第31話 ディールナイト死すべし 3/5
生徒会室を出て話をしながら、翔虎と直は廊下を歩いていた。
「それにしても、どういうこと? その富士崎先輩、夢を見てたって?」
直の言葉に翔虎は、
「偶然の一致じゃないよね」
「そうね、マシンガンを持ってたっていうし」
「直、あれは正確には、アサルトライフルっていうんだよ。マシンガンっていうのは、本来は地面に三脚ポッドなんかで設置して撃つ銃器で、とても人間が持って撃てる武器じゃないんだ。マシンガンを携行可能なくらい小さくしたのがサブマシンガンで、これは〈ハートセブン〉の装備にあるね。サブマシンガンとアサルトライフルは何が違うかというと――」
「それに、翔虎も写真見たでしょ、富士崎先輩の胸」
「思いっきり聞き流されている」
「ね、夢の話、大きなおっぱい、間違いない、昨夜のストレイヤーは富士崎先輩だよ」
「うん、そうだね。富士崎先輩に直接会って話を訊けないかな?」
「そうね。でも、テスト期間中だから、もう帰宅しちゃってるだろうし」
翔虎と直は玄関まで来た。外履に履き替えて玄関を出ると、
「翔虎、あそこ」
直がグラウンドの隅を指さした。そこには、ひとりの女子生徒が立っている。
「何?」
「何、じゃないでしょ。あそこに立ってるの、富士崎先輩じゃない」
「え? あ、本当だ。まだ帰ってなかったんだ」
「話、訊こう」
直は走り出し、翔虎もそのあとを追った。
「あの、すみません」
直は富士崎寧々に話しかけた。寧々はグラウンドに注いでいた視線を向けてくる。直は一礼して、
「富士崎先輩ですよね」
「そうだけど」
寧々は直に視線だけでなく体も向けた。
「ちょっと、お話訊かせてもらいたいんですけれど。あ、私、一年四組の成岡といいます」
「話? 何?」
「昨夜見た夢の話を」
「夢?」
「ええ、ディールナイトと戦う夢を見た、とか――」
「知らないわよ」
寧々の表情が変わり、視線も直から外された。
「え?」
戸惑った顔の直に構うことなく、寧々は足下に置いてあった鞄を手に持つと、
「その話、誰から聞いたの? 会長? もう、余計なこと……」
「あ、ちょっと、待って下さい――」
引き留める直の声も無視して、寧々は足早に去っていった。
「どうしたのかな?」
呆気にとられた表情の直に、翔虎は、
「取り付く島がないって感じだったね」
「本当……」
直はグラウンドに目を向けて、
「陸上部、少しだけど練習してるんだ」
試験期間中で人の数はまばらではあったが、陸上ユニフォーム姿の数人の生徒がトラックを走っていた。
翔虎もグラウンドを見て、
「陸上部……直、富士崎先輩のこと、誰かに訊けないかな?」
「そうか、二学期に生徒会に入るまでは陸上部だったんだっけ」
直はトラックの隅で柔軟体操をしている陸上部員のもとへ走っていく。翔虎もその後ろに続いた。
「すみません」
直はユニフォーム姿の女子生徒に声を掛けた。
「一年の成岡といいますけれど、二年生の富士崎さんのことをちょっと、訊かせてもらえませんか?」
「寧々のこと?」
女子生徒は直を見て、
「寧々、何かあったの?」
「いえ、そういうわけじゃ。一学期まで陸上部だったんですよね」
「そうだよ。何で辞めちゃったんだか」
「理由はご存じないんですか?」
「うん。突然、辞めたいって。寧々、中学の頃から陸上部でさ、結構いい成績だったんだよね」
「高校になってから急に成績が落ちた、とか?」
「うーん、そういうのはなかったんじゃないかな? でも、二年になったくらいから、ちょっと走りに自信がなくなってきたようには見えたね」
「そうなんですか。あ、あと、ディールナイトについて、何か話したりしてませんでしたか?」
「ディールナイト? ……いや、特にはなかったかな。私、二年で、寧々とはクラスは違うけど、部に所属中は結構喋ってたけどね。まあ、人並みに話題にするくらいだよ」
「特に、恨みを持っていた、とかはないと」
「恨み? ディールナイトに? ないんじゃない? そんなの」
「そうですか」
グラウンドの向こうから、その女子生徒を呼ぶ声がして、女子生徒は、はーい、と返事をすると靴紐を結び直して、
「あ、彼氏に訊いてみたら?」
「彼氏、がいるんですか?」
「うん、そんな話聞いたことあるよ。名前まではわかんないから自分で調べてよ。じゃあね」
女子生徒は靴紐を結び終えると、直に手を振ってから呼ばれた方向へ駆けて行った。
「彼氏、か」
直は腕を組んで、うーん、と唸った。
「聞き込みの調子はどう?」
直と翔虎の後ろから声がした。
「会長」
振り向いた翔虎と直は、声を掛けてきた人物、霧島凜を見て同時に口にした。
「いつからそこに?」
翔虎の問いかけに凜は、
「二人が陸上部員に話しかけたあたりから、ね。話は私も聞かせてもらったわ。明神さんのための取材なのに、何だか話が変な方向に行っちゃってるわね」
「え? え、ええ、そうですね……」
翔虎は頭を掻いた。
「でも、私も心配になってきたわ。私のほうでも寧々のこと調べておくわ」
「ありがとうございます」
「助かります」
翔虎と直は頭を下げた。
「ねえ……」
凜は一歩二人に近づくと声のトーンを落として、
「漫画部の取材って、本当なの?」
「え?」
翔虎は頓狂な声を上げる。
「本当は何なの? もしかして、寧々が……」
凜は翔虎に顔を近づけ、
「まさか、いつかのみなみなみたいに、怪物になってる疑いがある、とか?」
「か、会長……」
翔虎の頬に汗が流れる。
「本当のこと言ってよ。私たちは同じ秘密を共有する仲間でしょ。ねえ」
凜は直を向いて、
「成岡さんも」
「……はい、実は、そうなんです」
直は観念したように告白した。
凜の緊急招集で、学校近くのファストフード店に文芸部員と明神あけみが呼び集められた。
「テスト期間中なのに、悪いわね、みんな」
集まったメンバーに凜がまず詫びた。
「そんなことないです。学園の平和を守るためなら、いつ何時だって馳せ参じるですよ!」
「勉強をサボるいい口実ができましたね、こころ先輩」
「尾野辺、お前、よっぽど命いらんらしいな……」
「普段からちゃんと勉強してれば、試験前に特に慌てる必要はないからね」
との矢川の言葉にこころは、
「今、この中で心に、グサッ、とナイフが刺さった人が三人います。尾野辺、明神、そして、私です」
「自分も入ってるのかよ!」
翔虎が突っ込む。
「失敬な!」
あけみは、どん、とテーブルを拳で叩き、
「私は普段からあまり勉強してませんけど、慌ててなんていません!」
「威張ることか!」
「はいはい、漫才は終わり」
美波が手を叩いて、
「で、翔虎ちゃん、直、その二年生の富士崎さんが怪物に取り憑かれてるって、それ本当なの?」
「はい……」
それを受けて直が話し出した。
直は、昨夜河川敷を散歩中、ディールナイトと怪物が戦っているところを目撃。怪物は人間に取り憑いているタイプで、その人間が背格好から、どうやら富士崎寧々らしかった、と話をでっち上げた。
「成岡さん」
と矢川が、
「最初、明神さんのところに、ディールナイトに恨みを持っている人がいないか、って尋ねて行ったんだよね? それはどうして?」
「あ、それはですね……」
直は、怪物化した人物が、ディールナイトを殺す、と叫んでいたのを聞いたためだと語った。
「直、それならそうと、最初から言ってくれればよかったのに」
「ごめんね、あけみ。あんまり大事になっちゃうといけないと思って」
直はあけみに詫びた。それを聞いた矢川は、
「ということは……その怪物が富士崎さんだとして、怪物化したあとでも自我が残っているってこと? 部長や高町のときとは違って?」
「そうだとしても」
と、それを受けて今度は凜が、
「その、怪物になっていた間の記憶っていうのは、はっきり憶えていないんじゃないかしら。だから、本人は夢だと思っていた」
「その可能性は大いにあるね……」
矢川は顎に手を当てる。次に美波が、
「それにしても、穏やかじゃないわね。ディールナイトを殺す、だなんて」
「そうなんですよ」
直はドリンクのストローから口を離して、
「富士崎さんに訊いても、何も答えてくれなくて」
翔虎も、
「ディールナイトについて何か訊こうとしたら、急に態度がおかしくなったように見えたよね」
うーん、と、あけみは唸って、
「ディールナイトは、怪物から私たちを守ってくれるヒーローなのに。恨みを持つなんて。どうして?」
その問いに答えるものは誰もいなかった。
富士崎寧々について、陸上部を辞めたこと、ディールナイトに対する恨み、彼氏のこと、各々が可能な範囲で調べておくということになり、その場は解散となった。




