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 いや、本当……さすが私というべきか。

 屈みながら目を瞑って、そのまましばらく荒い息を整えて体が落ち着くのを待つ。

 しばらくして周囲の視線を断ち切るように大きく息を吐いて顔を上げる。目に飛び込むのはバーガーチェーンの大きなイニシャル。我ながらいい足をしていると思う。電話から十分とたたぬうちに目的地に辿り着いてしまうとは。

 途中写メとか撮られてた気がするけど……些細な問題だろう。

 最低限、乱れた髪と服をととのえて、店に一歩踏み込む。二階建てのそこそこ大きな店舗。一階を見回しても目当ての人物の姿は見当たらず、私は迷いなく階段を上がる。

 周囲の視線がちらちらと私に注がれる。

 いつもならその心地よい視線に酔っているところだが、今はそれどころではない。好奇の視線を無視して階上のフロアを見回す。

 いた。

 見覚えのある和人の顔と、ほとんど座席に隠れて姿の見えない高地の頭。

 無言で二人の下に足早に近づいて、高地の隣に勢いよく腰掛けた。


「長月……」

「長月さん……?」


 二人の視線が私に注がれる。

 和人は驚いた顔で私の名前を呼んだ後、徐々にその表情を緩めていく。

 対して高地の方は、彼女なりにがんばっていたのだろう、横から覗き込んだ時のその表情は、何事もないかのように無表情だったのに、私が隣に腰掛けると、驚きから泣きそうな表情になり、安堵したように緩んだ表情へと忙しく顔色を変える。相変わらずな彼女に苦笑が漏れる。


「ちょっと遅くなりすぎたかな、二人ともごめん」


 おどけるようにそう言ってみせる。


「今日は来れないと高地さんから聞いていたのですが」

「うん、ちょっとそのはずだったんだけど予定が変わってね、今からでも問題ない?」

「俺は全然かまいませんけど」

「高地は?」

「わ、わたしも問題ないけど……」

「ならエスコートしてもらえるんでしょ? 吉池君……だったかしら?」


 知らない振りをするのもなんだかむずかゆい感じがする。何よりその様を全部事情を知っている高地が見ているものだから、気恥ずかしさが半端じゃない。


「任せてください」


 和人は和人でとても嬉しそうに返事をしてくるし。

 できるだけ早く正気に戻ってほしい、お前が惚れているのは親友なんだと率直に言ってしまえればどんなに楽だろう、しかしそういうわけにもいかない。なんとも板ばさみな状況にため息を吐きたくなる。

 それもで今日は、高地の為に一日道化を演じる。店長の厚意に応えるためにも。




 和人の建てた計画は可もなく不可もなく、実に高校生らしい遊びのコースであったけれど、和人自身の魅力とでもいうべきか、話術やら飽きさせない気遣いのおかげで途中からはそれなりに楽しめた。最初はちょっと異常な状況に冷や冷やしていたのだけれど。

 高地の方も和人が元気になったおかげかそれなりに遊び自体は楽しめているようだった。

 特に最後に三人で入ったカラオケでは意外にもかなり歌がうまいという彼女の才能が遺憾なく発揮され、三人で時間を忘れて熱唱する事となった。

 そうして午後七時を過ぎる頃、一通り遊び尽くした私達は、駅前で解散と相成った、わけなのだが。


「お家までお送りしますよ長月さん」


 それとなく別れようとしたところを和人がぴたりとついてきた。

 案外押しが強い。

 高地がいるのにお構いなしでぐいぐいと押してくる。まぁ、当たり前か、和人からすれば高地は協力人であって、まさか当人が自分のことを想っているなんて、知りもしないのだから。私からしてみれば、ひどく残酷な光景にしか見えないけれど。


「私はすぐ近くだし」

「女性を送っていくのが男性の務めというもの、まだ早い時間とはいえ、もう暗くなってきていますし」


 こいつ最初からそれを見込んで予定を組んでいたんじゃないかというくらい淀みなく台詞が出てくる。ついでに私が家に帰るのを見届けて住所もゲットするつもりだったのだろうか。


「父に迎えに来てもらいますから」


 にこりと笑顔をつくりながらきっぱりと告げる。すがりつく隙を少しでも与えたらこいつは山頂まで踏破しかねない。

 まぁ父とは絶縁してるわけですけど。


「それと」


 何かを言おうとした和人に釘を刺すように、私から打って出る。


「この間のお話、お断りさせていただきます」


 和人が息を呑むのがわかる。こんなタイミングで言うことじゃないかもしれないけれど、早めに言っておいたほうがいいだろうと思った。私にとっても、和人にとっても、高地にとっても。


「なぜですか?」

「知らない人に告白されてはいわかりました、と付き合うほうがおかしいと思いますけど?」

「だったら、これから知りあっていけばいいじゃないですか」

「その必要性も感じていないと、私は言っているんです」


 実際の所は和人のことはよく知っているし、私が本物の女の子であるなら、きっとこれ以上にないシチュエーションなんだろうけれども、生憎私の眼中にあるのは私自身だけである。

 唇を噛む和人の表情に胸が痛む。

 でもこれでいい。こんな誰もが傷つくだけの恋なんて、終わらせなければいけない。


「私には好きな人がいます。だからあなたの気持ちには答えられません」


 決定的な一言を叩き付ける。

 嘘偽りのない、私の本心。

 私が愛するのは、私だけ。

 私が恋するのは、私だけ。

 これで終わりだ。

 高地に視線を送る。

 辛いかもしれないけれど、和人を慰めてあげてほしいと、そんな気持ちを込めて。

 高地は、目をそらしかけ、それでも、思い直すように私の目を見つめて小さく頷いた。

 私は二人を置いて歩き出す。

 家には駅から電車に揺られなければ帰れないけれど。


「……俺」


 和人の声に、足だけを止める。


「俺、諦めないですから長月さんのこと、絶対振り向かせて見せますから」


 悲痛な叫び。

 その声に、どれだけ、和人の隣の高地が傷つくだろうか。

 そんなことも、私は今まで考えていなかった。だけど、他に方法を思いつけなかった。

 ここで終わらせないと、いつまでたっても、同じ所を回ってしまうだけだから。


「しつこい人は、嫌い」


 言葉を残して私は歩いていく。

 周囲の視線を跳ね除けて、背筋を伸ばして、まっすぐに歩く。

 理想の私は、こんなことでは揺るがない。誰を泣かそうと、誰を傷つけようと。

 だから胸の痛みは、ぐっとこらえて飲み込むのだ。

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