表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第23話 罠とライブと文化祭
169/414

第23話 罠とライブと文化祭 4/5

 あけみを待つ間、翔虎(しょうこ)たちは漫画部部室の控え室でお茶を飲んでいた。

 静かなティータイムに突然アラーム音が鳴り響く。


「うわ! 誰だよ!」


 音に驚いたのか、弘樹(ひろき)はお茶を吹き出してしまった。


「ごめん」


 翔虎は詫びながら携帯電話を取り出してアラームを止めた。(なお)も同じ動作をした。


「何だよお前ら、揃って同じ時間に……」

「ヒロ、ちょっと用事。すぐ戻るから」


 翔虎は断って控え室を飛び出した。私も、と直も翔虎に続く。

 部室から廊下に出ると翔虎は携帯電話のレーダー画面を見て、


「! ここだ! 学校敷地内だよ」

「また? 本当だ!」


 直も自分の携帯画面を見て、


「翔虎、どうしよう?」

「……片っ端から手分けして探すしか――」


 翔虎がそこまで言ったとき、部室内から弘樹の声が聞こえた。


「え? 知りませんよ。圏外? どうして?」


 その声を聞くと直は部室に戻った。


「あ、成岡(なるおか)

深井(ふかい)、どうかしたの?」

「いやね、こちらの漫画部の人が……」


 深井は隣にいる男子生徒を見る。その生徒は、


明神(みょうじん)さんの携帯が繋がらないんです。在庫の確認で連絡を取ろうと思ったんですけど……」


 携帯電話を手に困惑した表情を見せている。

 翔虎と直は顔を見合わせた。



 プレハブの控え室内は女子生徒の悲鳴と泣き声で満たされていた。

 右手が短剣になっているストレイヤーは、左手で女子生徒の首を掴み持ち上げている。(かえで)だった。


「離せ! こいつ!」


 あけみはストレイヤーの背中にパイプ椅子を叩きつけたが、鎧姿の怪物は微動だにしない。


「開かない……開かないよぉ……」


 泣きながらすがりつくようにドアノブを掴んだ女子生徒は、ノブを回そうと力を入れ続ける。ドアには元々鍵は付いておらず、世良が外側に付けた錠で施錠されているため内側から解錠する(すべ)はなかった。

 他の女子生徒は、窓ガラスを開けて外側から塞がれた板を必死の形相で叩いている。

 その様子をモニターで見ている世良は、


「無駄だよ。パイプ椅子を叩きつけたって壊れるものか。それにしても、まだ変身しない。この中にいないのか? ……ちょっと痛い目を見せてやるか」


 ストレイヤーは楓を床に放り投げた。


「楓!」


 すぐにあけみが助け起こす。楓は喉を押さえて激しく咳き込んだ。

 ストレイヤーは右手を振りかぶった。切っ先が天井に届く。赤い単眼は狙いを付けるようにあけみと楓を見下ろしている。あけみは楓に覆い被さった。二人とも目をきつく閉じ体を震わせる。

 錬換(れんかん)の音とともに壁に穴が開いた。その穴の縁に斧の刃が叩きつけられると、大きく割れた壁の裂け目から白と青の鎧の戦士が部屋に躍り込んだ。


「ディールナイト!」


 その姿を目にしたあけみは目を輝かせて叫んだ。


「おりゃぁ!」


 ディールナイトは振りかぶった斧をストレイヤーの体に叩きつける。勢いでストレイヤーは反対側の壁まで吹き飛んだ。


「逃げろ!」


 ディールナイトの加工された声が室内に響く。女子生徒たちはディールナイトが開けた壁の裂け目から外へと逃げ出した。


「立てる? 楓」


 あけみはまだ床に伏せたままの楓を抱き起こそうとする。ディールナイトも屈み込むと楓の肩に手を掛け、


「大丈夫か?」

「は、はい――きゃあっ!」


 楓の口から悲鳴が漏れた。起き上がったストレイヤーが右手の剣を振るって向かってきたのを見たためだった。ディールナイトは屈んだ姿勢のまま斧で頭上からの一撃を受けた。


「早く逃げろ!」

「は、はい……」


 あけみの肩を借りて、ようやく楓は立ち上がった。そして引っぱられるように外へと歩いて行く。


「あっ!」


 楓の制服のポケットから何かがこぼれ落ち、それはストレイヤーの足下近くまで転がっていった。漫画部で売っていたディールナイトのストラップだった。


「待って!」


 楓はあけみの肩を振り切りそれを拾いにいこうとする。


「馬鹿! そんなのいくらでもあげるから!」


 あけみは楓を引き戻そうとするが、


「違うの、あれは……」


 二人のやりとりに気を取られたのか、翔虎は一瞬ストレイヤーから目を離してしまった。その隙を突かれ、


「ぐあっ!」


 前蹴りをくらってプレハブの外に蹴り出されてしまった。

 ストレイヤーは足下に屈んでストラップを拾い上げている楓の背中に手を伸ばす。


「楓!」


 楓を突き飛ばしたあけみは、その身代わりになったように肩口をストレイヤーに掴まれた。


「痛い!」


 あけみは引き起こされ後ろから首に左腕を回されてしまった。そのままストレイヤーは外に出て、起き上がったディールナイトと相対する。右手の剣の刃はあけみの首筋に突きつけられていた。


「……また、人質……」


 翔虎はマスクの下で呟いた。


 パソコン画面の映像はプレハブの中から、外に設置したカメラの映像に切り替わっていた。女子生徒を人質に取った鎧の怪物を前に、ディールナイトは為す術がないように立ち尽くしている。


「ふふ、さあ、わかるだろ、ディールナイト」


 世良(せら)は口角を上げて画面上のプログラムをクリックした。


 何かを促すようにストレイヤーの首が振られた。同時に剣の腹があけみの首に押しつけられる。


「わかったよ……」


 翔虎は手にしていた斧を横に放り投げ、両手を頭の後ろで組んだ。


「……これでいいか」


 加工された声がマスクの外に出た。


「よし、随分と殊勝だな」


 世良は笑みを浮かべ、


「正体が掴めなくとも、殺してしまえれば、それはそれでいい」


 楽しそうな声で言うと、画面上のまた別のプログラムを起動させた。


「……何?」


 翔虎は斜め前に目をやって呟いた。

 五メートル程先の位置で雷鳴のような音とともに光球が発生した。

 同時に左腕タッチパネルが点滅しアラームが鳴る。翔虎はアラームを止め光球を見る。

 光球は大きさを増し弾け飛ぶと、周囲の土や置かれていたガラクタを取り込んで人の姿となった。あけみを人質に取っているものと同じような鎧姿。しかし、右手から生えている武器が違っていた。長い槍の先端は、片方が斧のような扇形の刃、その反対側には鋭いピックのようなものが付いている。〈ハルバード〉と呼ばれる長尺の武器だった。

 新たに生まれたストレイヤーは、翔虎に向かって歩き、ゆっくりと近づいていく。


「ふはは、ディールガナーのことを考えて二体用意していたのさ。さあ、ディールナイトを殺せ……ディールガナー? やつはなぜ来ない?」


 世良は画面を凝視して固まった。


「直……見えるか?」


 翔虎はマスクの中だけで小さく呟いた。その声はディールガナーの、直のヘルメット内に通信で届く。プレハブ小屋の外壁に設置されていた電波妨害装置は、最初に斧〈スペードセブン〉の錬換(れんかん)材料として使われ消え失せていた。


「うん、よく見える。どうしたらいい?」


 直は学校の屋上、さらに屋上出入り口の階段室の上、校内で一番高い場所で通信を受けていた。

 その体勢は床に伏せ、錬換した対物ライフル〈ダイヤテン〉を構えている。ライフルの銃口は翔虎が戦っている場所に向けられていた。


「人質を取ってるやつをやってくれ。対物ライフルは威力があるから、ストレイヤーを掠める程度に撃たないと明神さんまで傷を負うかもしれないから、慎重に」

「……オーケー」


 直はゴーグルに映るターゲットサイトを短剣ストレイヤーの肩口辺りに据えて、


「あけみ、ちょっとびっくりさせちゃうけど、我慢して……」


 あけみの携帯電話が通じないと知り、当せん者が向かったライブステージへ行くことを決めた二人だったが、翔虎は直に屋上に行って狙撃準備をしていてくれと頼んだ。携帯電話が通じなくなったことから、これは人為的な匂いがする、罠かもしれないから二人揃って乗り込むのは危険だ、と直に告げたのだった。


 ハルバードストレイヤーは、その長い武器の射程内に翔虎を捉えられる位置まで歩み寄った。


「ごめんね……あけみ」


 プレハブの中では、ストラップを握りしめた楓が涙を流し、嗚咽しながらあけみに詫びていた。

 あけみはストレイヤーの左腕を首に回され、声が出せない状態だった。


 頭の後ろに手を置いている翔虎は、その右手の指で左腕のタッチパネルを操作していた。指がドラムをフリックする。もちろん見えてはいないが、時間を見てトレーニングしていた翔虎は目視せずとも目的の装備にドラムを回転できるようになっていた。

〈スペード〉と〈Q〉になったところでドラムを止めて、タッチパネル右下の赤いボタンを二回タップする。(てのひら)に発した光を隠すように、翔虎はきつく拳を握った。


「やれ!」

「撃て!」


 世良と翔虎は図らずも同時に声を上げた。

 振りかぶられたハルバードの刃が翔虎の首に迫る瞬間、短剣ストレイヤーの右腕が肩を中心に吹き飛んだ。

 翔虎は素早くしゃがむ。その頭上をハルバードの刃が猛スピードで通過する。

 翔虎は地面を蹴って短剣ストレイヤーに飛びかかり、右掌をその胸に叩きつけた。ストレイヤーは右腕に続いて胸から上を失い、接続を失った左腕もあけみの首から離れて塵と化した。

 空中に飛び出た剣をキャッチした翔虎は柄にあるスイッチを操作。剣の刀身は横に走っている何本もの山形の溝から分離して、中心をワイヤーで繋がれた鉄片で形作られる鞭のように形体を変えた。

 獲物を仕留め損ねたハルバードストレイヤーは再び翔虎に向かってきた。

 翔虎は鞭状に変化した刀身を振るいストレイヤーの右手に絡ませた。そして鞭を引きながら伏せるように体勢を低くすると、繋がれた鞭に釣られてストレイヤーもその体を地面に打ち付けた。


「大丈夫か?」


 翔虎はあけみに声を掛ける。喉を押さえて咳き込みながらもあけみは、右手人差し指と親指で輪っかを作った。


「よし、あの子を頼む!」


 翔虎は顎でプレハブの中で泣きじゃくる楓を示した。

 プレハブに入っていったあけみは楓を連れて出てくる。楓はしきりに「ごめんね、ごめんね」と涙ながらに口にしていた。


「もう大丈夫だろ、直」


 翔虎はマスクの中で呟いた。


「任せて」


 屋上の直は左腕タッチパネルを操作してシャットダウンアタックを発動させる。再びグリップを握ると対物ライフルは粒子を宿し光に包まれる。ゴーグルのターゲットサイトを再生しかかっている短剣ストレイヤーに捉えると、直は引き金を引いた。

 ライフル弾による狙撃を受けた短剣ストレイヤーは、粉みじんに砕け散り塵と化した。


 翔虎はハルバードストレイヤーの右腕に絡んでいた鞭を一旦解いた。ストレイヤーは起き上がって突進してくる。

 翔虎もタッチパネルを操作してシャットダウンアタックを発動。粒子が載って輝く鞭をハルバードの射程外から振り、ストレイヤーの胴体に帯のように巻き付けると直後、勢いを付けて引く。

 鞭を構成した鉄片はストレイヤーの胴体を切り刻み、駒のように回転しながらストレイヤーは胴から真っ二つとなった。二つに分かれた体はすぐに塵と化して消えた。


「くそぉっ!」


 世良はノートパソコンの画面を叩きつけるように閉じて立ち上がった。


 宙に浮く二つの光球を回収した翔虎は、一箇所に固まっている女子生徒たちのそばへ行き、


「みんな大丈夫だった? 怪我はない?」


 女子生徒たちは涙を拭いて「大丈夫です」と答えた。

 傍らでは、楓があけみに抱かれて頭を撫でられている。翔虎は、あけみを見て、


「ありがとう、助かったよ」


 あけみは笑みを浮かべて首を横に振ると、


「ううん、助けられたのは私たちのほうじゃないですか」

「ごめんなさい!」


 楓が顔を上げて、


「私の、私のせいで、あけみが……」

「もういいって。こうして無事だったんだし」


 あけみは楓が握りしめたストラップに目を落とし、


「大事なものなんだよね」


 楓はこくり、と頷いて、


「……寺川(てらかわ)くんが、買ってくれて……」


 あけみは楓をやさしく抱きしめた。



「くそ……、せめて証拠だけでも消さなければ」


 世良は再びノートパソコンの画面を開くと、デスクトップのアイコンのひとつをダブルクリックした。


「うわっ!」

「きゃあっ!」


 プレハブ控え室が突然爆発した。翔虎も、女子生徒たちも悲鳴を上げる。

 燃え上がる真っ赤な炎がディールナイトのゴーグルに映り込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ