婚約者がサバサバした騎士科の女生徒を連れて乗り込んできた教室に、わたくしの番だという竜帝がバサバサ飛び込んできたのですが
「イザベルは騎士科の同級生なのだよ!」
わたくしの婚約者であるエミール様が、隣に立つ女性騎士の肩を抱いた。
エミール様はブルーム伯爵家の三男で、わたくしとは同い年。受け継ぐ爵位がないから騎士になるご予定の方なの。
金髪は黒いリボンで束ねられていて、緑色の瞳は長いまつげで彩られている。
細身で、整った顔立ちな上に、背も高くて、見た目は良い方よ。
同じ色合いのイザベル嬢と、お揃いの青の騎士服を着て並んでいると、まるで美男が二人いるように見えるわ。
「そうだよ、かわいいローザちゃん」
イザベル嬢は、わたくしの鼻の頭をチョンッと指先で突いた。
放課後の教室に残っている女生徒たちから、「きゃあっ!」という黄色い声が上がる。
――羨ましいなら代わってほしいわ……。
男装の麗人、シメール男爵家のイザベル嬢……。
エミール様のお話によると、イザベル嬢は、ご実家があまり裕福ではないらしい。四女のイザベル嬢の分まで持参金を用意できないと言われて、自ら騎士になることを選んだという、とても立派な方だったはずなのだけど……。
「イザベル嬢、エミール様と距離が近すぎますわ。立場を弁えてくださいませ」
わたくしは子爵家の次女よ。男爵令嬢からいきなり名前で呼ばれた上に、お鼻をチョンッされるなんて……!
かわいいと言われたって、マウントにしか思えないわ!
イザベル嬢が、エミール様とこのような関係になる前なら、わたくしだってイザベル嬢に見惚れて、きゃあきゃあ大騒ぎしていたと思う。
イザベル嬢は、強くて、美しくて、女心のわかる、素敵な女性騎士様だと思っていたもの……。
だけど、いくら男装していたって、イザベル嬢も心は女性なのよね……。
「女の子はこうすると、喜ぶんだけどなあ」
イザベル嬢が苦笑しながら、エミール様を見る。
「ローザは……しっかりしているから……」
エミール様が怒ったような顔をした。
しっかりしているなら、良いではないの!
婚約者を寝取ろうとする女からのチャラ男ムーブなんて、喜べないわ!
「良かったな、エミール」
イザベル嬢が、エミール様の背中を一度強くバシッと叩いた。
こちらは少しも良くないわ!
「あっ、ああっ!」
エミール様は顔を赤らめた。
イザベル嬢に叩かれて赤くなるなんて、変態なのかしら!?
わたくしは嫌悪感でいっぱいよ!
「おい、エミール……。まったくもう、こいつったら、困っちゃいますよね」
イザベル嬢は、今度はわたくしに苦笑してみせる。
なにが『困っちゃう』というの!?
これは、あれよね。自分の方がエミール様を理解しているムーブ!
「わたくしが困っているのは、イザベル嬢に対してもですわ。エミール様はわたくしの婚約者です。お二人とも、適切な距離感でお付き合いくださいませ」
わたくしはお二人を見比べた。
騎士科の同級生だからどうしたというの!?
男と女であることに変わりはないわ!
イザベル嬢はニヤニヤしながら、エミール様の脇腹を肘で突いている。
なんなの!? その動作はどういう意味!?
「ローザ、そう嫉妬されても困るのだよ」
エミール様のお顔が真っ赤よ!
イザベル嬢に小突かれたのが、そんなにうれしいの!?
「嫉妬!? わたくしが!?」
お二人には迷惑をかけられっぱなしで、怒りしかありませんのに!
今だって、早く帰って勉強したいのに、すごく迷惑ですわ。
騎士科は卒業後には、どこかしらで騎士になることができる。就職率は百パーセントよ。
だけど、わたくしは文官科。試験に受からなければ、文官になることはできない。
わたくしはエミール様との結婚生活を安定させるために、文官科で勉強していた。
エミール様が怪我でもして騎士を続けられなくなったら、二人で路頭に迷ってしまうもの。
こちらは将来のために必死だというのに……!
「ローザちゃん、かわいいね」
イザベル嬢がエミール様に笑いかけている。
だから! お二人の距離が近すぎるのよ!
「ローザには、こう、もう少し、もっと、サバサバした感じで……。私とは、イザベルのように、気さくに付き合ってほしいのだよ」
エミール様はなにを言っているの!?
サバサバとはどういうこと!?
わたくしとも肩を組みたいの!?
肘で脇腹を小突かれたいと!?
背中を叩かれたりしたりてみたいということ!?
それをサバサバした付き合いと呼ぶの!?
――わたくしの胸の奥で、なにかが、スンッ、という音をたてて消えた。
その時だった。
窓の外で、バサバサという大きな音がした。
「何事だ!?」
と叫んだエミール様と、イザベル嬢が、窓に向かって走る。
二人の向こう、窓の外には――。
純白のドラゴン。
その背中には、白鳥のような翼。
「翼竜……!?」
「魔獣か!?」
イザベル嬢とエミール様が、窓のかなり前で止まった。
「見つけたぞ、我が番よ!」
ドラゴンは校舎に向かってバサバサ飛んできた。
しかも、明らかに、この教室に向かって……!
――窓ガラスに激突する!
教室にいる誰もが、腕で頭部を庇ったり、床に伏せたりした。
だけど、窓ガラスが割れる音はせず……。
わたくしは、ゆっくりと腕を下ろした。
教室の真ん中に、騎士服のような白い服を着た、若く美しい男が立っていた。
長身で、引き締まった身体をしているものの、騎士には見えない。
長い銀髪を水色のリボンで束ねているわ。
アイスブルーの切れ長の目は、鋭い光をたたえている。
薄めの唇は、なんだか酷薄そうにも見えた。
「我が番よ……」
謎の男は、わたくしの前まで歩いてきた。
まるで騎士のように右手を胸に当てて、わたくしにお辞儀をする。
「私はアジュール帝国の皇帝ベルトラン・シエル。貴女のお名前を教えていただけませんか?」
この突然現れた方は、さっきの翼竜よね!?
アジュール帝国は、竜人族の統べる大国ですもの。
「わたくしはソルベ子爵家のローザと申します。アジュール帝国の皇帝陛下にご挨拶いたします」
わたくしはベルトラン陛下にカーテシーをした。
この方が竜人族であることは間違いないはずよ。
だとしたら、自分をベルトラン陛下だ、などと偽るはずがない。
『死神皇帝』
側室腹の第三王子でありながら、政争に勝って皇帝となった方。
兄弟姉妹を喰らい尽くして玉座を得た、などと陰では言われている。
わたくしが見たベルトラン陛下の姿絵は、血に塗れた玉座の前で、片手に剣、片手に生首を持っているものだった。
あの姿絵は、わざと醜悪に描かれていた。目の前にいる方とは似ても似つかない。
だけど、自ら名乗った以上、冷たい美貌のこの方は、間違いなく隣国の皇帝陛下なのだろう。
竜人族というのは、誘拐犯として広く知られている。
王子妃教育が終わりかけだった公爵令嬢。
国王陛下の寵愛深い王妃。
まだ幼い子供がいる、パン屋の旦那。
婚約者がいようが。
既婚者だろうが。
子供がいようが。
本人の意思すら無視して。
番を拉致すると……。
「竜人族の……、番……? ローザが……?」
エミール様が呆然とした顔でつぶやく。
「ローザ嬢、我が妃になってほしい」
ベルトラン陛下が、わたくしに向かって片手をさし出した。かすかに頬を染めて、ほほ笑みながら。
わたくしは、エミール様と婚約して十年になる。
エミール様には、これまで一度だって、ベルトラン陛下のように紳士的な態度で接してもらったことはなかった。
竜人族には悪い噂も多いけれど、わたくしからすると、エミール様の方がよっぽど酷いわ。
「おい、ローザ、なにを考え込んでいる!? 早く断れ!」
この上からな言い方が、もう気に入らない。
「ローザちゃん、なにか勘違いしているんじゃないか!?」
勘違いしているのは、ご自分たちでしょうよ。
このままこの国に留まっても、きっとこれからも嫌な思いをするばかり……。
「はい、喜んで」
わたくしは笑顔でベルトラン陛下の手をとった。
「いやいや、違う違う! 待ってくれ! 困るよ!」
イザベル嬢がひどく慌てているけれど、なにが違うというの!?
「エミール様はイザベル嬢とお幸せに」
わたくしは二人に笑いかけた。
「私が好きなのはローザだ! わからないのか!?」
「エミール様に好かれていると思ったことなんて、これまで一度もなかったですわ。その上、サバサバした、見習うべき女性まで連れて来られては、さらに嫌になります」
わたくしの言葉を聞いて、エミール様がその場に崩れ落ちた。
イザベル嬢がひどく慌てて、エミール様の腕を引いて立たせようとする。
けれど、エミール様は床に伏して泣き続けた。
エミール様ったら、泣いたりしてなんのつもりなのかしら?
イザベル嬢と好きなだけ仲良くして、婚約したら良いではないの。
「話は終わったかい、愛しい人?」
ベルトラン陛下がわたくしを抱き寄せた。
「ええ」
わたくしは、ずっとこんな風に扱われてみたかった。
エミール様は顔を真っ赤にして、文句ばかり言ってきて……。うんざりだったのよ。
「このまま連れて行ってくださいませ、ベルトラン陛下の国へ……」
もうエミール様と言い合いをしたりするのにも疲れたわ。
わたくしは、わたくしだけを見てくれる方と一緒にいたい。
それが『番だから』という理由でもかまわない。
どうせ苦労するなら、皇后として苦労する方がましよ。
「貴女の実家に挨拶に行ったりは、しなくても良いのかい?」
この気遣い。もうこれだけで、わたくしはベルトラン陛下を愛せると思う。
「必要ありません。両親や兄や姉は、エミール様はわたくしを好きなのだ、などと言って、わたくしの悩みに寄り添ってくれませんでした。挨拶になど行っても、どうせ『エミール様が可哀想』などと反対されるだけですわ」
わたくしは何度も何度も、家族にエミール様の態度についてブルーム伯爵家に問い合わせてほしいと頼んだ。
けれど、真面目に聞いてもらえなかった。
エミール様の態度が好きな相手に対するものだ、などと思う感性の人たちとなんて、もう一緒に暮らしたくない。
ベルトラン陛下は、わたくしの意思を確認してくれた。そんな当たり前のことが、こんなにも嬉しく感じられる。
自分で家族を選べるならば、わたくしは迷わずベルトラン陛下を選ぶ。
ベルトラン陛下はわたくしをエスコートして、窓へと歩いて行った。
「私の背中に乗ってくれ。番を落としたりは、絶対にしないから」
ベルトラン陛下は、わたくしの右手の指先に口づけると、窓の外へと飛び出した。
純白のドラゴンが、わたくしの前に現れる。
まるで恋物語の一場面のようだわ。
理想の王子様が、やっとわたくしを迎えに来てくれた……。
相性もあるのだろうけれど、わたくしには竜人族の悪評なんて嘘に思える。
わたくしはベルトラン陛下の背中に乗り、幸せに向かって飛び立った。




