第41話 暴走 1/5
ゲームセンターをあとにした翔虎たちは、第二生徒会と別れ、水野の自宅に向かっていた。
水野はひとりで帰られると遠慮したのだが、翔虎が送ると言ったため、直とあけみも付き合うことになった。
自転車を押しながら水野は、
「僕、烏丸先輩って、最初怖い人かと思ってたけど、全然違ったね」
微笑みを浮かべながら言った。直とあけみも、そうだね、と口にしたが、翔虎だけは口を開かなかった。
「尾野辺くんは、そう思わなかった?」
水野に訊かれると、翔虎はようやく、
「えっ? あ、ああ、そうだね。怖くは、全然なかったね……」
水野は翔虎の言葉を聞くと、
「僕、月曜日に学校行ってみようかな……」
自転車のタイヤが転がる地面に視線を移して呟いた。直とあけみは顔を見合わせて微笑んだが、ここでも翔虎ひとりだけが表情を変えないままだった。
四人は水野の家に着いた。直が水野の自転車のカゴからぬいぐるみを取り上げ、
「それじゃあね、水野くん。これ、ありがとう」
と、ぬいぐるみの手を摘み、太った猫のキャラクターに手を振らせた。それを見た水野は微笑んで、
「ごめんね、成岡さん。何だか持って帰るのに邪魔になっただけみたい……」
「そんなことないよ。嬉しいよ。ありがとう、水野くん」
直が言うと、水野は俯いて顔を赤くする。あけみは持参してきた漫画を渡し、三人は、「じゃあ、また」と言って水野と別れ、駅を目指した。
「ねえ、尾野辺くん、どうかしたの?」
あけみが右隣を歩く翔虎に訊いた。翔虎は、えっ? とあけみの顔を見て、
「な、何が?」
「元気ないよ」
「そ、そんなことないって……」
「いいや、元気ない」
「あ、あるよ。ちょっとゲームで疲れただけだから……」
「尾野辺くん、おかしいよ。ね、直」
あけみは左隣にいる直に顔を向けた。直は笑って、
「翔虎、肝心なところでミスしたから、それを引き摺ってるんでしょ。ね」
「……え? あ、ああ、そうなんだよ……いやー、あの場面でまさかバリアを取っちゃうなんてね、意味ないじゃんね、はは……」
「うーん……」
あけみは唸ったまま、納得のいかなそうな表情を変えなかったが、
「まあ、いいか」
翔虎と直の背中を、ぽん、と叩いて、
「私、ちょっとこの近くの本屋に寄っていくからさ、二人は先に帰っててよ」
「あけみ――」
「それじゃ、またね。月曜日、水野くん来てくれるといいね」
二人に手を振って、商店街の雑踏の中に紛れていった。
あけみの姿が見えなくなってから二人は駅に向かって歩き出し、直が翔虎に声を掛ける。
「……ねえ、翔虎」
「何?」
「面白くないんでしょ」
「な、何が!」
「水野くんのこと」
「水野くんが、何だって……」
「水野くんが烏丸先輩に好意を持ったことが、面白くないんでしょ」
「ど、どうしてそうなるんだよ!」
真っ赤になった翔虎を見ると、直は笑って、
「でも、確かに私も意外だったな」
「何が?」
「烏丸先輩のこと。私も、水野くんが言ったみたいに、問答無用で学校に引っ張っていくような、規律の塊みたいな人かと思ってた」
「ま、まだわからないよ……」
「翔虎、烏丸先輩に妬いてるんでしょ。水野くんを取られそうで」
「な、何だよそれ! 気持ち悪いこと言うな! だいたい、烏丸先輩は第二生徒会の会長だぞ。妬くとかじゃなくて、僕は油断ならない相手だなって思ってるだけだよ……」
第二生徒会の名前が翔虎の口から出ると、直も表情から笑顔を消して、
「うん、そう、そうなんだよね。だから、複雑だな」
「何が?」
「烏丸先輩だけじゃなくてさ、今日一緒にいた、円山先輩も、立花先輩も、海老原先輩も、ゲームして遊んでるときは、普通の高校生だった。私、すごく楽しかったな」
「直……」
「翔虎は? 楽しかった?」
「え? そ、それは、まあ……」
翔虎が答えると、直は微笑んだ。が、すぐに笑みを消して、
「でも、ディールナイト、ディールガナーと戦う、第二生徒会の人たちなんだよね。ただ戦うっていうだけじゃない、あの人たちは、殺意を持って戦っている。ディールナイトとディールガナーを殺そうとしている……立花先輩なんてさ、つい数日前、翔虎を墜落死させようとしたんだもんね」
それを聞くと翔虎も神妙な表情になって、
「ああ……そう考えると、何だかおかしいっていうか、不思議な感じがする。円山先輩にも何度もガトリングガンを向けられてるし。海老原先輩には何度かナイフで刺されたし」
「中村先輩と、ゆーのんにもね」
「ああ……」
「ねえ、どうにかして、戦わずに済む方法はないかな?」
「それには、まず第二生徒会の人たちの誤解を解かないと……」
「ディールナイトたちは学園と町の平和を乱す悪者、って思ってるんだよね……ねえ、私だけでも正体を明かして、じっくりと話し合ってみようかな?」
「だ、駄目だろ、そんなの! だいたい、どうして直が」
「私ならさ、まだ正体を明かしても平気じゃない? 女子なんだし。ディールナイトの中身が男の子の翔虎だっていうのは、あまりにもインパクトが大きすぎるもの。駄目かな?」
「駄目に決まってるだろ。第二の人たちに正体が知れるってことは、その後ろにいるやつにも正体を知られるっていうことだぞ」
「後ろにいるやつ、チェックメイト、だね」
翔虎は頷いて、
「ああ、だから、狙うならチェックメイトだ。あいつさえ何とかしてしまえば……」
「第二生徒会とは戦わずに済む?」
「……多分ね」
「でも、翔虎は烏丸先輩と戦いたいでしょ」
「ど、どうして!」
「水野くんを巡る争い」
「だから!」
翔虎は真っ赤になって語気を強める。
「ごめん、ごめん」
直は自分の代わりにとばかりに、抱えていたぬいぐるみの手を取り翔虎に向かって拝ませる。翔虎が呆れ顔で、「まったく……」と呟いて静かになると、直は、
「でも、烏丸先輩、まだ一度も変身してないね」
「ああ、そうだな」
「きっと、強いんだろうね……」
翔虎は黙って頷く。二人は駅に到着した。
週末が明けた月曜日。放課後になり、いつものように文芸部室に向かうため教室を出た翔虎と直に、廊下で声を掛けた人物がいた。
「尾野辺くん、成岡さん」
「あ、新田先生!」
声を掛けてきた人物、保険医の新田を見て翔虎が言った。二人は挨拶を終えるや、すぐに翔虎が、
「先生、もしかして、水野くんが?」
「そう、放課後になるけれど学校に顔を出したいって電話をもらってね。しかも、今回はお母さまじゃなくって、水野くん自ら電話してきてくれたのよ」
「本当ですか? 先生! すぐに保健室に行きましょう! 直も!」
「落ち着いて尾野辺くん。さっき電話をもらったばかりよ。まだ着いていないわ」
笑いながら新田が言うと、翔虎は踏み出しかけた足を止めて頭を掻いた。直も口に手を当てて笑う。翔虎も笑顔だった。
三人が裏門の前に立っていると、程なくして水野の母親が運転してくる軽自動車が見えてきた。路肩に自動車が停車すると、後部座席から水野が下りてくる。
「新田先生、こんにちは。……尾野辺くん、成岡さんも」
水野は、新田の他に翔虎と直の二人もいたことに驚いたのだろう。少し腰を引きながら挨拶した。
「水野くん、こんにちは」
「こんにちは」
翔虎と直も笑顔で挨拶を返す。その間に新田は水野の母親と話をしている。「それじゃあね」と息子にひと声掛け、水野の母親は会釈して自動車を発進させた。
保健室に行くまでの道中。翔虎は水野の隣にぴたりと連れ添い、周囲を警戒するようにしながら歩いていた。
「尾野辺くん、まるで水野くんを守るナイトみたいね」
新田が言うと、直も「そうですね」と笑った。それを耳にしたのか、水野は照れたように顔を赤くして俯く。翔虎ひとりだけがその会話が聞こえていなかったようだ。誇らしげに胸を張って廊下を闊歩していた。
保健室の応接セットに着席し、直が煎れたお茶を飲みながら四人は会話をしていた。とは言っても、ほとんど翔虎ひとりが水野に話しかけ、時折水野が短く返事を返すだけで、直と新田は微笑ましくその様子を見ていることがほとんどだった。
「水野くん、この前は楽しかったね。また直や明神さんと一緒に遊ぼうよ」
翔虎の話題が先日のゲームセンターでのことに及ぶと、水野は笑顔で翔虎に頷いてから、
「あ、あの、先生」
と顔を新田に向けた。
「ん? 何かな?」
新田が訊くと、水野は、
「あ、あのですね……か、烏丸先輩にも、その、挨拶というか、お礼をしたくって……」
水野が顔を赤くしながら言うと、翔虎の表情から笑みが消えた。
「いいわよ。第二生徒会の仕事があるから、まだ校内にいると思うけれど。ちょっと待っててね」
新田は電話機のある机に向かった。翔虎は新田の背中を不安そうな表情で見つめている。その翔虎を見る直もまた、不安そうな、複雑な顔をしていた。
「やっぱり、まだ帰宅していなかったわ。すぐに保健室に来てくれるそうよ」
応接セットに戻ってきた新田が告げると、水野は「そうですか」と嬉しそうな顔を見せる。水野の反応とは反比例するように、翔虎の表情は徐々に曇っていった。




