ロウの遺跡
「ねぇヒロ、君って勇者として選ばれた訳だけどさぁ、王様からなんて言われて旅に出されたの?」
「なにって……魔王を倒してこいって言われたけど」
俺はモニカの質問にたいして、言葉をにごした。この話題を引っ張ると、俺が魔王だということがばれそうな気がしたからだ。
俺たちは街道沿いに隠されていた森の中を、魔王ロウの遺跡目指して歩いていた。不思議な森で、通った後を振り返って見てみると、地形が変わってしまっているような不思議な感覚に捉われてしまう。景色が頭上でぐるぐると廻っているような気分に陥ってしまい、俺に抱かれた状態で道先を案内してくれているリリイがいなければ、確実に森の中で迷っていた事だろう。そんなわけもあって、俺はなし崩し的に腕の中に収まってきたリリイに『降りて歩いてくれない?』とは、言い出しにくくなってしまっていた。
「ヒコ様、魔王ってなに?」
リリイのストレートな質問に、俺は自分がそうだとも言えず答えに詰まってしまう。
そもそも、魔王という者の存在を勝手に作り出しているのは人間側で、魔族側の誰かしらが公式に、そういう声明を出したわけではない。中央大陸で起きた人間と魔族との間の戦争で、ネザリアという国が一夜にして滅ぼされた。一国を滅ぼせる力を持った存在――魔王が再び現れたという単純な図式でそう思い込んでしまっているだけなのだ。
「まぁ、なんだっていいんだけどさ……」
モニカはそう言うと、俺に横抱きにされているリリイの事をジッと見つめる。
「リリイさんだっけ?君さ、今まで黙って見てたけど……いつまでそうしてるつもりなの?」
モニカが、俺の進路を塞ぐように前に回り込むと、リリイの鼻先に指を突きつけ問い詰め始める。
「……いつまでもーーうらやましいの?」
「なっ……!」
リリイはモニカに平然とそう言い返すと、俺から離されまいと体に回した腕に力を込めてくる。
一方モニカの方はというと、リリイのひと言に『そんなんじゃないわよ』とひと言告げて、背中を向けてしまった。
とりあえず、こんな森で揉めないでほしい――いささか緊張感に欠けすぎるのでは――俺は、この後が何事もなく無事に終わってくれる事を、ただ祈らずにはいられなかった。
そうだよ、そうなんだよ、無事に済むわけがないじゃないか。敵が繰り出してきた一撃を、なんとか回避する。森奥深く進んだ所で、それらしい建物を見つけたと思ったら、いきなりの敵からの強襲である。待ち伏せを疑いたくなるほどのタイミングの良さに、作為的なものを感じてしまうが、とりあえずは突破しない事には話にならない。モニカと、台車を肩に担いでいるウッドゴーレムを先頭に、建物を目指して俺たちは特攻していく。
「ゴーレムって、まだ消えてなかったんだな」
あまりにも無口で、ただ黙って突っ立てると木にしか見えないため、俺はすっかりその存在を忘れてしまっていた。まぁ、いろいろあったしな……ウナでの不可解な出来事と姉ちゃんとの関連性。考え込みすぎて結局昨日は眠れなかった。
あれやこれやと考えている間にも、敵の攻撃は止むことなく続く。繰り出された攻撃を避けつつ、ブーメランで胴体を払った瞬間、ねばっとした液体が俺の体に飛び散ってきた。
「それにしても、きしょくの悪い奴じゃのう」
マーテルが、あからさまに気分の悪そうな表情でつぶやく。
それは、俺も同感だった。目の前に立ち塞がってくる二足歩行の何か。全身緑のねばっとした何かに覆われ、両手らしきものを体の全面に垂らし、足を引きずりながら、ゆっくりとした足取りで俺たちに迫ってくる。
全部で10体以上はいるのか。進路を塞ぐものだけを処理しようと、モニカとゴーレムが処理に当たっているのだが……ゴーレムはともかくモニカの方は、相手のあまりの気持ち悪さに、触れるたびに悲鳴に近い泣き言を叫んでいる。
「もう、いや!なんなのよ、こいつ!ヒロ、君が前に出なさいよ!」
気持ちは分かる。手足に付着した液体を取り払おうと、もがいているモニカに俺は同情を禁じえない。
「すまん、モニカ少し辛抱してほしい。とにかく、入り口にさえ入ってしまえば……」
遺跡の入り口には、重厚そうな木製の扉が取り付けられていて、開けて入って閉めてさえしまえば、強引にこじ開ける事は不可能ではないかと思われた。
それにしても、立派な塔だな――俺は遺跡を見上げながら、入り口へ向けて走りだす。後方では、モニカが相変わらず抗議の声をあげながら敵を迎え打ってくれている。俺の意図は理解してくれたようだ。
「それにしても、この扉……開くのか?」
「泣き言を言うとる場合か。早よう開けてやらんと、モニカが気の毒な事になってしまうぞ」
たしかに――俺はマーテル言葉にひとつ頷いてみせると、木製の扉から突き出した鉄製の取っ手に手を掛ける。力を込めて引いてみる――扉は俺の予想に反して軽くあっけなく開かれていき、一瞬呆気にとられてしまった。
「ヒロ、ボーっとしておる場合ではないぞ」
そうだった――俺は、マーテルの言葉に我に返ると、開いた扉の隙間から中の様子をそっと窺ってみる。
薄暗い塔内には、長年こもっていたホコリが舞い散っているが、少なくとも目で確認できる範囲で危険はなさそうに思えた。
「みんな、早くこっちへ!」
俺は、後方で敵を抑えてくれている仲間たちに声を掛けると、扉を人が通れるぐらいにまで引き開けていく。
「もう、やだ。水浴びしたい……」
半べそをかきながら駆けてきたモニカと、無言で後に続くゴーレムを中に引き入れると、俺も中に飛び込み急いで扉を閉めた。




