第29話 ディールナイト古都へ(後編) 2/5
「亮次さん」
「おお、翔虎くん。もういいのか? あの舞台からの風景はずっと見てても飽きないだろ」
木暮から逃げてきた翔虎は亮次に追いついた。
「あの人に、木暮先輩にまた会っちゃったんですよ」
「そうか。こころくんたちは、もう追いついたんだな。ということは翔虎くん、またナンパされたな?」
「ノーコメント」
「はは、いや、そんな怖い顔するなよ。それよりも、ここ、縁結びの神様らしいぞ」
「縁結び?」
そこは清水寺の本堂から先にある地主神社だった。
「そう言われてみると、若い女の子が多いですね」
翔虎はぐるりを見回す。
「どうだい? 翔虎くんも参拝してみたら」
「い、いや、僕は……」
「ここに来たのも何かの縁だぞ」
「……じゃ、じゃあ、せっかくだから」
翔虎は財布から小銭を取り出し、賽銭箱に投げ入れようとすると、
「ちょっと待った、翔虎くん」
亮次が制して、
「二礼二拍一礼。だぞ」
「何ですか、それ?」
「神社でのお参りの仕方だよ。それと、神様に伝えるのは、『願掛け』じゃないぞ、あくまで『誓い』なんだ」
「どういうことです?」
「『何々できますように』じゃなくて、『何々します』と誓いを立てるんだよ。神様にはそれを見守っていてもらうのさ」
「えー、そういうものなんですか?」
「当たり前じゃないか。願いを叶えるのは自分の力さ。賽銭入れて願掛けしただけで願いが叶うなんて、そんなうまい話あるわけないだろ」
「ま、まあ、そうですけど」
「人は日々の欲望に流され、また、力不足から夢を忘れがちに、諦めがちになる。そんなとき、こうして神様に誓いを立てて目標を再認識するのさ」
亮次は財布から小銭を取り出すと、
「お賽銭を投げ入れるのも御法度だぞ。そっと、置くように」
賽銭箱の中に小銭を落とし、二回礼をして二回手を打ち、目を閉じて一礼した。翔虎はそれを見ると亮次と同じように小銭をそっと賽銭箱に入れ、二礼二拍して手を合わせ目を閉じる。数秒間そのままでいたあと、そっと目を開けて一礼した。
「ちゃんと、『直くんといい仲になれますように』じゃなくて、『いい仲になります』と誓いを立てたかい?」
「何言ってるんですか!」
翔虎は顔を赤くして叫んだ。
「さ、じゃあ、本来の目的に戻ろう。また木暮くんが来てナンパされるかもしれないぞ」
「亮次さんっ!」
早足で神社境内を出る亮次のあとを、大股で歩く翔虎がついていった。
「あ、亮次さん、あそこ!」
地主神社から清水寺本堂に戻る途中、翔虎は本堂の壁に背中をついて携帯電話をいじっている少年を指さした。
「林くんだな」
亮次も林の姿を確認した。
「彼はロックでもやってるのか?」
林は、耳にピアスをつけ、鋲の打たれたシャツを着て、金属製のアクセサリーをあちこちからぶら下げた格好をしていた。
「あれじゃ、因縁つけられてもおかしくないですね。あ、向こうからはこころ先輩たちが」
翔虎が視線を向けた舞台のほうからは、こころたち四人が歩いてきていた。先頭の北見が、「あー!」と声を上げて林を指さす。
その声に気付いたのか、林は顔を上げると、よっ、と軽く手を上げた。
「よっ、じゃない、林、お前……」
北見は文句を言いながら林に近づいていく。その後ろからは、同じように眉をつり上げた戸村とこころ、最後尾にきょろきょろと周囲を見回しながら木暮が続いた。
木暮の様子を見た翔虎は亮次の後ろに隠れた。
亮次は翔虎を庇うようにしながら離れ、こころたちから十メートルほどの距離を取る。
数分の言い合いで一悶着あったあと、班のメンバー全員が揃ったこころたち五人は、翔虎たちが出てきた地主神社へ向かった。
「あそこへ行ったらここへ戻ってくるしか道はないから、ここで待っていても安心だな。何かあったらすぐに駆けつけられる距離だし」
ひと安心という表情で亮次が言うと、翔虎は、
「亮次さん、でも、ここで変身するとまずいですよね」
「何、顔さえ見られなければ平気だろう。変身する瞬間だけなら、どこか物陰に隠れることも可能だろうし」
「いや、そうじゃなくて、変身するにも錬換に使う材料が必要でしょ。歴史的文化財を材料に使うのはまずいんじゃ」
「ああ、そういうことか、だが、大丈夫だよ」
「どうしてですか? 平和を守るためなら、多少の文化財の破損は致し方ないと?」
「そうじゃなくて、こういった寺社はほとんど木造だろ」
「そうですね」
「前にも言っただろ、木材は錬換の材料に使えないからさ」
「……あっ!」
「そう、木材だって、木、すなわち植物だ。植物である以上、有機物であり錬換は効かない。翔虎くんがこの清水の舞台の上で変身コマンドを入力したって、材料不足でエラーになるだけだよ」
「それはそれで、緊急のときには、やっぱりまずいですね」
「地面の上か、石段とか参拝用に整備されたコンクリートの道なんかを使うしかないな」
「なるほど」
「だから、それはストレイヤーも同じだ」
「そうか、林先輩に取り憑いたストレイヤーが発動しても、変身はできない?」
「恐らくな」
こころたちは十数分で戻ってきた。
亮次は他の観光客の中に紛れ、翔虎は亮次の体の後ろに身を隠し、こころたちをやりすごした。
すれ違う際に聞こえたこころたちの会話から、今日の見学はここを最後にホテルに戻ることがわかった。時刻は午後五時に近かった。
「どうします、亮次さん」
翔虎は亮次の後ろから顔だけ出して、こころたちの背中を見る。
「うん、当然、ホテルに張り込む必要があるだろうな。さあ、行こう」
亮次は歩き出した。
こころたちはバスでホテルに戻るようだった。亮次と翔虎はタクシーを拾い車を停めた駐車場まで戻り、車でホテルへ向かった。
東都学園高校一行が宿泊している京都駅近くのホテルの駐車場に亮次は車を入れた。降車して、そのままフロントへ行く。
「いらっしゃいませ」
フロントの係員の女性が頭を下げた。亮次は、
「ツインの部屋、一泊空いてるかな?」
「少々お待ち下さい……」
係員は端末を操作して、
「空きはございます」
「じゃあ、お願いする」
「かしこまりました……お客様」
「なんだい?」
係員の女性は、亮次の後ろにいる翔虎に目をやって、少し、はにかみながら、
「ダブルのお部屋も空いておりますが……」
その言葉を聞いた翔虎は、ムッ、とした表情になる。亮次はため息をついて、
「じゃあ、ダブルで――」
「おい!」
翔虎が激しく突っ込み、結局亮次はツインの部屋をとった。
「修学旅行生が多かったが、部屋が空いていてよかったな、翔虎くん」
亮次はあてがわれた部屋に行くため、翔虎と一緒にエレベーターに乗った。
「何もダブルじゃなくても、シングル二部屋でよかったじゃないですか」
「作戦会議とか色々あるから、同じ部屋のほうがいいだろ。フロントで聞いたんだが、東都学園の生徒たちは三階から五階に部屋を取っているそうだ。別に用事はないが、あまり近づかないほうがいいかもな」
ベルの音が鳴りエレベーターの扉が開いた。
「あー、疲れた……」
部屋に入るなり、翔虎はベッドに背中から倒れ込んで大の字になる。倒れる前に脱いでいたストローハットをテーブルに向かって投げると、ハットは回転しながらテーブルの上に着地した。
亮次は鞄を隣のベッドに置いて、
「翔虎くん、先にシャワー浴びてこいよ」
「妙な言い方しないで下さい!」
翔虎は眉をつり上げた。
「何だ、翔虎くん、変に意識するなよ。変だぞ」
「お前が一番変だよ」
「このホテル、大浴場もあるみたいだぞ。そっちに行ったらどうだい?」
「大浴場ですか……」
「大きい風呂は嫌いかい?」
「この服で男湯に入れると思いますか? 着替えは亮次さんが郵送しちゃったし」
「それは大丈夫さ。浴場へは部屋着で行ってもオーケーなんだぜ」
「そうなんですか」
翔虎は、がばり、と起き上がり。
「じゃあ、行ってこよ」
と着ているワンピースに手を掛けて脱ごうとする。
「ちょっと待った、翔虎くん」
「何ですか――おわ!」
翔虎が向くと、亮次が携帯電話のレンズを向けていた。
「何してんだ! 変態か!」
翔虎は脱ぎかけたワンピースを着直す。
「直くんに写真送らなきゃ駄目だろ」
「あ! ……で、でも」
「ご両親にばらされるぞ。お宅の息子さんは学校をサボって京都に行ってますって」
「そ、それは……」
「一枚だけ適当に送ればいいさ。はい、笑って……」
「ちょっと! 僕の携帯で撮って下さいよ!」
翔虎は亮次に自分の携帯電話を渡し、仏頂面で直立したままカメラに収まると、翔虎はさっそくその写真を直に送る。画像はすぐに消去した。その様子を見ていた亮次は、
「消しちゃったのか、もったいない」
「もったいなくは、まったくないです。これでノルマ達成、と。さあ、風呂だ」
翔虎が浴衣とタオルを用意していると、メールの着信音が鳴った。
「直からだ。何だろう? 早いな」
翔虎はメールを開いて表情を歪めた。
「直くん、何だって?」
「『表情が硬い。やり直し』……」
翔虎はメールの文面を読み上げた。亮次は、それみろ、と言うと、片手を差し出す。翔虎は渋々な表情で携帯電話を亮次の手に置いた。
「翔虎くん、まだ笑顔が硬いな。そんなんじゃ、また駄目出しされてしまうぞ」
「そんなこと言われても……」
ぎこちない笑顔で立つ翔虎に、亮次が携帯電話のレンズを向ける。
「よし」亮次はシャッターを切った。翔虎は再び写真を送り、撮ったばかりの画像を消去する。
直からの返信は数秒後に返ってきた。それを見た翔虎は、またしても表情を歪める。
「今度は何て?」
「『ストローハットをかぶってない。やり直し』……」
翔虎は直の指示通りの写真を亮次に撮ってもらい、送った。またしても数秒後に返信が来る。
「『スカートの裾を摘んで持ち上げて』……ふざけんな!」
翔虎は携帯電話を、ベッドにかぶさる柔らかい布団に向かって投げつけた。




