季節外れの転校生 〜地球温暖化編〜
某掌編コンテストに応募し、見事落選した作品。
お題や文字数による制限に振り回され、かなり無茶な作品に・・・・・・。
薄暗く深い森の奥、そこに聳え立つ大きな木の根元に、森に住む動物達の学校がある。
キツネ、タヌキ、トンビ、シカなど、動物達は種の壁を越えて、毎日木陰の学校にやってくるのだ。
今日も大勢の生徒が集まり、目の前に立つフクロウ先生の言葉に耳を傾けていた。
「今日は皆さんに新しいお友達を紹介します。隣の森の学校から転校してきたクマ君です」
フクロウ先生に紹介され、一匹の小熊が生徒達の前に歩み出ると、
生徒達は皆一様に驚きの声をあげ、しばらくの間ざわめきは収まらなかった。
今の季節が冬だということを、皆よく知っていたからだ。
「ねぇ、なんでクマ君は冬眠しないの?」
「君達は冬になると冬眠するんでしょう? どうして起きているの?」
休み時間になると、生徒達はクマ君の周りに集まり、疑問や質問を投げかけた。
クマ君は戸惑いながらも、
「今年の冬は暖かいから、冬眠しなくてもいいんだって、お父さんが言うから・・・・・・」
と、自信なさげに説明したが、その答えに生徒達は満足しなかったらしく、
「たしかに雪も降ってないけど、朝や夜はすっごく寒いよ?」
とか、
「冬は冬でしょ。ちゃんと冬眠しなきゃだめだよ」
とか、そんなことを言い続けるばかりだった。
クマ君は中々理解してもらえないことに苦悩し、どうしたら分かってもらえるのか必死に考えていた。
だが、その努力に反して、生徒達からのクマ君に対する態度は悪いほうへと変化していき、
数日後には立派なイジメに発展していた。
「コウモリ君やヘビ君はちゃんと冬眠してるのに、変なクマ君」
「クマ君もちゃんと冬眠しなよ」
「体を冷やしたら冬眠できるかもよ? 水をかけてあげようよ」
イジメは言葉から行動へとエスカレートしていき、徐々に激しさを増していった。
シカ君やタヌキ君が止めに入ったこともあったが、いつの間にか彼等も傍観者になっていた。
こうして、クマ君は転校してきてから一週間もせずに、孤立した。
ある日。クマ君は自宅の居間で新聞を広げているお父さんの所にやって来た。
新聞は毎日カラスが人間の街から拾ってくる、数日遅れのものだ。
「ねぇお父さん、僕達は冬眠しなくていいんだよね?」
息子の質問に、お父さんはびっくりして身を乗り出した。
「突然なにを言い出すんだ。いいに決まっているだろう。こんな冬らしくも無い冬に、いちいち寝ていては時間がもったいない」
はじめて冬眠しなくていいと言われたときと同じ言葉が返ってきたので、クマ君はさらにこう言った。
「でも、学校の皆が冬眠しないのはおかしいって言うんだ」
「そんなこと気にするな。冬眠したことのない動物には分からないことだ」
「そうなのかなぁ・・・・・・」
結局それで会話は途絶え、クマ君は頭を垂れたまま自室に戻り、お父さんは再び新聞に視線を戻した。
新聞の見出しには『地球温暖化深刻、脅威の暖冬続く』と書かれていた。
それからまた数日が経って、森にその冬で初めての雪が降った。
学校の生徒達は皆、雪を投げあったり、雪だるまを作ったりして遊んでいた。
その楽しげな輪の中に入れず、クマ君は一人木陰で寒さに震えていた。
やっぱり冬は冬。他の季節とは違ってとても寒い。
こうして雪も降ってしまった。
やっぱり皆の言うとおり、冬眠するべきなんじゃないだろうか。
そんなことを思っていると、いじめっ子のリーダーだったキツネ君がクマ君のところへやって来て、
嫌味に満ちた吊り目をギラつかせて言った。
「クマ君、こんなに寒くて、こんなに雪が降っても、やっぱり君は冬眠しないの?」
キツネ君の言葉に、クマ君は何も言い返せず俯くだけだった。
「もしかして冬眠していないのはクマ君だけで、今頃君のお父さんやお母さんも冬眠してたりして」
クマ君はハッとして顔を上げた。
今まで地面を捉えていた視線を上げると、その先にはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるキツネ君と、
その仲間達の軽蔑の眼差しがあった。
クマ君は耐えられなくなってその場から全速力で逃げ出した。
冷たい雪を踏みしめて、何度も転びそうになりながら走り続け、
やがて森の中央を流れる大きな川へと辿り着いた。
流れはとても速く、水の冷たさがひしひしと肌に伝わってくる。
クマ君は突き刺さるような激しい流れを見つめながら考えた。
この冷たい水の中ならば、冬眠できるんじゃないか。
そうすれば、皆にいじめられるなくなるんじゃないか。
『今頃君のお父さんやお母さんも冬眠してたりして』
キツネ君の言葉が脳裏をよぎった次の瞬間、クマ君は冷たい川の中に身を投じていた。
明くる日、カラスが数日遅れの新聞を咥えて山へ帰ってきた。
新聞の一面を飾るのは、ここしばらく恒例となっている暖冬の話題だった。
見出しは『○○川下流にて、小熊の凍死体発見』『冬眠しない熊の目撃数増加。温暖化の影響か』
となっていた。
あの日以降、森には翌年の冬まで雪が降ることは無かったという。