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小日向さんはハゲてても可愛い  作者: 海の字
小日向さん視点
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6.見つけてください

 まだ続く。私の自己嫌悪は続く。

 やってしまった、くそ、何度目だこれ。


 またしても私は、空気の読めない発言で人を傷つけてしまった。居ても立っても居られなくなって、教室を飛び出して。


『じゃあ、また明日』って見送ってくれた木洩日くんの、切なそうな笑顔が忘れられない。


 私は、私の事を好いてくれた人に、あんな顔をさせてしまった。


 最低だ、死んでしまえばいい、こんなろくでなし。

 でも、私は自己都合の怪物だから。


「殺してくれ」

 と呟くのだ。

 生死すら責任が持てない。


 悪魔でも、神様でも、だれでもいい。

 喉をかっさばいて、素敵な所へ連れ去ってはくれないか。


 あぁ。


 利得も、背徳も、どうでもいい。

 胸を切り拓いて、息の詰まる内実へ、風を吹き込んではくれないか。


 干渉してくる全てが嫌いだ。

 何もかもが神経に触る。


 見ないで、みつめないで。

 嘲笑(ちょうしょう)怪訝(けげん)憐憫(れんびん)は、ぜんぶが質量を伴って痛いんだ。


 見ないで、みつめないで。好奇も猜疑(さいぎ)も軽蔑も、矢尻は奥底まで刺さるから、たまらなく泣けるんだ。


 毎日三度は死にたくなる。

 涙が溢れて仕方がないから、あたまをあげる。


 すると——。


「きれいだなぁ」


 なんて空の美しい。


『死にたい』なんて言葉は霧散する。

 産まれてきてよかったと、純に感動する。


 お空はあっけらかんと澄み渡り。

 ぴーひょろと鳶が羽ばたけば、私の悩みなんてあらよとからめて、あっというまに地平線。


 青が底抜けに深い。


 道端の花は可愛いし、人懐こそうなワンちゃんを撫でることができた。老夫婦が手を繋いでお散歩している、なんだかぽかぽかする。


 毎日三度は死にたくなる。けれど世界は四度、『生きてほしい』と微笑みかける。


 私はネガティブな奴だけれど、バカだから。

 空が綺麗だなぁって思える程度で、生まれてきてよかったなぁって、本気で思えてしまう。

 

 あそこへ落ちていきたい。

 鳶みたいに大空へ。ロケットみたいに星の彼方まで。


 そうすれば、だれも私の頭なんて見えやしないのに。


 見ないで。

 見ないで。

 見ないで。

 

 見つめないでほしいけれど。

 

 どうかお願いだから、誰か私のことを、見つけてください。


「ほんとうに、お空はきれいだ」

 なんてことのない私の呟きに。


「そうだね」

 とうとつな相槌が返る。


 頭の中へ直接語りかけるみたいな、輪郭がほどほどに明らかな声。


 振り返ると、木洩日くんが立っていた。

 華奢な身体は細く、もじゃもじゃの髪がひとみを少しだけ邪魔している。


「この空を眺めていたら、ふっと身体が浮いて、そのまま落ちてしまいそうになるよ」


 胸が苦しい。

 またねって、言ったじゃん。 


 どうして追いかけてきたの。

 息が上がっている。走ってきたんだ。

 なんで!


『空に落ちそう』って感覚、だれにも言ったことなかったのに。私のことなんて全然知らないくせに。どうして君は、そんなことばかり言い当てるの。


 わからない、わからないよ。


 言わなければいけない言葉は、いつも喉の奥で詰まっている。


「きもちわるいよね、ごめん。でも、あのままさよならするのは違うと思った」


「私は、今日だけは君に会いたくなかった」


 明確な理由があるわけじゃない。

 木洩日くんのことが嫌いなわけでもない。


 昔からこうなんだ。人の心がよくわからないから、たとえそれが垣根のない善意であっても、素直に受け取ることが怖くなる。


 裏に一体どんな思惑があって、どう私を貶めようとするのかと、つい勘繰ってしまう。


「ごめん、私、いそいでいます」


 罪悪感。後ろ髪を引く。そんなの、生えていないのに。


 彼から目を背けて歩を進める。

 するとどんどん、後悔の波が押し寄せてくる。

 

 これ、あとで辛くなるやつだ。

 どうしてあんなことを。

 きっと怒らせてしまった。

 うぅ、傷つけてしまった。

 わがみ可愛さに。

 こんな感じにぐるぐる。


 謝れ。今ならまだ間に合う。


 頭では理解している。それでも私はかたくなに、振り向こうともせずに。


 だから私は。こんなんだから私は。私のことが、『大嫌い』なんだ。


「君が好きだ!」


 やめて。

 痛い。痛いよ。苦しくて吐きそうだ。


「分からない! 私には全然、君のことなんかこれぽちも!」


 走り出せばいい。いつもみたく、こんな現実から逃げ出せばいい。


「嘘こけ! 僕のセンスの良さは知っているだろう」


 はぁ? 

 訳がわからなさすぎて、つい振り返ってしまった。

 木洩日くんは真顔で、手を猫の前足にしていた。


「僕のあげたニット、可愛いなって、似合うなって、思ってくれたんでしょ? だから受け取ってくれたんだ。今日もかぶってきてくれたんだ」


 何かがプツンと弾けて落ちた。

 触れてなるものかと我慢していたのに。


「そうだよ! ちょっと、いいかもなって思っていたの。ちょっと木洩日くんのこと、好きになるかもなって、思っていたの! 本当だよ。なのに、なのに!」


 私のこと素敵だって言ってくれた。正直、嬉しかった。

 なのにお前。


「なんでお揃いのやつ被ってきたんだ!」


 私と色違いの。

 そんなの、クラス全員に『できてる』って思われてしまうじゃん。奇異な目を向けられてしまうじゃん。


「え、だって僕、フられても諦めるつもりないもん」


 真面目にキョトンとした、不思議な顔。


「まずは既成事実から作っていかなくちゃ。タカシ含むライバルに牽制しなければいけないからね」


「架空の敵だよそれは! こんな奴好きになる変わり者、世界にお前だけだ!」


「僕だって怒るぞ。あまり自分を低く見積もるなよ」


「そういうところが心底気持ち悪いって言ってんの! ナチュラルに私より面白い奴、大っ嫌いだ!」


 だめだ。これ以上お話しすると、涙が溢れ出てしまう。鼻の奥がツンと痛む。こめかみが熱くて、どうにかなってしまいそう。


「今日はもうおしまい! またね! また明日!」


「うん!!」


 嬉しそうな木洩日じぞう。

 やつは私からこの言葉を引き出すためだけに、走って追いかけてきたのだ。


 頭がおかしいんだ。


 彼は拍子抜けするくらいあっけなく、踵を返して帰っていきやがった。


「ううぅ、わけわかんないよー」


 いつぶりだろう、声を大に泣いたのは。

 悔しくて憎たらしくて腹立たしいのに。

 少しだけ、胸がすいた。


 翌日、私は学校をお休みした。

 お見舞いに来てくれるかなって、ちょっぴり期待している自分がいた。


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