第1話 ディールナイト誕生! 1/3
東都学園高等学校。
数年前に設立された歴史の浅いこの学校に、今年も新入生が加わろうとしている。
入学式を明後日に控えた日。私服姿の少年少女らが、校門の前に、裏口に、あるいは学校の敷地内を歩いている姿が見られた。
この春に中学を卒業し、事前調査とばかりに新たに在籍することになる学舎を見に来たもの。
すでに在校している先輩に呼ばれて挨拶に来ているもの。そういった生徒たちだった。
卒業を終え、入学を控えた生徒、学生にとっては特に感慨深い時期だろう。
通う学校も袖を通す制服も変わる境目の季節。
着るべき制服を持たない季節。
小学生でも中学生でもない、あるいは中学生でも高校生でもない、中途半端な季節。
ここにも、そんな中途半端な季節に身を置く、中学生以上高校生未満の二人がいた。
二人は東都学園高校校舎裏の空き地を並んで歩いている。
「ねえ、もう帰ろうよ、ナオ」
背の低いショートカットで、セーターに青いハーフパンツ姿のほうが、隣を歩く背の高い、セミロングカットの髪型でチェック柄のスカートのほうに声を掛けた。
〈背の高い〉といっても、驚くほどの高身長というわけではない。ショートカットのほうの背が低いため、〈ナオ〉と呼ばれた女の子が相対的に高く見えるだけだ。この年頃の女子としては、平均よりも少し高い程度の身長だ。
「こんな校舎裏なんて、入学したらいくらでも見られるって」
背の低いほうの言った言葉に、ナオは笑顔を見せながら、
「えー、だって、正式に学校の生徒になってからとは、また違うよ。まだ中学生という身分として、高校の校舎を眺めたり、敷地内を歩いたりするのがいいんじゃん。帰りたかったら、ショウコだけ先に帰ってもいいよ」
「もう四月になったから、身分的には高校生だよ……」
〈ショウコ〉と呼ばれたほうは、ショートカットの頭の後頭部で手を組み、辺りを見回して、
「ほら、もう誰もいないよ。見学の生徒も在校生も、みんな帰っちゃったんじゃない?」
ショウコの言った通り、校舎の周囲には二人の他に誰の姿も見えなかった。
「あー、行き止まりだ」
先を歩いていたナオは、その先が外壁と校舎の壁に囲まれた袋小路だということを知って、そう漏らした。言いつつも、小走りになって行き止まりの終点まで進み、壁に手を触れた。
「何やってんの?」
ショウコが呆れたような声を出して、自身もゆっくりと袋小路の先に歩いて行く。
「もうここには二度と来ることはないかなって、そう思ったら、記念に」
ナオは振り返って笑った。ショウコも、やれやれ、といった笑みを浮かべた後、
「……どうかした?」
ナオの表情が強ばったのを見て、ショウコはそう声を掛けた。
ナオの視線は、ショウコの頭の上を越え、その背後に注がれている。
「何? あれ……」
そう呟いて、ゆっくりと手を上げて指をさす。
「え?」
ショウコも振り向いて、ナオと同じように表情を強ばらせた。
そこには、鎧、のようなものが立っていた。
「……コスプレ? アニメ研究会とかの人……かな?」
ショウコは言ったが、自分で自分の言葉を信じてなどいなかっただろう。
その鎧は、コスプレのように人間が着込んでいるのだとしては、明らかに異常だった。
体型が人のそれではない。
確かに頭部があり胴体、四肢があり、人の特徴を備えてはいるが、そのバランスがおかしい。
頭部は極端に小さく。胴体は幅がありすぎ、腕も長すぎる。
目に相当する部分が横一文字のスリットになっており、その中で一つ目が赤く不気味に輝いている。
右手には両刃の斧。それは拳に握られているわけではなかった。拳自体がない。斧は右手前腕の先端から直接生えていた。転じて左腕には拳があるが、その指は三本しかない。
ショウコとナオは、表情を強ばらせたまま絶句する。
鎧姿の何者かが一歩踏み出した。地面を踏みしめる音とともに、機械の駆動音のような音が鎧の内部から聞こえてきた。
「ロボット……なの?」
ナオが呟いた。その言葉は的確にその姿を言い表していた。
鎧といっても目の前の異形のそれは、中世の騎士が着るようなものではなく、未来的で機械然としたデザインだったからだ。
ショウコはナオのもとに駆け寄り、
「とにかく、逃げよう」
「うん、でも……」
ナオが辺りを見回し、
「どうやって?」
この袋小路唯一の出口は、鎧の怪物が門番のように塞いでいた。
鎧の怪物が二歩目を踏み込んだ。同時に右手の斧を上げる。
「警察に通報しよう……」
ショウコは携帯電話を取りだして、ダイヤルしようとしたが、
「うわっ!」
ナオとともに逃げるように壁際に跳んだ。鎧の怪物が斧を振り上げたまま突進してきたためだった。
怪物は斧を地面に突き立てた。一瞬前まで二人が立っていた地面に。
斧が叩きつけられた衝撃に体のバランスを崩して、ナオが地面に倒れ込んだ。
「ナオ!」
ショウコがナオの横に屈み込み、肩を掴む。
鎧の怪物はスリット上を滑らせた紅い単眼を二人に向け、地面から斧を引き抜いた。
「ナオ!」
「駄目……足が……」
ナオは自分の足首をさすって、
「ショウコだけ逃げて」
「馬鹿! できるわけ――」
「ここにいたか!」
袋小路への入り口から声が聞こえた。
二十代から三十代程度に見える男のものだった。グレーのブルゾンにカーキ色のスラックス。茶色の革靴。身長は約百七十五センチ。眼鏡を掛けている。
「やめろ!」
男は壁際に落ちていた木材を掴むと鎧の怪物に向かって行き、その背中に叩きつけたが、鎧の怪物は微動だにせず、男の叩き付けた木材は二つにへし折れてしまった。
怪物はショウコとナオに向かいかけた足を一瞬止め、背後に左手を振るう。男は跳ね飛ばされ、二、三メートルほど地面を滑った。
邪魔者の排除を終えた、とばかりに、鎧の怪物は二人に向けていた進行を再開する。
ショウコはナオの肩を掴みながら、
「そこのお兄さん! け、警察に通報を……!」
「……無駄だ」
立ち上がった男は、素っ気なく答えた。
ナオは自分の肩を掴んでいたショウコの手を離させて、
「通報なんてしたって間に合わないよ! ショウコだけでも逃げて!」
「できるわけないじゃないか!」
二人のそのやりとりを聞いた男は、はっ、とした顔をした。
男の足下に携帯電話が落ちていた。先ほどまでショウコが手にしていた携帯電話だった。怪物の攻撃を避ける拍子に取り落とし、男の足下まで転がってきていたのだ。
男は携帯電話を拾い上げた。
怪物はショウコとナオに迫り、二人は地面を這うように後ずさる。二人は逃げるどころか、袋小路の奥に追い詰められてしまった。
男はそれを見ながら、拾い上げた携帯電話を懐から取り出した機械と繋いだ。
男が機械を操作すると、携帯電話の画面に、アプリケーションをインストールしている案内が表示される。
インストール終了までを告げるプログレスバーがどんどん伸びていき、バーが消えると同時に男は機械を外し、
「君!」
と、ショウコに声を掛け、
「君、ショウコ、という名前なのか?」
「そうだよ!」
ショウコは答えた。
「ショウコくん!」
男はショウコの名前を呼んで携帯電話を放り投げた。鎧の怪物の頭越しに飛んできたそれをショウコはキャッチした。
「新しいアプリが入っているだろ!」
男の声にショウコは画面を見ると、そこには、インストールしたての新しいアプリケーションであることを示すアイコンが揺れながら表示されている。
そのアイコンの名称は〈Deal Knight〉となっていた。
「ディール……ナイト?」
ショウコはその表記を読み上げた。
「タップするんだ。テンキーが出るから、ゼロを四つ押してくれ!」
「え? え?」
「早くするんだ!」
ショウコは周囲に目をやった。隣には足をくじいたのか、動けないナオ。目の前にはあと二、三メートルと迫った鎧の怪物。その右手に鈍く光る斧。見下ろす真っ赤な単眼。
「くそ!」
ショウコは揺れているアイコンをタップした。画面はテンキーに変わり、ゼロを四回タップする。さらに画面が切り替わって、〈Ready?〉と表示される。その下に、〈Yes〉〈No〉二つのボタン。ショウコは〈Yes〉をタップした。瞬間、
「きゃっ!」
倒れたままのナオは目を閉じた。ショウコの体が眩い光に包まれたためだった。その光は一瞬で消え去り、そこには、
「え……何?」
「ショウコ……その格好……」
ショウコとナオは、呆気にとられたように口にした。ショウコは自分の体を、ナオはショウコを見て。
ショウコはセーターと青いハーフパンツ姿から、鎧姿に変身していた。
鎧と言っても中世の騎士が装備するような無骨なそれではない。機械のような洗練されたデザインのものだった。
後頭部と側頭部のみを覆ったヘルメット。耳部分から伸びているアンテナのようなものも、機械的な印象を強くする。
青を基調に白いラインが入り、差し色的に所々オレンジのポイントが配されている、その鎧のデザインは、
「ビキニ?」
ナオはショウコの鎧を見てそう言った。
ナオが言った通り、その鎧はビキニといえる外見をしていた。腹部は露出し、下半身はハイレグ気味のビキニパンツ。腹部の他に、太腿部分と二の腕も露出している。
「何これ!」
一瞬で変わった自分の姿に戸惑うように、ショウコは叫んだ。




