第21話 ハマナスの咲く場所 1/5
「お邪魔しまーす」
直は亮次の部屋に上がった。座卓を囲んでいた亮次と翔虎は、「おかえり」と同時に返す。
「何もなかったみたいですね」
二人と同じように座卓の前に座った直が訊くと、亮次は、
「ああ、大丈夫だよ。しかし、すまないな直くん。墓参りに行くのにまで気を遣わせてしまって」
「仕方ないですよ。私の家のお墓、隣町だから、ストレイヤーの出現範囲外ですからね。一応、ディールガナーとしては町の外に出るときに気を遣うのは当然ですよ。その点、翔虎の家のお墓は町内だから気楽よね」
「うん」
翔虎は返事をして、
「僕は、もう、ちゃっちゃと済ませてきたから」
「大切なご先祖に対してのお墓参りでしょ。ちゃっちゃと、なんて」
「いや、でも、身も蓋もないことを言っちゃえば、ご先祖はもう死んじゃってるわけだから、それに対して気を遣いすぎるのは、あまりいいこととは言えないんじゃない?」
「翔虎、ご先祖さまが、お爺さんが悲しむわよ」
「いや、もう死んでるんだから、悲しみはしないでしょ。あ、いや、別に墓参りを軽んじてるんじゃ決してなくてね。墓参りが生活や仕事に支障をきたしてしまったら、意味ないってことだよ」
「どういうこと?」
「例えばね、僕の家のお墓が、ものすごく遠くにあったとしよう。墓参りに行くためには最低一泊はしないといけないとしよう。もしそうだったら僕は墓参りに行かないよ」
「えー、どうして?」
「だって、その間にストレイヤーが出たら困るじゃないか。今は直も戦ってくれてるから話は別としても、もし僕ひとりしかストレイヤーと戦えないっていう状況だったら、僕は絶対に墓参りには行かない」
「まあ、確かに翔虎が、ディールナイトが留守中にストレイヤーが出て来たら困るものね」
「だろ」
「でも、お爺さんはやっぱり悲しむんじゃない?」
「いや、爺ちゃんなら、きっと、翔虎、大事な使命を放り出してまで墓参りになんて来なくてよろしい! って怒鳴りつけると思う」
「翔虎のお爺さん、厳しい人だったんだっけ」
「うん、僕が小さいときに死んじゃったから、ほとんど記憶はないけどね。お母さんに稽古付けてる姿とかは、ちょっと憶えてるかな」
「翔虎くんの名付け親なんだよな」
亮次は台所から直の分と翔虎のおかわりのアイスコーヒーを持ってきた。直と翔虎は礼を言ってグラスを受け取り、翔虎はひと口飲んでから、
「そうらしいですね。僕が爺ちゃんに唯一文句を言いたいことですね」
「はは、そんなこと言うなよ。〈翔虎〉って、私は素敵な名前だと思うよ」
「漢字にすると、でしょ。でも、最初って、みんな名前をひらがなで憶えて書くじゃないですか。僕、それが嫌で、小学校に上がるころには拙いながらも自分の名前を漢字で書けるようになっていましたよ」
「あの難しい字をかい? すごいじゃないか」
それを聞いた直はグラスの半分ほどアイスコーヒーを空けてから、
「最初は全然読めなかったよ。何語? って感じだったよね」
「そ、そうだっけ?」
「そうだよ、『翔』なんて、ただの縦線と横線をめちゃくちゃに書き殴っただけに過ぎなかったからね」
「そこまでひどくなかっただろ!」
「でも……」
亮次は座卓に手を付いて、
「『しょうこ』って、声に出してもすごくいい名前だと、私は思うよ」
「まあ、変な名前ではないですけど、絶対に男子の名前ではないでしょ!」
「あ、そうそう」
直は笑みを浮かべながら、
「翔虎、幼稚園のお絵かきで、好きなアニメのロボットを描いてさ、名前欄にひらがなで〈しょうこ〉って書いてあるものだから、見学にきた親御さんたちが、『この子は女の子なのに、こういうロボットが好きなんですね』なんて話をしてたことあった」
「そう、だから、嫌だったの」
「――あはは」
突然直が笑い出した。
「な、何だよ」
「思い出した。周辺の幼稚園や保育園の合同展覧会みたいなのがあってさ、集められた絵を男女別に分けて展示したんだけど、翔虎の作品は係員の人がひらがなで書かれた名前で判断したのね、女の子のコーナーに展示されちゃった。それでさ、翔虎の描いた絵が、例によってロボットとか戦車とかの戦闘の絵で、ロボットの腕とか脚とか、ばんばんもげて、町やビルから火が出て燃えてるの。他の女の子の描いた花とかお姫様とかのメルヘンな絵に混じって、凄くバイオレンスな絵が、ぽつんと」
「ははは!」
直の話を聞いた亮次も笑い出した。
翔虎は無言のまま、アイスコーヒーのグラスを傾けていた。
「目立っちゃったな、翔虎くん」
ひとしきり笑い終えた亮次が言うと、
「後で両親に叱られました。未だにあれ、僕が叱られる要素ゼロで納得いってません」
翔虎は空になったグラスを座卓に置いた。
「はー……」
直も笑い終えると目尻を拭って、
「そういえば、亮次さんはお墓参り行かないんですか?」
「え? 私は……いいんだ」
「どうしてですか。ストレイヤーのことは、もう私と翔虎に任せて下さいよ。ちょっとくらい亮次さんが不在でも大丈夫ですよ」
「そうそう、そうですよ」
翔虎も直に賛同した。
「いや……それこそ、翔虎くんのお爺さんに叱られるよ」
「亮次さんと僕の爺ちゃんは関係ないじゃないですか。だいたい、亮次さんの故郷って、どこなんですか?」
「わ、私か……」
「そういえば、今まで聞いたことなかったですよね。教えて下さいよ」
直にも問い詰められた亮次は、
「わ、私の出身は、北海道なんだ……」
「えー、そうだったんですか!」
「道産子なんですね!」
直と翔虎は感嘆した声を上げた。
「わ、私が北海道出身だと、そんなに変かい?」
「いえ」
翔虎は手を振って、
「そんなことないんですけどね。僕はてっきり、亮次さんは生粋の都会っ子だとばかり思ってたから」
「そうそう、洗練された感じありますからね」
「ありがとう、って言っていいのかな。で、だから、行って帰ってくるだけでも結構な時間かかるだろ、それだからね……」
「いいじゃないですか。こんな機会ですし。地元の知り合いにも会ったりとか」
「そうですよ。この際、息抜きに旅行も兼ねて一週間くらいどうですか?」
直と翔虎はそう提案した。
「いや、しかしな……」
頭を掻いた亮次に、翔虎が、
「亮次さん、大切な用事を放り出してまでお墓参りに行くのは違いますけど、何の支障もないのに行かないっていうのは同じくらい問題ですよ。それこそ、ご先祖様が悲しみますよ」
「……そうかい? じゃあ、ちょっと行ってこようかな」
「そうそう」
翔虎は笑顔になった。
「じゃあ、さっそく飛行機の切符を取ろう」
亮次がパソコンに向かいマウスを動かすと、待機状態で真っ黒だったディスプレイに画面が戻ってきた。インターネットブラウザを開き、壁に掛かっているカレンダーを見て、
「明日一日で準備して……その翌日一番の便で行って、一泊して帰ってくるよ」
「えー、そんな早くですか?」
「もったいないですよ」
翔虎と直が声を上げたが、
「いや、いいんだ……」
亮次は航空会社のホームページを開いた。
直が壁に掛かったカレンダーを見ると、亮次が帰ってくる予定日の翌日は土曜日で、日にちの数字がペンで赤く囲われてあった。
直はカレンダーのその日にちを指さして、
「亮次さん、この日、何か用事があるんですか?」
「え? い、いや、そういうわけじゃないんだけど……ま、まあ、一泊だけして帰ってくるよ。向こうにそんなに用事もないし……」
亮次は往復の航空券を予約した。
「亮次さん、荷物少ないですね」
「ああ、一泊だけだからね」
翌日の朝、空港へ行くためのタクシーを呼んだ亮次は、アパートの玄関で待つ間、直と話をしていた。
「直くん、朝早いんだから、わざわざ見送りに出てくれなくても」
「いえ、私、早起きですから。それにしても……翔虎のやつ寝坊したな」
直は翔虎の家の方角を見て腕を組んだ。
「あ、タクシーが来たよ」
亮次が目を向けた方向からタクシーが徐行しながら近づいてきた。
「あ、こっちも」
直が見ていた方向からも、自転車に跨った翔虎が手を振りながら走ってきていた。
「ごめん、直」
急ブレーキを掛けて翔虎は自転車を止めて詫びた。
「謝るなら、亮次さんにでしょ」
「はは、いいって。間に合ったんだし」
亮次はタクシーの後部座席に入り窓を開けて、
「じゃあ、行ってくるよ」
と手を振った。
「おみやげ、期待してます。カニとか」
「バカ」
翔虎と直も手を振り、走り去るタクシーを見送った。




