第32話 湯けむり女子集会 5/5
風呂を上がり、部屋に戻った一同は早々に床に就いた。
月明かりが窓の障子を白く染め、虫の声の他には、眠りに就いたものの寝息が微かに聞こえるだけの室内。その寝息は三人分しか聞こえていない。
布団が持ち上がり、ゆっくりと、ひとりの人物が上体を起こした。他の三人が深い眠りに落ちていることを確認するように見回すと、枕元の携帯電話と部屋の鍵を手に取って立ち上がる。
部屋の玄関に続く襖を少しずつ、自分の身が通る分だけ引き明けて敷居を跨ぐと、また静かに音を立ずに閉めた。廊下に出るドアのサムターンをつまみ、九十度捻る。カコン、と錠が外れる音が鳴った。音がした瞬間、襖の向こうに目をやり、恐らく全神経を集中させている。
誰も目を覚ましていないことを確認するとスリッパに足を通し、ドアノブを掴んで、音を立てずにドアを押し開けて廊下に出た。廊下でもドアの音をさせないよう、ドアノブを握りながらゆっくりとドアを閉じる。
廊下の左右を見回した。誰の姿もない。携帯電話の表示を見ると、時刻は午前一時二十五分だった。その人物は、今出てきた〈水仙の間〉とプレートの付いたドアの前を離れ、足早に廊下を進んでいった。
「時間通りだね」
廊下の突き当たりの非常口を出ると、すぐそばの屋外に立っていた人影が声を掛けた。手にしたタバコから紫煙が夜空へと立ち上っている。
人影はタバコを口に持っていき深く吸い込み、煙を空に向けて吐き出してから、
「どう? 大丈夫かな?」
「ああ、夕食に混ぜた遅効性の睡眠薬が効いている。朝まで起きることはないと思う」
「よし……手早くやろう」
人影は携帯灰皿を取り出し、タバコをその中でもみ消すと、傍らに置いてあった鞄を持ち上げた。
月明かりが二人の人物の顔を照らし出す。峰岸葵のマネージャー、世良恭介と旅館の娘、円山有里だった。
水仙の間の前の廊下に立つ世良と友里。
友里はドアの鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくりと回す。解錠された音が鳴ると、ドアを押し開けて中に入る。その後ろから世良も続いた。
「この子か」
世良は枕元に立って富士崎寧々を見下ろす。
「早くして」
友里の言葉に世良は、
「わかってる」
と答え、鞄からノートパソコンを取り出して起動させた。パソコンから伸びた、先が幾股にも分かれたコードを伸ばすと、吸盤状になっている先端を寧々の額に付けていく。全てのコードを付け終えると、「よし」と呟いてパソコンの操作を開始した。
「しかし驚いたよ」
パソコンから手を離し、あとは画面に表示されたプログレスバーが埋まっていくのに任せた世良は、
「ストレイヤー化しても意識を持ち続けていたとはね。本当なんだね」
「ああ、私も聞いた。本人は夢を見ていたって思ってるらしいけれど」
「夢、か……」
世良は小さく笑みを浮かべた。
「これで……」
友里は、パソコン画面のプログレスバーが埋まっていくのを見ながら、
「これで、私たちも戦えるようになる?」
「ああ、研究の成果待ちだが、恐らく大丈夫だろう。彼女の脳波パターンから、ストレイヤー化しても意識を保てる状態を探り出して再現するだけだ」
「そう……戦えるようになる……私たちの手で、倒せる、ディールナイトとディールガナーを……」
友里の眼鏡はパソコンの画面が映り込み、白く輝いている。
障子越しの月明かりが、さらに友里の顔を照らした。決意をみなぎらせたようなその表情は、きつく引き締まっていた。
――2016年10月30日




