3
翌日は六月らしく朝から雨が降っていた。
雨の日は気分が憂鬱になる。
服やら靴やら汚れるし、洗濯物は乾かないし、なにより私の状態で外に出ても人の視線が少ないからだ。雨の日はそれはそれでまた別のよさはあるもののやはり晴れの日のほうがいい。
忌々しく空を眺めながらあくびをかみ殺す。昨夜はエプロン画像フォルダの整理に手間取ってしまって睡眠時間が少し減ってしまった。肌に悪いのとわかっていてもついつい熱が入ってしまう。どんな人間でも可愛いものには熱が入ってしまうのは人類共通の真理だと思う。
「寝不足なのか遊里」
向かいでお昼の弁当をかっ込んでいた和人が箸を止めてそんな風に聞いてくる。
「ちょっとなパソコンいじってたら寝るタイミングを逃してな」
自分で作った弁当を箸でつつきながら答えを返す。
教室内に人はまばらで俺達以外には数名の女生徒とジミーが弁当を食べているばかりだ。
大半の学生は大体購買や食堂の方でお昼を食べる。聞いたところによればこの歳で親の弁当は恥ずかしい、という心理のクラスメイトが多いのだとか、周りに合わせてそうしているというのもあるだろう。自炊している俺にはわからん感覚である。朝起きて弁当と朝ごはんが用意されているありがたみをもっとかみ締めるべきだろう。
鈴には俺と同じ弁当を毎日持たせているが、いつも友人とお昼を食べるため食堂の方に出向いている。弁当の中身がかぶっていると勘ぐられる心配がないのでありがたいことだ。そんなつまらない事で目立ってしまってはかなわない。
「パソコンやらゲームやらはやめ時に困るよな、いくらでも時間が潰せてしまう」
「だな、そんなことしてる場合じゃないってのに」
「うむ、学生の本分は学業と部活、遊里も部活一緒にどうだ」
「いやいいよ俺は、久々に一緒に昼飯とかいうからなにかと思ったらまた勧誘か、耳にタコだいい加減」
俺が嫌そうに顔を顰めると数席離れた女子の一群がキャーキャーと黄色い悲鳴を上げはじめた。いったい何を盛り上がっているんだろう。
「サッカー部でっちょ今人数が足りなくてな」
「一人暮らしで何かと忙しいんだ、すまないな」
八割方私事なわけだが。忙しいというのは嘘ではない。
「そうだな、代わりにそのから揚げで許しやろう」
言うが早いか和人は俺の弁当からから揚げを掻っ攫っている。最近運動をサボりがちだし、カロリー摂取を抑えるためと思えばとくに腹も立たない。せっかく誘ってもらってるのに一度も乗った事がないという負い目もなくはない。
しかしなんだろうあの女子集団は?
黄色い悲鳴を上げてはたまにこちらをチラチラと伺っては何かを話し合っているようだ。
かけるとか前とか後ろとかそんな断片的な言葉だけが時折聞き取れるが、俺にはまったく意味が分からない。わからないが夢中になれるものがあるのはいいことだ。
そうしてもう一人、俺の目の前の人物に夢中なやつが先ほどからチラチラと死ぬほど熱烈な視線を送ってきている。
言うまでもなくジミーである。
目は口ほどにものを言う、なんて言葉があるが、ジミーの場合口を使うよりも分かりやすく奴の意思が伝わってくる、もはやテレパシーの域ではないかと思う。
『何ぐずぐずしてんだこのクズ、早く聞き出しなさいよ』
『チャンスでしょうが今! はーやーく! はーやく!』
眉間にしわを浮かべるその鬼のような形相は女子としてどうかと思うが、鬼気迫る表情からはありありと彼女の意思が読み取れる。
それとなくと言っていた割りに滅茶苦茶押しが強い。
とはいえ、今日はこのタイミングを逃すとそれらしい話も出来ないかもしれないし、出来るだけ自然に話を引き出してみようかと考える。
考えるが、俺は特に話術にたけているといわけでもないしどうしたものだろうか。
相変わらず女子生徒の集団はヒートアップしていて今にも爆発しそうだ。
難しく考えても仕方ないと、そちらを向きながら軽く息を吐いて、呟くように聞く。
「なぁ和人」
「なんだ?」
「お前さ、どんな子がタイプよ」
結局何もうまい言葉を思い浮かばずそんなストレートな言葉を投げかけてしまった。それとなくとはいったいなんだったのか。
殺意のこもった視線を感じるが決してそちらには目を合わせない。急かしたお前が悪いんだ。諦めてくれ。
逆に先ほどから視線を向けていた女子集団の方は歓声を上げて爆発していた、キターなどと奇声をあげながらよしあず、あずよしと謎の言葉を呟いている。
そんな周りの喧騒など気にせず和人はふむ、と一つ頷くと少し悩むそぶりを見せてからゆっくりと喋り始める。
「そうだな……物静かで古風な人がいいな。髪は少し長めで、流れるような黒髪がいい。色は白く、服装は控えめ。家事は出来たほうが当然いいが、別にそれは俺も出来るから特にこだわる点ではない。家庭的で暖かで、一歩下がってついてくるような、そんな人が理想だ」
なるほどなるほど。ジミーとの相違点は髪の毛くらいのものか、かすった部分があるだけましと言える。
しかしながらジミーの方はなぜだか和人の後ろでしきりに喜んでいるようだ、遠くて和人の声がよく聞こえなくて勘違いでもしたのだろうか。
「そういうお前はどうなんだ遊里」
私、と即答しそうになるのをすんでのところで飲み込む。
とはいえ理想像は常に頭に描いているし聞かれて困るものでもない。
「あまりチャラチャラしてたりケバイのはだめだな。でも意思はちょっと強いくらいがいい、自分に自信を持って研鑽を怠らないそんな子がいいな。外見は、髪の毛は長いほうがいい、腰までと言いたいところだが実際そこまで伸ばすのは大変だし贅沢は言わん」
本音を言えば俺も腰ほどまで髪を伸ばしたいのだが、今の肩より長い程度でも手入れが大変だし、これ以上長くなると俺の時に何かと不便だ。
今は縛ってごまかしているが、これ以上延ばして学校にシニョンでやってくる男子がいたらさすがに変な噂がたってしまいそうだ。
「お互い理想が高いな」
「理想だしな。妥協してもしかたないだろ」
実際の所は私はいつだって目の前にいるわけで、高すぎる理想といわれてもいまいちピンとこない。
和人の方は大変そうではある、今時古風なんて呼べる女の子なんてそうそういない、古風ではなく時代遅れな人ならそれなりに見かけはするだろうが。
万が一古風と呼べる女性がいたとして、その性格までも、理想にぴったりとはまる相手とめぐり合えるなんてことはまずないだろう。
そうして喋っているうちに互いの弁当箱の中身はすっかり空っぽになっている。ペットボトルの中身を空にして、片付ければ昼食の時間はお開きである。
「さてそれじゃちょっといってくる」
「用事でもあるのか?」
「文芸部の締め切りが近いからな、静かなところで原稿用紙と向き合ってくる」
言うが早いかクリアファイルとペンを片手にさっさと和人は出て行ってしまった。相変わらず忙しいやつである、飯の後くらいゆっくりすればいいものを。
和人がいなくなると騒いでいた女子集団も静かになり、ジミーも気付けば普段どおり自分の机に向かってお弁当を食べているようだ。
相変わらず雨の音がシトシトと鳴り響いて、少し肌寒い。
一仕事終えた俺は昨夜の事もあって昼休みの間はそのまま惰眠をむさぼって過ごした。
放課後になっても相変わらず雨は降り続いていて、憂鬱な気分は抜けない。
今日も家で料理を作るくらいしかないかなと、若干残念に思いながら席を立ったところで、携帯が震えた。
まぁ、そうくるだろうとは思っていた。憂鬱な気分がさらに加速する。
気付かなかった振りをしたいところだが、教室の外からジミーが無言の圧力をこちらに向けて放っているので逃げる事はできそうもない。。
諦めて俺は立ち上がる。
一応一回り大きいスポーツバッグに変えてきたが、早速初日から出番がくるとは。
携帯で前回と待ち合わせ場所が同じなのを確認してから俺は人気の少ない実習棟へと向かった。
「遅い! 何でメールしてから二十分もかかってんの? そんなに警察のお世話になりたい?」
入室と共にジミーの罵倒が飛んでくる。
人気の少ないトイレで急いで制服を着替え、メイクもいつもより早く済ませ、納得がいかないにも関わらずわざわざやってきた私に対する態度としてこれはいかがなものだろう。
「あなたがこの服装で来いって言うからでしょ? これでもだいぶ略式なんだから勘弁してよ」
「服着替えるだけでしょ? 五分もかからないでしょ」
なんとなく察してはいたがジミーはやはりそのあたりだいぶずぼらなようだ。だからこそ私はあまりジミーの事が好きではないのだが。
そういった感情を軽く込めて黙ってジミーの事を見据えていると、フンと鼻を鳴らした彼女は視線を外す。
「ま、今日のわたしは機嫌がいいから特別に許したげるけど。せいぜいもっと尽力しなさいよ」
「はいはい、それで内容は大体教室で聞いてたんでしょう?」
「一応ね、まとめてもう一度話してくれるかしら?」
偉そうにふんぞり返る彼女にお昼の時に聞いた和人の理想の女性像を懇切丁寧に教えてやる。改めてまとめてみるとジミーにはハードルが高すぎるような気がする。
だというのに、なぜかジミーは自慢げにフンフンと鼻を鳴らしている。とりあえず鼻息が荒いのは改善ポイント第一なのは間違いない。
「黒髪でそれなりに長い髪、フフ、やっぱり、わたしと吉池君は結ばれる運命にあるのね」
この女都合のいいところしか聞いちゃいなかった。その髪にしたって今時絶滅危惧種の三つ編みお下げでは台無しだろう。それでもなぜだか嬉しそうにしているジミーを見ていると無性に腹がたってきたので、少し水をさすことにする。
「家事は出来るの?」
楽しそうにしていたジミーは私の言葉にびしりと固まると、勢いよく振り返って牙を剥く。
「聞いてなかったのあなた? 家事が出来るかどうかには拘らないって、吉池君言ってたじゃない」
「逆に言えば、出来たほうがいいって事でしょう?」
「それはそうだけど、ほら、髪とか、黒髪で長いし」
やっぱりそこが一番の自信なのか、性格的なところは自覚があるのだろうか? なんにしろ嗜虐的な喜びに飢える私はその自信を全力で折りにいく。
「えぇ、でも彼が言っていたのはあくまで、流れるような、黒髪よ? あなたのそれじゃ、とてもじゃないけど流れるなんて比喩はできないでしょう?
そんな古風を通り越してもはや古典の域の三つ編みお下げでろくに手入れもしていないような髪じゃぁね? ほらあなたのいう変態以下の髪の毛よそれ?」
言いながら私は自分の髪の毛を手で梳いてみせる。手入れを欠かさない私の髪はまさに流れるように、指の間をすり抜けていく。
「うるさいわね! あんた、わたしの味方なんでしょ! だったらもっとポジティブな意見を出しなさいよ!」
「ええ、だから私はあなたに本当の事を話しているの。今のあなたじゃ、和人には釣り合わない。親友の私だからこそ断言できるわ」
言ってやった! 言ってやった!
心がすかっとする。
自分を磨かない愚か者に言ってやった!
これから来るであろう反撃は苛烈かもしれないけれど、これくらいは言っておかねば私の方の心も収まらない。反撃体制は整っている、いつでもかかってきなさいと、身構えているのに。
いつまでたってもその反撃がこない。
不思議に思って彼女の顔を覗き込むと。
ジミーはうなだれて真っ白に燃え尽きていた。
あれほどの自信の塊であったジミーにいったい何があったというのか。
「どうせ、どうせわたしは、地味でダサくて、融通聞かない、チビでスタイルも悪い胴長短足のブスですよ……」
ぶつぶつとジミーはそんなネガティブな事を呟いている。あまりにも躁鬱が激しすぎるその有様に言葉を失う。しかもたったあれだけでこんな事になるとは豆腐以下のメンタルである。
しらなかったとはいえ申し訳ない事をしてしまったかもしれない、少しだけ反省する。
「どうせわたしは変態にも劣る地味女よ、身の程を弁えていない馬鹿者よ……知ってるわ、わたしが地味だってことくらい、かわいくないことくらい、他でもない自分のことだから知ってるわ。
でも、しょうがないじゃない、そんなの知らない、学校じゃ教えてくれなかった、今更誰かに聞くなんてわたしには出来ない、でも、それでも、好きになっちゃったんだから、わたしは、わたしとして気持ちをぶつけるしかないんだから……」
泣きそうな声で、教室の床にぺたりと座り込むその姿は、歳相応のか弱い少女のものだった。普段の気丈で静かなクラス委員長の姿でもない、私にだけみせる自信家で威張り散らす姿でもない、きっと素のままの弱い彼女の姿。
「そうね、確かにあなたはお世辞にも綺麗とは言えないわ、むしろ地味でダサくて、生徒手帳見本って言われてもしかたないレベルよ」
「うっさい! うっさい! 知ってるって言ってるでしょ!」
腕を振りいやだと認めたくないと、否定するように体を揺らすジミーのその両肩をつかんで、私はその涙を湛える両の瞳を覗き込んで、言葉を紡ぐ。
「でもそれはきちんと磨かないから、どんな宝石だって原石のままじゃ綺麗には輝けない。きちんと磨いてあげなきゃ」
言葉を区切る。
私を見つめるジミーと目があう。
「私は自分を磨かない女の子って大嫌い。せっかく女の子に生まれたのにそれを無駄にする奴なんて男に転生してしまえって思うくらい大嫌い。だけどあなたが望むのなら、大嫌いなあなたに女の子を磨く方法を教えてあげてもいい」
戸惑うように彼女の瞳はさ迷い、視線を外し、そうして再び私としっかりと目を合わせ、大きく彼女は頷く。
「教えてほしい、わたしを磨く方法……」
涙目のジミーをなんとかなだめて、椅子に座らせ、私はその髪を梳かしていた。
三つ編みお下げのおかげですっかり癖のついた髪にブラシをゆっくりと通してドライヤーをあてる。思った以上にくせがあるおかげで今すぐに完璧に、というわけにはいかないが、ある程度は何とかなるはずだ。
ブラシを通すのはほどほどに、手ぐしに変える。
「痛かったら言ってね」
声をかけながら少しだけ髪の毛を引っぱるみたいにしながらくせを伸ばしていく。温風を送っていたドライヤーは冷風に切り替えて、気になるところに再度ブラシを通せば、なんとか見れる程度の髪になる。
「なにこれすごい……こんな真っ直ぐになったのみたことない……」
ジミーは鏡を覗いて驚いた顔をしながら、ゆっくりとその髪を撫でている。
「今はこれくらいしかできないけど、後で簡単に髪の手入れとかまとめてあるサイト送っておくから、自分でも確認しておいてね」
私の話を聞いているのかいないのか、ジミーは熱心に鏡を見つめている。その気持ちはわからないでもないが、使っていた道具をしまうと、代わりにメイク用の道具を一式取り出す。
「どうせやるならきっちり全部やっちゃいましょうか」
「化粧までするの? それはもう学生の本分を越えているとおもうのだけど」
「恋愛はどうなるのそうしたら?」
「それは……」
「さぁさぁ観念しなさい」
立ち上がろうとする彼女の体を椅子に押さえつけて眼鏡をはずす。軽く見た感じでもかなりきつい度の入ったものだとわかる。
「眼鏡やめてコンタクトに変える気はないの?」
「異物を目にいれるなんて想像するだけでぞっとするわ」
「確かにちょっと怖いけどね」
初めてカラコン入れたときは散々ひどい目にあったのも今や懐かしい。
「眼鏡ってそんなに駄目かしら……?」
おずおずとジミーがそう聞いてくる。
私はファンデで目の下のクマや額のニキビなんかを軽く隠しながらその問いに答える。
「駄目ってことはないけど、あなたが普段かけてるこれは論外ね」
古風を通り越してもはや古代の遺物のような眼鏡を眺めていったいこんなものをどこから買ってきたのかと呆れ果てる。
「好きな人は好きだと思うけど、そういう人は自分の好みとして多分最初に列挙してくると思う。だから多分和人はなんとも思わないか嫌いか。どっちにしろプラスのイメージでないのなら、かけないほうが無難だと思うわ」
あくまでも私の意見でしかないのだけれど。
「そう……」
それに、彼女の顔はあまり眼鏡が似合うような顔ではないと思う。今までのイメージが強すぎて、彼女自身含めて誰もが変わった彼女の姿をイメージできないのだ。ただ今こうして素顔のジミーを見ている私には断言できることがある。
彼女は十分に輝けるだけの素質を持っていると。
それを今まで彼女が磨いてこなかったことに本当に腹が立つ。だって彼女の肌は全然手入れなんてされていないはずなのに、こんなにもちゃんと女の子の肌として綺麗なのだ。体つきも輪郭も、努力せずとも女のそれを持っている。それがいったいどれだけ幸福なことなのか。
せいぜい八十年程度の短い人生のうち、幸福な少女でいられる期間なんてせいぜい十パーセントにも満たない本当に本当に、短い間だけなのに。
それを無為にするなんて愚かな事は私が絶対に許さない。
眉を整え、軽く睫毛を立たせて、予備の封を切っていなかったリップを塗って、再び前髪にブラシを通せば、もうそれだけで終わり。やるべきことは最低限でいい。そこから先は私じゃなくて、彼女が学んでやっていくべきことだ。
「上出来かな、鏡見てわかる?」
「眼鏡がないとろくに見えないわ」
そんなことだろうと思ったのですでに準備していた携帯でジミーの姿を様々な角度から写真に収める。我ながら自画撮りで培った技術は素晴らしく、ジミーと呼ばれた少女の面影はもうそこにはない。
流れるような黒髪に、物静かな風貌の少女が確かにそこにいた。
まぁ、私の足元には全然まったく届かないんだけれども。
携帯と一緒に眼鏡を渡すと、ジミーは文字通り目をまん丸にしながらその自分の写真を見つめては、鏡の中の自分と見比べている。出発点がマイナスであっただけにその驚きも一入だろう。
「おきに召してもらえた?」
声をかけると、ジミーははっとしたように私の方を向いてもごもごこと何かを言いかけたあと、うつむいて、顔を上げて、ゆっくりと口を開く。
「ん、まぁまぁ……かしら……。ありがと、少しだけ……あんたのこと見直してあげてもいいわ……長月……」
「どういたしまして」
道具を片付けると、自然と笑みがこぼれる。やはり女の子というのはこうでなくてはいけないと思う。
「帰り時間あるようなら少し買い物していきましょう。簡単な道具だけでもそろえておいたほうがいいから」
「でもわたし、そんなに高いもの買うお金もってないし」
「大丈夫、化粧道具なんて今時百均でも買えるし、最初は安いものからで十分だから。髪の方もそうだけどこっちもいろいろ後で送っておくから、明日からはその格好で登校すること」
「ぜ、善処するわ」
戸惑うようにそう答える彼女の手を引いて私は教室を出る。
思えばこのようにこの格好で誰かとこんな風に過ごすことがなかったせいか、心はとても弾んでいた。
鈴はなんだかんだ私の影響か身だしなみや服装には気を使っているし、こんな風に話をすることもない。
女性同士の友達、というのはもしかしたらこういうものなのだろうか?
それはそれで、悪くないような、そんな気がした。