第36話 宣戦布告 1/5
「亮次さん、またやられた」
翔虎は携帯電話に向かって語気も荒く喋りかけて、
「チェックメイトのやつが……」
「プログラムを奪われたんだな?」
電話口からの亮次の声に、翔虎は頷きながら、はい、と答えた。
「おまけに、また自我を持ったストレイヤー――ストレイヤーに取り憑かれた人間が出て来て、しかもですね、そいつ――」
「翔虎くん、積もる話もあるだろうから、どこかレストランにでも入ってゆっくり聞こうか」
「……そうですね。じゃあ、公園の駐車場で待ってます」
翔虎は電話を切った。
すでに辺りは夕闇に包まれ、一定間隔に林立する駐車場の外灯に明かりが灯っていた。
「これから会議だね?」
直の言葉に翔虎は頷いて、
「でも、遅いから直は帰ったほうが――」
「駄目。私も参加するに決まってるでしょ。お母さんに連絡しなきゃ」
直は懐から携帯電話を取りだしてダイヤルし、
「もしもし、お母さん……」
直が電話する間に、翔虎も自宅にダイヤルした。
「あ、僕だけど。今日、ちょっと遅くなる。夕御飯も食べてくるから……え? 違うよ、ヒロたちじゃなくて、直と亮次さんだよ。……うん、うん、違うって、そんなのじゃないから。……うん、うん、わかってるよ。じゃ」
「お母さん、心配してた?」
翔虎よりも早く電話を終えていた直が、電話を切った翔虎に声を掛けた。携帯電話をしまいながら翔虎は、
「いや、心配ってんじゃないけどさ。何かあったら相談しなって言われた」
「されてるじゃん、心配」
「そうかなぁ? 何だか怪しまれてるのかなっても思うけど」
「ディールナイトがばれてる、ってこと?」
「いや……それはないと思うけど……いや、確実にないって」
「そうだよね。ひとり息子がビキニ着て剣を振りまわして銃撃ったりして暴れ回ってる、なんて知ったら、翔虎のお母さん卒倒しちゃうかもね」
「やめてよ……そう言う直のほうこそ、心配されてるんじゃないのか? ひとり娘なんだし」
「うちは大丈夫、信用されてるから」
「それだと、僕が親に信用ないみたいじゃないか」
「翔虎、昔からよく危ないことやってたから」
「今は違うよ。……いや、あんまり違わないか……」
翔虎は空を見上げた。
「そうね」
直も同じように空を見上げ、
「ガトリングガンで狙われるより危険なことって、そうそうあるものじゃないよね……」
「……あいつ」
翔虎は視線を下ろし、直の横顔を見つめながら、
「何者なんだろう? 富士崎先輩みたいに、うちの生徒なのかな?」
直も翔虎と目を合わせて、
「翔虎のほうが近くで見てたでしょ。私はずっと飛んでたから、あいつの声もよく聞こえなかったわ」
「うーん、声に聞き憶えはなかったな」
「それに、もっと不可解なのは――」
直がそこまで言ったとき、ヘッドライトを点したオレンジ色のSUVが駐車場に入ってきた。それを見た直は、
「この続きは亮次さんも交えてだね」
車に向かって手を振った。
「不可解なのはですね……」
直は近くのファミリーレストランの席で、対面に座る亮次に向かって話していた。公園での顛末を語り終え、それについての疑問をぶつける。
「あの女性ストレイヤーの武器がガトリングガンだったってことですよ。これが何を意味するのか? 翔虎」
直は隣に座りカレーライスを掻き込んでいた翔虎に話を振った。翔虎は、むぐっ、と喉を詰まらせたような声を出して、コップの水を飲み込んでから、
「はい、あの女性ストレイヤーはチェックメイトの仲間だということです」
「そう。でも、それだけじゃないでしょ?」
「え? まだ何かある? ガトリングガンのプログラムはチェックメイトに奪われた、で、チェックメイトと一緒に、そのガトリングガンの能力を持ったストレイヤーの女性が現れた。二人は共闘していた。だから、二人は仲間である。でしょ?」
「そう。でも、そこでチェックメイトの能力が推測されるよね?」
「能力……?」
翔虎は腕を組んで首を捻った。
「しっかりしてよ、翔虎。チェックメイトは、奪ったプログラムを人間に取り憑かせることができるってことでしょ」
「ああ! そうか!」
「そうよ。あいつは、奪ったプログラムを誰か他の人間に入り込ませることができるのよ」
「しかも……」
と目の前のウーロン茶に手を付けないまま、黙って直の話を聞いていた亮次が口を開き、
「そのストレイヤー人間は、自我を保っていた」
直と翔虎は頷く。直は、喋りっぱなしのためほとんど手が付けられていなかったドリアにスプーンを入れた。
亮次は目の前で組んでいた手を解いて、
「そうなると、それはもう、ストレイヤーに取り憑かれているとはいえないな。恐らく、自分の意思でストレイヤー化して戦っているんだろう。変身だよ」
「いつか、亮次さんが話していたことが現実になってしまいましたね」
カレーを食べ終えた翔虎は、そう言ってから、グラスに刺さったストローを咥え、中身のコーラを吸い上げた。
「チェックメイトは……」
スプーンの動きを一旦止めて直は、
「どのくらいプログラムを持っているんでしょう? 確実にあと二つはありますね」
「僕らとの戦いで奪った、投げナイフとヘリのやつだね」
翔虎の言葉に直は頷いて、スプーンの動きを再開した。
「くそ……」
亮次は小さく呟いて、
「いったい、私たちは何と戦っているっていうんだ?」
翔虎は空になったグラスをテーブルに置き、
「本当ですよね。最初は錬換プログラムの回収だけが目的だったっていうのに。ストレイヤーが人間に取り憑く、ゾディアックなんて、わけのわからないやつは出てくる、自我を持ったストレイヤー化した人間が出て来る、チェックメイトは現れる……」
「……すまないな、二人とも」
「それは言わないことに決めたじゃないですか、亮次さん」
翔虎は笑い、隣の直も、そうですよ、と答えた。
「そうだったな……」
亮次も笑みを浮かべて、
「そういえば、ゾディアークの正体じゃないかという、東都学園理事長の神崎という人物の写真を学校のホームページで見たが、知らない顔だったな」
それを聞いた直は、
「そうですか……でも、理事長が何か一連の事件に関わってることは間違いないですよ」
「直が聞いたっていう、理事長が口にした『錬換』の言葉と、チェックメイトがゾディアークを見て呟いた『神崎』という言葉……」
翔虎が言って、直は、うん、と頷いた。翔虎はさらに、
「理事長に突撃取材でもしてみるか」
「バカ言わないの。理事長が本当にゾディアークだったら、危険よ」
「でも、向こうも僕がディールナイトだってわかってるはず。正体隠したりしないで、正々堂々と勝負して決着付ければいいんだよ。何をこそこそしてるんだろう」
「理事長は、そのことを誰にも喋ってはいないみたいだよね」
「うん、そうだね。ディールナイトの正体がばれたような話は全然聞かないし」
「チェックメイトのほうは? あいつの正体は誰なの?」
「直、一度、声に聞き憶えがあるかもって言ってたよね。あれから、どう?」
「ごめん、駄目。あいつ、二回目に出て来てから、私たちみたいに声を加工しちゃったじゃない。どんな声してたか忘れちゃった」
「そうか、仕方ないよ。それよりも、チェックメイトの目的だよ」
「目的……錬換プログラムを集めるのは、副次的な目的だったことが判明したね」
「うん、あいつがプログラムを回収していたのは、ストレイヤー化した戦士を作るのが目的だった。で、その戦士を使って、なにをやるつもりなのか?」
「ディールナイトとディールガナーを狙ってきてたよね?」
「そう」
翔虎は空のグラスに刺さったストローを指で玩びながら、
「そうなんだ。あいつ、あのガトリング女子、僕たちを殺しにきてた」
直の喉から、ごくり、と唾を飲み込む音がした。
「二人とも、本当に気を付けろよ」
亮次の言葉に翔虎と直は揃って、はい、と答え、
「チェックメイトに三連敗してる。次は絶対にプログラムの横取りはさせない」
翔虎はストローを指の間に挟んで折り曲げた。




