崩落
おはようございます
「……あの」
リリイさんは、何かを言いたげな表情で俺の事を見つめてくる。だが、それに俺は応えている暇がない。
本格的に揺れだした洞窟内の通路は、散乱した瓦礫と断続的に襲ってくる揺れのせいで、両手が塞がれてしまっている俺にとって、これほど走りにくく神経を使うものもない。
幸い、横抱きにしているリリイさんが変に嫌がるでもなくされるがままになってくれている事と、彼女自身がすごく軽い事もあって、そこだけは助かっている。
「リリイさん、ここはどっちに曲がるの?」
「……右」
俺はリリイさんの指示に従い、素早くT字の道を右に進路をとる。
俺達は思っていたよりは奥へと入り込んでしまっていたようで、結構走ったような気もするのだが、中々出口は見えてこない。
「リリイさん、いきなり抱きかかえてごめん!」
「……びっくりした」
今更な気もしないでもなかったが、俺は取り敢えずリリイさんにあやまる。触れられる事に抵抗がありそうな彼女にとって、この状況が苦痛なのではと思ったからだ。
「……いい加減じゃない?」
「うん?」
「……きちんとした気持ち?」
リリイさんは、相変わらず感情に乏しい表情で、俺の事を見上げてくる。
「えっと、君を抱きかかえている事を言ってるんだったら、いい加減な……まして、やましい気持ちなんて一切ないよ」
俺の言葉を聞いて、リリイさんの表情が若干緩んだ。
「……リリイでいい」
「えっ……?」
「……さんは、いらない」
「えっと……じゃあ、リリイ……これでいい?」
「……いい」
そう言うと、リリイは頬を赤く染めて黙ってしまう。肌の色が白に近い肌色のせいで、赤くなるとすぐに分かってしまう。
「リリイ、次はどっちだ?」
「……まっすぐ」
十字路を真っ直ぐ突っ切る。通り過ぎた直後、走る俺の背後ですごい轟音と衝撃が揺れとなって襲ってきた。
「なっ……」
立ち止まって振り返った俺の視線の先、さっき通ったばかりの道が瓦礫の山で完全に防がれてしまった。
「ヒロよ急げ!」
俺はマーテルの叫び声で我にかえると、もうもうと急速に立ち込めはじめる砂ほこりに、若干むせながら再び走り始める。
「リリイ!もっと俺の体にしがみつけれるか?」
本格的に崩れ始めた洞窟に、俺の焦りは最高潮に達する。
「……できる」
リリイはそう言うと、俺の胸に顔をうずめる様に抱きついてきた。
「よし!」
俺は、もう一度しっかりとリリイの体を抱え直すと、崩壊しつつある洞窟を走り抜けていく。
右に左にと、リリイの指示に従い駆けて抜けた。今や、洞窟全体がすさまじい悲鳴をあげるかのような音を立て、遠くの方から崩れ落ちたであろう地響きが俺の背中越しにダイレクトに伝わってきた。
「……もうじき、出口」
リリイはそう呟くと、俺の顔を見あげてくる。顔を胸にうずめた辺りぐらいからなのだが、なんだかすごく熱っぽい視線を俺へと向けてきていた。
そうか、もうすぐか。俺の息もだいぶあがってきている。足も痛くあがらなくなってきているが、それ以上に、ここから出なければという意志の力が働いているらしい。
「……出口」
リリイが指さす先、外の明かりが射し込んでいるのを見て、俺は最後の力を振り絞るように駆けた。
すぐ、背後で崩れた音が聞こえてくる。後ほんの少し遅れていたら……そう考えると背中に冷たいものが一瞬走るが、後ろは振り返らない。
「ヒロ!あと少しじゃ、頑張るのじゃ!」
マーテルの叫び声が、俺の背中を押してくる。
あぁ、やってやるさ――俺はリリイの方に視線を向ける。綺麗な薄い赤い瞳と目が合い、瞬間リリイは気恥ずかしそうに視線を逸らしてしまう。
「……わるくない」
「ん?」
「……なんでもない」
そう言って再びリリイは、俺に視線を戻してきた。今度は視線を外さず俺の目を覗き込むように見つめてくる。
「……ありがとう」
「あぁ、気にしなくてもいいよ。君をフーベルさんの所へと、必ず連れていくから」
そうだ、俺はこの子を送り届けるんだ。絶対に……。
俺は体中から力が湧きあがってくるのを感じた。疲れた体に最後の鞭を入れると、俺は自分の持てる力全てを使って全力で出口を駆け抜けた。
俺が駆け抜けたのと、出口が崩壊したのがほぼ同じぐらいのタイミングだった。
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