獣魔とゴーレム
「あれは、馬車だよ」
遠くの方を、こちらに向かってくるシルエットから、俺はそう判断してマーテルに答える。
「馬鹿者!そんな事は分かっておる。わしが言いたいのは、そのさらに後ろからくる奴じゃ!」
俺はマーテルに言われて、あらためて前方に視線をもっていく。
起伏の少ない平原の中を通っている街道は、非常に見晴らしがよく、遠くまでよく見通す事が出来る。
俺たちが向かう道をすれ違うような形で、馬車が走ってきているのだが、そのさらに後方を目を凝らして見てみると、確かに何か黒っぽい物体が馬車を追走するように駆けているのが分かった。
「あれは、なんじゃ?」
「いや、俺に聞かれても……」
俺は前方を凝視しながら、マーテルの問い掛けにそう返すと、リリイに降りるように促す。
「……降りない」
「リリイ、なんだかいやな予感がするんだ。もしかしたら戦闘になるかもしれない」
「……問題ない」
リリイは俺の話しに耳を貸そうとはしない。それどころか、言うほどに体を密着させ降ろされまいと、手で俺の腕をギュッと掴んできた。
こうなると、どうにもならないだろうな。短いとはいえ、一緒にいてリリイ頑固さは少し理解し始めていた俺は、軽くため息を吐いて前方に目をやった。
だいぶ近づいてきてるな。はっきりと馬車の姿が目に入ってくる。3頭の馬に引かれた荷馬車が、すごい勢いでこちらへと突っ込んでくる。そして、その後ろを追走する者の輪郭がハッキリとした。
「……ボアだ」
このイノシシをバカでかくした生き物は獣魔と呼ばれる存在で、昆虫や動植物が何らかの理由で、体内に晶石を取り入れてしまった事により変異したものだ。
「それにしても、なんでボアがこんな所に?」
名前こそ獣魔と付いているが、元々は普通の生き物にすぎない。こちらから、縄張りを荒らしたり危害を加えたりしない限り、彼らから積極的に向かってくるという事はない。しかも、ボアは森の奥深くでひっそりと暮らしている種で、そうそう森から平原へと出てくるものではないはずだった。
「ヒロ!ここに立っておると、馬車に突っ込まれて轢かれてしまうぞ!」
確かにそうだ。マーテルに言われ、俺は道の脇へと慌てて非難する。
馬車が、目と鼻の先まで接近してくる。
「デカイな……」
俺はボアの姿を見て、そう呟く。かなり大きい、体長3から4メートルはあるのではないかと思える、立派な体格をした大猪が興奮し荒ぶりながら、脇目もふらず馬車目掛けてそこまで駆けてきていた。
馬車が突然急停車してしまう。ボアはそこまで迫っているというのに、なぜ足を止める?そんな疑問に捉われていた俺に、リリイが話しかけてくる。
「……この子たちのせい」
リリイに言われて、俺は気づいた。
ゴーレムか……考えるまでもない事だった。主観でしか物を見ていなかったため気付かなかったが、はたから見ればゴーレムを引き連れた俺たちは相当異常というか、事情の知らない者の目からは怪物を引き連れた人の形をとった何かにしか映らないだろう。
「リリイ降りて!助けないと」
「……問題ない」
リリイは、ゴーレムに指先でなにか指示を与えている。指示を受けたゴーレム達は猛然とした勢いで馬車へと向かっていく。
「リリイ!」
「……信用して。馬車助けるから」
ボアとゴーレムに挟まれて、馬たちが騒ぎ始めてしまい、それを御者が抑えようとしている。
馬車の中にいる人は生きた心地はしないだろうな。目の前の光景を見ながら、俺は他人事のような感想をもってしまう。不謹慎かもしれないが、考えてもほしい。目の前で大猪と木のゴーレムが公共の街道で、戦闘しようとしているのだ。こんな事、ついさっきまで、誰が想像していたか。
ゴーレム達は、外見の鈍重さに見合わぬ素早い動きでボアに肉薄していく。ボアの方も、そんなゴーレム達の動きに気付いたのか、馬車を追うのをやめるとゴーレム達に向き直った。
ボアとゴーレム、互いに一定の間合いを保ち睨みあい続ける。その状態に業を煮やしたのか、ボアは突然咆哮をあげるとゴーレムへと突っ込んでいく。
「ところでさ、リリイ?」
「……なに、ヒコ様?」
すぐそばでは、ボアがゴーレムの一体と組み合い両者譲らぬ激しい死闘を演じている。
「こいつはなんで、ここでじっとしているの?」
俺たちのすぐ脇に、先ほど台車を担ぎあげたゴーレムが無言無表情で佇んでいた。
「……荷物、持ってるから」
「あぁ、なるほど」
だからなんなんだと聞かれても困るが、目の前で起きている戦闘に対して俺はあまり緊張感を持てなかった。
「……じき、終わる」
リリイがそう言ったのと、ゴーレムがボアを投げ飛ばしたのがほぼ同時だった。
か細い悲鳴をあげながら、倒れ込むボアにゴーレム達が無慈悲な追撃を掛けようと接近し始める。
「リリイ、やめさせるんだ!」
「……なぜ?」
なぜって……目の前の戦闘に再び目をやる。無防備な状態で横倒しになったボアは、もがき暴れるだけで起きあげれそうにない。
「もう決着はついてるだろ?これ以上攻撃する理由がないよ」
「……わかった」
リリイは、指先を戦闘中のゴーレム達に向けると、再び何かの合図を送る。ゴーレム達の反応は早く、リリイの指示がでた次の瞬間には、攻撃の手を止め完全に動きを停止させた。




