5.私は私のことが嫌い
私、小日向エンマの人生において。
『好き』って言葉は初めてだった。
お互い、会ったばかりなのに。
どうして私なんか。
何の取り柄もない、愚図で、間抜けな私なんか……。
そもそも、君はいったいだあれ?
茶化しているの?
憐んでいるの?
面白がって、告白を受けたら、『ドッキリでした』ってやつやりたいの?
でも、そんなことをするような人には見えなかったんだ。
良くも悪くも表情が希薄で、なのに姿勢はピンと立てて。真面目そうな人。
木洩日じぞう。君は何者なのか。
昨夜は思考がずっとグルグルで、ひとつも寝れやしなかった。そのせいでまたしても遅刻した。
あー、最悪!
好きなんて言葉、頂いたことないから。
どう返事をすればいいのかわからない。
嬉しさよりも、不信感の方が万倍だ。
だから返事を先延ばしにした。それがいけなかった。
木洩日じぞうは、一夜にしてとんでもないものを用意してきた。
小日向さんノート。
ぶったまげた。
──その推理が、ほとんど的を射ていなかったから。
『確信的パジャマについて』
私は本当に寝坊しただけだ。
心配性が祟って、前日に校則を読み耽ってしまった。
焦るあまり着替えを忘れ、飛び出して。ある程度到着の算段がつくと、冷静になりふと気づく。
私パジャマじゃん! と。
初日から怒られるのは嫌だ、でも着替えに帰っている猶予はない。
言い訳を考えた。
たまたまというか、それのせいというか。
校則を精読していたから、どうにか屁理屈をこねることができた。別にパジャマでもいいでしょ! って開き直ることにしたのだ。
君は否定してくれたけれど、そうだよ、その通りなんだ。
私は感性がぶっ飛んでいるから、パジャマを恥ずかしがれなかった。
『戦略的逃避行について』
足、遅いだけ!
単純に私の運動神経及び体力が絶望的なだけ!
ハゲを見られたのが恥ずかしすぎて、あとからじわじわ現実感がわいてきて。訳わからんくなって、逃げ出した。
タカシ君の気持ちを考えられるほどの余裕がなかった。私はそんなに性格が良くないからね。無神経なやつですよ!
ムカつく。
『打算的トキメキについて』
違う、違うんだ。
ごめんだけれど、私は君のことなんて見ていなかった。
自分のことに必死で、周りのことなんて何一つ考慮していなかった。
君の特徴に気づいたのは、単に帽子を貸してもらうとき、ハゲがチラッと見えてしまっただけなんだ。
私は人一倍、他者の髪型を気にしているから。
さやかさんのツインテール、もうちょっと巻いた方が可愛いのに。
ゆいちゃんのハーフアップ、似合っているな。
橘さんのおさげ、髪型で真面目ぶっているくせ、リボンはひらひらのオシャレなやつ使っている。
いいな。いいな。羨ましいな。
私は人の髪型をいの一番に見てしまう。
だから一等早く、君のハゲに気づけた。
でも、それはみんなだって同じでしょ?
みんな、私の頭ばかりを見ているもの。
頭ばかり見て、私のことは見ていない。
だれも目を合わせてくれない。
私はみんなと同じ視点でものを見ているだけだ。
みんなに合わせているだけ。
悪くない。
なのにね、木洩日くん。
どうしてか君だけは、私のことを見ていたんだ。
あのとき、恥ずかしがる私と、目が合ったんだ。
私が見つけたんじゃない。
君が見つけてくれたから、君の存在が浮き彫りになったんだよ。
でもどうして? どうして私を見てくれるの?
ちっともわからない。
推理はどれも見当違いなのに。
水性ペンだったのは偶然手に取ったからだし。
ドラゴンボールは普通に好きな作品だからだし。
なのにどうして、『笑われるより笑わせたい』っていう、今まで言語化できていなかった私の『祈り』を。君は見つけてくれたの?
私でさえ無自覚だった、必死の抵抗。
正体をなぜ見抜けた。
それだけが気がかりで、放課後、こうして君と話しをしている。
伝えたいことはたくさんあった。
考えて、考えて、考えた先にこぼした言葉は一つだけ。
「きもちわるい」
何も知らないくせに、知った風に目を輝かせる君が。
こんなにも思ってくれているのに、受け止めきれない自分が。
ムカつくんだ。あのクラスで君だけが、私の醜態を笑ってくれなかった。
全部ひっくるめて、胃がひくついて気持ち悪い。
心底、性格が悪いな。
私は、私のことが嫌いだ。




