第30話 激突 翔虎対直 2/4
「えっ?」
翔虎は、意外な言葉を聞いた、という顔で直を見た。直は真剣な表情で、
「サードを使えば可能でしょ。人体にダメージはほとんど行かないんだから。いい模擬戦ができるじゃない」
「で、でも、見た通り、まったくの無傷とは……」
「だから、力を加減すればいいじゃない」
「それでも、当たったら痛いぞ」
「それはそうよ。遊びじゃないのよ」
直は真剣な表情をまったく崩していなかった。
「な、直、どうしたんだ?」
「私、ストレイヤーの撃墜数で翔虎に大きく水を空けられてるじゃない」
「それは、僕のほうがずっと先にディールナイトになってたから――」
「それだけじゃなくてね。私、もっと強くなりたいの。これから、ストレイヤー化した人間との戦いが多くなるなら、今の実験みたいにいくらサードを使っても、そう簡単にディールガナーが得意な銃器は使えない。だったら、翔虎みたいに接近戦で戦うしかなくなる。私ね、高町先輩との戦いで痛感したんだ。銃を封じられたら何もできないって」
「そんなことないだろ。それに、適材適所だよ」
「翔虎」
直はまっすぐに翔虎の目を見た。
「亮次さん……」
翔虎は直の視線を避けるように亮次を見る。亮次は、
「いいんじゃないか」
「亮次さん!」
「ここは直くんの気持ちを汲むべきなんじゃないのかな。翔虎くん、胸を貸してやれよ」
翔虎が見ると、直はすでにタッチパネルを操作して、短剣〈スペードスリー〉を錬換していた。リボルバー銃はホルスターにしまわれている。
「翔虎はそれでいいよね」
直は翔虎が手にしたままの剣を見て、ヘルメットを展開した。
「直……よし、わかった。どこからでもかかってこい」
翔虎もヘルメットを展開した。
「サード発動オーケー」
「こっちも」
直と翔虎は、それぞれのタッチパネルの画面が緑の枠で囲まれていることを確認する。
二人は数メートルの距離を置いて武器を構えた。亮次は離れて戦いの行方を見守る。
直が地面を蹴って翔虎に跳びかかった。
振り下ろした短剣は翔虎の剣で受け流される。すぐに二撃目を繰り出したが、翔虎はそれを後ろに身を引いて躱した。三撃目、四撃目と直は連続して短剣による攻撃を続けるが、翔虎はそれをすべて剣で受けるか、躱すかして捌いていく。直は攻撃をやめ、短剣を下ろして、
「ねえ、翔虎。どうして反撃してこないの?」
「いや、だって……」
「私相手じゃ、本気出せない?」
「そ、それは、まあ……」
「私が弱いから?」
「ち、違うよ。そういうんじゃなくて……」
「じゃあ……」
直は短剣を左手に持ち替え、ホルスターから素早くリボルバー銃を抜くと、
「これなら、どう?」
銃撃音が響いた。翔虎が持っていた剣の刀身は、柄の根本から撃ち折られた。
「な、直?」
翔虎は、刀身がなくなり柄のみとなった剣を握ったまま、呆然と直を見つめる。直の持つリボルバーの銃口が翔虎の胸に合わせられた。
「お、おい!」
翔虎は横っ跳びで転がった。その瞬間、銃撃音がして翔虎の背後に生えた木に弾痕が穿たれた。直は銃口で翔虎の背中を追う。
「背中を見せるなんて。翔虎、死ぬわよ」
直が引き金を引く直前、翔虎はさらに横に跳んだ。銃撃音がこだまする。地面を這うように移動しながら翔虎はタッチパネルを操作して、盾〈ハートツー〉を錬換して左腕に装備した。
「直! あのな――」
膝立ちの体勢で直に向いて話しかけた翔虎だったが、その言葉は銃撃音によって掻き消された。翔虎は構えていた盾に銃弾を受け、その衝撃で後ろによろめいた。
直は短剣を背中のマウントポイントに収め、銃持ったままタッチパネルを操作、近くの岩肌を左手で叩くと、飛び出してきた六発の弾丸を掴み、銃のシリンダーを引き出して装填した。その動作に視線を奪われていたためか、直は翔虎の接近を許してしまった。
「きゃっ!」
直は小さな悲鳴を上げ、後ろに跳び退いた。翔虎は両手に握っていた棒状のもの繰り出す。トンファーだった。
直の跳び退きは間に合わず、翔虎のトンファーの先端が直の左腕を叩いた。直は装填途中だった弾丸を取りこぼしてしまう。三発しか装填されないまま、直はシリンダーを戻し銃口を翔虎に向けたが、翔虎の左手に銃を掴まれ、銃口を下に向けさせられる。
「直、銃の弾丸補充をするときは、物陰に身を隠してやるのが鉄則だぞ」
「勉強になりました……」
直は銃口を翔虎に向けようと力を込めているようだが、銃口は地面を向いたまま。直は銃を両手で構えているが、直の両手の力と、翔虎の左手一本の力は拮抗しているらしい。
銃が火を噴いた。弾丸は斜めに地面に撃ち込まれた。
「直、苦し紛れか? ――うわ?」
翔虎は前のめりに体勢を崩された。直が銃を持った両手を押し上げるのをやめ逆に下に引いたため、上から銃を押さえつけていた翔虎は、その力の受けどころがなくなり、つんのめったのだ。
直は体勢が崩れた翔虎の胸を右脚で蹴る。
「ぐわっ!」
後ろに倒れた翔虎に向けて、直は改めて銃口を向けた。翔虎は両腕をカーテンのように顔の前にかざす。直は二回引き金を引いた。一発の弾丸は、翔虎の持つトンファーに当たり、右手の一本を半分に粉砕した。もう一発は尻餅を付いた翔虎の両腿の間、股間すれすれの地面に着弾した。
「どわっ!」
「あ、翔虎、ごめん」
「あ、危ない――って、直!」
直は謝りながらも銃をホルスターにしまい、背中から短剣を抜いて斬りかかる。翔虎は左手のトンファーで真上から振り下ろされた短剣を受けた。そのまま両手で短剣の柄を握って押し込む直。左手一本でそれを受ける翔虎。またしても両者の力は拮抗した。
翔虎はその体勢のまま、右手でタッチパネルのドラムを回す。
「翔虎、何をするつもりなの?」
直からは翔虎のタッチパネルは目視できない。
「こうするんだよ」
翔虎は入力を終え、光る右掌で目の前の地面を叩いた。地面からはバイク〈クラブジャック〉が飛び出してきて、直は後ろに跳び退いた。
翔虎はトンファーを投げ捨ててバイクに跨ると、エンジンを吹かして直から遠ざかるように走り出す。
「逃げるつもりなの?」
直もタッチパネルを操作して、地面からウイングユニット〈ハートクイーン〉を錬換し装着した。
亮次の携帯電話に着信があり、亮次は応答する。
「どうした、翔虎くん」
「亮次さん! 何とかして下さいよ!」
「何がだい?」
「直ですよ! 直のやつ、本気じゃないですか!」
「本気の模擬戦なんだろう」
「何ですかそれ――うわっ!」
通話は切れた。翔虎のほうでそれどころではなくなったらしい。
翔虎はバイクの真横に走った土煙を見て、同時に上空からの銃撃音を聞き、斜め後ろを扇ぎ見た。
「……嘘だろ? 直」
ウイングユニットを装着した直が地上十メートル程度の高さを飛行しながら追ってきていた。左手はウイングユニットのグリップを握り、右手にはサブマシンガンを構えていた。
連射される銃撃音が鳴り、翔虎はバイクの上で身を伏せた。サブマシンガンから放たれた弾丸は疾走するバイクの横の地面に着弾した。
「やっぱり飛びながらだと、うまく狙いが定まらないわ」
直は呟いて、さらに引き金を引いた。着弾によるものとバイクのタイヤが巻き上げる土煙の中を、翔虎はバイクを蛇行させながら疾走する。
「うわっ!」
翔虎は声を上げて空中に放り出された。決して広くない土地を土煙が上がり視界を塞がれたまま走っていた翔虎が、バイクを岩にぶつけてしまったのだ。バイクは転がり、翔虎は背中から地面に叩き付けられた。
「直! どこだ?」
翔虎はすぐに立ち上がって、周囲を、上空を見回す。
未だ土煙が舞っており周囲の様子を目視することはできない。ウイングユニットのエンジン音は聞こえていなかった。
翔虎は周囲を警戒しながらタッチパネルを操作した。折れた剣〈スペードシックス〉をゴミ箱に入れて一旦消去し、新たに錬換し直して右手に持つ。
風を切る音がした。次の瞬間、翔虎は右脇腹に衝撃を受けて左へと跳ね飛び、数メートル滑空したあと地面を数回転がってから体勢を立て直した。
さらに向かってくる足音が聞こえる。すでに土煙はほぼ晴れていたため、足音の主を目視することができた。直だった。右腕に長尺の武器を持っている。先端は槍状に尖った武具と片刃の斧のようなパーツが付いている。長さ二メートルを超えるハルバード〈スペードナイン〉だった。
直はその武器のほぼ中間位置を持ち、残りの後ろを脇に挟み込んで抱えるようにして構えている。先ほど後ろから翔虎の右脇腹を打ったのは、この武器だった。
「翔虎、どう? 痛かった?」
直は言いながら、じりじりとすり足で翔虎に迫ってくる。
「そうでもない」
翔虎は立ち上がって、
「ちょっとヒリヒリするけど、その武器で殴られてこれくらいの痛みのわけない。ナノなんとかアーマーのおかげもあるんだろうけど、サードの効果は凄いね」
「そう」
直はハルバードを両手に持ち替えて、
「じゃあ、もっと思いっきり殴っても大丈夫そうだね」
「おい……」
「行くよ」
直はハルバードを振り上げて地面を蹴った。翔虎は横に跳び、ハルバード先端の斧は地面に突き立った。直はすぐに引き抜くと横になぎ払う。先端の槍の穂先が翔虎の胸鎧を掠め火花が飛ぶ。
翔虎は直の懐に跳び込んだが、直も同時にバックステップしたため、両者の距離はほとんど埋まらなかった。翔虎は剣を振るったが剣先は直に届かない。
直は大きく体を屈めながら再びハルバードをなぎ払った。体勢を低くしたことで、ハルバードの穂先は翔虎の足下を狙う形になる。
「しまったっ!」
翔虎は叫びながら足を掬われた。腰を軸に百八十度以上回転して、肩口から地面に落下する。
「翔虎!」
直が叫びながらハルバードを振り下ろす。翔虎は躱すでなく、また、剣や腕で防御するでなく、タッチパネルに指をやった。
「!」
直が振り下ろしたハルバードは翔虎に命中する寸前、塵と化して消え失せた。
「ま、参った……」
直は両手を上げた。その胸元には剣先が突きつけられている。地面に仰向けになった体勢から翔虎が剣を突き出していた。剣を持つ翔虎の肘は曲げられており、腕が伸びきっていれば、剣先は十分直の胸に達する距離だった。




