第19話 謎と恋と陰謀の夏 5/5
「葵ちゃん、学園祭に出てみる気ない?」
ハンドルを握りながら、世良は後部座席の峰岸葵に話しかけた。
「学園祭? どこの学校ですか?」
「東都学園高校」
「あー、いいですね! ライブとかしたいです!」
「実は僕の知り合いに学園生徒の関係者がいてね、ぜひ今年の学園祭に葵ちゃんを呼びたいって話があったんだよ。でも、アイドルを呼んでライブなんて、生徒の側から企画すると先生たちが難色を示すだろうからさ、あくまで、こちらからの売り込みっていう形で学校と話をしてもらえないかって頼まれてるんだ」
「そうなんですか。確かに、高校の学園祭でアイドルライブって、なかなかないですからね」
「で、次の仕事まで時間あるからさ、これから学校に行くんだけど、葵ちゃんもそこのところ話合わせてよ。アポは取ってあるから」
「オッケー」
葵はバックミラー越しに世良に、親指と人差し指で作った丸とウインクを送った。
「峰岸葵さんのライブ、ですか……」
東都各園高校校長は腕を組んだ。
応接室に通された世良と葵は、対面に座る校長と、その隣の学園祭運営担当教師に峰岸葵ミニライブの企画を話し終えた。二人と世良の前には、世良が作成した企画書も置いてある。
「どう思いますか? 木下先生」
校長は木下に話を振った。今年の学園祭運営担当教師を任されていたのは一年四組、すなわち翔虎や直たちの担任、木下真吾だった。木下は企画書をめくって、
「グラウンドの特設ステージで、一時間のミニライブとトークショーですか。まあ、そのくらいの時間なら。しかも、ボランティアのノーギャラで出て下さるというのであれば、それは、もう」
「はい、我が社の地域貢献活動の一環なんです。地方の芸能プロダクションは地域の皆様との繋がりが大事ですから」
笑みを浮かべながら話す世良の隣で、葵も、うんうん、と頷いた。
「前向きに検討させて下さい。まあ、あすなろ祭、ああ、当校の文化祭の名前です、は九月中旬に開催しますので、もうあと一ヶ月とちょっとしかありませんからね。ほぼお願いするとお考え下さい」
「ありがとうございます」
世良と葵は頭を下げた。
「必要な機材などは、もちろんこちらで用意いたしますので」
世良は戸棚の上の置き時計を見て、
「では、私どもは、そろそろ……」
葵とともに立ち上がった。
応接室を出て少し歩いた廊下で、世良はひとりの男性と鉢合わせた。
「おや? お客様かな?」
ブルーの背広に体を包んだ精悍な男。神崎雷道だった。玄関まで送るため、世良の後ろを歩いていた校長が、当校の理事長です、と紹介する。
「はじめまして、〈ジョイ・パートナー〉営業部、世良と申します」
世良は背広から名刺入れを取り出し一枚名刺を抜くと、両手に持って神崎に差し出した。
「芸能プロダクションの方か。もしかして、あすなろ祭に?」
名刺を受け取って神崎が訊いた。
「はい、うちの峰岸葵を、ぜひ、と思いまして」
と言うと、並んだ葵も頭を下げた。
「そうか。楽しい、生徒たちの思い出に残る学園祭にしてくれ」
神崎は自分も名刺を取り出し世良に渡した。箔押しの枠に〈東都学園高等学校理事長 神崎雷道〉と書いてあるだけの高級だがシンプルなものだった。裏には学園の連絡先が書いてある。
頂戴します、と世良は名刺を受け取った。
「では、私は用事があるので。廊下の立ち話で失礼したね」
言い残して神崎は歩き去った。世良はその背中を見つめ、
「神崎……雷道」
と呟いた。
「世良さん、行きますよ」
先に歩き出した葵に促され、
「……ごめんごめん」
世良は、神崎の背中に向けていたものとは全く違う、人懐っこい目で振り返り、葵のあとに続いた。
――2016年7月29日




