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 決心の翌日の放課後、私は携帯を眺めながら、ぶらぶらと家の近所を歩いていた。本当は家に帰ってすぐ電話をかけようと思っていのだけれど、どうにも踏ん切りがつかず、夕飯の買い物へと逃げるように出かけていた。

 服やアクセサリーのウィンドウショッピングと違ってこういった生活用品の買出しにかかる時間はものすごく短い。広告やら、冷蔵庫の中身を加味して事前に買うものはだいたい決めてきてしまっているからだ。たまに売り切れなんかに遭遇しても、買わないか、別の代価品ですますか、それだけの話であって時間のかかることではない。

 ほんの数ヶ月で染み付いてしまったそんな所帯じみた自分の計画性がなんとも恨めしい。家に帰りついたらもう言い逃れするすべもなく電話をかけなければならない。

 こんなことで躊躇して逃げ出そうとする自分が嫌になる、そんなに弱い私は私の理想じゃないはずなのに。こんなとき、理想の私なら何の躊躇いもなく高地に電話をかけてそれとなく誘い出して、なんてこともなく全てを解決できるはずなのに。

 なんて不甲斐ない。

 ため息をついて、頭を振る。

 悩んだって仕方がないことは考えない。動いてから考える。それが私の流儀だ。

 周囲の視線がある場所で落ち込んでいる姿を見せるなんてのは、私ではない。

 背筋を伸ばして前を向く。

 もう家はすぐそこだった。これ以上遅くなっても迷惑にしかならないだろうし、歩きながら高地の携帯番号を呼び出す。通話ボタンに指をかけて、少しだけためらう。

 もう私の部屋の前まで来ている。意を決してボタンを押し込む。

 携帯が震える。もう後には退けなくなった。お腹に力を込め気合をいれるようにして高地が出るのを待つ。そのまま部屋の鍵を開けようとして、すでに鍵が開いていることに気付く。

 どうやら鈴がもう来ているらしい。

 扉を開けたところで、ちょうど、高地が電話に出た。


「もしもし、私、長月だけど」

『どうしたの、そっちからかけてくるなんて」』


 いつかぶりに聞いた高地の声は思ったよりも落ち着いていて、特に暗いとか、荒れているといった感じはない。私が心配しすぎていたのだろうか? ともかく、話を切り出す分にはそのほうが都合がいいのは間違いない。

 靴を脱いで部屋に上がる。


「ちょっとね、ねぇ今どこにいる?」

「どこってそれは」


 声が二重に聞こえた。

 リビングに立ち入ると、そこには鈴と、高地がなんでもない顔で座ってテレビを眺めていた。


「お邪魔してるわよ」


 本当に、さも当然と言わんばかりの様子で高地が言う。

 そのことに何故だか、妙に安堵してため息が漏れる。

 力の抜けそうな足で踏ん張って通話を切ると携帯をしまう。


「いらっしゃい」

「あんたがいなかったから反田さんに上げてもらったわ」

「そう、それで何しにきたの?」


 私もなんでもないように、彼女がそこにいるのがさも当然といったように返す。


「それはこっちの台詞よ、わざわざ電話なんてかけてきて」


 冷蔵庫や戸棚に買ってきたものをしまいながら、さてどうしたものかと考える。素直に言ってしまうべきか、高地の話を先に聞くべきか。

 意地をはってもしかたないだろう、私の方から電話したという事実は消えやしないのだし。


「あれからまったく連絡なかったから、どうしたのかと思ってちょっと心配でね」


 素直にそういうと、高地は鼻で笑ってみせる。


「あんたに心配されるほど、わたしは落ちぶれてないわ。ちょっと思うところがあっただけよ」


 懐かしいとさえ思う高地のそんな口調に、自然と笑みが漏れるのがわかる。そうだ、こいつはこうでなくてはいけない。


「そう、ならよかった。それで、あなたは何で私の家に?」

「うん、これからのことについて、はっきりさせておこうと思って」


 声からもその瞳からも高地の真剣な様子は手に取るようにわかった。鈴もその様子を感じ取ったらしく、テレビを消して静かにソファの上で膝を抱えた。

 私も荷物の整理を終えて、手を洗うと、そのまま高地の前に腰掛ける。

 部屋の中に一時の静寂が訪れる。

 しんと静まり返る部屋。

 高地はそんな一時の間を置いてから、口を開く。


「とりあえず、この間はわざわざバイトまで抜けさせてごめん、それとありがとう、本当に助かった」

「今更そんな些細なこと気にしなくていいからさ」


 頭を下げる高地の顔を上げさせて、話の先を促させる。そんな風に改めて礼を言われたところで背中がむず痒くなるだけだ。そもそもにして、あれは私が自ら招いた事の責任をとっただけのことであり、別に高地に感謝されるようなことでも、謝られるようなことでもなかったのだから。


「きちんとけじめはつけておかないといけないから」


 高地はそこで一度言葉を区切ると、軽く息を一つ吐いて再び口を開く。


「あの日、長月が来てくれてほんとに嬉しかった。吉池君のすごく嬉しそうで、楽しんでくれてるのわかった。わたしと一緒の時の顔とはっきり違ってて、人の気持ちってこんなにはっきり表情に出るものなんだって、びっくりした」


 話している高地はその時の和人の様子を思い出しているのか、指が白くなるほど力を込めて拳を握りこんでいる。その時の高地が一体どんな気持ちだったのか、それは考えるまでもないことだろう。それでも、好きな人のために、その後も自分の感情をを見せることなく一日を終えた高地の強さには脱帽する。


「それでわかった、ううん、わかってたけど、認めたくなかっただけだったんだと思う。はっきり、わたしは長月には勝てないってわかった。吉池君の目には長月しか映ってないんだって嫌ってほどわかっちゃった。

 しかたないことだってわかってる、あんたが今のあんたになるのかどれだけがんばってきたかなんて、その姿を見ればわかるよ。そんなあんたの力を借りて、ようやくスタートラインに立ったようなわたしじゃ絶対に太刀打ちできないなんてことわかりきってる」


 高地の瞳が私のことをじっと見つめている。

 強い意志の感じられる黒い吸い込まれそうな瞳。

 高地美咲の彼女らしい瞳。

 あの日泣きそうだったその瞳に涙が溢れることはない。本当は思い出すのも認めるのも悔しくて辛い記憶のはずなのに、彼女の言葉はかつてのように震えることもなく、ただ力を込めて紡がれる。


「それでも、わたしは長月や反田さんに手伝ってもらってここまで来たから。わかってても納得できるところまでやりたい。もう一度、今度は長月の名前も借りずに吉池君を呼び出して、その日だけはわたしだけを見てもらって、それで終わらしたい。

 告白はできるかどうか、わからない。吉池君には迷惑なだけかもしれないし、その時、わたしがきちんと言い出せるかもわからない。それでも、もう一度だけ、わたしを助けてほしいの。最後まで見届けてほしい」


 恋は人を変える。

 それがたとえ報われぬ恋としても。

 私の恋も同じだ、決して叶うことのない私の恋路も、私を今の私へと変え成長させてくれた。

 高地の恋も同じように。

 弱かった彼女はきっとこの五日間の間、悩み、苦しみ、そうしてこの決断へとたどり着いたのだろう。私はその恋を応援したい。本人が勝てないと、そう言っていても、私は彼女が勝てるように助けたい。


「最後まで付き合うわよ当然。納得がいくところまでとことんね」


 私は快諾の返事を返す。


「あたしは特に何かをした覚えはないのですがね……必要というのなら、手伝いましょう」


 鈴も素直ではないものの、そういって、了承の意を表す。


「ありがとう二人とも、頼もしいわ」


 そういって笑う高地の顔はきっと今まで一番眩しい笑顔だったと思う。


「で、具体的には何をすればいいのかしら?」

「特に何かをしてほしいわけじゃないわ。ただ見ていてほしいの」


 高地の言葉に私は首をひねる。


「つまりどういうことよ」

「もう予定も、やるべきことも決めてあるから。顛末を全部見届けてほしい」

「デートを監視しろってこと?」

「ええ」


 いったい全体どういうことか、そんなことをしていったい何になるというのか。


「ここまで巻き込んじゃって、結果だけ報告なんて、薄情じゃない?」

「そんなことはないと思うけど」


 というかそんな覗くような真似をするほうがどうかと思うけど。確かに顛末が気になるといえば気にはなるのだが、そこまでしていいものなのか。

 私が不思議そうにしていると高地はつまらなさそうに言う。


「本音を言えばね、本当に二人だけでなんとかなるか不安なの。この間も、その前も、二人きりで二回も失敗して、正直にいえば怖い。だけど、だからって、また長月に来てももらったって何にもならない。だから見ていて、見ていてもらえれば、大丈夫って思えるから」


 高地はそう言うとおそるおそるといった感じでこちらを伺う。

 本当にそれだけで、力になれるというのなら、私はかまわないと思った。だから、頷いて返す。


「わかった、それを高地が望むなら」


 いつの間にか立ち上がってすぐ隣まで着ていた鈴はじぃっと高地をみつめたあと、その視線を不意にはずして、口を開く。


「無謀な者どうし、あなたの顛末はきちんと見届けますよ」


 鈴の不器用な励ましに高地は笑って見せ、それから頭を下げた。


「ありがとう二人とも、頼りにしてる」


 私たちに何かが出来るわけではない、ただ見守るだけ。

 それで大丈夫だと言える様になった高地の強さを信じよう。

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