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 だから翌日の俺はそれなりに上機嫌で学校に登校して、薄く笑みを浮かべながら、高地が登校してくるのを待っていた。高地があの姿で登場したら、それはもうみんな驚いて腰を抜かすだろう。想像するだけでニヤニヤとしてしまうというものだ。

 そうして今か今かと高地が登校してくるのを待っていると、件の人物がようやく教室へと足を踏み入れた。

 確かに、教室中の皆が驚いた。

 ただしそれは、俺も含めてである。

 高地は確かに昨日までとは違っていた、ただ違いがあるのはその髪の毛だけだ。

 昨日教えたとおり、髪だけはまっすぐでまともになっているのに、化粧をした様子は見られず、相変わらず例の眼鏡はかけたままである。

 周りの女子たちに髪の変化について騒がれているが涼しい顔で別にと返すだけで席に着く間際、和人におずおずと挨拶を交わして、真っ赤になりながら椅子に腰掛けた。

 一体全体どういうことなのか。

 今すぐ聞き出したいところだが、目立つ行動をとればいったいどんな報復が来るかわからない。それとなく視線で合図を送ってみるが、高知は和人と挨拶を交わしてからこっち、上の空でにやけている。今時小学生でももっと進んだ恋愛してるというのに。相変わらず舞い上がると頭の中お花畑な奴である。

 聞くに聞けないもどかしい状態にいらいらとしている内に予鈴がなる。

 落ち着かない精神状態のまま俺は渋々と授業が始まるのを待った。




 放課後、私はものすごい速さで着替えを済ませて、高地の待つ空き教室へと滑り込む。


「どういうことなの、その格好は」


 足を踏み入れるなり、詰め寄って叫ぶ。


「うるさいわね、そんな大声出さなくても聞こえるわよ」

「だったら口答えはいいから一秒でも早く事情を説明して。散々昨日の夜電話で練習に付き合ってあげたのにどういうことなの?」


 おかげで昨日はあまり自画撮りはできなかった。

 というかお肌のための睡眠時間まで削られてしまった。

 今はとりあえず別にそれはいいんだけども。


「さすがにいきなりあの状態で登校したらハードルが高いと思ったのよ。髪の毛だけでもあれだったわけだし、だから少しずつ、周囲を慣れさせて、できるだけ感づかれないようにね」


 言わんとすることは分からないでもないが。


「別に周りなんてどうでもいいでしょ。高地、あなたが今一番見てほしい相手はたった一人でしょう?」


 高地は言葉を詰まらせると、しばらく苦々しげに顔を歪めて悩んだ後大きく息を吐きながら眉を下げた。


「わかったわよ……週明けからちゃんとしてくればいいんでしょ」

「それでいいのよまったく」


 今日一日、それだけの時間を無駄にしたことがどれだけの痛手かを高地はわかっていない。一日の価値は等価等ではない、この年齢の、可愛くいられる時間にどれだけの価値があると思っているのか。

 まぁそのうち嫌でも彼女も気付くはずだろう。毎日しっかりと鏡を見るようになれば、些細な自分の変化にも気付いていくはずだ。


「で、私としてはもうあなたに協力できるだけのことはしたと思うんだけど、今日の呼び出しはなんなの?」

「まさか長月、あなた昨日のあの程度で協力が終わりだと思ってたの?」


 ため息をつきながら頭を振ってこちらを馬鹿にするような仕草をとる高地の姿は生き生きとしている。昨日の今日でこの立ち直りっぷり、本当に躁鬱の激しい奴だ。また豆腐メンタルを砕いてやろうか。

 私のそんな思いを尻目に高地は言葉を続ける。


「馬鹿じゃないの? わたし吉池君が付き合えるまであなたには馬車馬のように働いて貰うの。逆らったらどうなるかわかってるでしょう?」


 昨日の一件から少しは互いに理解できたもの……と勘違いしていたようだ。この女どこまでも傲慢で我侭で自分勝手である。私がここまでしてあげているというのに、この超上から目線、やっぱりまた泣かしてやろうか。


「というわけで、次の作戦よ。次はずばり、アプローチ方法ね」

「アプローチ方法?」

「そうよ、メール、ラブレター、呼び出し、方法はいろいろあるけれどどの方法が一番気に入って貰えるか、それを調査するのよ」


 どれも大差ないだろうというか、そこまで相手に合わせる必要があるのだろうか。確かにメールでの告白とかはどうかと思うけれども、そこをのぞいたら後は二択なわけで、残りの二つってそこまで変わるものなのかな。

 そんな風な考えが顔に出ていたのか、彼女の勘が鋭いのか、


「あんたは舐めてるかもしれないけどね、告白方法ってのは重要なのよ。その後一生ついて回る出来事なのよ。イベントに便乗したり、プレゼントを一緒に贈ってみたり、一緒に出かけた帰りとか、シチュエーションによっていくらでも変化はあるの!」


 確かにそう言われれば雰囲気とか場所と言うのは大事かもしれない。街中で軽くナンパされたり合コンで出会ったのと、学校で告白されたのでは印象は百八十度変わるだろう。

 私もこの姿で外を出歩いたときナンパされたり告白を受けたことがあるが、私自身の美しさの証明としか思えずときめきなど感じなかったし、というか私にそっちの気はないので当たり前なのだけれど。


「そういうわけで長月、次の指令はずばり、吉池君の理想とする告白のシチュエーションの調査よ」

「言いたいことはわからないでもないけど、そういうのって普通男の子じゃなくて女の子の方が雰囲気を気にするものじゃないの?」

「わたしが満足いく告白してもしょうがないでしょ、吉池君に気に入ってもらえないと何の意味もないんだから」


 こういうところは本当に真っ直ぐで尊敬に値すると素直に思うのだけれど、直進にこだわるあまり人の道を外れて外道の手段に出るのは本当にやめていただきたい。


「ま、わかったわ。それじゃまたそれとなく聞いておけばいいのね?」

「ええ、今度こそそれとなく、聞くのよ?」


 前回があれだったし、信頼がないのはしかたないけれども、正直こんな話題それとなく振れって方が無理なんじゃないだろうか?


「了解しました……ていうか、わざわざこうして放課後集まる必要ってあるの? 正直もうメールで済む気がするんだけど」


 そっちの方が私も出歩いたり遊びにいけたりできてありがたいのだけれど。


「メール打てないのよ」

「え?」

「いつも連絡に使ってるくらいの文章なら別にいいんだけど、長文だとすごい時間かかるからめんどくさいの!」


 さすがと言うかなんと言うか、本当に女子高生とは思えない生態である。今時お婆ちゃんですららくらくメールが打てるというのに。ガラパゴス携帯ならぬガラパゴス女子高生と言ったところか。


「電話だと結局他のことしながらってわけにもいかないし、校内じゃ目立つし、こっちの方がいいでしょう?」

「メール覚える気は?」

「そんなことに割く時間があったら、それこそあなたが言う自分を磨く時間にあてるわよ」


 それを言われると、私はもう何も言えない。

 仕方ないからもうしばらく彼女に付き合ってやろうではないか。

 早いところ二人をくっつけて、平穏な日々に早く戻るために、協力は惜しまない。

 嫌だと言っても強制的に手伝わされるだろうけども、




 休日、といっても、朝から忙しく私は家の中をばたばたとしている。

 学校でするような簡単な着替えやメイクではなく、きちんと時間をかけて着替えて準備をして家を出る。

 電車に揺られて五駅ほど、それなりに大きな街へ。

 車内でもそうだったが駅前に出ると周囲からの視線がすごい。ゾクゾクと背中が震えてしまう。ここのところ高地との付き合いで久しく感じていなかった感覚に脳内が蕩けそうになる。

 遠慮なく注がれる視線、ねっとりとしたいやらしい男たちの視線、そういった汚らわしい欲望の目線を向けられることがたまらなく気持ち良い。それは私の価値を証明する視線だから。汚い物に囲まれれば囲まれるほど、私の可愛さはさらに際立ち、輝きを増すというものだ。

 やっぱり、この感覚は忘れられない。病み付きになる。とはいえ、今日の目的は街の徘徊ではない。少し短めのスカートを翻し周りの獣諸君に軽くサービスをしてやると目的地へと向けて歩き出す。

 駅から歩いて十分かからない、あまり目立たない路地裏のお店。年季の入った床屋とラーメン屋の間に挟まれた、ともすれば民家と間違われてしまいそうな佇まいの小さな看板を掲げる喫茶店。

 クローズドの看板はそのままに私は躊躇なく扉を開けて中に入る。


「おはようございます店長」

「おはよう瑠璃ちゃん。今日は天気がいいし忙しくなるかもしれないね」

「だといいんですけどね」


 カウンター内から陽気に笑って挨拶を返してきたのはこの喫茶店の店長の四十万さんだ。下の名前はたしか、渚と言ったか。

 落ち着いた雰囲気の店内に比べて店長の歳は若い、三十手前の眼鏡の爽やかなお兄さんである。数年前祖父の店を継いだとかで、まだコーヒーについては勉強中だとかなんとか。わけあって私はここでバイトさせてもらっている。店長は私の性別やその他諸々わかって、理解してくれた上で私を雇って、しかもこの格好で働くことも許してくれている心の広い人だ。

 その優しさには私たちの出会いにも起因している部分も多少あり、もしかしたらそれなりに責任なんかも感じているのかもしれない。

 奥のロッカールームで給仕服に着替えて出てくるとちょうど表の看板を返した店長さんが帰ってきたところだった。入れ替わりで私は箒とちりとりを手に外に出る。

 もう一年以上ここでの仕事に携わっているので我ながら慣れたものだ。

 外の掃除を終えて、仕込みの手伝い、店内清掃はこまめに、接客から会計、常連さんとの雑談まで、店員は私と店長さんしかいないから、自然といくつもの仕事をこなすことになる。

 といっても、基本的には常連さん以外のお客様が店に来る事は稀で、それほど忙しいことなどめったにない。緩く、静かな空気と、コーヒーの香りがするこの店のことが私は好きだった。

 時折店長は私を売り出すためにメイド喫茶にしようなんて冗談をいう。それはそれで楽しいかもしれない、なんて思ったりもするけれど、やっぱりこの店がなくなってしまうのはもったいないように思える程度には、私はこのお店の事を気に入っている。


「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」


 店内に残っていた常連さんを見送るとお昼過ぎの店はふっと静かになる、ほんの少しだけ忙しかったお昼時を乗り切った私はふぅっとため息を吐いて一つ伸びをする。


「やっぱり瑠璃ちゃんがバイトの日はお客さんがいつもより多くていいね」

「当然ですよ、看板娘ですから」


 実際私がいない時の来客数がどの程度なのか私はよくしらないのだが、褒められて悪い気はしない。ま、私の可愛さ目当てに来る客がいたってなんら不思議はないし、当然のことなんだけれど。


「そろそろ高校も一人暮らしも落ち着いてきただろうし、どうだい? また平日に仕事いれていくかい?」


 受験からこっちばたばたしていたこともあり、バイトを入れる数を減らしていたのだけれど、そろそろまた戻していってもいいかもしれない。夏物ももう少し買っておきたいし、秋物もそろそろものが出始める頃合だし。お金はいくらあっても足りないくらいである。

 が、しかし、


「もう少しだけ待ってもらえますか? 夏休み前には間に合うと思うので」

「無理にとは言わないよ。瑠璃ちゃんにも予定があるだろうしね」


 頭を過ぎったのは高地の事だった。それほど深刻な問題でもないし優先すべき事でもないはずなのだけど、乗りかかった船だし、最後まで面倒見てから気持ちよく後腐れなくバイトに入るほうがいいというものだ。


「さて、しばらくお客さんもこないだろうしお昼はいっちゃっていいよ」

「お言葉に甘えて、店長はなにかいります?」

「じゃあちょっとドーナツでも買ってきて貰えるかな? コーヒーの香りばかりかいでると時折無性に食べたくなるんだよね」

「了解です」


 着替えて店を出ると私はチェーンのドーナツ屋に向かって歩いていく、昼食もついでにそこで済ませればいいだろう。

 周囲の視線に機嫌をよくしなながら歩き、バイトの間電源を落としていた携帯を起動するとものすごい量のメールが届いていた。自然と綻んでいた顔が、どうしたってひきつる。

 差出人は全て言うまでもなく高地である。

 どれも似たような短文で今私がどこにいて何をしているのかを聞いてきている。ストーカーがいるとしたらこんな感じなんだろうか? ぞっとする。

 しかし、どうしたものか。さすがのこいつでもバイト中だと伝えれば納得……してくれるかな? あんまり自信がない。なんにしろ行動に移さないと、私の知らぬ間にあらぬ罪で警察が動き出してからでは遅い。メールをうとうとキーを弄ろうとして、携帯が震える。

 当然のごとく高地からである、しかも電話だ。嫌な予感を感じながらも通話ボタンを押す。


『ちょっとあんた何シカトしてくれてんの? そんなに社会的に抹殺されたいわけ?』


 あまりの声量に携帯を耳から離す。電話越しに鼓膜の破壊を狙うとかどれだけサディスティックなんだろう。

 しばらく騒音が止むのを待ってから電話にでる。


「もしもし、長月ですけど」

『で、あんたどこにいてなにしてんの?』

「今隣町でバイトの休憩中だけど、何のようなの?」

『バイト? 意外ね。どこでバイトしてんのよ?』


 妙に食いつきがいい。こっちの質問は無視してくるし、弱みを握られてなければ絶対こんなやつの手助けなんてしないんだけども。


「あなたには関係ないと思うんだけど?」

『あんた自分の立場わかって言ってんの? その声からしてあんた、長月としてバイトしてるんでしょ? てことはどうせバイトの届け学校に出してないでしょ? バイト先クビになった挙句、変態としてバイト先で話題になっていいのかしら?』


 ウザイってレベルじゃない、後者の心配はないとはいえ、バイトをクビになるのは困るどころの話ではないし、なんで私がこんな目にあわないといけないんだろう。わざわざこいつのために平日のバイトを断った私ってもしかして悟り開いちゃってるレベルの聖人なんじゃないだろうか?

 舌打ちをひとつして、しぶしぶと店の場所と名前を教える。私の心休まる場所が侵食されていく事に気が重くなる。


『へぇ、そんなところに喫茶店があったのね、ふぅん……それじゃ急ぐから』

「え?」


 何かを言う間もなく電話は切れてしまった。どこまでマイペースなんだ。


「結局なんだったのかしら」


 用件は判明せぬまま通話は切れてしまうし、急ぐと言っていたから多分こっちからかけなおしたらまた烈火のごとく怒り狂うんだろうし。一体全体私にどうしろと言うのか。

 肩を落とし、携帯をしまって歩き出す。とりあえずは店長に頼まれたドーナツと私の昼食だ。まだまだ午後の営業時間はたっぷりと残っているのだ。こんなところで油を売っている暇はない。

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