第17話 合宿サプライズ 1/5
よく晴れた朝。
この日、文芸部の「三人」は電車に乗り、一路合宿地を目指していた。
ボックス席の窓側の席に翔虎、向かいの席に、こころ、その隣には美波という配置だった。
「いい天気になってよかったわねー」
美波は窓の外を眺める。翔虎も、
「はい。天気予報では、合宿の間は降水確率ゼロパーセントだそうですし」
「直は、残念だったわね」
「……そうですね」
美波と翔虎はボックス席の空いた座席、翔虎の隣を見た。そこには、三人の荷物が置かれている。
「直前になって急用なんてね。矢川くんは最初から不参加だし、三人だけの寂しい合宿になっちゃったわね」
「こころは全然寂しくないです!」
窓枠に手を掛けて窓の外を眺めていたこころは横を向いて、
「これで尾野辺がいなきゃ、最高に楽しい合宿になったです」
「こころ先輩、本人を前にして、はっきり言い過ぎですよ」
「尾野辺、お前、お腹痛くなってきたりしないですか?」
「しません」
「いつでも遠慮なく合宿をリタイアして家に帰ってもいいんですよ」
「こころちゃん、駄目よ、そんなこと言っちゃ。翔虎ちゃんがかわいそうよ」
「わー、みなみな先輩はやさしいですー」
こころは美波の胸に飛びついた。「こころちゃん、ちょっと暑いわよ」と言いながらも、美波はこころの頭を撫でる。
ため息をついて翔虎は窓の外に視線を戻した。
期末考査が終わり、合宿まであと数日となった日の夜。直は翔虎の部屋を訪れ、「自分は合宿に参加しない」との旨を告げた。
「どうして?」
「だって、そうでしょ。ストレイヤーを放っておいて、ディールナイト、ディールガナーが二人ともこの町を出るわけにいかないでしょ」
「でも、そもそも、直がまだディールガナーになる前に合宿は決まってたじゃないか。どうして――」
「だからよ。私はね、翔虎には息抜きのために合宿に参加して欲しいと思ってた。もし、合宿の間にストレイヤーが出たらってはもちろん考えたわよ。そうなったらそのときは……」
「そのときは?」
「私が亮次さんに頼み込んで、何としても変身するつもりだった」
「え? 直、亮次さんがディールガナーを持ってることを知ってたの?」
「もしかして、とは思ってたからね。ま、翔虎のピンチで、うまいことその前にディールガナーを亮次さんから引き出せたんだけど」
「うまいこと、って……」
「だから、翔虎は合宿。私は町を守る。ね」
「ね、って……じゃあ、僕が残るよ」
「駄目。翔虎には息抜きが必要なの」
「じゃあ、二人で欠席しよう」
「それも駄目。矢川先輩も欠席でしょ。参加する人数のほうが少なくなっちゃうじゃない。合宿を企画した南方先輩がかわいそうよ」
翔虎は上目遣いで直を見て、
「……いいの?」
「何がよ?」
「僕ひとりで合宿に行っても?」
「何言ってるの? ひとりじゃないでしょ。南方先輩も、こころ先輩もいるし」
「だからさ、その、み、南方先輩が一緒で……」
「ちょっと……」
直は突然口調を強め、
「どうして私にそんな許可求めるの? 翔虎が南方先輩と合宿に行くことに対して、私が何かあるとでも?」
「な、ないの?」
「……馬鹿!」
「ご、ごめん」
「……信用してるから」
直は小声で呟いた。
「え?」
「何でもない! それより翔虎、この合宿で小説一本ものにするんでしょ」
「う、そ、それは……」
「ねえ、翔虎、ミステリ作家になるんでしょ」
「そんなの……まだわからないけど」
「翔虎には戦いのことは一時忘れて、やりたいことに向かって頑張ってほしいの、私は」
「直、ありがとう」
「うん」
「でも、本当は直と一緒に行きたかったな……合宿」
「……今度」
直はまた小声になって、
「二人でどこか行こう」
「え? 今度、何?」
「何でもないから! 南方先輩にはもう伝えてあるからね」
直は立ち上がって、それじゃ、と部屋を出た。
翔虎たち三人は目的の駅で電車を降り、美波は駅前のタクシー乗り場に並んだ。
「南方先輩、タクシーで行くんですか?」
「そうよ。泊まるところはバス路線から離れてるし、三人ならタクシーでもバスと同じくらいの金額で行けるからね」
翔虎たちの前に並んだ客はひと組しかいなかったため、すぐにタクシーに乗り込むことができた。美波が行き先を運転手に告げるとタクシーは走り出す。
タクシーは駅前商店街から林道に入り、小さな脇道の前に差し掛かると、
「ここでいいです」
美波はタクシーを止めた。
「ここからは歩きよ。すぐだからね」
タクシーを降りると美波は細い脇道に入る。その後ろにこころ、翔虎と続いた。
「こちらでーす」
美波が足を止めたのは数軒のコテージの前だった。林の一部を切り開いて作られたような土地に建てられている。
コテージ群を見たこころは目を輝かせて、
「うわー! ここに泊まるんですか?」
「そうよ、どれでも好きなコテージを選んでね」
「わーい! 私、ここー!」
こころは一番奥のコテージに向かって走り、ドアノブに手を触れかけたが、こころが掴むより早くノブは回りドアが開かれた。
ドアを開けてコテージの中から姿を現した人物は、
「ごめんね、こころちゃん。ここはもう私が予約済みだから」
「あー!」
こころはその人物を指さして、
「霧島先輩!」
「こんにちは」
コテージから出てきたのは東都学園高校生徒会長、霧島凛だった。
「か、会長? どうして?」
目を丸くする翔虎とこころに美波は、
「ふふ、ここは凛に紹介してもらったのよ。このコテージはね、凛の親戚の方が経営されているのよ」
「みなみなに頼まれてね」
凛はコテージの扉を閉めて美波のもとへ歩いて行く。その後ろからこころも続いた。
「そう、だから、凜のおかげで、海水浴シーズン真っ只中でも、こうして貸し切りできたわけ」
「ようこそ、文芸部のみなさん」
凛は三人を見て、
「矢川くんは聞いていたけれど、成岡さんも欠席とは残念ね」
最後の言葉は翔虎に向けられていた。
「あ、は、はい。家の用事とかで……」
凛に見つめられて、翔虎は視線を逸らしながら答えた。
こころは翔虎を肘で小突きながら、
「尾野辺ー、お前、何、一丁前に照れてるんですかー?」
「い、いえ、そういうわけじゃ……」
「だったら、しっかりと霧島先輩の美しい姿を目に焼き付けなさいっ!」
両手で翔虎の頭を掴んで、ぐい、と凛の方に向けた。凛は赤と白のビキニ姿だった。
「いきなり見せつけてくれるわねー、凛。よーし、私も……」
美波は着ている青いワンピースの肩紐を外すと、するり、と体を滑らせて地面に落とした。
「やったー! みなみな先輩! この水着、私が選んだんですー! いえーい! うぉわあーっしゅ!」
こころの歓声は最後には聞き取り不能になった。美波もワンピースの下に青いビキニを着ていた。
「着てきましたー」
美波は両手を開き、「どう?」と、翔虎に向かって首を傾げる。
「え? あ、ああ、いいです……ね」
翔虎は凛の時と同じように視線を逸らしながら答える。
「見るな! 尾野辺!」
こころは凜のときとは違い、タオルで翔虎に目隠しをした。
「ちょっと! こころ先輩!」
二人の様子を笑いながら見ていた凜は、
「ここから少し歩くと海水浴場だから、コテージに荷物を置いたらみんなも来てね。青と白のビーチパラソルが目印だから」
言い残すと海岸に向かって歩き出した。
「よーし、私も着替えてくるです」
こころは一番近いコテージのドアノブに手を掛け、
「尾野辺、覗いたら四の字固めを三分間掛け続ける」
「『ぶっ殺す』とか、抽象的な言われ方をするより、そっちのほうが具体的に痛みが想像できて嫌です」
翔虎も近くのコテージに向かったが、
「こらぁ尾野辺! お前は向こう!」
と叫んで、こころが遠くのコテージを指さした。
「どうしてです?」
「そこは私の隣でしょ! みなみな先輩が入るの! それくらい気を利かせるです!」
はいはい、と翔虎は遠くのコテージに向かった。美波は、「ごめんね翔虎ちゃん」と、こころの隣のコテージに入っていく。
「みなみな先輩、謝る必要は毛ほどもないです」
と言い残し、こころもコテージに姿を消した。
「……はあ」
コテージに入り靴を脱ぐなり、翔虎は荷物を机の上に置いてベッドに倒れ込んだ。寝転んだまま中を見回す。机、カーテンが引かれた窓、簡易な炊事場、天井には蛍光灯、そして今寝ているベッド。
「トイレと風呂は共用のものがあるのかな?」
そう呟いたとき、外から、
「みなみなせんぱーい! 早く早くー!」
こころの声と足音が聞こえた。「はいはい」と美波の声も続き、二人分の足音が海岸の方向に遠ざかっていく。
「じゃ、僕も……」
翔虎は起き上がって鞄から水着と防水バッグを取り出した。




