第28話 ディールナイト古都へ(前編) 2/4
「直、僕のいない間、ストレイヤーが出たら頼むぞ」
「それはいいけどさ。翔虎、大丈夫なの?」
「何が?」
「お母さんとお父さんのこと」
「そっちはもう話ついてるから」
「心配してるよ」
「うーん、まあ、そうだよね……」
「いつかは打ち明ける日が来るよ」
「ディールナイトのことを?」
「そう。ずっと秘密になんてしておけないでしょ」
「そうかなぁ。僕は、結構いけると思ってるけど」
「楽観的だなぁ」
「ポジティブにね」
翔虎は足を止めた。家の前に着いたためだ。
「じゃあ、直、明日からよろしく。おやすみ」
「うん、任せて。おやすみ……あ、翔虎」
「何?」
玄関に入りかけた翔虎は立ち止まって振り向いた。
「今日の試合、かっこよかったぞ」
「え、本当?」
翔虎は笑みを浮かべる。
「うん、それに、そのあと試合で疲れてるのに、ディールナイトになって戦って」
「ほとんど戦ってたのは直のほうじゃないか」
直は微笑んで歩み寄り、
「大変よくできました」
翔虎の頭に手を置いて撫でた。
「何だよそれ……直?」
直は頭を撫でていた手を下ろし、翔虎の頬に触れ、さらに一歩近づく。そして、横目で翔虎の家の玄関を伺った。明かりは点いていない。
「翔虎……」
直は鞄を地面に置いて、翔虎の手を握る。
ゆっくりと直の顔が翔虎に近づく。
「え? な、直……あのさ……」
わずかな月明かりでも、翔虎の頬が赤く染まっているのがわかる。直も同じだった。
「なに……?」
直は囁くような声で訊いた。
「ぼ、僕、今日、ゲロ吐いちゃったけど、い、いいの?」
直はぴたりと動きを止め、
「バカじゃないの?」
鞄を掴むと、踵を返して早足で歩き出した。
「あ、な、直!」
翔虎は駆け出そうと足を踏み出したが、玄関の明かりが点いて、
「翔虎なの?」
翔虎の母親の声が聞こえた。
「あ、う、うん。ただいま……」
翔虎が返事をする間に、直の姿はもう見えなくなっていた。
「はい、これ、下着と靴下とワイシャツ入ってるから。寝間着とバスタオルもね」
翔虎の母親はスポーツバッグを玄関床に置いた。
「ありがとう、母さん」
礼を言って翔虎は靴を脱ぎ床に上がる。
「あら? すぐに行かないの?」
「うん、ちょっと、部屋に取りに行くものが……あ、僕が鍵掛けてポストから落とすから、母さんはもういいよ。ありがとう」
翔虎は階段を上がっていこうとしたが、
「翔虎」
母親に呼び止められた。
「な、何?」
翔虎は階段の一段目に脚を掛けたところで振り向く。
「学校はどう?」
「え? あ、ああ、いたって普通だよ。普通」
「普通なわけないでしょ。変な怪物騒ぎが頻繁に起きてるんでしょ?」
「あ、ああ、うん。でも、ほら、大丈夫だから――」
翔虎が答えた直後、居間のドアが開き翔虎の父親が顔を出して、
「ディールナイトかい?」
「え? あ、父さん」
「ディールナイトっていうヒーローが守ってくれてるんだろ、学校を」
笑顔で言いながら翔虎と母親のそばまで歩いてきた。
「う、うん、そうなんだ」
翔虎は、もうこの話題はおしまい、とばかりに階段を上がりかけたが、
「あのいかがわしい格好した怪しい人?」
翔虎の母親が言うと、翔虎は階段を踏み外しかけ、つんのめって階段に手を付いた。
「翔虎! 大丈夫?」
母親が駆け寄って抱き起こそうとしたが、翔虎は、大丈夫、と自分で起き上がり、
「じゃ、じゃあ、僕もう荷物取ってきて出るから」
と言い残して階段を駆け上がって行った。
息子が階段を上がり、部屋のドアが閉まる音を聞いてから翔虎の母親は、
「翔虎ったら、何か私たちに隠してることがあるんじゃないかしら?」
「でも、お前が直ちゃんに訊いたら、何もない、って言っていたんだろ。あの子は嘘をつくような子じゃないよ」
「そうなんですけれど……最近、医者に掛かる回数が増えましたよね」
「ああ、まあ、男の子だしな。色々あるんだろう。体育とか部活とか」
「翔虎は文芸部ですよ。まさか、本当はいじめに遭っているとか……」
「そんな感じには見えないけどな」
「何ですかあなた、そのなげやりな言い方は。息子のことが心配じゃないんですか?」
「お前こそ、息子のことを信じなさい。あの子は、翔虎は、素直ないい子だ。何かあれば、必ず僕たちに相談してくれるよ。直ちゃんもいてくれるしな」
「あなたがそう言うなら……」
「さあ、もう寝よう」
翔虎の父親と母親は、自分たちの寝室に向かって階段の下を後にした。
私服をまとめて突っ込んだ鞄を抱えた翔虎は、ドアの向こうで両親の会話を聞いており、
「……ごめん、母さん、父さん」
そう呟くと、静かに階段を下りて玄関を出た。
近くで待っていた亮次の車の後部座席に鞄を放り込むと、翔虎は助手席のシートに座った。
「亮次さん、お待たせ」
「親御さんから何か言われただろ」
亮次はアクセルを踏んでオレンジ色のSUVを発進させた。
「はい、でも大丈夫です」
「随分と心配かけてしまっているな。本当なら、私から謝らなければならないところなんだが」
「やめて下さいよ。親にディールナイトのことがバレるなんて、考えたくもない」
「お父さんとお母さん、ディールナイトのこと、何か言ってたのか」
翔虎は、別に、と言葉を濁した。亮次は赤信号でブレーキを踏み車を停める。
「直くんは、何か言ってたかい?」
「うん、まあ……」
信号が青になり、アクセルを踏んだ亮次は、
「また喧嘩したのか」
翔虎は、シートを倒して横になると、はあ、と息を漏らして、
「亮次さんは超能力者ですか」
窓の外に目をやり、
「僕って、どうしていつも同じようなミスしちゃうんだろ。自分が嫌になる」
「いい若者が、そんな厭世的なこと言うなよ」
「でも、亮次さん。最近、そういうの全然わからなくなってきました。南方先輩が去年高町キャプテンを振ったのって、誤解だったってわかったんですけど、今日、結局正式に振られちゃうし。サッカー部のキャプテンで、あんな人格者でかっこいい高町先輩でも振られちゃうんですよ。もう何が何だかわかりません」
「人には好みっていうものがあるよ。その南方くんは、翔虎くんのことが好きなんだろ?」
「そうなんですかね……?」
「ただの体目当てなのかもしれないけどな。彼女がストレイヤー化したきっかけを考えるに」
「ちょっと、やめて下さいよ」
翔虎は赤くなって抗議した。
「翔虎くんは、南方くんから好かれてることは嬉しくないのかい?」
「そりゃ、嫌な気にはなりませんけど……でも」
「翔虎くんは典型的な年上から好かれるタイプだもんな。あ、でも、二年のこころくんは、全然そんな素振りなかったな」
「こころ先輩は、南方先輩一筋だから」
「翔虎くんは、直くん一筋だもんな」
「……テラのやつも、直のことが好きみたいなんですよ」
「サッカー部の子だっけ。そういえば、プールでもそんな素振りを見せていたな。でも、直くんのほうはそうじゃないんだろ?」
「まだ直に何も言ってないんでしょ。テラ、よく見れば結構かっこいいし、サッカー部だし」
「翔虎くんは、サッカー部所属であることが、モテる絶対要素だと思ってるんだな……心配するなよ。直くんのほうだって、翔虎くん一筋だよ」
「直から聞いたんですか?」
「いや、私の感じたところでの話だ」
「……何だ」
翔虎は顔を窓の方に向けた。
「おいおい、もっと自信持てよ。幼なじみで同じ秘密を共有して、ともに戦う仲間。この関係に誰が付け入る隙があるものか。私が見たところ、直くんも結構な照れ屋なんだよ。でも、ここぞ、というときに勝負を賭ける行動力もある。あとは、翔虎くんがうまくそれを受け止めてあげるだけだ。君のほうも変に照れたりして、おかしな言動したりしないで、素直になればいいんだよ。……翔虎くん?」
亮次が助手席に目をやると、翔虎はまぶたを閉じて寝息を立てていた。
亮次は微笑んで冷房を弱め、信号で止まると、後部座席から取ったブランケットを翔虎の体に掛けてやる。
ボリュームを絞ってカーステレオを掛けると、スピーカーから峰岸葵の歌が流れ出した。




