第30話 激突 翔虎対直 1/4
週末、土曜日の昼下がり。翔虎と直は亮次の部屋に来ていた。
「そろそろ中間テストなんじゃないか?」
二人にアイスコーヒーを出し終えた亮次が訊くと、
「そうですよ。もう来週です。いただきます」
コーヒーにミルクとシロップを入れて、かき混ぜながら翔虎が答えた。
「どうだい。勉強のほうは順調かい?」
「ええ、それはもう」
「本当に?」
直が横やりを入れてきた。
「亮次さん、そんなことを訊くために僕たちを呼んだんですか?」
翔虎が話を逸らすように亮次に言うと、
「もちろん違うよ」
亮次はパソコンのディスプレイのひとつを二人に向けて、
「新兵器が完成した」
「新兵器?」
翔虎は口にして、直と一緒にディスプレイに近づく。
「予てからの課題だっただろ。ストレイヤー化した人間との戦闘で、人間の体を傷つけることなく、ストレイヤーだけにダメージを与えられないかって」
「その問題が解決を見た?」
「一応のね」
亮次は翔虎の言葉に答えて、
「二人とも、携帯電話を貸してくれ。アップデートする」
翔虎と直が携帯電話を渡すと、亮次はパソコンと接続してアップデート操作を開始した。
「具体的に、どういうものなんですか?」
直の問いに亮次は、
「錬換のシステムを応用したんだよ。錬換は、無機物にしか効果がないだろ。であれば、攻撃にその錬換の特性を帯びさせることができれば、有機物、すなわち人間の体に効果がなく、無機物だけに効果を出すことも可能なんじゃないかって考えたんだよ」
「凄いです、さすが亮次さん!」
「ありがとう、翔虎くん。だが、もちろんまだ実験は行っていない。それに」
「それに?」
「いくら有機物に効果がないといっても、まったくのノーダメージとはいかないはずだ」
「そうなんですか?」
「ああ」
亮次はアップデートが終了した翔虎の携帯電話を外して、直のものと付け替えながら、
「攻撃のダメージにブレーキを掛けるようなイメージなんだ。翔虎くんが剣で斬りかかったとするだろ。本来なら、ストレイヤー体の部分にも、生身の体にも、同等のダメージが行くはずのところを、生身にかかるダメージだけを軽減する」
「あくまで軽減するだけ、ですか」
「そうだな。もちろん、斬りかかる力をセーブすれば、ほぼノーダメージに抑える、ということも可能だろうが、それじゃ、そもそもストレイヤーへ与えるダメージも比例して低減される、ということになる」
「銃器の場合はどうなるんですか?」
直が質問した。
「同じことだよ。被弾によるダメージは、生身に行く分が軽減される。銃の場合は、威力の加減ができないだけさ」
「うーん……ちょっとぴんと来ないですね」
直は顎に指を当てて上を向いた。
「だろ、だから」
亮次は直の携帯電話を外して、
「これから実験してもらえないかな、と思ってね」
亮次の運転するSUVに乗り込み、三人は山裾を目指した。
「そういえば、直くん」
亮次は後部座席の直に向かって、
「京都、奈良のおみやげを買ってくるのを忘れちゃったよ。悪いね」
「いいんですよ。遊びに行ったわけじゃないんだし。それに、おみやげならいいものを貰いましたから」
笑顔を見せながら直は、携帯電話の画面を突きだした。
「や、やめろよ!」
助手席の翔虎はそれを見るなり後部座席に手を伸ばす。直はその手をひらりと躱した。
「翔虎くん、運転中は暴れないでくれ」
「だって、亮次さん……」
「直くん」
「は、はい」
「直も叱られろ」
「その写真、後で私にも転送してくれないかな」
「おい!」
SUVは、山裾の開けた土地に到着した。車を降りた翔虎と直は、それぞれ変身を完了する。
「タッチパネルを二本指で右にスライドしてくれ」
亮次の指示通りに二人がパネルを操作する。
「あ、見たことのないボタンがある」
「本当」
翔虎と直がタッチパネルを見たまま言った。
「有機体へのダメージ軽減システム。すなわち、System of reduction of damage to organic body.略して〈SRDO〉というのはどうだい?」
「どうだい、って言われても、もうアイコンに〈SRDO〉って書いてあります」
翔虎は亮次とタッチパネルを交互に見て言った。
「まあ、まずは、二人とも武器を錬換してくれ」
亮次に言われ、翔虎は剣〈スペードシックス〉を、直はリボルバー銃〈ダイヤツー〉をそれぞれ錬換した。その間に、亮次は後部ドアを開けて荷台部に被さっていた布を取り払う。その下には大小数々の木彫りの像が積み込まれていた。隅には保冷バックもある。
「亮次さん、何ですかそれ?」
翔虎の言葉に亮次は、
「的だよ」
と言って亮次はその中から、高さ五十センチ程度の像を引き出して地面に置き、
「これらは見た通り、全て木彫りの像だ。有機物だ。これに攻撃を加えてダメージが軽減されるかどうか、また、どの程度軽減されるのかを実験する」
亮次は不細工なトーテムポール、といった外観の像を空き地の真ん中に置き、
「まずは、翔虎くん、普通にこれを斬ってみてくれ。これがストレイヤーだと思って」
「わかりました」
翔虎は像に近づき、斜め上段に剣を振りかぶる。「とりゃー!」気合一閃、振り下ろされた剣の刀身は、トーテムポールを斜めに両断した。下半分はその場に倒れ、上半分は空中を回転して地面に落下した。
「お見事。じゃあ、次だ」
亮次は同じような木彫りの像を同じ位置に設置して、
「今度は、〈SRDO〉ボタンを押して、〈SRDO〉を発動した状態で斬ってみてくれ」
翔虎は、はい、とタッチパネルを操作。ボタンを押すと、画面は通常のドラム状態に戻り、画面下に〈SRDO〉と表示され、画面全体に緑色の枠が付いた。
「あ、変わった。これがセカンド、じゃなくて、サード発動状態の印なんですね。じゃ、行きます……」
翔虎は先ほどと同じように剣を振りかぶり、気合のかけ声とともに振り下ろした。刀身はほとんど同じ角度、同じスピードでトーテムポールに当たったが、両断されることはなく、わずかに刀身を食い込ませるだけに終わった。違っていたのは、トーテムポール真下の地面が激しく土煙を上げて飛び散ったことだった。
「全然違う! さっきと同じ力で斬ったのに!」
翔虎は食い込んだ刀身を抜いた。
「錬換の作用が働いて、有機物である木彫りの像に行くはずのダメージをスルーして地面に逃がしたんだ。無機物である土はスルーされたダメージを受けて、今見たように飛び散ったってことさ」
「これは、凄い」
翔虎は両断されて転がっている像と、今しがた斬りつけた像を見比べて、
「でも、確かに、まったくのノーダメージとはいかないみたいですね」
刀身が食い込んだ一文字の傷跡を指で撫でると、
「これが人体だったら、何針か縫う重傷ですよ。指くらいなら切断されるような深さだ」
そう付け加えた。
「だが、ディールナイトの斬撃を受けて、生身の人間がその程度の傷で済むなんて、本来ありえないんだぞ」
「そうですね。力の加減が必要ですね」
「あと、狙う位置もだぞ。ストレイヤーの鎧部分を狙えば、ダメージはほとんど鎧部分に行って、その下の生身の体には、ここまでのダメージは行かないはずだ。軽い打撲か、絆創膏でも貼っておけば直るくらいの軽傷で済むだろう。さあ、次は直くんの番だ」
亮次は今度は片手で抱えられる程度の大きさの木彫りの熊を手頃な高さの岩の上に置いた。
「あれを撃つんですか? 何だかかわいそう」
直は銃を構えながら言った。
「そう言うなよ。手頃なものがあれしかなかったんだから」
「亮次さん、こんなもの、どこから入手してきたんです?」
翔虎の質問に亮次は、
「ガラクタ屋とか、リサイクルショップとか、色々回ってね」
両手で銃を構え、銃口を熊に向けていた直は、
「ていうか、普通にそこらに落ちてる木を使えばいいんじゃないですか?」
そう言って銃を下ろした。
岩の上には、熊の代わりに拾ってきた木の枝が置かれた。直径五センチ程度、長さは三十センチ程度のものを横にしてある。数メートル離れた位置では直が銃を構えている。
「行きます」
直は引き金を引いた。銃撃音とともに、木の枝は真ん中から真っ二つに折れて宙を舞った。
「ど真ん中。さすが!」
翔虎が喝采を上げる。
「じゃあ、今度は、そのサードっていうのを発動して撃ってみますね」
直はタッチパネルに、翔虎がしたのと同じ操作を行った。その間に亮次は、先ほどと同じ程度の太さ、長さの枝を同じ位置にセットし終えた。
「行きます」
直は再び引き金を引いた。銃撃音とともに、枝は今度は乾いた音を鳴らして後方に数メートル飛び地面に落ちて転がった。三人は落下地点に走り、翔虎が枝を拾い上げた。
「ここ」
翔虎は枝の真ん中を指さして、
「弾丸が食い込んでる。あ、消えた」
枝の表面に食い込んでいた弾丸は、すぐに塵となって消えた。
「さっきとは全然違いますね」
直は翔虎から枝を受け取って、自らが穿った弾痕を見た。
亮次も弾痕を覗いて、
「弾丸はさっきと同じように命中したが、サードの作用でダメージは有機物である木の枝をスルーした。だが、弾丸の勢いを全て殺すことはできないから、こうして枝は後ろに飛ばされたんだ」
「これも、人体だったら結構な傷になりますよね」
直は窪んだ弾痕を指で撫でる。
「そうだな。こればっかりはな」
亮次も円形の弾痕を触った。
「錬換装備の銃器の中で、多分一番威力の低い〈ダイヤツー〉でこれですよ。あの大きなライフルだと、いくらサード発動状態でも、ただで済むとは思えませんね」
直の言葉に亮次は、
「試してみるかい?」
直は地面に腹ばいになって、三脚のポッドで支えられた対物ライフル〈ダイヤテン〉を構えていた。十メートル程先の地面に置かれた的には、翔虎が切り込みを入れたトーテムポールが再利用された。
「サード発動状態確認」
直は自分のタッチパネルが緑の枠で囲われていることを見てから、
「撃ちます」
引き金を引いた。
銃撃音とともにトーテムポールは数メートル吹き飛び、その着弾位置にはクレーター状に弾痕が穿たれていた。直径十センチ、深さは三センチ程度だった。
「これは、さすがに死ぬな……」
地面に転がるトーテムポールを亮次は見下ろした。翔虎も、
「でも、対物ライフル弾の直撃を受けて、このくらいの大きさの木像が、この程度のダメージで済むなんて本来ありえません。サードの効果ですよ」
「そうよね」
と直も、
「私もさすがに、この武器を使うのには躊躇するもの。いくらストレイヤー相手だって威力過剰ですよ、これは」
柄を地面に付けて片手で抱えた対物ライフルを、ぽんぽん、と叩いた。
それを聞いた翔虎は、
「けど、待って欲しい、直。ストレイヤーって、本来ディールナイト、ディールガナーが戦う相手じゃないんですよね?」
亮次を見た。
「ああ……ストレイヤーとは、逃亡した錬換装備が体を得て実体化した、言ってみればイレギュラーな敵のはずだからな」
「こんな武器を必要とする相手と、本来は戦うはずだったっていうことですか? ディールナイトとディールガナーは」
直は、もう一度対物ライフルを叩いた。亮次は無言だった。
「ねえ、翔虎、ちょっと思いついたことがあるんだけど」
直は翔虎を向いた。
「何?」
「……私と、戦ってくれない?」




