第13話 ヒーローの使命 1/5
「みな――南方さん、ちょっといい?」
ノックの後、放課後の文芸部室に入室してきたのは、生徒会長霧島凜だった。
ドアを引き明け、室内でマグカップを手にしていた美波を見つけるなりそう声を掛けたが、「みな」で言葉を一度切ったのは、部室内に他の部員の姿を認めてのことだと思われる。
部室には美波の他に、翔虎と直の二人も顔を出していた。
「あら、凜。どうしたの? とりあえず、座る?」
美波は空いている椅子を示した。
「そうね……」
呟きながら凜は、翔虎と直に、ちら、と視線を向ける。
「あ」
何かを察したように直が声を上げ、
「翔虎、ちょっと付き合って」
「どこ行くの?」
翔虎は、読んでいた本に栞を挟んで机に置いた。
「いいから」
直は立ち上がって翔虎の腕を取り、翔虎を椅子から立ち上がらせようとしたが、
「いいの。成岡さんと尾野辺くんにも協力してもらったほうがいいかも」
凜のその言葉を聞くと、翔虎の腕を離して椅子に座り直した。それを見て凜は美波に、
「矢川くんとこころちゃんは?」
「矢川くんはバイト。こころちゃんは用事があるって今日は顔を出してないわ」
美波の答えに、そう、と呟いた凜は、
「折り入ってお願いがあるんだけどね。一年三組の水野真樹くん……二人は知ってるわよね」
言葉の最後は、翔虎と直に顔を向けてのものだった。
「はい、知ってます。直、ほら、保健室の」
翔虎の言葉で思い出したのか、直は、「ああ」と声を上げた。
翔虎は美波に水野真樹のことを説明した。
体と心に病気を患い、入学してから数回しか登校していないこと、そのほとんどが保健室登校だったこと、試験初日にディールナイトと怪物との戦いに巻き込まれたこと。
戦いに巻き込まれたことを聞いた時、美波は「まあ、あの保健室の騒ぎに?」と口に手を当てた。
「……で、その水野くんが?」
翔虎からの話を聞き終わった美波は、凜に訊くと、
「簡単に言えばね、学校に来られるようになる手伝いをしてもらえないかな、って」
「どうして私たちに?」
「みな――南方さんには、去年こころちゃんのことで助けてもらったじゃない」
凜はそこまで言ってから、恐る恐るといったふうに翔虎と直を見た。
「大丈夫よ凜。二人ともこころちゃんのことは知ってるから」
「ああ、そうなの。でね、今度も力になってもらえないかな、って。尾野辺くんと成岡さんも、一度水野くんに会ってるっていうし。これは文芸部の仕事だな、と」
「そもそも、それを凜に頼んできたのは誰なの?」
「水野くんのお母様よ。正確には、お母様から担任に話が行って、私のところに来たんだけどね」
「三組の担任は……蘇我かぁ」
翔虎は上目遣いになって、
「うーん。確かに、ああいうデリケートな問題には向いてないだろうなぁ」
「そんなのは教師の仕事じゃないぞー、って言いそう」
直は、化学教師蘇我の物真似をして言った。それを聞いた翔虎は、似てる似てる、と囃す。
「でね。みな――かたさんに――」
「ねえ」
凜の言葉に美波が口を挟み、
「いつも通り『みなみな』でいいよ。凜に『南方さん』なんて呼ばれるとくすぐったいよ」
凜は、そう、と呟くと、翔虎と直を、ちら、と見てから、
「みなみなに協力してほしくて」
凜は今度はしっかりと正面から翔虎と直に向かい、
「尾野辺くんと成岡さんにも」
「それはもちろんやぶさかじゃないわ」
美波の言葉に続いて翔虎も、
「ええ、僕で力になれれば、協力しますよ」
続いて直も「もちろん」と言って強く頷いた。
「とは言うものの……」
美波は、うーん、と唸ってから腕を組んで、
「いったいどうしたらいいのかしら? ねえ、やっぱり専門のお医者さんなんかに頼んだほうが」
「そんなのとっくにやってるわよ。こればっかりは本人次第だから。でね、お母様のお話なんだけど、水野くん、中間テストの時に登校してから、何回か学校に行こうとしたことがあったんだって」
「そうなんですか?」
と、翔虎が口にする。
「ええ、で、お母様が言うにはね、どうも水野くんは、ディールナイトのファンなんじゃないかと」
「ディールナイトのファン?」
そう声を上げたのは美波だった。
「うん、ディールナイト関連のニュースをよく見たり、雑誌なんか買ってきてるらしいわ。あくまで学校に行きたくないというだけで、近くに買い物に行くくらいなら問題ないんだって。どう、文芸部にぴったりの仕事でしょ」
「凜、どういうこと?」
「だって、東都学園文芸部は、ディールナイトに関わりがある生徒が多いじゃない」
凜は直を見て、
「果敢にもディールナイトの加勢に出た成岡さん」
「ちょっと、やめて下さいよ。まだあの話をされるとは……」
直は小さく頭を横に振った。
「で、こころちゃんは怪物にさらわれたことがあったわよね。それをみんなで助けにも行った。みなみなは車を怪物にぶつけて、それこそディールナイトを助けたんじゃない」
「凜、何度も言うけど、私じゃないわよ。それは、直と翔虎ちゃんの知り合いの人が……」
美波は凜に向けて両手を振った。
「でも。頼んだのはみなみななんでしょ。それと、先週末の繁華街にもディールナイトが現れたのは知ってるわよね」
「ええ、ちょっとだけだけどニュースでやってたわよね」
と、美波が言うと、凛は、
「それをね、矢川くんが見てたのよ」
「矢川くんが?」
美波が声を上げ、翔虎と直も顔を見合わせた。
「しかも、理事長と一緒に」
凜のさらなるこの言葉には、三人とも、えっ、と声を出したまま固まった。
「ネットに上がってる映像、まだ見てない? ディールナイトと怪物が戦ってる背景の野次馬にね、矢川くんと理事長の姿が映ってるの」
「あれって、夜中だったわよね。どうしてそんな時間に矢川くんが?」
「しかも、理事長と一緒?」
翔虎が訝しげな声を出すと、
「偶然一緒だったとか?」
と、直が続けた。
「まあ、それは今はいいじゃない」
凜は、話を戻そうとばかりに、
「だから、ディールナイトと関わりの多い文芸部が協力してもらえたらさ、水野くんが学校に来る後押しにもなるかなって。もちろん、私も手伝うわよ」
美波は顎に手を当てて、
「それで、具体的にどうするっていうの? 文芸部に入ればディールナイトに会う確率が高くなるよ、とかいって学校に来てくれるよう差し向けるの?」
「そんな簡単にいかないでしょ。それをみんなで考えようって、そういうこと」
「水野くんって、三組ですよね」
直の言葉に凜は「そうよ」と頷いた。
「同じクラスのあけみにも協力してもらえるかも。あ、明神あけみっていって、私の友達なんです。あけみもディールナイトに助けられたことがあるんですよ」
「あ、もしかして、初めてこの学校に現れた時の? 鉄球の怪物に襲われた、あのメガネの子?」
凜の問いに直は指を立てて、
「そう、そうです。あけみ、漫画部で、ディールナイトの漫画を描いてるんですよ」
「それは心強い味方ね。ぜひお願いしたいわ」
凜は直から美波に向いて、
「で、みなみな、こころちゃんと矢川くんにも協力してもらえるわよね」
「うん、それは問題ないと思うけど」
「よし、決まり」
凜は勢いよく立ち上がって、
「じゃ、明日の放課後また来るから、何かいいアイデアがあったら考えておいてね」
じゃあね、と、凜は手を振って文芸部室を後にした。
「会長、何だか思ってたキャラと違いますね」
「もっと清楚な、お嬢様っぽいと思ってた?」
翔虎の言葉に美波はそう質した。
「はい、何て言うか、僕が前に会った時は、もっと物静かな、いかにも生徒会長、って感じだったんですけど」
「生徒会長という立場上、あまり隙は見せられないって思ってるのかもね。そんなこと気にしなくてもいいのに。凜の本当の姿を知ったら、二人とも驚くわよ」
「えっ? 本当の姿って?」
「ふふ、知りたい?」
美波は翔虎に顔を寄せてくる。
「え? あ、はい……」
「……えっち」
「どうしてそうなるんですか!」
「ねえ、私の本当の姿も知りたい?」
美波は翔虎の両肩に手を置き、目を見つめる。
「え? え?」
「凜も呼ぶからさ、今度私の家に泊まりがけで色々お話しようよ……」
とささやいて、耳元に口を寄せる。
「ちょ、……南方先輩!」
翔虎は狼狽えて直に視線を向けた。直は冷静な顔でその様子を眺めていた。
「ねえ」
美波はその直にも顔を向けて、
「直も一緒に来る?」
「行きません!」
直が答えた直後、ガラッ、と勢いよく部室のドアが開き、
「話は全て聞かせてもらったです!」
仁王立ちしている、こころの姿があった。
「あれ、こころちゃん、今日は用事があったんじゃ?」
「用事が早く終わったから、最後にみなみな先輩に頭を撫でてもらってから帰ろうと思って寄ったんです。そうしたら……尾野辺、お前、私がいないのをいいことに……」
こころは、わなわなと拳を振るわせる。
「誤解ですよ! だいたい、こころ先輩がいないのをいいことにこんなことをやってるのは、南方先輩のほうで――」
「翔虎」
直の鋭い声に、翔虎は、はっ、と直を向くと、
「アウト」
直は冷ややかな目でそう告げた。
「みなみな先輩のせいにして逃れようって言うんですね。いい度胸です……」
「い、いや、ぼ、僕、そんなつもりじゃ……」
「尾野辺! 今日という今日は決着を付けるです! 放課後体育館の裏まで来いやぁ!」
「だから今が放課後ですよ!」
「こころちゃんも家に泊まりに来る?」
「はい! もちろんお邪魔するです!」
美波の言葉に、こころは態度を豹変させ笑顔で答えた。
「尾野辺はその前に私が亡き者にするので、女子会になりますけど。成岡も来るがいいです」
「じゃあ、凜も一緒にみんなでお風呂入りましょうよ」
「うわー! やったー!」
こころは両手を上げて満面の笑みを浮かべた。
その間に美波の手から逃れた翔虎は、直の隣に座った。
直は少し椅子をずらして翔虎から遠ざる。
「汗、すごいよ」
「え? あ……」
直に指摘され、翔虎は額を服の袖で拭った。衣替えの季節となり、翔虎は半袖のワイシャツ姿のため、肩を大きく上げて汗を拭かねばならなかった。
「袖で汗を拭わない。汚いよ」
「ご、ごめん……」
翔虎はポケットをまさぐるが、
「翔虎、ハンカチなんて持ち歩いてないでしょ」
「う、うん……」
翔虎は無言で直を見つめる。
「何?」
「ハンカチ、貸してくれるのかな、って……」
「どうして?」
「え? だって、この流れだとそういう……」
「馬鹿じゃないの」
直は立ち上がって、
「私、お先に失礼しますね」
美波とこころは、また明日、と手を振る。
「な、直――ぼ、僕も失礼します」
翔虎は鞄を引っ掴むと、直のあとを追って部室を出た。




