突入
おはようございます。はじめまして。
「おい……マーテル……」
「なっ……なんじゃ?」
精神が戻り、意識が戻りつつある俺が最初に目にしたのが、片方のまぶたを強引にこじあけ俺の目を覗き込むマーテルの顔だった。
間近すぎて、輪郭がぼやけ薄暗い何か程度にしか見えなかったが、それがマーテルであると俺ははっきりと確信していた。
「おまえは……いったい何をしている?」
「べ……別に、お主に何が見えておるかとか……そんなことは全然気にしてはおらんぞ」
しっかりと気にしているじゃないか……。
「とりあえず……どいてもらってもいいか?」
「お……おう、もう終わったのか?」
なんかこう……とにかくすごく分かりやすいやつ……。
俺の肩へと戻っていくマーテルを見ながら、俺はそんな事を考えてしまう。
「で……どうじゃった?」
爺さんがそんな俺に話しかけてくる――爺さんは爺さんで、俺の口から早く結果を聞きたいらしかった。
「はい……洞窟っぽい所が見えて……おそらくはリリイさんだと思うのですが、会話もしてきました」
「会話をしてきたとな!?」
何を驚いてるんだ?そう言う事を可能にする物を、俺に持たせたんじゃないのか?
「なにか……おかしかったですか?」
「いや……それで、孫はリリイはなんと言っておったか?」
「狂人がいると……フーベルさんにそう伝えてほしいと」
俺の言葉に、爺さんの顔色がサッと変わってしまう。
「他には何か……言っておらんかったか?」
「いえ……何も言ってませんでしたよ」
「そうか……」
爺さんは……そう言ったきり何かをひとしきり考え込むような仕草をみせた。やがて、何か考えに至ったのか、再び俺の方に視線を向けてきた。
「ヒロ殿……お主の力を借りたい……」
「えっ……いや、俺はそのためにここまで来たんですが……」
何か問題でも発生したのか……爺さんの口ぶりから、俺はそんな事を思ってしまう。
「何かあったんですか?」
「うむ……狂人が出てきておるとなると……かなり、厄介な事になってしもうたかもしれん」
そう言って、爺さんは再び考え込んでしまう。
「狂人とは何なのですか?」
「狂人とは……書いて字のごとく、対魔族用に薬で魔法への耐性を高めると同時に、理性を失くさせ身体能力を向上させるよう調整をかけられた……人間のなれの果てじゃ」
薬で調整をかけられた……『なれの果て』と言った爺さんの言葉から、それが何を意味するかは俺にもよく分かる。
「狂人が投入され、なお且つ人が出払っておるという事は……連中、魔族と一戦交えておる可能性が高い」
「それって……やばい事なんですか?」
魔族と戦ってくれている間にリリイさんを助け出せば……安全に救出出来るんじゃ……。
「狂人が拠点に残っておるという事はじゃ……そこが魔族に襲われる危険性が高いという事じゃ」
「はい」
まぁ……そういう事になるのか。でも、それの何が厄介なんだ?
「連中は魔族を血眼で探しておるんじゃろう。見つけておるなら、狂人を置いていったりはせんからの」
「なるほど」
「魔族は、いつ襲ってくるか分からん……そして、リリイは敵が拠点として使っておる人工洞窟の奥じゃ」
「あっ……」
なんとなくだが、俺にも事態が見えてきた。
「魔族は拠点に容赦のない攻撃を加える事じゃろう……タイミングが悪ければ、リリイも……わしらも生き埋めじゃ……」
最悪の事態じゃないか……爺さんが考え込んでしまうのも頷けるというものだ。
と……言うか、爺さんの胆力が半端じゃない。そうなるかもしれない可能性を分かりながらも、考え込む以外では別段いつも通りの爺さんだ。
「とにかく……事情が変わった。それは理解してくれたかの?」
「はい……理解できました」
そう言って頷く俺に爺さんはいつもの笑顔を見せてくれる。
「では……慎重に拠点へと近づくとするかの」
爺さんは再び表情を引き締めると、先ほどよりもゆっくりとした足どりで前を歩きだすのだった。
「見えるか?ヒロ殿……」
「はい……見えます」
森の奥深く、ポッカリと穴が開けられたように木々が途切れ拓かれた地に、連中……ブローカーの拠点はあった。
人口洞窟の入り口と思わしきものは、すぐに分かった。
切り立った崖が突き出す、その崖下……俺達から見て地面がせり上がった場所に、人がひとり通れるぐらいの穴がポッカリと口を開けていたからだ。
そして……その入り口の側に立つ人の存在が、そこが間違いなく敵の拠点であると如実にそう語っていた。
「ヒロ殿分かるか……あれが、狂人じゃ」
俺は爺さんの言葉に無言で頷く。
入り口側には、3人の人影があるのだが……ひとりだけ、明らかに風体の異常な人間が混じっていた。
まだ拠点までは少し距離があるのだが、近くに立っている人よりも明らかに3まわり4まわりは大きい人がいるのが遠目でも分かる。
「あれの相手をひとりでするのは、老いたわしではちと厳しい ……そこで、ヒロ殿には狂人を釣りだす囮役をやってもらいたい」
「俺が……あれの相手をするんですか?」
出来るのか……俺に……もう一度相手の事を伺って見る。
遠目で見てあのデカさだ……近くに寄ってきたらどう見えるんだろうか……。
「ヒロ殿……難しく考えるでない。お主が釣りだしてくれとる隙に、わしがふたりを昏倒させてしまうでの……それまでの間じゃ」
「ヒロ……自信を持て。フーベルはお主なら出来ると踏んだからこそ、頼んでおるのじゃ……出来もせんと思うとる者に、こんな重要な役は任せたりせんぞ」
マーテルが横から口を挟んできた。
「でも……なんで急に任せる気に?最初は作戦も連携も無理だって……」
「オホじゃ……ヒロ殿……お主には才能がある――オホをいきなり使いこなし
たのを見て、そなたなら任せれるとわしは判断した」
オホッて……これの事か。爺さんから手渡されていらい、そういえば……ずっと持ちっぱなしだった。
「フーベルさん、これ……」
「それはヒロ殿が持っていてくだされ」
俺がオホを返そうと差し出した手を、爺さんは首を横に振って断ってきた。
「ヒロ!フーベルの申し出を受けよ。人から信頼され背中を託されるなど、そうそうあるこ事ではないぞ、わしも付いておる……そなたを、ヒロを死なせはせん……たぶん」
マーテル……たぶんって、そこは言い切れよ……というか、オチを付けるなオチを。
「分かりました、俺やります……あいつを釣ればいいんですね」
俺は腰のブーメランを抜きさる。確実に釣るなら、現状これが最適だと思えたからだ。
「やってくれるか……」
爺さんは俺がブーメランを構えるのを見て、嬉しそうに何度か頷く……。
「では……時間もない。わしが合図したら、ヒロ殿は立ち上がり……ブーメランを投げつけよ」
「フーベルさん分かったよ」
「マーテル殿もよろしいですな?」
「うむ……わしの方も、準備万端じゃ」
準備万端?俺はマーテルの方に視線をやる。マーテルはいつの間にか、タブレットをそのまま小さくしたものをその手にしていた。
それが、なんなのか俺はマーテルに聞く間もなかった。
「ヒロ殿……今じゃ!」
男ふたりから狂人が離れたちょうどそのタイミングで爺さんが叫んだ。
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次回更新16日5時
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