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 高地と和人の恋愛相談は概ね好調に進んでいるようだった。

 恋愛相談といっても高地に恋愛経験がないので、一般的な女子の心理、とかそういった簡単な話しかしていないらしいが、和人の方は感謝しているようで、毎日二人して機嫌がいい。時々、クラス内でも会話をしているのを目撃したりする。思いの外、鈴の提案した作戦は上手くいっているようだった。

 しかし、恋愛相談が上手くいっているということは、裏を返せば和人が私に向ける気持ちは募るばかりで、少しずつ私に会うための準備を整えていることを意味する。この先の作戦のことはある程度理解はしているが、もう一度和人の前に姿を現さないといけないと思うと、胃が痛い。

 気さくに話せるくらいになった二人をそんな風に眺めていた週の、終わり。




 休日、バイトを終えて家に帰ると、なぜか高地が我が家にいた。


「邪魔してるわよ」

「邪魔してるわよ、じゃないわよ、どうやって家に入ったのよ」

「反田にいれてもらったのよ」


 高地が指す先では鈴がソファから顔を上げていた。


「お帰りなさい瑠璃姉さん」

「なんだ鈴もいたのね……てっきり窓ガラスでも割られて侵入されたのかと思ったわ」

「あんたわたしを何だと思ってるのよ」


 目的のために手段を選ばない修羅か何かじゃないかとたまに思っている。とは素直には言わず、荷物をソファの上に放って、冷蔵庫から取り出した冷たいお茶をグラスに注いで一息ついてから、椅子に腰掛ける。


「バイトだったんでしょ、店長さん元気にしてた?」

「そりゃ一週間そこらで急に寝込んだりしないわよ、ま、早めに平日もバイトいれたいところだけどね」

「ならよかったら、今度コーヒーご馳走になりにいくってよろしく伝えておいて頂戴」


 軽く皮肉を言ってやったのにこいつはまったく気付いた様子はない。気付いた所で無視されるだろうけど。


「ところでさ、長月」


 珍しく、沈んだ声で呟く様にしゃべる高地。またなにかあったのだろうか。その様子に多少心配になって体を乗り出す。


「なに、どうしたの」

「吉池君があんたに会いたい会いたいって猛烈に頼み込んできて正直辛いんだけど……」


 両手で頭を抱えるようにして、重いため息を吐くその高地の姿は、本気でまいっているように見える。その消沈ぶりは、下手をしたらあの告白の件の時以上に酷いかもしれない。


「いやでも、学校にいる時は嬉しそうにニコニコしてたじゃない」

「確かに二人で話せたり、メールのやりとりしたり、時々なんでもないあんたとまったく関係ない話したりとかしてるときは幸せなんだけど、なんかこう、しっくりこないというか。相談とか受けてるとき、すっごい吉池君の声が弾んでるのわかるの、でもそれがわたしに向けられたものじゃないって思うと、無性にむなしくてしかたがないのよ!」


 そんなこと言われても他に手もないんだしそこはぐっと堪えてもらわないことには……酷なことだというのはわかるけど、そこで我侭を言われては先には進めない。その役目を私達が変わってあげることなどできないわけで。

 私がどうするべきかと考えているとすっとソファの背もたれから鈴が顔を出す。


「では、まだ少々早いかもしれませんが、次の作戦いきましょうか」

『次の作戦?』


 ソファから立ち上がった鈴の言葉に、私と高地の言葉が重なる。


「えぇ、高地さんと吉池さんにはデートをしていただきます」

「はっあぁ!? なにがどうしてそうなるのよ、吉池君はこれが好きなのよ。この変態を! それはまぁ、デートできるなら……嬉しいけど」


 驚きつつなぜか逆上して人を罵りつつ羞恥して喜ぶ、表情が豊かを通り越して完全に不安定な人物である目の前の高地にもはや突っ込みを入れる気力もない。


「簡単ですよ。今度吉池さんから会いたいと言われたときに、少しだけ渋りながら姉さんに確認を取るふりをするんです。そして、三人でなら、と条件をつけてきたと説明します。今の吉池さんの状態ならたとえあなたが一緒、という条件でも喜んで乗ってくるはずです」

「でもそれじゃあデートとは言えないんじゃない?」

「ええ、ですから姉さんはそのまま待ち合わせにはやってきません、すっぽかします。これによって姉さんの株を下げつつ、高地さんと吉池さんは二人でデートと言う形になります。ここで距離を縮めることができれば、もうあと一歩といったところでしょう」


 私が私の理想からだいぶ遠ざかった嫌なやつになりつつあるのだけはどうにも納得いかないものの、我慢できないほどでもないし、高地のためにも今後の私の生活のためにも多少の汚名はかぶろう。


「いいんじゃないの? どうせ私は休みはバイトだし、実際に会うとかちょっとあれだしね」


 というわけで私は賛成表を入れておく、が、


「ふ、二人きりでデート……デート……」


 高地が不気味なくらいにニヤニヤしながら惚けたように口をあけて笑っている。とても人様には見せられないような状態でとっさに鈴の目を覆ってやる。和人との二人きりのデートを想像してよっぽど喜んでいるようだった。


「って、でも、デートって何すればいいのよ!? ていうか、服、服って何着ていけばいいの制服!?」


 急に現実に引き戻された彼女は半狂乱である。これだけ毎日急がしそうにしてたら夜寝る前には体中ぐったりしていて、毎晩さぞ気持ちよく眠りにつけるのだろう。


「内容は吉池さんに任せればいいんじゃないですか。服は普通に私服でいい……ともいえませんね」

「そうね」


 二人で今現在の高地の服装を見つめる。

 この間喫茶店に着てきたのと大差のないような、どうにも子供っぽい、高地の服装。首から上に手を入れてしまった以上、こちらも相応にしなければバランスが悪いだろう。


「予算どれくらい出せる?」

「ふ、服を買えというの!?」

「その格好でいきたいならいいけど」

「っ……財布に、五千円だけ……」


 思わず鈴と顔を見合わせる。

 五千円ぽっきりではさすがに厳しいものがある。普段から服を買ってある程度揃っているのなら一着買い足して、と妥協くらいはできたかもしれないけれど、さすがにその値段で上から下まで一式、というのは無理がある。


「私と鈴の服で、ってわけにもいかないしね」

「えぇ、サイズが違いすぎます」


 私と鈴の身長にそれほど差はないので、たまに服の貸し借りをしたりすることがあるけれど、高地は私たちよりも大分身長が低いので服を貸したところでだぶだぶになってしまう。


「どうするのよ! もうしばらく引っ張るの恋愛相談で!?」

「長引かせすぎてだめでしょうし、かといって一週間そこらで現金収入が望めるのですかあなたは?」

「望み薄よ……」


 親の庇護下にある高校生では自由にできるお金が早々簡単にひねり出せるわけもなく。そういうところ、なんとなく高地の両親となると厳しそうだし。こいつはどう見てもバイトなんて入れてる時間は今までなかっただろうし。

そうなると私にうてる手はそう多くはない。

 あまり頼りたくないんだけれども。

 無意識に親指の腹で唇をなぞる。そうしてしばらくうんうんとうなってから仕方ない、と視線をあげる。


「高地、バイトする気はある……?」

「バイトってそんな都合よくあてがあるわけがないでしょ。一週間の短期でそんな今すぐ入れて、しかも平日なんて、そもそもシフトいれられてせいぜい三時間よ!?」

「どうしてもっていうなら、なんとかできるかもしれないわ」


 多分あの人なら苦笑しながらも手配をしてくれるはずだ。


「ほんとに?」


 不安そうに聞き返してくる彼女に小さくうなずいて返す。


「確証はないけどね、多分なんとかなると思う、多分」


 真っ直ぐに彼女の瞳を見つめると、高地も唇をきつく引き結んで私の瞳を見つめ返してきて、小さく頷きながら、言う。


「やる」


 真剣なその眼差しと答えに、きっとこれなら大丈夫だろうと、私も一つ頷く。


「わかった、じゃあ、店長に連絡取ってみる」

「店長って、あの喫茶店の?」

「うん。来週の放課後だけでもシフト入れてもらえないか頼んでみるわ」

「そんな無茶なことできるの?」


 わからないけど、最悪しばらく私がただ働きでもいいと言う条件で店長には意地でも飲んでもらおうと思う。せっかく高地が女の子としてかわいくなろうとすることに前向きになっているのだから、それを後押ししないなんて選択肢は私の中にはない。


「任せなさい」


 だから私はそう自信をもって返して見せた。




 休み明けの放課後、私は高地とともにバイト先にいた。

 いうまでもなく勤労のためである。

 あの後すぐに店長に電話をかけたところ、意外なほどにあっさりと店長はオーケーの返事をくれた。私が思うよりも案外この店の売り上げには余裕があるのだろうか?

 なんにしても店長には頭が上がらない。


「それじゃよろしくね高地さん」

「お世話になります」

「わからないことがあったら僕でも瑠璃ちゃんでもいいから聞いてね、接客は仕事がわかってきてからでいいから。といってもそんなに難しくないし、平日のお客さんはほとんど常連さんだからそこまで気にしなくても大丈夫だよ」

「わかりました」

「瑠璃ちゃんも、しっかりサポートしてあげてね」

「はい」


 仕事に入る前にそんな風に三人で話していたのだが、私と店長の心配は杞憂だったらしく、思った以上に高地の仕事は正確で無駄がなかった。

 本人が似合わないんじゃないかとあまり乗り気ではなかった店の制服も、案外似合っていて、テキパキと仕事をこなしていく様は本物のメイドを連想させる。

 平日ということもあり、お客様はそれほど多くないのもあって、何事もなく、店は回っている。

 もともと生真面目で外面がいいこともあってか、接客のほうもそれほど問題なさそうだ。


「ちょっと心配だったけど、ぜんぜんいけるじゃないか彼女。このままシフト入ってもらいたいくらいだ」

「今週は無理いってあけてますけど委員長ですから、学校での仕事多いみたいで多分無理だと思いますよ」


 オーダーをとっている高地の姿をカウンターから眺めながら、店長と雑談する。


「惜しいなぁ、常連さんの反応もいいんだけど。やっぱり女の子がいるとそれだけで店が華やかになるし。なんなら今度鈴ちゃんもバイトに連れて来てよ」

「うちそんなに給料出せるほど余裕あるんですか? というか、メイド喫茶でも始めるつもりですか」

「これでも意外と稼いでるんだよ? メイド喫茶は三人ともバイト入ってくれるなら本格的に考えてもいいんだけどね、だれか一人でも空きができちゃうと休まなきゃいけないのが辛そうなんだよね」

「他に人いれればいいじゃないですか、そしたら」

「瑠璃ちゃんの秘密があるからね、そういうわけにもいかないでしょ」


 どうにも最近高地とずっとこの格好で一緒にいるせいで失念しがちだったけれど、私の秘密を誰もが誰も受け入れてくれるわけではない。高地が受け入れてくれてるというと、まぁ御幣があるかもしれないけど、強い嫌悪感を示す人はいくらでもいるだろう。


「私を解雇したほうがもっといい人材雇えるんじゃないですか?」


 この人にはいつも世話になってばかりで、時に罪悪感すら感じてしまう。今回の件にしてもそうだ。この人はなぜか私にとても優しくしてくれる。初めて出会ったときからそうだった。だからつい、甘えすぎてしまう。


「看板娘をするなんて、できるわけないだろ?」


 そう言うと店長は軽く笑ってみせた。


「っと、お客さん増えてきたね、高地さん戻してホールまわってくれるかな?」

「はい」


 連れだって入ってきたお客様に声をかけながら高地にカウンターへ行くように指示をだす。

 なぜ、店長は私にこんなによくしてくれるのか。理由はわからない。

 聞いて見たい気もするけれど、聞くのが怖い気もする。

 ただ、いつかこの恩は返さなければいけない、どんな形でかは、わからないけれど。




「お疲れ様」


 バイト終わり、店先に出てきた高地に自販機で買っておいたコーヒーを差し出してやる。


「ありがと」


 すでにバイトも三日目、折り返しも過ぎて高地もすっかり店での動きが板についてきた。といってもバイトの期間はあと二日しかないのだけれど。


「どうバイトはきつい?」


 駅へ向かう道を歩き始めながら聞いてみる。


「思ってたよりはだいぶ。ずぅっと立ったままでいるのって案外辛いわ」


 特に学校の後だし、体育のあった日なんかは私でもきつい。それを丸一日、毎日のように続けている店長や、社会に出て働いてる大人達ってのはあんがい凄い人たちであると痛感する。

 手の中で弄んでいた缶を開けてコーヒーに口をつけると、私が飲み始めるのを待っていたのか「いただきます」と呟いて高地も同じように缶に口をつける。


「店の方コーヒーの方がおいしいわ」

「さすがに缶コーヒーに負けるようじゃ商売やってらんないわよ。後二日がんばれそう?」

「それは大丈夫。大変だけど、いい体験だと思うし、気も紛れるし」


 高地の言葉は尻すぼみに小さくなっていく。


「和人のこと?」

「……うん」


 頷いてから間を空けるように俯いて、高地は続けた。


「バイト終わったあとたまに相談受けるんだけどさ、相変わらず出てくるのはあんたのことばっかりで、しかも吉池くんさ、子供みたいに今度の休みをすごく楽しみにしてるの。あんたはどうやったってこれないのに、そんなふうに喜んでるの見てると、胸が痛い」


 高地のため息がはっきりと耳に聞こえる。

 和人を騙しているのが辛いのはわかる。私達が和人に対してしていることは確かに酷い事かもしれない。けど、そんな事言ったってしかたがない。どうせ私と和人が付き合うことなんて絶対にないし、和人が私を好きなように、高地も和人のことをどうしようもなく好きなのだから。


「気にしないでいいのよ貴方は。悪いのは私ってことにしときなさい。どっちみち、私はバイトでいけないんだし、連絡に齟齬があった、それでいいでしょ。黒幕は私」


 最近ずっと高地が落ち込んでいるのは傍目からみてもはっきりとわかっている。元を辿ればあの告白の日が全ての元凶なわけで。

 別に私は悪くはないけれど、責任の一旦くらいは多分あるだろう。だから少しくらいの泥ならかぶってあげないこともない。


「変わりに和人をどうにかして楽しませてあげればいいのよ。それが多分全員にとって一番いい方法よ」

「でも、また前みたいに緊張しちゃったら……」

「毎日顔あわして、話してメールもしてるんだから大丈夫よ。自信を持ちなさい。私がプロデュースしてあげてるんだから、大丈夫よ」


 和人の親友で、和人が惚れた相手で、私の理想の私、その私の言葉以上に信じられるものが他にあるだろうか?


「そう言われると、なんか自信なくすわ」


 だというのに高地は笑いながらそんな言葉を返してくる。相変わらず、見た目はよくなっても可愛くない奴だ。

 それでも笑えただけ落ち込んでいるよりはましなはず。落ち込んでいる女の子ほど、周りに気を使わせる存在はいない。


「あなたね、少しは私に感謝する気持ちはないの?」

「あんたこそ今の今まで誰にも秘密ばらしてないわたしに感謝して頭下げてもっときりきりわたしのために働きなさいよ、あんたが諸悪の根源なんだから!」


 ちょっと元気になりすぎじゃないだろうか……?

 気遣ってあげた私へこの仕打ち、もういっそずっとあのままでよかった気がしてきた。なんて余計な事をしてくれたんでしょうか十数秒前の私。いやでも理想の私がそんなへまをするわけがないのでやっぱりこいつの思考回路がおかしいんだと思う。そういう事にしておこう。


「まぁいろいろありがとう」


 そんな風に考えていたから、彼女の素直なそのお礼に、前みたいに同じように驚いて、妙に照れくさくなってしまう。素直な感謝なんてそもそも、この趣味のおかげで受けた事なんてほとんどないから。

 ごまかすみたいに、鼻をならして私は言う。


「お礼なんかより、早いところ成果をだして、自由にしてよ」

「言われなくても、もうわたしと吉池君は結ばれたもどうぜんよ」


 挑発するように言った私の言葉に、この自信に満ち溢れた台詞。

 やはり彼女はこうでないといけない。

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