第18話 鋼鉄の女王 4/5
「二人とも、原稿は完成したのね」
海から帰って昼食のテーブルを囲んだ美波は、こころと翔虎の二人を見た。
もちろんです、とこころは胸を張り、翔虎は、ええ、まあ、と曖昧に返事をする。
「亮次さんも食べていったらよかったのに。せっかくここまで来たんだし」
と美波は続けた。
海で散々遊んだあと昼食の時間となり、凛たちは亮次も誘ったが、亮次は、調べ物があるから、と海岸沿いに歩いていってしまった。
「ああー、疲れたー……」
翔虎は呟いた。昼食の冷やし中華を口に運ぶ箸の動きも鈍い。
「だらしないぞ、尾野辺」
言いながらこころは、ずず、と麺をすする。
「そりゃ、こころ先輩は技を掛けるほうばっかりですから。同じだけ動いてても、勝つと負けるとでは、疲れ方が違いますよ」
「何言ってるんですか尾野辺。お前にも技を掛けさせてやったじゃないですか」
「あれは、僕がヘッドロックをしてるところを、こころ先輩がバックドロップに切って返すっていう反撃ムーブの布石でやらせただけでしょ」
「凄かったわー、こころちゃんも翔虎ちゃんも。プロレス技って、掛けるほうも掛けられるほうも、絶妙に息が合ってないとうまくいかないのねー」
美波が感心した声を出す。
「ごちそうさまー」
こころは手を合わせて、
「さーて、疲れたので、午後は浮き輪に入ってクラゲみたいに波に揺られながら過ごすです」
食器を片付けて再び浜辺へ向かった。
美波も昼食を食べ終え、
「こころちゃん、元気ねー。私は、お昼寝しよっかな」
大きく伸びをした。
「あ、翔虎ちゃん、夜、寝る前までに原稿読ませてね」
美波が食器を片付けている翔虎に言うと、翔虎は「あ、は、はい」と曖昧な返答を返して、
「僕はシャワー使わせてもらいます」
自分のコテージに戻った。
「……もしもし、亮次さん」
部屋のベッドの上で翔虎は亮次に電話した。
「こころ先輩は海に向かいましたよ。見ててもらってもいいですか? 僕もシャワー浴びたらすぐに行きます。はい、じゃあ」
電話を切ると翔虎は着替えとタオルを持ってシャワー室に向かった。
「はー」
ため息とともに疲れも吐き出すような声を出して、翔虎はシャワーを浴びていた。
体に纏わり付いた汗と海水と砂粒を洗い流すと、コックを捻って水を止める。タオルを手にして頭を拭きながら、傍らに置いた携帯電話に目をやって、
「亮次さんのほう、こころ先輩に動きはないみたいだな……」
物音がした。シャワー室のドアの向こう、脱衣所からだった。
「あ、使ってますよ」
翔虎は声を掛けたが返事はない。
「今出ますから、もうちょっと待って下さい……」
そう言う間に、ドアがゆっくりと脱衣所側から開かれた。
浮き輪を抱えて浜辺に出たこころは、先回りしていた亮次と出くわした。
「あ、亮次さん。お昼、食べなくて大丈夫ですか? まだ冷やし中華の残りありますよ」
「ああ、ありがとう。私はいいんだ。それより、まだ泳ぐのかい? 若い子は体力があるな」
「はい、尾野辺とは鍛え方が違いますよ。あいつ、シャワー浴びたあとは多分ベッドにばたん、ですよ。尾野辺のやつ、本当に原稿上げたんですかね。海でみなみな先輩と遊びたいから、嘘ついてるだけなんじゃ――」
「こころくん……」
「はい?」
「君、翔虎くんのことを、『尾野辺』って呼ぶのか?」
「……そう、ですけど」
「うわっ!」
翔虎は叫んだ。シャワー室のドアが開かれると、そこには全裸の女性が立っていた。
「――み、南方先輩?」
女性は美波だった。俯き加減に顔を伏せて立っている。
「ちょ、ちょっと、どうして――」
顔を真っ赤にして狼狽えていた翔虎だったが、美波の胸にペンダントヘッドのようなものがあるのを見つけて言葉を止めた。
よく見ると、それは明らかにペンダントではなかった。鎖に繋がれておらず、それだけが美波の肌から一センチほど離れて浮かんでいた。それはゴルフボール大の……
「こ、これ、コア? ストレイヤーの!」
翔虎が叫んだ。それは表面を複雑なモールドで覆われた球体をしており、所々にあるスリットからは光が漏れている。
美波が顔を上げると同時に、胸の鉄球から下に向かって細いワイヤーのようなものが伸びて脱衣所の床に突き刺さる。ワイヤーは内部から何かを吸い上げるような、ぜん動する動きを見せて、鉄球を中心に美波の体を金属質の物体で覆っていった。
「こ、こいつ! 昨夜の!」
翔虎は飛び退いて携帯電話を掴み、
「南方先輩が?」
美波の体は最後に一瞬眩い光に包まれ、昨夜翔虎を襲った金属人間の姿と化した。
美波が右手に握る剣には横方向にいくつもの山型の溝が走っている。美波が柄のスイッチを操作し右手を振るうと、剣はその溝で分割され中心をワイヤーで繋がれたいくつもの鉄片と化し、鞭のようにしなって翔虎を襲った。
シャワー室の壁を鞭がなぎ払い、大きな亀裂を作った。
屈んでその一撃を躱した翔虎は、頭上から二撃目が襲う前に破れた壁の隙間から跳んで外へ逃げる。地面に転がると携帯電話を操作してディールナイトに変身した。
美波はさらにシャワー室の壁に攻撃を加え粉々に破壊すると外に躍り出た。
ヘルメットをフル展開した翔虎は亮次に通信を入れる。亮次がすぐに出ると、
「亮次さん! 昨夜のやつは、こころ先輩じゃありませんでした!」
「翔虎くんの呼び方が違うからだな――でした? でした、って、どういうことだ?」
「僕の目の前で変身したんです! 南方先輩が! 今、攻撃されてます!」
斜め上から繰り出された鞭を翔虎は転がって躱す。鞭は地面を叩いて砂を飛び散らせた。
「あら、こころちゃん」
砂浜を歩いていた凛は、こころを見つけ、
「みなみな、来なかった?」
「みなみな先輩ですか? 来てませんよ」
「そう……あ、亮次さんは? お腹空かせてるんじゃないかな?」
「ああ、亮次さんなら、さっき、慌ててコテージのほうに走って行きましたけれど」
「……そう」
それを聞くと、凛もコテージに向かって走り出した。
「あ、待って下さい、霧島先輩!」
こころも凜を追った。




