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幻惑の森

 ――遅かったな、ライサ。

 長身のスラッとした背格好に全身を黒衣に包んだ男が、俺の目の前に立っていた。

 「リリイ……リリイ?」

 俺は、すぐとなりにいるはずのリリイに声を掛けてみる。だけど、ついさっきまでとなりにいたはずのリリイの姿が消えてしまっていた。リリイだけじゃない、俺の肩に乗っていたマーテルも、後ろで俺たちの様子を見ていたはずのモニカの姿も、かき消されたように消えてしまっていたのだ。

 「みんなを、どこへやった?」

 俺は、目の前の黒衣の男を睨みつける。

 ――どこへも、やらないさ。

 男は首をすくめながら、おどけるように笑う。どこかの建物の一室――苔むした壁から、建物が古いものであると思える。学者なんだろうか?部屋の様相は知的であり、理路整然と片付けられていて無駄がないように見えた。俺は不思議な感覚に捉われてしまう……以前にも、似たような事があったような感覚、思い出そうにも思い出せないもどかしさに、俺はイライラしてしまう。

 ――我のアトリエへようこそ、我が息子よ。

 男は、大げさな身振りで頭を下げてみせる。その態度からは、親しい者への親愛の情を感じる事が出来る。

 ――お前にファルコンを授ける。

 「ファルコン?」

 ――行けば分かるさ。 

 男はそう言うと、俺の側へ体を滑らせるように近付けると、俺の顔の前に手の平をかざしてきた。

 「何をするつもりだ」

 ――何もしないさ。心に刻むだけだ……すぐに理解出来る。

 男はそう言うと、無言で俺の中に何かを注ぎ込んできた。その、瞬間ーー俺の体内に言い知れない何かが満たされていくのを感じ……

 「……ヒコ様?」

 俺は、リリイの声で我に返る。俺の顔のすぐ目の前にリリイの顔があった。

 「リリイ?」

 薄く赤い瞳が揺れている。全体的に色素の薄いリリイの顔……普段あまり変化する事がない、その表情に驚きと困惑の色が浮かんでいるのが分かった。

 「ヒロ、君……いつまでそうしてるつもりよ」

 「ヒロ……お主という奴は」

 マーテルとモニカの声が聞こえてきた。なんだか、とても嫌な予感を感じさせられる声色だ。俺はいまだボーとしている頭を振ると、自分の置かれている状況を理解しようと深呼吸した。

 まず、俺はなぜリリイの体に覆いかぶさってしまっているのかだ。幸いと言っていいのかは分からんが、押し倒されてるリリイ本人が、嫌がったり声をあげたりしないお陰でこの場は……まだ、なんとか誤魔化せそうな気がする。

 「リリイ、すぐに離れるから」

 「……なぜ?」

 心底不思議そうな目で、リリイが俺の事を見てくる。

 「なぜって、重いし苦しいだろ?」

 俺は、リリイから体を離すため、上体を起こそうとするのだが、リリイが俺の首に両腕を回して離れるのを拒んでくる。

 「リ、リリイ?」

 「……離れる、いや」

 リリイは瞳を閉じると、唇を若干突き出す形でジッと何かを待つような姿勢をとる。

 「おおっと!こんな所にハチが止まりおった!」

 「痛ててててっ!」

 『ヒロを救わねば』マーテルが芝居がかった大げさな物言いをしながら、いきなり俺の耳を捻りあげてきた。予告なくいきなり行われた奇襲攻撃に、俺はリリイの腕を首に巻きつけたまま、たまらず上体を起こして飛び起き、飛び込んできた景色に声をあげてしまった。

 「なっ……これって」

 「君、今頃気付くなんて鈍すぎ」

 モニカの呆れたような声が聞こえてくる――先ほどまで平野が広がっていたはずの街道沿いの一角に、いつの間にか木々が密集するように生えてしまっている。

 「……森、ヒコ様と出した」

 リリイはそう言うと、俺の胸にそのまま顔を埋めてくる。俺が立ちあがった事で、一旦止んでいたマーテルの怒りのテンションが再び上がり始めたのが、肩越しからでも伝わってくる。

 「マーテル、ここがフーベルさんが言ってた森なんじゃないのか?」

 「知るか!」

 俺は努めて冷静に、話題を変えつつこの場を切り抜けようとしたのだが、聞く耳持たずのマーテルにそんな小細工が通用するはずもなく、逆に火に油を注いでしまい悲鳴をあげさせられてしまうのだった。


 ◆◇◇◆


 ヒロ達が、森の奥へと姿を消した場所にヴィクトールは立っていた。目の前に広がるは見渡す限りの平野ではあったが、ヴィクトールはそこに確かな魔力の痕跡を読み取っていた。

 「魔王の呪力……」

 ヴィクトールは、薄い笑みを唇の端に浮かべさすと、眼鏡をクイっと指で軽く押しあげる。

 これで隠しているつもりだとするならば、英雄だの魔王だの世間が騒ぎたてまつる伝説とやらもたかが知れている……くだらない、あまりにもくだらない。

 「俺は教師だ」

 生徒を教え導く……そこに不完全は許されぬ。俺は最強、至高、究極、無敵、万能にして史上最高の存在でなければならん。例え神が悪魔が生徒となろうとも、俺に教えれぬ者などこの世界には存在せぬ――

 「ぬん……」

 ヴィクトールは何もない空間にゆっくりと手を掛けると、低く短く気合いを入れる。

 瞬間、ヴィクトールが手にしている平野の景色が、一枚絵の一部を手で握りグシャグシャにしたかのように歪み引き裂かれてしまう。

 「待っていろ……勇者彦麻呂」

 ヴィクトールは景色の中にぽっかりと空いた、穴の向こうに広がる森の景色に目を細めさせるのだった。

次回更新、8日17時になります。

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