夕焼けと帰路と鼻唄
のちほど
「ヒロ、着心地の方はどうじゃ?」
「あぁ……ちょうどいいんじゃないか」
正直……俺は驚いてしまっていた。軽く……そして、あまりにもしっくりきすぎるぐらいに鎧は身体によく馴染んでいた。
学校の実習でも鎧の着脱はしていたが――馴染んでいる――とまで思えたのは初めての事だ。
「なんじゃ……気のない返事じゃのう……」
マーテルには悪いが、俺は今それどころではなかった。
武具屋を出てからここまでの道中……俺は気が気ではなかった。
いよいよ……実戦か……。
爺さんの孫娘の救出――今身に付けている武具も、爺さんがそのために俺に買い与えた物だ。
今更……怖気付いたなどと言えるわけがない。
「ヒロ……タブレットは、きちんと腰に収まっておるか?」
マーテルの声が聞こえてくる。
俺は腰のポーチに収納されているタブレットに手をやる。
ポーチも武具屋のおっさんが『手に持ってるよりは』と言って、手頃な物を見繕ってくれた。
ちゃんと収納されている。
その事を確認しながら思う。
まだ、一日も過ぎてないんだと……。
マーテル……タブレットに住んでいた?のかは知らんが、不思議で小さい……変な女だ。
でも……大切な仲間だとも思っている。
出会ったばかりなのに、以前からの知り合いのような気がしてならなかった。
何者なのだろう……口振りから、かなり昔の事まで知っているらしいということは俺にも分かる。
「……お前ってなんなんだろうな?」
「いきなり……何を言いだすんじゃ……お主」
本当に……お前っていったいなんなんだよ……。
もうじき陽が落ちるのか……沈みゆく太陽が一日の終わりを告げるかのように、辺りを夕焼けの赤へと染めていく。
「ヒロ!」
俺はしんみりする事も許されんのか……。
ついさっきまですぐ隣を歩いていたはずのマーテルが、いつの間にか俺の後ろの方で立ち止まってしまっている。
「マーテル……どうしたんだよ」
まったく……置いて行くぞ。
「……疲れた」
「えっ?」
マーテルがボソッと言葉を洩らす。
「……疲れた……歩けん」
「はぁ!?」
こ……こいつはいきなり何を言い出すんだ。
「あの……マーテルさん、宿までまだ距離があるんですけどね……」
ゆっくり移動していたため、俺たちはまだ南通りを歩いていた。
宿は北通りにあるため、まだまだ……歩かなければならない。
「ヒロ……わしの事をおぶれ」
「なんで、俺がお前をおぶらにゃならんのだ」
「おぶれば、店の中の事は水に流してやらん事もないぞ……」
「店の中……?」
なんかあったっけ?一瞬本気で考えてしまった俺の態度に、マーテルの顔がみるみる赤く染まっていく。
「わ……わしの、む……胸をお主が揉んだ件じゃ!」
「あぁ……その事か。すっかり忘れて……って!」
おいおい……事実が捻じ曲げられてないか……これ。
「マーテルさん……俺の中では、お前が俺の背中に胸を押し当ててきたと記憶しているんですが」
「う……うるさい!お主……さっきからうわの空で、わしの事をないがしろにしおって!」
そう言うと、マーテルは頬を膨らませながら言葉を続けてくる。
「これは……そ、そうじゃ、これは罰じゃ!じゃから、お主はわしをおぶらねばならんのじゃ!」
なんという無茶苦茶な……。
しかし……相手にされないから歩けないなんて……。
マーテルの立ち振る舞いは幼子が甘えてるようにしか見えず、俺は笑いをこらえる事が出来なかった。
「な……何が可笑しいんじゃ?」
「あぁ……ごめん、ごめん……ほら、おぶってやるよ」
俺はマーテルに背中を向けてしゃがむ。
「な……なんじゃ、そのやる気のなさげな……」
「10数えるまでに来ないと、置いてくからな。い~ち……」
「ま……待て待て、誰もおぶられてやらんとは言っとらんぞ」
……素直じゃないなぁ。
「ご機嫌だなマーテル」
「そ……そんな事はないぞ」
マーテルは、おぶってやってからずっと鼻歌を歌い続けている。
俺の知らない歌だった。
夕暮れの空にマーテルの鼻歌が染み通っていく。
「きれいな歌だな……」
「おっ……お主にも歌の良し……ふわぁ~……」
フェアリーも欠伸をしたりするのか……。
実際……フェアリーかどうかも怪しいものだが。
「眠いのか?」
「ん……まだ……だいじょ……うぶ」
口調とは裏腹に、マーテルが確実に眠りに誘われているのは、声色からも間違いなさそうだった
おいおい……そのまま、眠ってしまうんじゃないだろうな。
「ロウ……う……た……また……聞かせ……」
ひとり言のような寝言のような、マーテルの寝息交じりの声が首筋から聞こえてくる。
「マーテル?」
「……」
あれ?寝ちゃったの?
「ヒロ殿……」
俺のすぐ側を静かに歩いていた爺さんが、人差し指を口に当てながら声を掛けてくる。
「そっとしといてやりなされ……」
「フーベルさん……そうは言っても……」
爺さんは……リリイさんの事が心配じゃないのか?
「今日一日で……マーテル殿は、相当体力を使うたはずじゃ……」
「でも……それだと、リリイさんを助けに行くのが遅れますよ」
「マーテル殿が、宿でタブレット内に駆け込んだ時からこうなる事は分かっておった事だ……」
どういう意味だろう?
確かにあの時、爺さんは駆け込むマーテルを見て妙に慌ててたような……。
「ヒロ殿考えるのはよしなされ……明日の朝にはマーテル殿も元に戻っとるじゃろうし、出発が少しばかり遅くなるだけじゃて」
爺さんはそう言って朗らかに笑ってみせる。
それが強がりからくるものか……余裕からくるものかは分からないけど、どのみちマーテルがこの様では、どうにもなりそうにない事だけは俺にも理解できる。
「ヒロ……わしの……側に……」
マーテルは安らかな寝息をたてながら呟く。
「はい……はい……俺はちゃんとここにいるよ」
マーテルの息遣いを首筋に感じながら、俺は星がうっすらと輝きだした空を見上げるのだった。
のちほど
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