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放課と共に学校を出たはずなのに、我が家にはすでに帰り着いていた幼馴染の顔があった。
「おかえり、悠里兄さん」
「あぁ、ただいま鈴」
同じ高校の同じクラスに通っているはずの彼女の方がなぜ俺より早く家に上がりこめているのかはちょっとした謎ではあるのだが、今更気にすることでもない見慣れた光景である。
彼女の名は反田鈴。幼稚園に通っているころからの古い顔馴染みで、それなりに可愛らしい容姿をしている。大変俺の事を慕ってくれている出来た妹のような存在である。
俺なんかにかまわなければ引く手あまたでもっと楽しい生活を遅れるであろうに不憫な妹だ。
ソファに腰掛けながら雑誌をめくっている彼女の横を抜けて、俺は自分の部屋へと向かう。
「また今日も、ですか?」
「当然」
背中に投げかけられた声にそれだけ返すと後ろ手に自室の扉を閉める。
その間際、盛大なため息が聞こえた気がするものの、それほどたいした問題でもない。
スポーツバッグを勉強机の横に投げ出して息苦しいネクタイを解きながらクローゼットの前に。
そこで深呼吸を一つして、ゆっくりと扉を開ける。
それは、ある種スイッチのようなもので。
度の入っていないメガネを外して制服の胸ポケットに仕舞うと、クローゼットから別の制服を取り出して着替え始める。
私の背はそれほど高くない。百六十と少し。
欲を言うのならばもう少し低い方がよかった。
身に着けていた服を全て脱ぎ捨てて、白い肌を晒す。
この格好は自分でもあまり直視したいものではないのだが、準備の手前そうも行かない、この瞬間だけはどうしたって多少憂鬱になる。
私が、俺とどうしても対面しなければいけない場面。
どうにかこうにか準備を終えて、下着を変えて、制服に身を包む。
真新しい制服のパリッとした感触。
スカートの心伴い感覚にもうすっかり慣れ、鏡の前でおかしなところがないのを確認する。
そのままベッドに足をかけてサイハイソックスをはけば、服装の方は準備万端。
ドレッサーの前に腰掛けて今度はメイクを始める。
鏡の前に座るとそれだけで熱い息が漏れる。
胸が高鳴るのがわかる。
もって生まれた素質のおかげか、メイクは最小限でいい。
手入れを欠かした事のない肌にはシミひとつなく、クマなんてものはもってのほか。
もとより肌も白いのでファンデはそれほどいらない。
長いまつげを立たせ、薄いリップを唇になじませれば、それでいい。
少し気になる眉を軽く整えて、結んでいた髪を解く。
癖のついてしまっている髪の毛を見ると悲しくなる。かといって普段から解いていると目だってしまうからしかたない。
ゆっくりと髪の癖をとるように梳かしていけば、肩ほどまでの黒い髪はさらりと流れ、前髪の合間から覗く大きくくりっとした瞳は愛らしい。
ドライヤーを当てながら軽く髪をセットして立ち上がり、姿見に自らの姿を映せば、そこにいるのは小柄な女子高校生の少女が一人たっている。
いや、ただの少女ではない。
とびきりの美少女である。
しかも今日は自分でもはじめて見る、我が高校の制服姿。
つい、じぃっと鏡に映るその姿を凝視してしまう。
ゾクゾクと体が震える。
なんと完璧な姿か。
テレビに映る量産アイドルなど足元にも及ばない、圧倒的に可憐で儚い、美少女。
それが、私。
惜しむらくは我が校の制服がセーラー服でないことだが、ブレザー姿もこれはこれで悪くない。わざわざ鈴に頼んで手に入れてもらったかいがあるというものである。
鏡の前で何度かポーズをとり、回り、おかしなところがないのを確認して私は部屋をでる。
この美貌を一人で楽しむなんていうのは、あまりにも罪というものだ。
気分は最高によくて思わず鼻歌まで漏れてしまう。
相変わらず鈴はソファに腰掛けて雑誌を読んでいる。
私は鈴の前で一回転してみせ、「どう?」と問いかけてみる。
「いいんじゃないですか? 悠里兄さん、お帰りは何時ごろになる予定です?」
「私の時は悠里兄さんじゃなくて、瑠璃姉さんと呼ぶように言っているでしょう?」
反射的に言葉がついて出る。
「すいません瑠璃姉さん……それでお帰りはいつごろに?」
「七時までには帰る。夕飯は鍋の中にあるからおなかすいたら食べててもいいわ」
上機嫌でそう言うと鈴の方は大きなため息をついて雑誌を閉じる。
「ほどほどにしてくださいね。いくら瑠璃姉さんが綺麗でも、万が一バレたらただの変質者なんですからね」
「大丈夫よ、だってこんなに可愛いんだから」
そう、今までだって何度もこの格好のまま外に出た事はあるし、今更怖がる事なんて何もない。
私はそのあま玄関まで軽い足取りで向かい、おろしたてのローファーを靴箱の奥から引っ張り出して、足にひっかけて外に出る。
傾きかけの春の日差しが少し眩しい。
私こと、長月瑠璃、いや東遊里の全ては女装に集約されている。
今年の春からとある事情から一人暮らしを始めた女装が趣味の高校一年生。
他に特筆すべきところはない。
女性として、美しくある自分の姿こそが本当の自分の姿であり、俺の時の私なんて語るにも足らない存在。顔にはそれなりに自信はあるし、成績や運動だって人並み以上にはできるけれど、そんなことはどうでもいいことで、むしろ下手にそんなところで目立ってしまえばこの本当の自分の時間を削り、脅かすことになる。それは私にとっては何事にも変えて避けねばならぬことである。
私が本当の私でいられる時間はそう多くない。
花の命は短い。
だからこそ私は、この私である時間を何よりも大切にしなければならないと思っている。
たとえそれが他の全てを失うことになるほどのりスキーな道楽だとしてもだ。
それは比喩でもなんでもなく、実際私はこの趣味のおかげで家から追い出されてしまったわけだが、それはまぁまた別の話である。
若干日が長くなりはじめた梅雨のいり、日没にはまだはやく、通学路を歩く人の数はまばらでそれ故に私はとても目立った。
周囲を歩く人々の視線が私に集中しているのがわかる。
すれ違う男たちは足を止め、私の後姿をじっと見つめている。
反対側の歩道を歩く女子生徒がカメラでこっそり私の写真をとっている。
すばらしい。
さすが私。
もっと、もっと私を見てほしい。
頬が自然と上気するのがわかる。
ぞくぞくと全身が震える。
あぁ、これだから私でいることをやめられない。
できるだけは顔には出さないように気をつけて、まるで何も知りませんといった表情をつくり、背筋を伸ばしてまっすぐに歩く。
胸が高鳴る。
ドキドキとゾクゾクで足が震えそう。それすらも気持ちいい。
十分ほどそんな状態に耐えて歩くうちに通いなれた我が校が見えてくる。
人通りは先ほどまでより多く、校庭では運動部の面々が暑苦しく練習に励んでいる。
私に突き刺さる視線の数は先ほどまでよりも多い。しかしそこに奇異の目はなく、どれもがどれも私を羨む様な羨望の眼差しである。これは断じて自惚れなどではない。断言できる。
気まぐれにボール拾いにいそしむ野球部の一年に手を振ってやると、初心な彼は顔を真っ赤にして背筋をただして帽子をとるとひとつお辞儀をした。瞬間彼の周りの部員の射殺すような視線が彼に集中するが、まぁ私に手を振ってもらえるという一生に一度あるかないかの幸運を授かった対価としては安いものだろう。
彼がその後扱かれる姿などには微塵の興味もなく私は校内へと入る。
いつもの癖で自分の上履きをはきそうになり、考え直して来客用のスリッパを拝借する。
この見た目であればまずばれるということはないだろうが、一応念のためである。
通いなれた場所であるにもかかわらず私のままで歩いてみればまったく違った場所のように思えてくるから不思議である。
俺にとっては退屈でつまらない、本当の自分でいられない場所でしかない場所。
でも私にとってはともてわくわくしてときめく、すばらしい場所である。
もし、本当に私が、私であったならと、そんな夢想をする。
もしかしたら、今教室に残ってしゃべっている彼女たちのように、女の子の友達といっしょに楽しそうにファッション雑誌に目を通したりして、笑いあっていたりするのだろうか。
恋バナなんかで盛り上がってしまったりするのだろうか。
いや、さすがに後者はないか。
私は男というものがあまり好きではないから。
女装しているから、女になりたいからといって、私の恋愛対象は男ではない。さらにいうならば、女ですらない。
私が好きなのは、ほかのだれでもない私である。
どれくらいすきかといえば休みの日に丸一日自画撮りをしてしまうくらいには好きだ。
だってあたりまえじゃないだろうか?
私よりかわいくて美しいものなんてこの世界にはないのだから。
テレビに映るアイドルだって、女優だって私の足元にも及ばない。
二次元のキャラクターだって、どんな文筆家が描いた理想の女性像ですら私を超えることなんてできやしない。
私が私の理想として作った女の子に勝てる相手なんてこの世界には絶対に存在しない。
一通り校舎の中を歩き回って購買前の自販機で水を買って口に含んで一息を吐く。
たいした運動でもないのに体はだるく疲れていた。
ここちのよい甘い疲れ。
きっとこの感覚は私にしかわからないものだろう。
あまり頻繁に制服姿で学校をうろつくと目立つから次はまたしばらくたってからだと思うと残念でしかたないが、我慢したほうがいざするときにもっと気持ちよくなれるものだ、それもまた良し。
ペットボトルをカバンにしまってさぁ帰ろうかと腰を上げたところで、ふと向こうから歩いてくる人影に目がついた。
私より頭ひとつ分低い身長、いまどき珍しい三つ編みのおさげに黒ぶちのフレームの太い丸眼鏡、そしてきっちり膝丈までのスカートにいまどき珍しい紺のハイソックス。生徒手帳に正しい制服の着用の仕方の見本としてそのまま載せられそうなその女生徒の顔はよく見知っている。というか、同じクラスのクラス委員長の高地美咲である。
私のあまり好きでないタイプの地味で真面目な生徒だ。
別に真面目なところが嫌いなのではない、真面目であるのは美徳であると思う。私が彼女をあまり好きではないのはその見た目からだ。
いまどき本当に珍しい化粧もせず、制服を着崩すこともなく、眉さえあまりいじっているように見えないその格好。
私がもしも本当に女であったなら絶対にそんな、自分の価値を落とすようなことはしない。だってせっかく可愛くなれる女として生まれたのだから、自分を磨かないでどうするのだろう? 生まれ持った素質の差は確かにあるかもしれないけれど、だからといって何一つ努力しないのは、私からすれば怠惰にしか映らない。
とはいえ、美に関する意識なんて人それぞれだから、いちいち口に出して言うことはしない。
周囲も彼女に対しては大体同じように思っているだろう。いつのまにやら彼女は自身のあずかり知らぬところではジミーというあだ名を授かっている。ありきたりではあるが名前とその見た目からこれ以上しっくりくるあだ名もないだろう。
そんな彼女と私にたいした面識があるわけもなく、軽くすれ違ったところで正体がばれるなんてことはまずないだろうけど、用心するにこしたことはない。この場を立ち去ろうと私は立ち上がって歩き始める。
「ねぇあなた」
「ひゃぃ!」
すれ違い様、唐突に声をかけられた私はそんな素っ頓狂な声をあげてしまった。
しまったと思うより早く足は動き始めている。
女声を出す練習は欠かしていないもののあまりにも唐突なことに反応できず、ほんの少しだが、地の声を出してしまった。逃げるほどのことではないかもしれないけど、既に駆け出してしまったのでとまるわけにもいかない。これで当分は学校にこの格好で近づくことはできなくなってしまった、まことに残念だけれども、背に腹は変えられない。
ジミーはそれほど走るのは早くなかっと記憶している、対して私は割と足には自信があった。全力で逃げればまず追いつかれない。
と思っていたのだけれど。
「待ちなさい! なぜ逃げるのです!」
「ひぃっ!?」
声に振り返るとジミーがものすごい勢いで私にくらいついてきていた。
それはもう信じられないくらいのスピードで。
放課後の校舎には幸い人影がすくなく、目立つことは避けられているが、裏を返せばジミーに追いかけられたまま誰かとすれ違う事は出来ないし、まくまでは外に出る事もできない。
どうする、どうする!?
ちらちらと振り返ったり、そうして迷っている時間が問題だったのか、曲がり角に差し掛かりスピードを落としたところで、後ろから衝撃を受けて、私はつんのめった。
「捕らえたぁあッ!」
「きゃぁっ!」
自分で言うのもなんだけどこんな時でも女の子であることをやめない私を褒め称えたい。後ろで野太い声を出している本物に爪の垢を煎じて飲ませてもいいくらいに私はしっかりと女の子をしていると思う。
そんなくだらないことを考えている内に私は廊下に組み伏され、ジミーに拘束されていた。
せっかくおろしたばかりの制服がほこりまみれである。もっと綺麗に清掃しておいてほしかった。
「観念しなさい! 見かけない顔だと思って声をかけた急に逃げ出すとはいい度胸です。さぁあなたの罪を白状しなさぃっ……?」
上に圧し掛かって楽しそうにべらべらと口上を垂れていたジミーが急にぴたりと黙りこんだかと思うと、急に私の顔を呆けた表情で覗き込んでくる。
いや、まさか、ばれるわけがない。
私の女装は完璧なはずで、そうやすやすと見破られるわけがないのに。
「あなた……まさか、東悠里……?」
「その名で私を呼ぶなぁ!」
条件反射で叫んでしまってから気づく。あぁ、終わったと。
「え、え、本当にあなた、東悠里!? 嘘、えなんでそんな格好してるの? 変態!? 変態なのね?」
「ち、違うから、ちょっと待って話を聞いて、携帯しまって!?」
「何が違うのよこの変態! そんな気合の入った女装して校内ぶらついて何が違うって言うの!? ていうか、声、なにそれどうやってるの!? キモい! なんかもうキモすぎ!」
「キモくない! 私はかわいい!」
「いや、外見はそうかもしれないけどすっごいキモいから!? はぁ!? まじでなに、なにこれ!? 怖い!?」
そんなキモカワ談義を続けること数分。互いに互いの主張を押し付けあうのにも疲れ果てた私たちはぜぇぜぇと荒い息を吐きながら廊下に転がっていた。
なんでこんなことになっているんだろう。
というか、終わった私の高校生活。
別に高校生活事態はどうでもいいんだけど、今までみたいにこの本来の姿になれないのかと思うと、それだけで泣きそうな気持ちになる。
「疲れた……ねぇあんた、なんであんたそんなかっこうしてるのよ? 罰ゲームかなにか?」
ようやく息が整ってきたジミーがそんな風に聞いてくる。もうどうにでもなれと思っていた私は素直にその問いに答えを返すことにした。
「罰ゲームなんかじゃない。好きでやってるの。私ね、男の姿の自分が嫌い。だって醜いから、まぁわざとそうしてるところもあるんだけどさ……かわいくないんだもん男の服とか髪型とか、なんか違うって思う。全然しっくりこないっていうか、私じゃない感じがする。こうしてこの格好の時だけ、私は私でいられる。だからこの格好をしてるの」
わかってもらえるなんて思ってない。けれどこの格好をしている意味に嘘は吐きたくなかった。
まぁこんな格好をしてるこいつにはきっと私の気持ちなんて一生かかってもわからないだろう。
「ふぅん……」
ジミーはそんな風につぶやいて立ち上がると、服についた汚れを払って私に手を差し伸べてくる。
もしかして、わかってくれたのだろか?
恐る恐る手を伸ばしてぎゅっと握ると、ジミーは私の手をぎゅっと握り返してくる。
その手を借りて立ち上がると、おもむろにジミーはもう片方の手を耳元に当て……
「もしもし警察ですか、校内に――」
「ごめんなさい許してくださいなんでもしますから!」
ぎりぎりと握りつぶさんばかりに閉められる手をそのままに残った片手を地に付いて土下座の体制をとる。ものすごい情けなくてみっともない格好である。この私ともあろうものがなんという体たらくか。
「ほう、なんでも? 大きく出たわね」
ニヤァリという少し湿っぽい擬音が似合いそうな顔でジミーは笑っていた。いつも無表情の堅物で通っているこいつの生き生きとした表情を私は始めて目の当たりにした。
けれどいまさら撤回はできない。
この姿を奪われる以上の苦痛なんてないはずだ。なればこそ、ここはできるだけ穏便にジミーの出方を伺うのが得策というもの。
「えぇ、何でもするからこのことは誰にも秘密にしてほしいの」
額を廊下にこすり付ける勢いで深く頭を下げる。
耐え難い屈辱である。
あ、でも今この状態の私も傍からみたら悪くないんじゃないだろうか?
同級生に脅されて土下座する美少女とか不幸のヒロインっぽくてそれはそれで絵になる気がする。
そんな風に私が一人興奮していると、しばらく悩んでいたらしいジミーがようやく口を開いた。
「いいわ、黙っていてあげる。ただしわたしの出す条件を飲んでもらうわ」
「本当に!?」
まだこの姿のままでいられる。
その喜びに思わず笑みを作りながら顔をあげると、そこには意外な光景があった。
先ほどのジミーの含みを持った笑みにも驚いたが、あろうことか彼女は恥ずかしそうに、頬を赤らめて、次の言葉を言いにくそうにもじもじと身をよじっている。
はたして目の前のこの少女は本当に私が知っているジミーなのだろうか?
私は自らの目を疑うことしかできない。
「あなた、吉池君と仲がいいわよね……?」
「? えぇ、まぁそうだけど……?」
予想外の名前が飛び出して来た。
吉池和人、私の男の姿の時の数少ない友人、というか唯一の親友といっても過言ではない相手。同じクラスで出来るだけ目立たないようにしている俺に気づいて声をかけてきたお人よしな変わり者である。
そんな和人の名前がなぜここで出てきて私との関係性を聞かれるのか?
不思議に思い首を捻る。そんな私を尻目にジミーはわなわなと唇を震わせ、顔を真っ赤にして、声を発そうとする。
「そ、その……わ、わたしと……吉池く、くんの……」
「何? 聞き取れないんだけど」
先を促すように言うと、いまだに握っていた私の手を地面にたたきつけるかのごとく思い切り振り下ろし、勢いをつけながら彼女は叫んだ。
「わたしと吉池君が付き合えるように手伝いなさい!!」
先ほどジミーに声をかけられたときよりも頭が真っ白になっていた。
つまり、どういうことだろう?
うまく頭が回らない。
だからありえないと思いつつ、一番可能性のありそうな質問を投げかける。
「え、なに、高地さん、和人のこと好きなの?」
「好きとか、嫌いとかどうでもいいでしょ、あんたには関係ないの! あんたはただ黙ってわたしの手伝いをすればいいの!」
キンキンと甲高い叫びが耳に痛い。
ジミーが、和人と、ね……。
正直似合わないというのが本音だ。
確かにまあ二人とも真面目でクラスメイトから意味は違えど愛されてはいるが、顔よしセンスよし、スタイル良しの和人の隣にこのジミーが並び立つところを想像するとなんともアンバランスで、身の程を弁えろと、言いたくなるところなのだが。
協力しなければ私の未来はないわけで。選択の余地は私にはない。
それに、恋をしてしまったらたとえ相手がどんなに高嶺の花でも、どんなに苦しい試練があろうとも、その好きという気持ちをごまかすことができないのは、私もよく知っている。ジミーが和人の事を好きになってしまったというのなら、たとえ身の丈が合わなくとも、それは仕方のないことで。
ため息が自然と漏れた。ゆっくりと立ち上がりながら、制服についてしまったホコリを払う。
「私に何ができるか分からないけど、できる限りのことは協力してあげるわ」
その前に帰ったら急いで制服をクリーニングに出さないとだけど。
「あったりまえでしょ? あんた自分の立場わかってるのこの変態」
「その呼び方やめてよね、不愉快だわ。長月か瑠璃と呼んでちょうだい」
「その喋り方のが虫唾が走るっての、なんとかならないの」
「無理よ、少なくともこの格好の間は」
「ッチ、仕方ないから許してあげるけど、それで――」
そこまでジミーが言いかけたところでチャイムの音が学校中に響く。
「もうこんな時間か、あんたのせいでまだ戸締り終わってないじゃない。わたしはまだやることあるからいくけど、あんたはせいぜい見つかんないように帰んなさいよ? 詳しい話は明日ね、それじゃ」
言うが早いかジミーは脱兎のごとく駆け出していく。
なんというか台風のような奴だ。あの本性をしってしまえばジミーなんてあだ名とてもじゃないけれど使えない。
ともあれ私は一つ安堵のため息を吐いて天井を仰ぐ。
なんとか当面の危機は脱したものの妙な約束をしてしまったものだ。
「手伝いね……」
具体的に一体全体何をしていいのやらわからないがジミーのあの様子ではそれなりに本気なのだろう。せめて今まで目立たないように築き上げてきたポジションが揺らぐことがなければいいなと思いながら私は校舎内をゆっくりと歩き出す。
どうか日々が平和でありますように。