表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬換武装ディールナイト  作者: 庵字
第17話 合宿サプライズ
130/414

第17話 合宿サプライズ 1/5

 よく晴れた朝。

 この日、文芸部の「三人」は電車に乗り、一路合宿地を目指していた。

 ボックス席の窓側の席に翔虎(しょうこ)、向かいの席に、こころ、その隣には美波(みなみ)という配置だった。


「いい天気になってよかったわねー」


 美波は窓の外を眺める。翔虎も、


「はい。天気予報では、合宿の間は降水確率ゼロパーセントだそうですし」

(なお)は、残念だったわね」

「……そうですね」


 美波と翔虎はボックス席の空いた座席、翔虎の隣を見た。そこには、三人の荷物が置かれている。


「直前になって急用なんてね。矢川(やがわ)くんは最初から不参加だし、三人だけの寂しい合宿になっちゃったわね」

「こころは全然寂しくないです!」


 窓枠に手を掛けて窓の外を眺めていたこころは横を向いて、


「これで尾野辺(おのべ)がいなきゃ、最高に楽しい合宿になったです」

「こころ先輩、本人を前にして、はっきり言い過ぎですよ」

「尾野辺、お前、お腹痛くなってきたりしないですか?」

「しません」

「いつでも遠慮なく合宿をリタイアして家に帰ってもいいんですよ」

「こころちゃん、駄目よ、そんなこと言っちゃ。翔虎ちゃんがかわいそうよ」

「わー、みなみな先輩はやさしいですー」


 こころは美波の胸に飛びついた。「こころちゃん、ちょっと暑いわよ」と言いながらも、美波はこころの頭を撫でる。

 ため息をついて翔虎は窓の外に視線を戻した。



 期末考査が終わり、合宿まであと数日となった日の夜。直は翔虎の部屋を訪れ、「自分は合宿に参加しない」との旨を告げた。


「どうして?」

「だって、そうでしょ。ストレイヤーを放っておいて、ディールナイト、ディールガナーが二人ともこの町を出るわけにいかないでしょ」

「でも、そもそも、直がまだディールガナーになる前に合宿は決まってたじゃないか。どうして――」

「だからよ。私はね、翔虎には息抜きのために合宿に参加して欲しいと思ってた。もし、合宿の間にストレイヤーが出たらってはもちろん考えたわよ。そうなったらそのときは……」

「そのときは?」

「私が亮次(りょうじ)さんに頼み込んで、何としても変身するつもりだった」

「え? 直、亮次さんがディールガナーを持ってることを知ってたの?」

「もしかして、とは思ってたからね。ま、翔虎のピンチで、うまいことその前にディールガナーを亮次さんから引き出せたんだけど」

「うまいこと、って……」

「だから、翔虎は合宿。私は町を守る。ね」

「ね、って……じゃあ、僕が残るよ」

「駄目。翔虎には息抜きが必要なの」

「じゃあ、二人で欠席しよう」

「それも駄目。矢川先輩も欠席でしょ。参加する人数のほうが少なくなっちゃうじゃない。合宿を企画した南方(みなかた)先輩がかわいそうよ」


 翔虎は上目遣いで直を見て、


「……いいの?」

「何がよ?」

「僕ひとりで合宿に行っても?」

「何言ってるの? ひとりじゃないでしょ。南方先輩も、こころ先輩もいるし」

「だからさ、その、み、南方先輩が一緒で……」

「ちょっと……」


 直は突然口調を強め、


「どうして私にそんな許可求めるの? 翔虎が南方先輩と合宿に行くことに対して、私が何かあるとでも?」

「な、ないの?」

「……馬鹿!」

「ご、ごめん」

「……信用してるから」


 直は小声で呟いた。


「え?」

「何でもない! それより翔虎、この合宿で小説一本ものにするんでしょ」

「う、そ、それは……」

「ねえ、翔虎、ミステリ作家になるんでしょ」

「そんなの……まだわからないけど」

「翔虎には戦いのことは一時(いっとき)忘れて、やりたいことに向かって頑張ってほしいの、私は」

「直、ありがとう」

「うん」

「でも、本当は直と一緒に行きたかったな……合宿」

「……今度」


 直はまた小声になって、


「二人でどこか行こう」

「え? 今度、何?」

「何でもないから! 南方先輩にはもう伝えてあるからね」


 直は立ち上がって、それじゃ、と部屋を出た。



 翔虎たち三人は目的の駅で電車を降り、美波は駅前のタクシー乗り場に並んだ。


「南方先輩、タクシーで行くんですか?」

「そうよ。泊まるところはバス路線から離れてるし、三人ならタクシーでもバスと同じくらいの金額で行けるからね」


 翔虎たちの前に並んだ客はひと組しかいなかったため、すぐにタクシーに乗り込むことができた。美波が行き先を運転手に告げるとタクシーは走り出す。

 タクシーは駅前商店街から林道に入り、小さな脇道の前に差し掛かると、


「ここでいいです」


 美波はタクシーを止めた。


「ここからは歩きよ。すぐだからね」


 タクシーを降りると美波は細い脇道に入る。その後ろにこころ、翔虎と続いた。


「こちらでーす」


 美波が足を止めたのは数軒のコテージの前だった。林の一部を切り開いて作られたような土地に建てられている。

 コテージ群を見たこころは目を輝かせて、


「うわー! ここに泊まるんですか?」

「そうよ、どれでも好きなコテージを選んでね」

「わーい! 私、ここー!」


 こころは一番奥のコテージに向かって走り、ドアノブに手を触れかけたが、こころが掴むより早くノブは回りドアが開かれた。

 ドアを開けてコテージの中から姿を現した人物は、


「ごめんね、こころちゃん。ここはもう私が予約済みだから」

「あー!」


 こころはその人物を指さして、


霧島(きりしま)先輩!」

「こんにちは」


 コテージから出てきたのは東都学園高校生徒会長、霧島(りん)だった。

「か、会長? どうして?」


 目を丸くする翔虎とこころに美波は、


「ふふ、ここは凛に紹介してもらったのよ。このコテージはね、凛の親戚の方が経営されているのよ」

「みなみなに頼まれてね」


 凛はコテージの扉を閉めて美波のもとへ歩いて行く。その後ろからこころも続いた。


「そう、だから、凜のおかげで、海水浴シーズン真っ只中でも、こうして貸し切りできたわけ」

「ようこそ、文芸部のみなさん」


 凛は三人を見て、


「矢川くんは聞いていたけれど、成岡(なるおか)さんも欠席とは残念ね」


 最後の言葉は翔虎に向けられていた。


「あ、は、はい。家の用事とかで……」


 凛に見つめられて、翔虎は視線を逸らしながら答えた。

 こころは翔虎を肘で小突きながら、


「尾野辺ー、お前、何、一丁前に照れてるんですかー?」

「い、いえ、そういうわけじゃ……」

「だったら、しっかりと霧島先輩の美しい姿を目に焼き付けなさいっ!」


 両手で翔虎の頭を掴んで、ぐい、と凛の方に向けた。凛は赤と白のビキニ姿だった。


「いきなり見せつけてくれるわねー、凛。よーし、私も……」


 美波は着ている青いワンピースの肩紐を外すと、するり、と体を滑らせて地面に落とした。


「やったー! みなみな先輩! この水着、私が選んだんですー! いえーい! うぉわあーっしゅ!」


 こころの歓声は最後には聞き取り不能になった。美波もワンピースの下に青いビキニを着ていた。


「着てきましたー」


 美波は両手を開き、「どう?」と、翔虎に向かって首を傾げる。


「え? あ、ああ、いいです……ね」


 翔虎は凛の時と同じように視線を逸らしながら答える。


「見るな! 尾野辺!」


 こころは凜のときとは違い、タオルで翔虎に目隠しをした。


「ちょっと! こころ先輩!」


 二人の様子を笑いながら見ていた凜は、


「ここから少し歩くと海水浴場だから、コテージに荷物を置いたらみんなも来てね。青と白のビーチパラソルが目印だから」


 言い残すと海岸に向かって歩き出した。


「よーし、私も着替えてくるです」


 こころは一番近いコテージのドアノブに手を掛け、


「尾野辺、覗いたら四の字固めを三分間掛け続ける」

「『ぶっ殺す』とか、抽象的な言われ方をするより、そっちのほうが具体的に痛みが想像できて嫌です」


 翔虎も近くのコテージに向かったが、


「こらぁ尾野辺! お前は向こう!」


 と叫んで、こころが遠くのコテージを指さした。


「どうしてです?」

「そこは私の隣でしょ! みなみな先輩が入るの! それくらい気を利かせるです!」


 はいはい、と翔虎は遠くのコテージに向かった。美波は、「ごめんね翔虎ちゃん」と、こころの隣のコテージに入っていく。


「みなみな先輩、謝る必要は毛ほどもないです」


 と言い残し、こころもコテージに姿を消した。


「……はあ」


 コテージに入り靴を脱ぐなり、翔虎は荷物を机の上に置いてベッドに倒れ込んだ。寝転んだまま中を見回す。机、カーテンが引かれた窓、簡易な炊事場、天井には蛍光灯、そして今寝ているベッド。


「トイレと風呂は共用のものがあるのかな?」


 そう呟いたとき、外から、


「みなみなせんぱーい! 早く早くー!」


 こころの声と足音が聞こえた。「はいはい」と美波の声も続き、二人分の足音が海岸の方向に遠ざかっていく。


「じゃ、僕も……」


 翔虎は起き上がって鞄から水着と防水バッグを取り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ