールガナーは後方に迫っているが、この距離ならば追いつかれる前に光球を回収してしまえるだろう。
勝利を確信したのか、麗は笑みを浮かべた。空中に浮かぶ光まで、あと残り約十メートル。
麗は、がくり、と急ブレーキが掛かったように体を後方に逸らした。背後に何かの衝撃を受けた直後だった。
「がっ……」
急ブレーキの衝撃で麗は息を吐き、
「――何ですの……?」
後ろを見た。自分の背中のローターから一本のワイヤーが下に向かって伸びていた。視線で辿ると、ワイヤーはディールナイトの左腕に繋がっている。
ディールナイトによりローターにアンカーが打ち込まれ、水野を加えた重量を受け、それがブレーキとなって麗の飛行速度を大幅に減退させたのだった。
「ぬああ……これしき……」
麗はノズルを噴かして手を伸ばすが、光球には届かない。それでもゆっくりと前進し続け、その距離を縮めていく。あと二メートル、一メートル、五十センチ……
後方から高速で飛来する物体が麗のすぐ横を飛び抜けた。ディールガナーだった。翼を持った赤と白のビキニアーマーの戦士が遙か前方に小さくなっていく。目の前の光球はすでに消えていた。
ワイヤーをめいっぱい伸ばした翔虎は、ブランコのように体を降って、川岸まで体を寄せるとワイヤーアームから手を離し、水野を両腕で抱いたまま着地した。
翔虎はタッチパネルのドラムを回し〈ハート〉と〈J〉に合わせ、光る掌で地面を叩いた。バギーカーが出現し、翔虎は自分の膝上に水野を乗せて運転席に座るとアクセルを踏み込んだ。
「ディールナイト……行ってしまった」
橋の上に停めたバンから身を乗り出した友里は、河川敷を走り去るバギーを見送るしかなかった。窓枠にもたれ掛かって青い顔をしている悠乃は、
「ディールナイト……やっぱり、まきっちを助けてあげたの……?」
と囁くような声で呟いた。
「ええい! 忌々しいですわ!」
ワイヤーが絡まったためローターは使えず、ノズルの噴射だけでバランスを取りながら麗はバンの隣に着地した。
「おー、お嬢、お疲れ」
運転席で海老原が手を上げる。
「お疲れ、じゃありませんわ! あと少しでしたのに!」
「仕方がない、やるだけやったんだ」
友里はため息をついて変身を解除した。海老原もバンを下りて変身を解く。友里は麗を見て、
「だが、立花、今日のお前の戦いぶりには目を見張るものがあったぞ」
感心した顔で言った。後部座席のシートに寝転んだまま、スライドドアを開けて会話に参加していた悠乃も、
「そうだよ、うらっち凄かった。ああいうのを、きっき迫る、って言うの?」
「鬼気迫る、だろ。お猿が迫ってきてどうする」
友里が即座に訂正を入れる。麗は、
「わたくし、今日だけは絶対に負けるわけには、あの光る武器の一撃を受けるわけにはいきませんでしたの!」
グローブの三本指を握って力を込める。
「気合い入ってたのはわかったからよ、お嬢。変身解けよ。このバンで送っていくぜ。そんなごてごてした格好じゃバンに入らねーぜ」
海老原がバンの車体を叩いたが、麗は、
「いえ、わたくし、このまま帰ります。プロペラの修復も終わりましたわ」
「何でだ、お嬢? そんな格好で飛び回って、目立つぜ」
「……わたくし、今日はゆーのんさんから電話をもらって、急いで駆けつけましたの」
「ああ、そうだったな。悪かったな、エステの最中に」
友里が言うと、麗は、
「そうなんです。わたくし、エステを途中で抜け出して変身して……そのとき、全身オイルマッサージの途中でしたの……だから……」
「だから?」
友里が訊くと、麗は頬を染めて、
「わたくし、そのとき、すっぽんぽんで……ですので、もしあの光る攻撃を受けて変身前の姿に戻っていたら……」
「真っ裸になってたってことか!」
海老原が途端に食いついた。麗は口を尖らせて頷いて、
「だから、わたくし、変身解除できません。このまま帰りますわ」
麗はローターを回して浮き上がり、そのまま上空に飛び去った。
「やられたら裸になるという緊張感が、あの戦いぶりを見せていたんだな……」
友里は感慨深そうに呟いた。海老原は悠乃に、
「ゆーのんもどうだ? 今日のお嬢みたいに強くなれるかもしれないぜ……」
「えびっち、すけべ」
悠乃はシートに横になったまま、じとりとした目を向けた。友里も眼鏡越しに冷たい視線を送り、
「海老原、お前は歩いて帰れ」
「な、何でですか副会長! 俺がいなかったら、誰がバンを運転するんですか!」
「私に決まってるだろ」
「副会長、車の運転なんてしたことあるんですか?」
「ない。が、この前のゲームでだいたいコツは掴んだ」
「副会長の運転、かなり危なっかしかったですよ!」
「だいたい、海老原、お前、無免許だろうが」
「今になって言うことですか?」
結局、途中でなにかあったらまずいということで、バンはその場に放置して三人とも駅まで歩くことになった。




