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 昨日の放課後のことなどまるで夢だったかのように翌日の学校生活は平穏であった。

 いつジミーに声をかけられるやらとびくびくしながら登校してみれば、彼女まるで何事もなかったかのようにそのあだ名のとおり地味に一日を過ごし、俺のほうになど見向きもしない。

 だが昨日の出来事が夢であった、などということはありえない。今朝着替えるために開けたクローゼットの中には私の制服はなかったのだから。最近では着替えの度に真新しい制服を見ては幸せな気持ちに浸っていたというのに。

 そんなわけで朝からおっかなびっくりすごしていたにもかかわらず、気づけばもう放課後である。


「いったいどういうつもりなんだか」


 放課後と同時さっさと教室を出て行ったジミーの背中を見送りながら呟く。ほんとうにわけのわからんやつである。


「どうした遊里辛気臭い顔して、悩みがあるなら何でも聞いてやるぞ」


 声に反応して視線を上げれば俺の呟きを隣で聞いていたらしい和人が目の前に立っていた。

 人懐っこい笑顔を振りまく我が親友は今日も他人の悩みに敏感だ。こいつの趣味、というか生きがい、というか、なんでも人助けが大好きなんだとかいうこいつはいつも面倒事に首を突っ込んでは涼しい顔で解決していくという、俺すらも真っ青な完璧超人である。

 とはいえさすがに、こいつに今俺の抱える悩みを打ち明けるわけにもいかない。ジミーの気持ちがどうこう以前に、俺の問題に関わってくるわけで。こんな悩みじゃなければいくらでも相談するのだが。


「いや、たいしたことじゃないし。それに、部活あるんだろ?」

「部活といっても正式な部員じゃないしそんなに期待されてもないから別にいいんだがな」


 本人は期待されていない、なんていっているがこいつの周囲の反応は正反対であり、誰も彼もがこいつのずば抜けた万能っぷりに羨望の眼差しを向けている。


「今いくつくらい掛け持ちしてるんだ?」

「野球部、サッカー部、柔道、文芸部、書道部だな」

「よくもそんなに出来るもんだ」


 あきれたバイタリティである。しかもどれもこれもレギュラー並みの実力だというのだから神様というのは不公平だ。


「俺で力になれることなら出来るだけ力になりたいしな。それにそんな風に言うけど、遊里だってやろうと思えばできるだろ?」

「過大評価しすぎだよ。俺が運動出来ないのお前知ってるだろ?」

「我が友は本気を見せてくれないから、なかなかに未知数だよ」


 意味深な笑みを浮かべながら和人はそう返してくる。もしかしたらこいつは俺の秘密を全て見透かしてるんじゃないだろうかと時々思う。こいつのスペックからしたらそれくらいたやすそうだし。


「それじゃ部活いってくる、また明日な」

「おう」


 和人を見送ってやるといつの間にやら教室内に残る人影はずいぶんと少なくなっていた。そろそろ俺も帰るかとスポーツバッグを片手に席を立って教室を出る、同時に、珍しいことに俺の携帯が震えた。

 学校内に友人が一人しかいない俺の携帯アドレスを知っている人間は少ない。鈴と和人、それにバイト先の店長と母親くらいのものだ。

 和人はないとして、そうなると鈴か店長になるわけだが、二人とも本当に必要な時以外ろくに連絡をしてこないので何かあったのだろうかと不思議に思いながら携帯を手にとって見ると、メールの着信であった。

 しかし送り主のアドレスに見覚えはない。ないのだが、誰から来たメールなのかは一目で判別できる。

 takachimisaki1123。いまどきこんなにわかりやすいアドレスの人間がいるだろうか? というか、どうやって俺のアドレスを知ったのか。

 非常にいやな予感を覚えながらメールを開くと、本文には簡潔に短く言葉が記されていた。


『二階空き教室にて待つ』


 それだけの文面なのにとても、とても怖く見えるのはなぜだろう。

 今日は帰ってお気に入りの私服を着てゆっくり料理でもしようかと思っていたのに。

 いやいやながらも指定された教室へと向かうと当然というか、すでにジミーがいた。


「おっそい! メールしてからもう五分もたってるわよ、教室からここまで一分とかからないでしょうが! 昨日の一件ばらされて社会的に抹殺されたいの!?」

「すまん、ちょっと気付くのが遅れて……」


 正直にいえば帰ろうかどうしようか迷った挙句しぶしぶとやってきたために遅くなったのだが、そんなこと素直に言えるわけもない。

 こうしてテンションマックスのジミーと相対するとやはり昨日のことは夢でも何でもなかったのだと絶望的な気分にさせられる。特に今のこの格好だとなおさらだ。


「ふん、どうだか。ともかく、昨日あんたが約束したとおりちゃんと手伝ってもらうからね」


 鼻息荒く宣言するジミー。そんな彼女に疑問だったことを俺は聞く。


「ところで、ジミー具体的に俺は何をすればいいんだ?」

「はぁ? そんなのあんたが考えるべきことでしょう!?」


 眉間にしわを寄せながら俺を射殺さんばかりの目で睨みながら叫びを上げる。

 この女張り倒したい。女の子に暴力振るうなんて出来ないけど、出来ないけど張り倒したい。

 落ち着け、落ち着くんだ、ここでキレたり、ジミーの機嫌を損ねたら私が終わってしまう。それだけは避けねばならない。深呼吸をして精神を落ち着かせる。

 よし、大丈夫だ。


「そうは言うがなジミー、具体的に今お前と和人がどういう関係なのかとか、どういったことをすればいいのかわからないと手のうちようがないわけでな」

「一理あるわね」

「で、実際のところどうなんだ和人とお前の仲は」


 正直な話をすると和人とジミーが話しているところを俺は見たことがない。だが、俺のそんな記憶とは裏腹になぜかジミーは自身満々な笑みを浮かべている。


「聞いて驚きなさい、なんと毎日朝の挨拶を交わす程度の仲よ」

「そうか……」


 頭が痛くなってきた。

 それってつまりほとんど何の接点もないのと一緒じゃないか。あいつ通学路ですれ違った子供からおばあさんまですべからく懇切丁寧におはようございますと挨拶しちゃうくらいのいいこちゃんなのに。


「もはやこれは脈ありよね。はっきり言ってしまえばあんたの助けなんかなくてもいずれは相思相愛になるでしょうけど、仕方なくあんたのために手伝わせてやってるんだから」


 この事実を伝えたらこの自信満々な女はいったいどうなってしまうのだろうか? というかその自信はいったいどこからわいてくるんだろう。せめて見た目をもう少しがんばれよと俺は言いたい。


「とりあえずお前と和人の仲はわかった。ようはお前が告白して和人にオッケーをもらえばいいんだろ? だったら俺が手伝うことなんてないんじゃないか?」


 こいつの頭の中の妄想では脈ありなんだから告白するだけで全て万事解決するはずだ、だったら俺には手伝うことなんて何一つない。


「こ、告白なんてそんないきなり出来るわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!? 心の準備とかリサーチとか好感度あげたりとかいろいろあるでしょうが!」

「お前はいったい自信があるのかないのかどっちなんだよ!」


 思わず叫びながら突っ込んでしまった。


「そんなのあるに決まってるでしょ。でもね、基礎をおろそかにしてはだめなの。外堀を埋めてしっかりと準備を整えてから最終決戦に挑むのよ。九十九パーセントなんて信用しちゃだめ、百パーセントで挑まないと、この戦いに負けは許されないのよ」

「百パーセントはさすがに無理だろ。別にいいけど。とりあえずなんだ、俺は和人のリサーチをすればいいのか?」

「ようやくわかってきたじゃない、そうね、吉池君の好みのタイプを念のためあんたが確認してきなさい。どうせわたしの容姿にそっくりなタイプをあげられるでしょうけどね。出来るだけ感づかれないように頼むわよ、それとなくよ、それとなく」

「はいはい」


 ほんとに自信があるんだかないんだか。一応こいつの言うとおりに合わせるならメールはやめておいたほうが無難だろう、普段から和人にメールなんてそんなにしないのに、あまつさえ一度も振ったことのない話題なんてだそうものならいくら人のいいあいつでもなにかしらおかしいと思うだろうし、下手したら勘違いしたあいつが妙な世話を焼いてきて変に目立つことになるかもしれない。


「いい? 情報が入り次第、至急メールで連絡を入れなさい。わたしのアドレスはもうわかってるでしょう?」


 その言葉ではたと思い出す。


「そういえば、お前、どうやって俺のアドレスを?」

「先生に聞いただけだけど?」

「先生に聞いたら教えてもらえるの俺のアドレス!? 俺のプライバシーは!? ていうか先生もよくしってたな!」

「担任はだいたい頼んだら何でも聞いてくれるわ。まぁたぶん吉池くんか、反田さんあたりから情報を仕入れたんじゃない?」

「教師からお前への信頼の厚さが怖いよ!」


 やっぱりこいつを敵に回すのは不味い。非常に不味い。どんなネットワークを介して俺の秘密がばら撒かれるかわかったものじゃない。


「あ、それとあんた今度からわたしと会うときは昨日の格好できなさい」

「なんで? キモいとか変態とか散々いってたじゃん」


 個人的にあの格好でいられる時間が少しでも長くとれるのは嬉しいことではあるが。


「わたしとあんたが万一こうやって会ってるのを見られた時、吉池君との繋がりを察せられたらどうするの?」


 さすがに俺とジミーの組み合わせでその線が真っ先に思い浮かぶやつなんてなかなかいないと思うが。大半は目立たないさえないクラスメイトがジミーに説教食らってるとかそんなところだろうけど。あえてそれは言わないでおこう。本当の自分でいられる時間をわざわざ自分から削る必要なんてない。


「了解。とりあえずじゃあ当面は今話したとおりでいいんだな? 特にもう何もなければ俺は帰るけど」

「ええ大丈夫よ、くれぐれも誰にも気取られないようにね」

「わかってるよ、ばれたら俺だってアウトなんだから」


 手をひらひらと振って教室を出る。

 時間を確認するとタイムセールに間に合いそうな時間だった。

 適当に食材を買って帰って、クリーニングに出した制服を受け取って帰って、それから私服で過ごすのもいいだろう。

 料理を作りながら自画撮りもまたいいかもしれない。

 我ながらいろんな意味で幸せなやつだと思う。

 毎日飛び切りかわいい理想の女の子の手料理が食べれるやつなんて他に居ないだろ?


 買い物を済ませて家に帰り着き、着替えを済ませて部屋から出るといつの間にやら鈴がリビングでファッション雑誌を捲っていた。といっても驚くようなことでもない、昔から気付くといつの間にかそばにいてただじっと静かに動かず周囲を観察しているのだ。


「いらっしゃい鈴」

「お邪魔しています」

「夕飯食べてくでしょ?」

「ええ、お手伝いしましょうか?」

「大丈夫、鈴は座ってて」


 そう告げると鈴はそうですかと頷いてテレビの電源を入れてバラエティ番組を見始める。私はその様子を一瞥するとそのまま台所に入って夕飯の準備を始める。一人暮らしをはじめたのはつい二ヶ月ほど前の四月からであるが、料理自体はとある事情で中学のころからしていたので慣れたものだ。

 昔は逐一レシピを見て正確に分量を測り料理を覚えたものだが、慣れてしまえば大体の量は覚えられる。何事も反復練習と復習が上達への道である。覚えてしまえば後は頭の中の知識と、慣れた体が勝手に動いてくれる。

 冷蔵庫の中身と炊飯器に残っていたご飯から夕飯はドリアにした、少々季節外れな気もするけれど、お金に余裕がない以上あまり贅沢は言っていられない。

 時折味見をするときや、付け合せのオニオンスープをかき混ぜる肯定を鈴に携帯で撮ってもらう。またかと呆れたような表情の彼女であるが、長年私の趣味に付き合ってくれているおかげで写真の腕は確かである。ばっちりときれいに撮って貰った私服にエプロン姿で料理を作る自分の姿に思わず惚れ惚れする。

 すばらしい、可愛すぎてぺろぺろしたい。絶対いいにおいがする、というか現在進行形で自分の体からほのかに香る甘いにおいがたまらない。

 どこかのメガネが言うように私はキモくなんかないのである。

 気のせいか鈴に白い目で見られながら携帯の画面に熱い視線を送っているうちに夕飯はいつのまにやら完成していた。我ながらすばらしい手際。洗い物のは食器以外は済ませてあるし、嫁にするならやはり私以外はありえない。

 配膳を済ませて、二人で夕食を食べ始める。

 今日の課題の話や、バラエティ番組への突っ込みなんかを入れながらいつものように食事をしていると、急に鈴が手を止め真剣な顔になった。


「姉さん」

「どうしたの鈴?」

「昨日今日とバイトでもないのにお帰りが遅いようでしたが、どうかされましたか?」


 気付かれてるよね、まぁ。

 表情は変えない。

 昨日とは違いこの程度で感情を表に出してしまうようでは私ではいられない。最初の頃は私でいる間テンションが上がっているのを隠しきれなかったものだが。

 鈴相手なら別に喋ってしまってもたいした問題はない気はする。彼女は私のこの姿についておそらく、私の次くらいにはよく知って、理解してくれているわけで、私の側からすれば別に喋ってしまってもいいのだけれど、もし私がジミーの立場だったとして、想い人を知りもしないような相手にべらべらと喋られたとしたら、まぁいい気はしない。といっても私の想い人は私なのだからいろいろと無駄な仮定なのだが。


「昨日はちょっと制服姿で興奮しちゃって、いつもより時間かけちゃってさ。今日は買い物でタイムセール待ってたから」

「制服、わざわざクリーニングに出したんですね」


 相変わらず私の部屋の変化には目ざとい妹である。本物の妹というのも姉の変化にはこう鋭いものなのだろうか?

 制服は私の部屋にかけておいたはずなのに、いったいいつの間に盗み見たのやら。


「少し汚しちゃったから。わざわざ鈴に無理言って手に入れた大切な服だしすぐにでも綺麗にしたくてね」

「そうですか」


 心なしか少し頬を赤くして頷く鈴。一応納得はしてくれたらしい。

 どうせすぐに解決してまた平穏で静かな素晴らしい日々が戻ってくると、その頃の私は理由もなく信じていたのである。

 そんなことありえないと、日々劣化していくことを恐れる私が一番よく知っていたはずなのに。

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