第36話 宣戦布告 5/5
「うらっち、もっと近づいて」
麗の両手グローブで背中から抱きかかえられるように掴まれた悠乃は、両手で銃を構えて言った。銃口の狙いは、前方を飛行するディールガナーに向けられている。
「来ますわ!」
麗は叫んで体を捻り、ノズルの向きを変えて横移動した。ディールガナーが首を捻り肩越しに銃口を向けたのを見たためだ。
「うわわっ!」
悠乃は慌てた声を出す。ディールガナーの銃が二回銃声を鳴らしたが、弾丸は虚空に消えた。
「えーい! このぉ!」
悠乃は引き金を引いた。銃声が響いたが、ディールガナーの飛行体勢に変化はない。
「えーい! もう一発!」
さらに悠乃が引き金を引くと、今度は銃声とほぼ同時に乾いた金属音が聞こえた。悠乃の弾丸がディールガナーのウイングユニットを掠めた音だった。ディールガナーは僅かに飛行姿勢をふらつかせたが、すぐに持ち直した。
「ああ、惜しいですわ」
麗が悔しそうな声を出す。
「うん、でも、だんだんコツを掴んできたかも……」
悠乃は舌なめずりをして、
「もっと近づければ当てられそうなんだけど……」
「……やってみましょう」
「うらっち、行けんの? スピードで負けてるよ?」
「ふふ、まあ、見てて下さい」
麗はローターの回転を上げ、ノズルを噴かして速度を上げた。それにより両者の距離は僅かだが縮まった。
「ゆーのんさん、牽制でいいので、二発ほど撃っていただけますか」
「ケンセイ、って?」
「威嚇射撃のことです」
「イカク、って?」
「……当てなくてもよろしいので、脅かすつもりで撃って下さいということです」
「わかったー」
悠乃は銃を構え直して引き金を引いた。一発目の銃声にディールガナーは振り向き、
「え? 近い! いつの間に?」
直はヘルメットの中で小さく叫んだ。背後に迫る麗の機影が大きくなっていることに驚いたようだった。麗が抱えた悠乃の構える銃までが目視できる。
「もう一発」
「ラジャ!」
麗の呼びかけに悠乃はさらに引き金を引いた。距離が近づき、麗が直の右後方に飛行ラインを取っていたため、悠乃の弾丸はウイングユニットの右翼を掠めた。麗はさらにディールガナーよりも飛行高度を取っていたため、降下するようにディールガナーを追いつめる形になっていた。
「ぶつかりますわよ」
麗は笑みを浮かべた。急降下の体勢で飛行するディールガナーの進路には、学校校舎屋上が迫ってきていた。
「え?」
悠乃の牽制射撃に気を取られていた直は、それに気付いて、
「いつの間にこんな低くっ!」
グリップを引き絞って急旋回の動きを取った。
「ここです!」
麗も急旋回。
「わー、近づいてくる!」
悠乃が歓声を上げた。
「わたくしのほうが速度では劣りますが、こうすれば」
麗は、ふふ、と笑った。
直のウイングユニットが急旋回で描く飛行半径の内側をショートカットするような形で、麗は直に見る見る迫っていった。
ディールガナーは後ろに銃口を向けたが、
「遅いよ」
悠乃が引き金を引くほうが早かった。
二発の銃声が響き、ディールガナーのウイングユニットは二発とも被弾。左翼の先端と中ほどに弾痕が穿たれた。バランスを崩したディールガナーは左巻きに回転を始める。その動きを予期できなかったためか、三回目の悠乃の狙いは完全にウイングユニットのエンジン部を捉えていたにもかかわらず、直前でその目標を失い虚空を撃ち抜いた。
「ああ! もう!」
悠乃は頬を膨らませた。
「あら。でも、もう大丈夫ですわ。ほら」
麗は前方を飛行するディールガナーを見て言った。
両者の飛行軌道は直線に戻っていたが、ウイングユニットに受けたダメージのため、ディールガナーの速度は急速に落ちている。麗が追いつくのは時間の問題だった。麗はディールガナーとの距離を数メートルにまで縮め、
「さあ、ゆーのんさん、思う存分撃っちゃって下さいな」
「はいはいー」
悠乃は笑顔で銃口をディールガナーの背中に向け、ゆっくりと引き金を引いた。が、
カチッ。銃口から聞こえたのは、轟く銃声ではなく、無味乾燥な金属音だった。
「あれっ?」
カチッ。
「あれっ?」
カチッ。
「……もしかして、ゆーのんさん」
「えへへ……」
悠乃は麗の顔を見上げて、
「弾切れだー」
頬に汗を、口元には乾いた笑みを浮かべた。
「換えのマガジンは?」
「忘れちゃった……」
悠乃はスライドが引いたままの大型オートマチック銃で、自分のヘルメットを、こつん、と叩いた。
「ゆーのんさん……はぁー……」
麗は、ため息をついて項垂れたが、
「うらっち! 前! 前!」
悠乃の叫び声に顔を上げた。ディールガナーが首を捻って振り返りつつ、肩越しに銃口を向けていた。
「あらまあ」
麗は目を丸くした。
「うらっちー!」
ディールガナーの銃口が火を噴いた。麗は悠乃を庇うように抱きかかえ前傾姿勢となったため、背中のローターに小型オートマチック銃から吐き出された十三発の弾丸全てを受けた。ローターは回転を止め、麗は旋回しながら急降下していく。
「きゃぁー!」
「うらっち、ごめーん!」
叫び声を混じり合わせながら、麗と悠乃は校庭に墜落した。
「だ、大丈夫ですか? ゆーのんさん……」
「う、ううー……」
麗と悠乃は起き上がった。麗が悠乃を抱きかかえ、ローターとグローブが墜落のショックを和らげたため、二人はほとんど無傷だった。が、無傷なのは本体である二人の体のみ。ストレイヤー体のパーツは多大な損傷を被っていた。
「地面に接すれば回復できますわ」
地面に座り込んだ麗のグローブ、ローターは徐々に傷を塞いで修復していく。悠乃も同じだった。
「うん、それに……」
悠乃は立ち上がって、
「ここなら換えの弾丸も作れる」
左足をタップして地面からマガジンを飛び出させたが、
「ゆーのんさん! 後ろ!」
「えっ?」
悠乃は後ろを振り返ったが、
「きゃぁぁー!」
鳴り響いた銃声に悲鳴を重ねながら数メートルの距離を吹き飛んだ。悠乃の体を覆っていたストレイヤー体の鎧は塵と化していき、地面に倒れるころには、悠乃は変身前の制服姿に戻っていた。飛びだしたマガジンも空中で塵となって消える。
十メートルほど先には、膝立ちの姿勢でリボルバー銃〈ダイヤツー〉を構えたディールガナーの姿があった。光を放っていた〈ダイヤツー〉は、すぐに塵と化し消えた。
「中村! やつの掌が光っているぞ!」
友里の叫びに、ハンマーでディールナイトの剣との打ち合いを演じていた中村は後ろに跳び退いた。
打ち合いの最中にタッチパネルの操作を繰り返し、翔虎は錬換プログラムを発動させたのだった。
「詰めてこない?」
海老原が呟いた。
今までは中村が距離を取っても、すぐにディールナイトが間合いを詰めてきていたため、標的を絞れないようにナイフを振りかぶっては収める動きを繰り返していた海老原だったが、今度はディールナイトは間合いを詰めなかった。その代わり、その輝く掌を地面に打ち付ける動作をした。ここを好機と見たか、
「今なら当てられる! くらえよ!」
海老原は満を持したようにナイフを振りかぶる。
ディールナイトが地面から飛びだした装備を素早く右腕に装着させると、その装備が海老原に向かって伸びてきた。つづら折りの触腕が展開されたもの、フレキシブルアーム〈ハートエイト〉だった。ハートエイト先端の四本の指は、海老原が腕を振り抜くよりも早く、その手首を掴んだ。
「うっ……くそ……」
海老原は振りかぶった姿勢のまま、腕を固定された。
「右で!」
海老原は自由な右手で左の手甲からナイフを抜こうとしたが、フレキシブルアームは急速に縮み、海老原の体はディールナイトに向かって引き寄せられていった。
「う、うわっ!」
海老原は自分の意図しないまま前に足を運ばざるを得なくなった。
ディールナイトはフレキシブルアームを外し、剣に持ち替えてタッチパネルを操作すると、手にした剣が光り輝きだした。海老原はアームの呪縛から逃れ停止したが、自分に向かって駆けながら、両手持ちで横に振り抜かれてくるディールナイトの剣を躱すことはできなかった。
「ぐわー!」
輝く刀身を胸に受けて、海老原は悲鳴を上げた。ディールナイトのタッチパネルは緑色の枠で囲まれていた。ディールナイトが剣を振り抜くと、海老原の体は大きく後方に飛ばされる。その剣と、そして海老原の体を覆っていた鎧、手甲は塵と化して風に舞う。海老原は地面に落ち、倒れたまま動かなくなった。
制服姿に戻り倒れた海老原と翔虎の中間地点には、取り残されたように光球が浮かび上がっていた。翔虎は走り出したが、
「させるか!」
叫びながら走る中村が、いちはやく光球の前に立ちふさがった。
「おい! 海老原!」
中村は倒れた海老原へ肩越しに声を掛けた。友里が海老原のもとに駆け寄って、
「……大丈夫だ。気を失ってるだけだ」
海老原の首に手を当てて言った。そして、立ち上がると腰に付けていた機械を取り外し、
「こうすればまた戦えるはずだ」
中村の背後に駆け寄り、宙に浮かぶプログラム光球にその機械を翳した。
「――あれは!」
翔虎は叫んだ。それは、チェックメイトがプログラム回収に使っていたものと同じ機械だった。光球は機械に吸い込まれていく。
「ゆーのんさん、大丈夫ですか?」
麗が倒れた悠乃の体を修復したグローブの三本指で揺すると、
「う、ううー……」
悠乃はまぶたを閉じたまま、くぐもった声を出した。
「よかった――」
「次はあなたよ」
麗はその声に顔を上げた。ディールガナーが、大型リボルバー銃〈ダイヤフォー〉の銃口を向けながら歩いてきていた。
「ディールガナー! よくもやってくれましたわね!」
麗は立ち上がった。
「適度にダメージを与えて軟着陸させるつもりだったけど、あなたがあんな格好になるから、飛行装置にもろにダメージが行っちゃったのよ。許して」
「な……どの口が言うんですの!」
「あなたには飛び道具はないでしょ。抵抗はやめて下さい」
「ううー……」
麗がボクシングスタイルのように上げたグローブを力なく下ろすと、ディールガナーは、
「ねえ、あなたたち、誰かに騙されてるんじゃないの?」
「失敬な! 騙されてなんていません!」
「変な鎧を着た怪しい男に、何か吹き込まれたんでしょ?」
「騙しているのはあなたがたのほうですわ!」
麗はグローブの太い指をディールガナーに向けた。
「……ゆっくりと話し合う必要があるわね。とりあえず、回収してからね」
「か、回収? あ!」
麗は自分とディールガナーとの中間地点に浮かぶ、悠乃の体から出現した光球を見て、
「だ、駄目です! これは駄目!」
麗は走り、光球の前に立ち両手を広げた。
「いい加減に――」
直の横を一陣の風が吹き抜けた。いや、何者かが走り抜けた際に発生した風だった。
「会長!」
と麗の声。
「え?」
直は麗の後ろに回り込んだ制服姿の男性を見た。烏丸だった。
烏丸は懐から機械――プログラム回収機――を取り出して浮かぶ光球に翳す。光球が機械に吸い込まれると烏丸は、
「立花くん、撤収だ。野呂くんを頼む」
「――あ、は、はい!」
麗は走り寄ると悠乃を抱え上げ、ローターを回転させ始める。
「待ちなさい!」
直は銃口を向けたが、
「あっ!」
烏丸が投げた石が命中して、構えた銃をはじき飛ばされてしまう。その間に麗は、
「ごきげんよう」
と言い残して悠乃を抱えたまま空高く飛び上がり、烏丸は、
「円山くん!」
叫ぶと、身を翻して走り去った。
「ちょ、ちょっと!」
銃を拾った直だったが、麗はすでに校舎の向こうに飛び去り、烏丸も姿を消していた。
「中村! 海老原を!」
烏丸の声を聞いた友里は、叫びながら腰から小さな物体を掴み取った。チェスのポーンの形をしたものだった。
「しまった! あんなものまで!」
翔虎は友里に向かって跳びかかったが、友里がポーンを地面に叩き付けるほうが早かった。中村が海老原の体を抱えた直後、辺りは強烈な光に包まれた。翔虎は構わず跳びかかったが、そこに友里の姿はなく、地面に頭から滑り込んでしまった。
「……消えた……逃げられた……くそっ!」
翔虎は誰もいなくなった校庭に俯せになったまま、両拳で地面を叩いた。
「翔虎!」
直が駆けてきた。
「大丈夫?」
「ああ……」
翔虎は起き上がって、
「直のほうこそ」
「ううん、大丈夫。ちょっとあせったけど」
「僕のほうもさ」
「第二生徒会……本当にディールナイト、ディールガナーと戦うのが目的だったなんて……」
直は力なく呟いて、
「円山先輩……」
「あの日のガトリング女子は、その円山先輩だったんだな」
翔虎の言葉に直は頷いて、
「翔虎も、中村先輩があんなになって、ショックだよね」
「ああ、そうだな。どうして……」
翔虎は空を見上げた。明々と校庭を照らす照明に遮られ、星はひとつも見えなかった。
――2016年11月14日
第二生徒会メンバーにインストールされた錬換武装は……
烏丸紘一:???
円山友里:ダイヤJ(ガトリングガン)
中村正則:スペード8(バトルハンマー)
海老原海斗:クラブ2(スローナイフ)
立花麗:クラブQ(ローターユニット)
野呂悠乃:ダイヤ5(大型オートマチック銃)




