第17話 合宿サプライズ 4/5
「お疲れ様、直くん」
喫茶店のテーブルを挟んで、亮次は直に労いの言葉を掛けた。
ありがとうございます、と直は微笑むと、アイスティーのグラスに刺さったストローに口を付ける。
中身を半分ほど飲んでから直はストローから口を離して、
「翔虎から電話ありましたよ」
「何て言ってた?」
「ごめん、ごめん、の謝り通しですよ」
「はは、翔虎くんらしいな」
「怪我しなかったか、とか、やっぱり帰ろうか、とかうるさくて。大丈夫って言ってやりました。私は今までの戦いで掠り傷ひとつ負ってないよ、って。翔虎、少しへこんでました」
「ははは」
亮次は先ほどより長く笑って、
「実際、直くんは強いからな。もしかしたら翔虎くん以上かも」
直は握った右手の人差し指と親指を立てて、
「これのおかげですよ」
と片目をつむった。
「だが、それを完璧に使いこなしている。翔虎くんといい君たちは凄いな。戦いのセンスというか。最近の高校生はみんなそうなのか?」
「私は翔虎の戦いを見てて、それに影響されたのかも。だから、凄いのは翔虎ですよ。昔からヒーローもののテレビ番組とか格闘ものの漫画とかよく見てて。ゲームも好きですしね。そういうのが知らず知らずのうちにイメージトレーニングっていうんですか? それになってたのかも」
「それだけじゃ、ああは戦えないだろう。剣道もやってたんだろ?」
「中学までですけどね。前に話しましたっけ」
「ああ。お母さんが師範なんだよな」
「翔虎のお母さんは本当に強いですよ」
「そうなのか。綺麗なお母さんだよな。翔虎くん、圧倒的にお母さん似だな」
そうですね、と直は笑ってストローに口を付けたがすぐに離して、
「ねえ、亮次さん……」
改まった表情になった。
「どうした?」
それを察した亮次も表情を硬くする。
「神崎雷道、って人、御存じですか?」
「……かんざきらいどう? どういう字を書くんだ? うん、かんざきは〈神様〉に長崎の〈崎〉……〈雷〉に〈道〉と書いて、らいどう?」
亮次は顎に手を当てて考え込んでいたが、
「……いや、知らないな。誰なんだい?」
「うちの学校の理事長なんですけど。今日、たまたま学校に来ていて、私の戦いを見ていたんですよ。で、少し話をして……」
「うん」
「はっきりと聞こえたわけじゃないんですけど、理事長、〈錬換〉って言っていたような……」
「何だって?」
「私の聞き間違いかもしれませんけれど……」
「どうしてその言葉を?」
「亮次さん、過去に会ったことありませんか? 名前を変えているかも知れません。年齢は四十代半ばくらい……もっと上かも、で、スリムだけど筋肉質で、彫りの深い顔をしてて……あ、学校のホームページに写真載ってないかな……亮次さんが錬換の研究をしてる昔に……」
直はそこで言葉を切って、
「あ、研究っていうか、亮次さんが作ったんじゃないんですよね、ディールナイト」
「……ああ、そうなんだ」
「亮次さん」
直はストローでグラスの中をかき回して、
「亮次さんって、何者なんです? そろそろ、話してくれてもいいんじゃないですか?」
「あ、ああ、いや、別に秘密にしているわけじゃ……しがない研究者だよ」
「しがない? それにしてはずいぶんなお金持ちですよね」
直が笑うと、亮次も釣られて笑みを浮かべた。
「亮次さんって、ひとりっ子ですか? ご兄弟は? それくらい教えて下さいよ」
「あ、ああ、兄弟はいない。ひとりっ子なんだ」
「そうなんですか。私や翔虎と一緒ですね」
「そうか、二人とも、兄弟姉妹はいないのか」
「はい、翔虎には、数年前まで、お兄さんみたいな存在の叔父さんが近所に住んでたんですけど、今は遠くに引っ越しちゃいました。お父様の弟さんだったかな。その叔父さんが漫画好きでたくさん漫画本を持ってたんです。遊びに行くと翔虎はよく読ませてもらってましたよ。だから、歳の割には昔の漫画に詳しいんですよ、翔虎」
「叔父さん。……おじ、か」
「……どうしたんですか亮次さん。おじさんはいたんですか?」
「ああ、いや……」
亮次は首を振って、
「それより、翔虎くんのほうはどうなんだい? 合宿は順調なのかな?」
亮次の言葉に直は携帯電話を操作して、画面を亮次に向けた。
「……これは」
「部活の先輩から送られてきました。元気にやってるみたいですよ」
直の言葉は少しぶっきらぼうだった。
亮次に向けられた画面には、水着姿の翔虎、美波、こころ、凛が写っていた。美波の腕は翔虎の腕に絡められ、こころがそれを阻止しようとしており、凛は後ろからその様子を微笑みながら眺めている。
カメラのフレームの外に向けて美波のもう片方の腕が伸びていることから、美波が携帯電話を持って、カメラを自分たちに向けて撮影したものだ。
「翔虎くんの横にいるのは部活の先輩だな。いつか会ったな。後ろにいる女性は?」
「生徒会長です。まさか、会長までいるなんて……」
「心配かい?」
「え? な、何がですか?」
「はは、大丈夫さ。翔虎くんは」
「だから、何がですか!」
直は頬を膨らませて、携帯電話の写真を閉じた。




