第24話 謎の錬換戦士 3/5
舞台は再び現代へ。
「……へえ、あの会長が」
美波の話を聞き終えた直は、ため息を漏らした。
「そういえば、会長……」
と翔虎は、
「合宿で会った時、充実した学園生活を送るのが夢、なんて言ってましたよ。十分充実してると思いますけどね」
「凜がそんなこと言ってたの?」
美波は意外そうな顔をして、
「うーん、実は無理してるところあるのかもね。成績優秀な生徒会長っていう衣を脱ぎ捨てて、解放させてあげるのも必要なのかもね……翔虎ちゃん、いやらしい意味じゃないわよ」
「わかってますよ!」
「よし、今度、凜を誘って、みんなでカラオケでも行きましょうか」
「うわーい!」
こころは飛び跳ねて、
「みなみな先輩、絶対に行きましょう!」
「会長って、クラスの友達とそういう遊びに行ったりしないんですか?」
直は美波に訊いた。「うーん」と唸ってから美波は、
「一年の頃はたまに行ってたわね。でも、生徒会に出入りするようになって、本人も襟を正すじゃないけど、優等生っていう先生や生徒の目を気にするようになったからかな、あんまり外で遊ぶのは少なくなったわね。だからといって、クラスメートとは変わらず仲良くしてるけどね」
「そういうものかもしれないね」
矢川が話に入ってきて、
「人は偉くなると孤独になるって言うじゃないですか。確かに、霧島さん、二年の二学期頃くらいから佇まいが変わったよ。本当、名前の通り、凜として」
「そうねー。だから、凜が人の目を気にしないではしゃげるのって、私たちの前でくらいなのかも」
「充実した学園生活、かー」
直は机に肘を突き顎を手に乗せて、
「生徒会長っていうのも大変なんですね。そういえば、文化祭も、会長、運営委員とかで見回りしてたんですよね。私たちみたいに遊び回ったり、峰岸葵のライブも見られなかったんでしょうね。文化祭の騒ぎの後始末を理事長とやってるって言ってましたよね」
「凄いよね。あの理事長と一緒に仕事するなんて」
「あら、矢川くん、理事長のこと詳しいの?」
美波の言葉に矢川は首を横に振って、
「……いえ、見るからに凄そうな人じゃないですか、理事長」
「そうです」
と、こころも、
「だいたいからして、名前が凄いです。神崎雷道、ですよ? 漫画なら主人公の親を殺した宿敵の名前ですよ!」
こころ以外の全員が吹き出した。
「こころちゃん、いいね」
矢川は涙を拭いながら、
「ミステリよりも、そういうの書いたほうがいいんじゃない?」
それを聞いた美波は、思い出した、という顔をして、
「あ、ミステリといえば、こころちゃん。合宿で提出してもらった原稿。あれについてちょっとお話があるんだけど」
「みなみな先輩……な、なにか変だったですか……」
「うん。ミステリで犯人もトリックも解明しないで、探偵が最後に『俺たちの戦いはこれからだ!』って言って終わるって、ないよね」
「ざ、斬新かな、って……」
「……やりなおし」
「うわーはー!」
こころは机に突っ伏した。
「こころ先輩、そんなひどいの書いてたんですか……」
「尾野辺! 今、ひどいって言ったか?」
こころは突っ伏した状態のまま顔だけ上げて、
「じゃあ、尾野辺が書いたのを読ませろです! 本格ミステリの歴史を塗り替える、未だ誰も読んだことのない超絶トリックを駆使した、早くも今世紀最高傑作決定と豪語する、あれを早く読ませるです!」
「誰もそんなこと言ってないじゃないですか! ハードル上がりすぎです! 大気圏突破でもしないと跳び越えられません、そのハードルは!」
「あ、尾野辺くんのは俺が読んでるよ」
矢川の声に翔虎は顔を向け、
「え? 矢川先輩が? 何だか感想を聞くのが怖いな……」
「ボロクソにこき下ろされろ」
「こころ先輩! ちょっと、やめて下さい!」
「ちょっと待ってね。昨日ちょうど部長のを読み終えたばかりだからさ。今、まさに読んでるんだよね」
「えー! 今?」
「どうりで、今日の矢川先輩はパソコンに向かってはいるけど全然キーを叩く音がしないと思ってました」
直は納得した顔をして、
「……どれどれ」
と席を立ち、矢川の後ろに移動する。
「ちょ、ちょっと、直! こころ先輩も!」
慌てた様子で翔虎も、直とこころを追って矢川の後ろへ移動した。
「ほうほう……」
こころは矢川の肩越しに画面を見て、
「草薙警部、分かりましたよ犯人が。ほ、本当か、北条くん! ええ、すぐに全員を広間に集めて下さい!」
「こころ先輩! 朗読しないで下さい!」
「馬鹿な! 我々の中に犯人がいるだと!」
直が朗読を引き継いだ。
「直まで!」
「まあまあ……」
矢川は、自分の後ろで揉み合う三人を振り返って治めると、
「こころくん、成岡くん、尾野辺くんが命を削って書いた原稿だ。茶化すのはよくない」
「命を削るって、大げさです」
こころの言葉に矢川は首を横に振って、
「プロアマ問わず、小説を書くっていうのはそういうことだよ」
こころと直の二人は「はい……」と言って大人しくなった。
にっこりと笑うと矢川は、翔虎に顔を向けて、
「そして、尾野辺くん」
「は、はい!」
「どんな形であれ、創作物というものは公の場に発表して初めて命を得る。自分の中だけに収めているだけでは、どんな名作でも、それはこの世に存在していないも同然なんだ。いくら、好きだって思っていても、口に出さなければ相手に伝わらないようにね。
だから、創作物というものは、発表しなければ意味はないと俺は思う。そして、発表するということは、作者は読者を選んじゃいけないということだ。あの人に読んで欲しいけれど、あの人には読んで欲しくない。そんなのは公の作品とは言えない。私信で、読んで欲しい人だけに個人的に読ませるべきだ。君はどうなんだい?」
「……多くの人に読んでほしいです」
真剣な目になって答えた翔虎に、矢川は頷いて、
「じゃあ、読者を選ぶべきじゃない。同時に批評を恐れるべきじゃない。ボロクソ言われたって、そういう考えの人もいるよね、って軽く流せばいいのさ。俺もそうしてる」
「矢川先輩……」
安堵の表情を浮かべた翔虎に向かって、にこりと微笑むと矢川は、
「尾野辺くんはサッカー好きだから知ってるだろ。『PKを外すのは、蹴る勇気を持ったものだけだ』っていう言葉」
「はい、もちろん! ロベルト・バッジョの名言ですよね」
「挑戦することの尊さ、勇気を表したいい言葉だよね。創作も同じさ。『酷評されるのは、作品を公開する勇気を持ったものだけだ』さて、俺はトイレ行ってくるから。尾野辺くん、こころくんと成岡くんにも読ませてあげなよ、結構面白いよ」
「は、はい!」
矢川は立ち上がると部室を出て行った。
「矢川先輩、作家の顔でしたね」
直が呟く。こころは、
「……尾野辺、ごめんね」
と萎んだ表情で謝った。
「な、何ですか、こころ先輩。調子狂いますよ……」
「尾野辺が頑張って書いた原稿、私も本気出して読むです。そして、本気で読んで、本気でこき下ろすですよ!」
萎んでいたこころの表情は、あっという間に生気を取り戻した。
「こき下ろすの前提ですか!」
「どれどれー」
美波も矢川のパソコンの前に椅子を持ってきて座り、
「私も読ませてもらおっかな」
「南方先輩まで……ええい、もうこうなったら、じっくりと読んで、心ゆくまでこき下ろして下さい!」
翔虎は覚悟を決めたように腕を組んだ。




