第14話 ディールナイト暗殺計画(前編) 1/5
右手がリボルバー銃になっている怪物は、右手を水平に上げていた。
その銃口から二メートルも置かない距離に、白と青の鎧を纏った戦士が立っている。戦士は横に飛び退くような構えを一瞬見せたが、思いとどまったように持っていた剣を水平に目の前に掲げる。
銃口が火を噴く。戦士の掲げた剣は真っ二つに折れ、同時に戦士は後方に飛ばされ路面に倒れ込んだ。仰向けに倒れたその胸部の鎧には放射状に亀裂が走り、怪物の銃から放たれた弾丸が命中したことを物語っていた。
弾倉が空になったのだろう、怪物は銃を振ってシリンダーを出し、左手をそのシリンダーに近づけた。
「撮影位置が遠くて分からないかもしれないが、こいつは左手の指が弾丸になっていて、その指を弾倉に突っ込んで弾の装填をしていたんだ」
ディスプレイに映し出されたその映像を見ていた男は、愉快そうな口調でそう言った。
映像に映っているのはディールナイトとストレイヤーだった。
繁華街での戦いをギャラリーのひとりが撮影し、ネットにアップされたものだ。
近くのビルの二階付近から撮影されたものだと思われる。ディールナイトとストレイヤーを中心に捉えているが、時折周囲にいるギャラリーもカメラ端に見切れて映っている。
「今のは、会長では?」
隣に座り一緒に映像を見ていたもうひとりの男が、先の男に向かって言った。
「ふふ、ああ、ほとんど後ろ姿だが、やっぱりわかるか?」
「気をつけて下さい」
「どうしてだ? 別に問題ないだろう。……ふふ、いい娘じゃないか」
男の視線は、画面の中で仰向けに倒れたディールナイトに向き、
「私を庇って弾丸を受けてくれたんだ。ちなみに、私の後ろにいる少年は、うちの生徒だ」
「生徒? 東都学園の? どうして?」
「たまたま出会ってね。教育者、いや、ひとりの大人として、夜の繁華街をうろついていた、しかもいかがわしい店に入ろうとしていた生徒を放っておくわけにいかないだろう」
「だからといって――」
「見ろ、ここからだ」
男は掛けられた言葉を遮って、身を乗り出して映像に顔を近づけた。
「これも映像だとわかりにくいな。シリンダーを押さえて発射を止めて――」
男がそう言う間に、映像の中のディールナイトは右手をストレイヤーに叩き付けていた。ストレイヤーは消え、一台のバイクが出現する。
「錬換を戦術的に使っている。見事じゃないか」
男は元のようにソファに深く体を沈め、琥珀色の液体が満たされたグラスを手に取り、口元へ運んだ。
映像の中のディールナイトがバイクアタックでストレイヤーを倒し、周囲のギャラリーに手を挙げながら画面からフェードアウトしたところで映像は停止した。
画面下にある映像の進捗状況を示すバーが右端いっぱいまでになっており、映像の終了を告げていた。
「神崎会長」
マウスを操作しパソコンを閉じた男、神崎雷道の横から、もうひとりの男が声を掛けた。
神崎は「どうした」と答えてマウスをグラスに持ち替えてそれを口に運んだ。
「どうされるおつもりなのです」
「どう、とは?」
「ディールナイトのことに決まっているでしょう。このまま放っておくおつもりなのですか」
「敷島……」
神崎はグラスをテーブルに置いて、
「二人きりの時くらいは、昔みたいにざっくばらんな言葉で話そうじゃないか」
「話を逸らすな」
敷島と呼ばれた細面で眼鏡を掛けた神経質そうな男は、幾分強い口調で、
「どういうつもりなんだ。あの学校の理事長になったのは、ディールナイトを見つけ出すためじゃなかったのか?」
「とりあえず、あの学校を押さえておけばいい。それで十分じゃないか。それに、ディールナイトは出現した錬換武装プログラムをどんどん回収してくれている。我々が何かちょっかいを出す必要などないだろう。しかし、意外だったな。武装プログラムがあんな怪物のような姿になって人を襲うようになるとは」
「自己防衛機能の延長なんだろう」
「予期できなかったのか?」
「ああ、そこまでは」
「あいつらが実体化し、ダメージを修復するためのエネルギーはどこから来ているんだ?」
「わからん」
「実体化したプログラムがうちの生徒をさらっていったことがあったな」
「そんな報告もあったな。人間に興味を持っているのかも」
「その後、そのさらった生徒を人質にして戦術的に利用したという話がある」
「……そう、なのか」
「ただのプログラムがそこまでするか?」
「わからん。プログラムの考えていることなど、いや、プログラムに考えるだとか、そういう自我などあるわけがない。本能的な行動だったのかも」
「それにしては、行動が複雑すぎると思うが」
「わからん。研究の余地あり、だ」
「誰かが操っていたという可能性は?」
「……そんなことを、誰が」
神崎の目は、まっすぐに敷島に向けられていた。その視線から逃れるように敷島は、
「いや、だから話を逸らすな。今、話をしているのはそんなことじゃない。ディールナイトが何者なのか、さっぱり分かっていないんだぞ。このままどんどん武装を回収していったら、戦いの経験を積み、武装を手に入れ、手が付けられなくなってしまうぞ」
「お前はディールナイトと一戦交えるつもりなのか?」
神崎は一瞬、刺すような視線を見せた。
「い、いや……」
しかし、敷島がたじろいだような表情を見せたのも一瞬だけだった。
「プログラムの回収をやらせて、最後、素直にディールナイトツールを返してくれるとでも思っているのか? 相手が何者かも分からないのに。大体、あれはそもそも誰が持っていたんだ? 誰がこの町に持ち込んだんだ?」
「考えられるのはふたりしかいないだろう。もっとも、まだ生きていればの話だが」
「しかし……それでは今までいったいどこに? あれだけ捜索したというのに」
そう言って敷島は黙った。
神崎は、ふっ、と笑みを漏らして、
「ディールナイトの正体は、うちの生徒じゃないかという噂もあるな」
「だから、理事長の命令に素直に従うとでも?」
敷島の言葉は、意識してか知らずか、すでに神崎が言ったように、ざっくばらんな、昔と同じようなものに変わっていた。
「ふふ、どの道――」
神崎はグラスを大きく傾けて中身を全て喉に流し込み、
「ディールナイトの変身にはロックが掛かっている。登録した本人以外に変身はできないんだ。うまく味方に引き込むさ」
「そう都合良く事が運ぶとは思えん」
敷島はソファから立ち上がり、失礼する、と、ドアに向かって歩き出した。
神崎の部屋を出て、廊下を歩きエレベーターに乗り、敷島は自分の部屋へ戻ってきた。そして携帯電話を取りだし発信する。
「もしもし」
相手が電話に出ると、
「世良、今、話せるか?」
と、少し小声となって言った。それに会わせるように電話の向こうの世良も、
「……はい、大丈夫です」
「神崎と話してきた」
そう言いながら敷島は自分の椅子に腰を下ろしパソコンのディスプレイに向かった。
先ほどまで敷島がいた、ソファと重厚なテーブルが置かれ、各種アルコール類や分厚い皮の背表紙の本が並べられた棚が囲った神崎の部屋とまったく違い、その部屋は数台のパソコンと本棚、書類の山で埋め尽くされていた。
敷島は携帯電話を耳に当てたまま、空いた片手でマウスを操作しながら通話を続ける。
「やはり、神崎は気づいている。早く手を打たないと」
「気づいているって、まさか。〈ダイヤスリー〉と〈クラブジャック〉のときのことを、ですか?」
「そうだ。人質にした女子生徒か、その時居合わせた生徒と話をして情報を得たのかもしれん。あの学校の理事長になった効果が出ていると言うことだ」
「どうするんです敷島さん、あの女子生徒に施した処置も一向に発現していないし」
「神崎は、ディールナイトをあえて野放しにしている節がある」
「野放しに。ディールナイトに錬換武装プログラムの回収をやらせているということですか? 何のために?」
「もしかしたら、神崎は、持っているのかも」
「持っている? 何を?」
「もし、神崎があれを持っているのであれば、ディールナイトを放置している理由も頷ける。であれば、何としてもこちらはディールナイトを手に入れなければ……」
「手に入れるって、どうやって……」
「ディールナイトの変身には神崎の言うように、確かにロックが掛かっている。だが、ロックを解除する方法はある」
「そ、それはまさか……」
「ディールナイトの変身プログラムは常時登録変身者の生命活動をモニターしている。変身者が死亡し、生命活動が感知されなくなって二十四時間経過したら、プログラムのロックは解除される」
「ディールナイトを……殺すんですか?」
世良の声はさらにボリュームを落とした。敷島は「ああ」と小さく答える。
ごくり、と唾を飲み込む音のあとに世良は、
「どうやって? ディールナイトの正体がわからないのに」
「東都学園の生徒だという噂があるな」
「あの学園の女子生徒を片っ端から殺していくとでも?」
「ふふ、そんなこと、できるわけないだろう。堂々とディールナイトと戦って、倒せばいい」
「倒せばいい、って、どうやって」
「これを使うんだよ」
敷島はマウスを操作し、パソコンのファイルを開いた。
「これ? 敷島さん、あなた、もしかしてまだ武装プログラムを持って?」
敷島が見つめるパソコンの画面には、トランプのマークと数字、アルファベットを合わせたアイコンが三つ表示されていた。
〈ダイヤの6〉、〈クラブの6〉、〈ハートのQ〉、その三種類が。




