第34話 第二生徒会 1/5
夜の繁華街。場末の大衆酒場の壁際の小さなテーブルに、敷島と世良は差し向かいに座って酒を飲んでいた。
敷島の鞄からは、世良が手渡した錬換プログラムを回収した機械が覗いている。それに気が付いた敷島は、機械を鞄の奥のほうに押し込んで、
「よくやってくれた、世良」
「なに、思っていたよりも簡単でしたよ」
世良は敷島のグラスにビールを注ぎ、
「と、言ってみましたけれど、内心穏やかではなかったですけどね」
「そうだろうな。まだ〈チェックメイト〉には戦闘能力は皆無だからな」
「敷島さん、いつ、僕はあいつらと戦えるようになるんです?」
「もう少し待て。なにせ、チェックメイトの調整は完全に秘匿して行わねばならない作業だ。神崎に感づかれるわけには絶対にいかない」
「そうですね。わかっています。しかし、今日は僥倖でしたよ。テレビ番組でストレイヤーの出現を報道してくれましたからね。テレビは生放送に限りますね」
「そうだな。我々には、ストレイヤーが出現しても、それを感知する手段がない。お前の言う通り今回は僥倖だったが、これからは、ディールナイトらの出動を知ったら、その後手後手を踏み、何とかあいつらよりも早くプログラムを回収していくしかないだろうな」
敷島はグラスのビールをひと口に煽った。世良は、
「ええ。で、その肝心のプログラムなんですけれど、うまくいきそうなんですか?」
「ああ、そっちのほうはだいたい目処が付いた。やはり、あの生徒の脳波には独特のパターンが見られた。それを取り出してコピーして、錬換武装プログラムと組み合わせれば、いけるはずだ」
「意識を保ったまま、ストレイヤー化することが可能になるわけですね?」
「そうだ。そのためには駒が必要だ。もう私が所有している錬換プログラムはわずかしかない。お前にチェックメイトになってもらい、錬換プログラムを奪ってもらう必要がある」
「任せておいて下さいよ……おっと、すみません」
今度は敷島が世良のグラスにビールを注いだ。
「敷島さん。僕が憂慮しているのは、神崎のことなんですけれど……」
敷島は黙って頷いた。世良はさらに、
「僕の、チェックメイトの姿を神崎、ゾディアークに見られてしまう危険性はかなり高いと思うんですが。敷島さんの話を聞くと、あいつもかなり神出鬼没ですし」
「ああ、そうだな。それは時間の問題だろう。だが、私はあくまでしらを切り通すし、チェックメイトの正体がお前だとばれる心配もないだろう。お前と私は、表面上何の繋がりもないんだしな」
「敷島さん。声だけは変えておいたほうがいいと思うんです」
「チェックメイトに変身したときの、か」
「そうです。僕、東都学園の文化祭関連で学校に行ったとき、神崎と会ってるんですよ」
「そうなのか?」
「ええ、名刺交換までしました。ほんの二言三言しか会話はしませんでしたけれど、あの神崎のこと。僕の声を憶えていないとも限らない」
「そうだな。声を加工する機能を付けておくか」
「戦闘機能も、早くお願いしますよ」
世良は携帯電話を取りだし、画面を見ながら、
「僕、もう何度マニュアルを読んだかわかりませんよ。早くチェックメイトの全ての機能を使いたくて、戦いたくって、うずうずしてるんですよ」
世良が見つめる自分の携帯電話の画面には、〈Checkmate〉と表記されたアイコンが貼り付けてあった。
物語の視点は少し遡り、翔虎と直がガトリングガンストレイヤーとの戦いを終え、チェックメイトに錬換プログラムを奪われた直後のこと。
翔虎は亮次に電話をして事情を説明した。
まず亮次が行ったのは、ディールガナーの変身解除だった。亮次は自分の携帯電話を操作して、ディールガナーの変身を解除させた。変身を解いた翔虎と直は、公園の駐車場で亮次と落ち合った。車に乗り込むと、亮次は開口一番、
「チェックメイト、だって?」
「そうなんです」
と翔虎は、
「またおかしなやつが出て来ちゃいました。いったいどうなってるんですか?」
亮次は黙り込んで、
「……わからない。そいつも錬換を使うのか?」
「わかりません。それらしいアクションはありませんでした。閃光弾みたいなのを使っただけですね」
「翔虎」
後部座席の直が声をかけ、
「あれは、〈ポーン〉だよ」
「ポーン?」
「そう、チェスの駒の〈ポーン〉そんな形してた」
「ああ、だから〈チェックメイト〉か!」
「多分ね」
「星座モチーフのゾディアークといい、何なんだあいつら。遊び心のあるやつらだな」
「私たちも人のこと言えないけどね……」
「で、そのチェックメイトだけど……」
翔虎は直と亮次の二人に向かって、
「ゾディアークと同じ陣営に属してると思う?」
「そんなの、わからないわよ」
「そうだな」
直と亮次はそろって眉根を寄せて答えた。
「まあ、そうだよね」
「言えることは……」
と、さらに直は、
「ただ戦いを仕掛けてきてるだけのゾディアークと違って、チェックメイトには目的があるらしいってことですね」
「錬換プログラムを奪う、か」
亮次の言葉に、直は、はい、と頷いた。
「うーん……」
翔虎は唸って、
「あの二人が味方同士だとしたら、やっかいだし、関係ないとしても、ややこしいことになりますね、亮次さん」
「そうだな。私たち、ストレイヤー、ゾディアーク、チェックメイト。三つ巴ならぬ、最悪、四つ巴の戦いに発展するかもな……」
「ねえ、亮次さん」
直が後部座席から顔を出して、
「こっちの問題も何とかして下さい」
自分の携帯電話を見せた。画面に亀裂が走り、真っ黒な画面のままの携帯電話を。
「そうだったな。ちょっと見せてくれ」
亮次は直から携帯電話を受け取って眺め回し、
「うん、ディスプレイがいかれただけみたいだな。新しいものにデータを移せば復活するよ」
「本当ですか! よかった。写真なんかのデータも復活できますか?」
「ああ、問題ないだろうね」
「よかった。翔虎のあの写真が消えないで」
「直!」
翔虎は顔を赤くして叫んだ。
「そうと決まれば、携帯ショップに行きましょう。この際だから、私、最新機種に変更しようかな」
「その前に、私の部屋に寄って、ディールガナーのプログラムだけ抜き出そう。あれを他の人に見られたらまずいしな」
「あ、そうですね」
「さらにその前に、昼ご飯食べようよ。お腹すいたよ」
翔虎の提案は、
「ダメ。私の携帯が先」
直に却下された。
亮次の部屋に寄り、直の携帯電話のディールガナープログラムを一旦吸いだしてから、三人は携帯電話ショップを訪れた。
ショップに並ぶ携帯電話のモックを眺め、手に取りながら直は、
「うーん、どれにしようかなぁ……すみません。一番衝撃に強い機種って、どれですか?」
店員に声を掛け、品定めに余念がない。
「これですか? うーん、でも、かわいくないですね……あ、こっちは?……」
一時間以上の時間を掛けて、直の新機種は決定された。
「どう? 翔虎」
直は、新しい携帯電話を翔虎に向かって突きだした。前の携帯電話とは、機種も色も変わっていたが、ディールナイトとディールガナーの二つのストラップが揺れていることだけは変わらなかった。
昼時からはだいぶ時間が経ったが、三人はファミリーレストランで昼食を取っていた。
「結局、かわいくないのにしたんだ」
スプーンでカレーライスを口に運びながら翔虎が、テーブルに置かれた直の携帯電話を見て言った。
「うん。見た目はカバーとかを付けてフォローする。丈夫なのが第一だよ。あんなことがあったから」
直は、女の子が持つには少々無骨なデザインの携帯電話を指で撫でた。
「直、いいなあ」
「何が?」
「途中で変身アイテムが替わるって、ヒーローものの定番ギミックじゃん。直、スーパーディールガナーになったよ」
「なってないからね」
直は冷静に答えて、ハンバーグをナイフで切りながら、
「翔虎も携帯、買い換えればいいじゃん」
ハンバーグの欠片を、ひょい、と口に放り込んだ。
「壊れてもいないのに、もったいないだろ。それに僕、何にも不自由してないのに、ヒーロー側が一方的にパワーアップするのって嫌いでさ。やっぱり、絶体絶命のピンチに陥るとか、今までの技や武器じゃ倒せない強敵が出てくるとか、そういう理由が欲しいよ」
「こら」
直は口の中のハンバーグを咀嚼して飲み込んでから、
「遊びじゃないぞ。だいたい、携帯の機種変更しただけで強くなるわけないじゃん」
「わかってるって。でも、今から思えば、ディールナイトは、あそこがパワーアップ時だったな。三体のストレイヤーに追い詰められた、あのとき――」
「翔虎」
直はナイフとフォークを置いて、翔虎を見つめる。
「な、何だよ……」
「もう翔虎はあんな目に遭わないよ。私が守るから……」
「直……」
「翔虎、死ぬところだったんだよ? わかってる?」
直の目が次第に潤んできて、
「……ごめん、トイレ……」
直は席を立ってトイレに走った。
「翔虎くん。直くんの気持ちも考えてやれ」
亮次は隣に座る翔虎を見た。
「わかってますよ……軽率でした」
「翔虎くん。君の言った通り、あの戦いでは、確かにディールナイトはパワーアップしたじゃないか」
「えっ?」
「あの戦いがきっかけで、直くんはディールガナーになる決心をしたんだ。心強い味方を得て、ディールナイトは何倍にもパワーアップしたろ」
「そう……そうですね」
翔虎は笑みを浮かべて、対面の空になっている直の席を見て、
「直は、ああ言ってくれたけど、僕のほうこそ、直を守ります」
「その意気だ。今の言葉、直くんが戻ってきたら言ってやれ」
「そ、それは……」
トイレから直が戻ってきた。すでに目の潤みは消えていた。
「何?」
席に座って直は、
「どうしたの? 私がいない間に何か面白いこと話してたの?」
「い、いや……」
翔虎はカレーライスにスプーンを入れながら、
「亮次さん。どうしていつも食べないの?」
隣の亮次を見た。亮次の前には、アイスティーの入ったグラスが置かれているだけだった。
「お昼を過ぎて、かえって食欲がなくなったんだよ。夜、がっつり食べることにするよ」
亮次はグラスに刺さったストローを手でもてあそびながら答えた。
「太りますよ」
直は、笑ってハンバーグにナイフを入れた。




